以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。



Milestone



 
<1>

400万年振りに戻ったセイバートロン星のデストロン本部は、実験中のスペースブリッジの事故によって思いがけない帰還を遂げたメガトロンを、以前と少しも変わりのない様子で迎えた。多少違って見えたのは、コンソールパネルの前で振り向いたレーザーウェーブが、一言驚きの言葉を発したきり、その場でじっと立ち尽くしていることくらいだった。

「全く忌々しいサイバトロン共め。」短く呟くと、メガトロンは彼自身が備えた通信機に向かって言った。「サウンドウェ−ブ。応答しろ。メガトロンだ――サウンドウェーブ?」

突然目の前に現れたデストロン・リーダーを呆然と見守っていたレーザーウェーブは、彼が何度か地球への通信を試みるのを見て、はっとして職務を思い出し、コンソールパネルに向き直った。馴れた操作で数種の観測画面を呼び出し、異変を知らせるデータを読み解く。

「メガトロン様。この星の周囲に大きな磁場と空間の歪みが現れており、亜空間の通信回線が確保できません。」

メガトロンは即座に訊いた。「歪みの修正は可能か?」

「・・・いいえ。時間が経って自然に修復されるのを待つしかありません。回復には今から丸二日間かかる見込みです。」

「その間はスペースブリッジも作動不能ということか。」

「その通りです。」

レーザーウェーブの報告に、メガトロンはふむ、と息を吐いて全身の力と精神の緊張を解いた。今できることは何もない。そうとなれば、慌てても仕方がない。地球に残してきてしまった軍団のことが当然気にかかるが、実験場に現れたサイバトロンは戦力的に大きな脅威ではない。実力不足のスタースクリームにはとても安心して軍団を預けてはおけないが、サウンドウェーブが彼の暴走を監視している。少なくとも当座の心配はない。

「やれやれ。とんだ目に遭ったものだ。」

気持ちを切り替えたメガトロンに、レーザーウェーブはどこか覚束ない足取りで歩み寄った。

「それよりも・・・メガトロン様、ご無事で。」

「ああ。どこにも異常はない。」メガトロンは笑って、少し両腕を広げて見せた。「このスペースブリッジの完成度は素晴らしい。見事なものだ。」

「・・・ありがとうございます。」半分上の空で返し、メガトロンの真近に寄ったレーザーウェーブは、白銀の装甲の一部が煤けているのに気付いてようやく正気の声を上げた。「メガトロン様、負傷なさっているのでは。」

「大したことはない。」メガトロンは苦笑して言った。スペースブリッジへと弾き飛ばされた爆発で受けたダメージなど、実際微々たるものだった。「――ああ、そういえば、」

思い出したようにメガトロンはスペースブリッジの小部屋へと足を向けた。その視線の先にある物を見て、レーザーウェーブは咄嗟にメガトロンを押し留めた。「私が拾います。」

「ん? ああ、手間を掛けるな。」

「とんでもない。あなたにこのような作業をさせる訳には参りません。」

数個のエネルゴンキューブを拾い集め、抱えて戻ったレーザーウェーブは、メガトロンの前にそれを差し出した。「如何いたしましょうか。エネルギー貯蔵庫に移送し、保管して宜しいですか。」

メガトロンはキューブの内一つを手に取り、頷いた。「この一つを除き、急を要する箇所に分配しろ。直ちに行え。」

「かしこまりました。」

レーザーウェーブはその場で作業ロボットを呼び寄せてエネルゴンキューブを手渡し、次いでコンソールパネルに向かっていくつかの操作をした。数分と経たない内に、軒並みレッドゾーンを示していた種々のデータのいくつかが、グリーンゾーンの底辺まで回復したのを見て、メガトロンは密かに拳を握り締めた。セイバートロン星の困窮は報告によって把握していたつもりだったが、実際に目の当たりにするのとは大違いだった。

成果を照合し、レーザーウェーブがメガトロンに向き直った。「作業完了しました。これでしばらくは・・・いいえ、当分の間、惑星の防衛にはいささかの不足もありません。重要な根幹システムは充分に機能を取り戻しました。」

常に落ち着いたレーザーウェーブには珍しい、高揚した声だった。次いで彼は小さく溜息をついた。それは顔面の表情を持たない彼がささやかに示す心からの安堵のサインで、それを知るごく少数の内の一人であるメガトロンは心の中で部下に詫びた。

メガトロンは、手にしたキューブをレーザーウェーブに差し出した。

「これはお前のものだ。受け取るがいい。」

レーザーウェーブは咄嗟に返答に窮した。メガトロンとキューブとを二・三度見比べ、困惑を隠せない様子で言った。「そ――それはできません。貴重なエネルギーを私一人がこんなにも・・・」

言い募るレーザーウェーブの目前に、メガトロンは人差し指を突きつけた。「いいから黙って従うのだ、レーザーウェーブ。エネルギー不足であろうが。今も体がふらついておるぞ。」

「申し訳ありません、後ほど、直ぐに自律システムの調整を――」

「愚か者め。儂が今、この場でお前の喉にエネルゴンを流し込んでやっても良いのだぞ。」

「い、いいえ、では、頂きます。」

胸元に強く押し付けられるキューブを両手で受け取ると、レーザーウェーブはそれに視線を落としたまま沈黙した。暫くして彼はメガトロンの顔を見上げて言った。「有り難うございます、メガトロン様。」

「礼など必要ない。」メガトロンは、思い遣りのあるしっかりとした声で言った。「礼を言うのは儂の方だ。レーザーウェーブ、儂が不在の長い間、よく留守を守ってくれた。」

単眼のアイセンサーの光が揺らいだ。

「お前以外には任せられなかった仕事だ。よくやってくれた。」

「メガトロン様・・・」

震える声で呟く内に、レーザーウェーブはその場で膝を突き、デストロン・リーダーの前に頭を垂れた。そして労うように肩に掛けられた手を取ると、その黒檀の指先に恭しく接吻した。

「・・・よくぞお帰りになりました、メガトロン様・・・」

それきり再び言葉を失い、四角い肩を震わせるレーザーウェーブに、メガトロンは優しい声で、泣くな、と言った。





<2>


久し振りに主の戻ったデストロン本部は、静かながらも、それまで長年の間失われていた活力が戻ったようだった。

限られた時間を有効に活用するため、種々の雑用は部下に任せ、メガトロンとレーザーウェーブは司令室に篭って彼らにしかできない仕事をしていた。リーダーが不在であった期間に蓄積されたデータの量は膨大で、メガトロンはレーザーウェーブの報告に沿って、後に自ら仔細な検討を加えるべき資料を仕分けることに労力を費やした。

セイバートロン星を取り巻く状況とその推移、惑星内部の地理情報、敵戦力の状態から政治的な勢力分布に至るまで、報告はあらゆる分野で多岐に渡ったが、レーザーウェーブの的確で無駄のない報告はメガトロンを少しも退屈させなかった。

また一つ大きな要件をまとめて片付け、データを選り分ける中で、レーザーウェーブがモニターの前にメガトロンを呼んだ。見ると、それは古い通信ログだった。

「もう必要のないデータです。ライブラリにコピーを保存し、司令部サーバーよりデータを削除します。」

レーザーウェーブの言葉に、メガトロンは頷いた。「ああ、そうしてくれ。」

簡単に交わされたその短い会話は、メガトロンの意識に長く留まることなく忘れられた。



データの整理に大方の片が付いたのは、それから丸一日が過ぎ、メガトロンの地球への帰還を半日後に控えた時間だった。

部屋中に散らかったディスクやカードの類も物理的に片付けられ、長年レーザーウェーブ一人が占有していたコンソールパネルとその周囲は、再びデストロン・リーダーの手へとその所有権を明け渡された。

「申し訳ありません、メガトロン様。私物を部屋に置いて参ります。」

400万年分にしては少ない荷物を抱え、レーザーウェーブは踵を返した。一枚のディスクが滑り落ち、彼があっと思う間に、別の手がそれを受け止めた。二人の間に、がちゃんとけたたましい音が響いた。

「ありがとうございます・・・メガトロン様。」

いかにもほっとした様子で、レーザーウェーブは手渡されるディスクを両手で受け取った。

床に投げ出された他の荷物をちらと見遣り、メガトロンは嫌味でなく言った。「これは随分と大事なものらしいな。」

メガトロンの言葉に咎める様子はなく、口元には微笑みとも取れる僅かな笑みを浮かべていたが、レーザーウェーブは荷物を拾い集めながら、彼に視線を向けることのないまま応えた。

「はい、私にとっては。」

その横顔があまりに真剣だったので、メガトロンはふと興味を引かれて言った。

「その内容を尋ねても構わんか。」

この自分やデストロンに対して、決して嘘や不正を行うことのないレーザーウェーブが私物と言い切ったものだ、少しでも渋る様子を見せればそれ以上は追求しないつもりだった。ただ普段は私心の薄い彼の部下が殊更に拘るものに単純に興味を引かれたのだった。

「勿論です。ご覧になりますか。」

レーザーウェーブは簡単に了承し、メガトロンの返事を待たずディスクを手近な端末に押し込んだ。



モニターを流れ始めたデータに、メガトロンは言葉を失った。

それは映像や画像、文章ですらない、単なる文字データ、簡単な組み合わせの数字と記号の羅列だった。

――日付、発信、「応答なし」。

日付を表す数字だけが異なるたった一行だけの記録が、延々と続いている。

「ネメシスに・・・いや、儂に向けた通信ログだな。」

「はい。」

「400万年分――あるのだな。」

「はい。」

すぐ横で同じように画面を見上げているレーザーウェーブ。彼は微動だにしない。

「よくわかった。もう充分だ。」

レーザーウェーブはデータの再生を停止した。ディスクを取り出し、大事そうに手の平に収めた。

メガトロンが言うべき言葉を捜している内に、レーザーウェーブが手の中を見ながら呟いた。

「これがあれば・・・私は今もあなたに繋がっていると思えるのです」

ナンセンス! 何と馬鹿げたことか。メガトロンは心の中で叫んだ。しかし彼はレーザーウェーブからディスクを取り上げることができなかった。

レーザーウェーブは今も自分を見ていない。

メガトロンは気付き、次いで衝撃のあまり気が遠くなりかけた。

目の前にこうして自分が戻ったというのに、手の届く場所に実物がいるというのに、レーザーウェーブはこんな物――やりとりを記録したものでもない、空しい試行の記録――に頼らなければならないのだ。それ程、彼は不安なのだ。長過ぎる自分の不在がそうさせてしまった。

「レーザーウェーブ。儂は戻ってくる。必ずだ。」

「はい、お待ちしております。」

従順に、淀みなく応えるレーザーウェーブを見て、メガトロンは苦々しく思った。彼は自分に「いつ戻るか」とは訊けないのだ。

自分にとってはほんの一時の外出のつもりであっても、レーザーウェーブにとっては永劫の別れに等しいのだ。

400万年。16億日。

忠臣、もはやそのような言葉で彼の存在を言い表すことは不可能だ。彼は忠実な部下であり、有能かつ頼もしい仲間であり、温かい家族でもあり、古く親しい友人でもあり――時に愛しささえ覚えずにはいられない、メガトロンにとってごく僅かな、極めて近しい存在の内の一人だった。

何にも代えられぬレーザーウェーブ。その彼に、期待しないでただ待つことだけを覚えさせてしまった。

向かい合ったレーザーウェーブの外見にはどんな悲壮も表れてはいない。

今彼の胸中を占めるものは一体何だろうか。恐らく、何も感じてはいないだろう。

彼は希望を持たないことに慣れてしまったのだ。今やそれを不幸とも思わない。自分を哀れむ気持ちなど、とうの昔に麻痺してしまったに違いない。可哀想に。本当に可哀想なことをした。

メガトロンは彼に背を向けた。

「地球に戻られるのですね。どうぞお気をつけて。」

落ち着いた声に振り返り、メガトロンはレーザーウェーブに歩み寄った。自分の言葉は彼の意識の表層を上滑りするに過ぎないであろうことを覚悟して、それでもメガトロンは万感の思いを込めて告げた。「儂の帰る場所はここしかない、レーザーウェーブ。」肩に置いた手に力を込めた。「行って来る。必ず戻る。留守を頼むぞ。」

「はい・・・行ってらっしゃいませ。」

強い言葉と視線を受けて、単眼の光の中に僅かに感情が揺れるのが見えた。

彼に再び背を向けると、メガトロンは一瞬の間視界を閉ざし、胸を突いた罪悪感と後悔とを密かに噛み締めた。

400万年の間に、自分はレーザーウェーブの信頼を失ったのではない。変わらぬ献身、疑いようのない忠誠心もそこにある。ただ、自分は彼の心を失ったのだ。両者の間に、計り知れない隔たりを持ったのだ。

自分は再び彼の心を取り戻すことができるだろうか。恐らく、欠落した時間と同じかそれ以上に長い時間が必要だろう。目に見えない時間の積み重ねが、再びレーザーウェーブの心に希望を取り戻す、メガトロンはそう固く信じ、スペースブリッジへの一歩と共に16億日の第一日目に別れを告げた。





The End









セイバートロン星の一年は400日×400万年=16億日。

これ、デストロン贔屓のTF同人書きなら誰もが一度は書いてみたい
題材だと思うんですが、やっぱり難しいですね。
まあ、一つの形ってことで。

どう考えてもメガ×レーザーウェーブなんだけど、プラトニックで、
もっとストイックな感じになるはずでした(過去形)
だって腐女子だもんしょうがないよ!


一応自分で考えた内容なんですが、ありがちな題材だけに、
もし先人の作品と被ってることがあったらすいません。
知ってる限りはないはずですが、もしあってもわざとじゃないです
ごめんなさい。






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