以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。



コロシアムにて



 
オプティマス・プライムとなったオライオンは、メガトロンに対して計り知れない負い目を感じていた。彼は自分が二重にも三重にもメガトロンを裏切ったと思っていた。体制側の人間であった自分を受け入れ、信頼してくれたメガトロンを、長い年月を共に過ごした何よりも大事な存在を、自分は最も重要な局面で裏切り、追い落としてしまった。彼が長い時間をかけて積み上げてきたものを、理念も実力もない自分が横から掠め取ったのだ。

彼は、自分が何か巨大な力に押し流され、操られているということも薄々感じていた。しかし暴力をもって世界を変えようとするメガトロンの行いを見過ごすことはできなかった。

そしてプライマスからマトリクスを与えられ、名実共にプライムとなった今、自分にはメガトロンに会わせる顔などないと彼は思った。メガトロンが強く望み、追い求めたマトリクス、そしてプライムの名。自分は決してそれを手に入れることを望まなかったのかと自問し、そうではなかったと自答する。自分はその力を受け入れることを自らの意思によって選んだのだ。強大な力を持つメガトロンに対抗し、彼を止めることができるのなら、プライムの名を受けることに迷いはなかった。

しかし彼の心には常に暗雲が垂れ込めるようになり、決して晴れることがなかった。彼はずっと、メガトロナスが変わってしまったのだと思っていた。しかしそうではなかった。変わったのは自分の方だった。何度も手酷く彼を裏切り、彼が求めたものを尽く奪い取った自分をメガトロンが憎悪するのは当然だった。自分の行いが彼を歪めてしまったのだ。何よりも敬愛した友人を捨てたのは自分の方だった。

彼は悲しかった。自分は決して、メガトロンと争うことを望んだのではなかったのに。心から彼を慕い、愛していたのに。しかし彼には既に来た道を引き返すことも、マトリクスを捨てることも、そしてメガトロンが迷いなくその手で同胞を殺めようとするのを許すこともできなかった。

オプティマス・プライムはメガトロンに対する全ての未練を捨てようと決意した。自分はもう彼の知るオライオンではなくなってしまった。姿形も、心の内も、もうかつての自分ではないのだ。過去に得た、暖かく輝いた全てをスパークの奥底に封印して、別人として生きて行く。そして彼と戦うのだ。

かつてオライオンとしてメガトロンの傍で生きていた頃に感じていた、躍動するような自分の命や、日陰であっても眩しく感じた街の活気はどこにもなかった。彼が見せてくれた未来の姿はもう見えなかった。

かつて自分の中には、苦しい中にも心が躍る希望があった。マトリクスに秘められたプライマスの叡智は、若く未熟であったオライオンが大事に持っていた、ささやかな知の喜びをその膨大な量でもって押し流してしまった。無知故に抱いていた浮ついた希望は消え、個を遥かに超えてセイバートロンの全ての人民に対する己の責務が彼の心に重くのしかかった。

宇宙の全てを知ったが故に探求の喜びは失せ、自ら感じるよりも遥かに深遠たる悲劇の存在を知ることはわが身の悲しみを振り返ることを許さなかった。己に降りかかる不運は運命と諦め、時に辛辣な非難を浴びようとも、敵対者の抱く理由と思いが自ずと知れるために、怒りすら彼とは距離を置くようになった。惑星を覆い尽くした無常を思うと微笑みは消え、憂いが彼の友となった。



■■■■



二つの月が煌々と照りつける冷たい夜だった。夜明けまでには戻ると言い置いて、オプティマス・プライムは臨時の司令部から一人で外に出た。

かつて整然と栄えていた街は至る所が破壊されてその機能を失い、住人達はもう何年も前に安全を求めて他の土地へと逃れていた。何週間も続いていたディセプティコンとの局地戦は数日前から小康状態となり、砲火や爆音の途切れたかつての首都の片隅には、死のように静かな空気が流れていた。

足場の悪い道を歩き続け、気が付くと彼は巨大なコロシアムの廃墟の前に立っていた。そこは彼にとって特別な、懐かしい場所だった。この場所で初めて彼は剣闘士メガトロニクスと出会ったのだ。

崩れた階段を上り、観客席の足元に出ると、目の前には地面から一段高く設えられたリングがあった。驚いたことに、そこには先客がいた。オプティマス・プライムは思わず目を疑った。

メガトロンだった。かつて幾度も目にしたのと同じく、僅かの油断も隙もない堂々とした姿で、月光を浴びてその白銀の体を輝かせ、何者かに挑むかのように立っている。

オプティマス・プライムとなってから、彼と間近に対峙したのはこれが初めてだった。

彼が何もできないでいる間に、メガトロンはゆっくりと振り向いた。

「政府軍の動きが突然変わったと思ったが、新手の指揮官とはな。」言葉と共に展開された右腕のブレードが鋭く月の光を反射した。

オプティマス・プライムはその輝きから目を逸らすようにメガトロンの表情に視線を移した。

彼が怯まず自分を見据えるのを挑戦と受け取って、メガトロンはにやりと不敵な笑みを浮かべた。「ここで儂と戦って勝てるとでも?」

自信に満ちた不遜な言葉が、自惚れや思い上がりなどではなく、単なる事実であることをオプティマス・プライムは知っていた。ここは誰も侵すことのできない、不敗の英雄メガトロナスのテリトリーだった。戦火によって破壊され、長年打ち捨てられていても、再び戻った主を迎え入れた闘技場はかつての栄光を少しも損なわない圧倒的な存在感を見せ付けている。

先の問いに応えて、オプティマス・プライムは静かに首を振った。彼は今も、そして過去にも一度としてメガトロンとの争いを望んだことはなかった。

メガトロンは、今や死と破壊の象徴である自分を前にして恐れることもなく、また敵意を表すでもなくその場に留まり続けるオプティマス・プライムに、興味を引かれたようだった。

「貴様は何者だ?」鋭い視線を向け、訝しげに彼は問うた。

オプティマス・プライムには、間近に対峙したメガトロンの姿が以前よりも小さくなったように感じられた。小山のように大きく、ただ見上げるばかりだったその体躯には、新旧入り混じった無数の傷が刻まれている。同じ高さに視線が並んでみれば、随分と彼の表情がよく見えた。

しかしオプティマス・プライムの胸を占めたのは自信でも誇りでもなくまた喜びでもなく、ただ自分から彼が遠ざかってしまったという寂しさだけだった。

「私はオプティマス・プライム。」彼は諦念に似た沈着の心持ちで、静かに言った。

「オプティマス・プライム・・・」メガトロンは何か思考を廻らせるように、オプティマス・プライムを見据えたままゆっくりと繰り返した。そして深紅の双眸を眇めて言った。「ああ、お前か、オライオン。」

オプティマス・プライムはぎょっとした。

「違う、私は・・・」

「誤魔化せるとでも思うのか。」メガトロンの冷静な気配が獰猛さを帯びた。「プライマスの力だな? 遂にマトリクスを手に入れたか。」

オプティマス・プライムは頷いた。彼には何も言うべき言葉が見つからなかった。

「その力で、お前は儂と戦おうと言うのだろうな。」それは問いではなく確信だった。

オプティマス・プライムは強く目を閉じ、空を仰いだ。

メガトロンに先んじてマトリクスを手に入れた瞬間に感じたのは、それが彼の手に渡らなくてよかったという安堵などではなかった。メガトロンが追い求めていた物をまた一つ自分は奪い去ったのだという、後ろめたい罪の意識が彼を苦しめた。そして何より彼は悲しかった。

「・・・済まない、メガトロン。」

「何がだ。」

「私はもう、お前の知るオライオンではない・・・私は・・・」彼は視線を逸らしたまま俯いた。

それを目にしたメガトロンの片方の眉が上がり、険しかった表情が幾分和らいだ。

「済まない、本当に済まない、メガトロン・・・色々な事に対して。」彼は懺悔するように言った。「許してくれ、しかし私はお前と戦わなければならない・・・」

「泣くな、オプティマス。」歩み寄りながらブレードを仕舞い、メガトロンはオプティマス・プライムを乱暴に抱き寄せた。

彼は驚き、絶句した。衝撃に一瞬途切れた視界が戻ると、目の前にあるのは逞しい銀色の胸で、大きく顔を上げて見上げれば、鋼の意思を秘めた深紅の双眸が自分を見下ろしていた。自分を抱くメガトロンの腕は依然として強く、逞しく、いとも容易く自分の体を包み込んだ。

「オプティマス。」頭の上でもう一度、力強い声が呼んだ。

自ら名乗っておきながら、メガトロンが呼ぶそれは誰か別の者の名前のようだった。不安から逃れるように、彼はメガトロンの背に両腕を回し、縋り付くように力を込めた。「メガトロン」

「オプティマス。」

呼ばれて、彼は真っ直ぐメガトロンを見上げた。そこには敵意も冷笑もなく、思い遣りに満ちたかつての誠実な友人の顔があった。不意に込み上げた涙を隠すように、オプティマス・プライムは再びメガトロンの胸に頭を預けた。

何度も彼の声で呼ばれる内に、オプティマス・プライムはその名前が自分に染み込み少しずつ馴染んでいくように思えた。

「ああ、メガトロン・・・」

「もしも疑っているのなら、言っておく。儂はお前を愛している、その気持ちに変わりはない。」

オプティマス・プライムは弾かれたように顔を上げた。「でも、私は・・・」

「お前を、愛している。」メガトロンはもう一度強調した。

オプティマス・プライムは何も言えなかった。

「多少姿や名前が変わっても、儂にとっては、お前はお前だ。何も変わらん。」メガトロンは憮然として言った。

オプティマス・プライムは己の胸に鉄杭が突き通ったかのような痛みと息苦しさを感じた。姿形だけではない。自分は心まで変わってしまったのだ。しかしそれをメガトロンに告げる勇気はなかった。

「できることなら、今すぐにでもそのマトリクスとプライムの名を捨ててもらいたいものだがな。」

メガトロンがそう続けると、オプティマス・プライムは体を強張らせた。

「・・・それはできない・・・」

メガトロンは苦笑した。「ふん、わかっておるわ。」

しばらくして、メガトロンが言った。「自分が変わることが恐ろしいか?」

逡巡した末、オプティマス・プライムは僅かに頷いた。「恐ろしい。」そのまま、助けを求めるように額をメガトロンの胸に押し付けた。

「私は段々、私の知らない何かになっていく。そしていつか私はお前を憎むようになってしまうのではないかと・・・そう思うと・・・」

押し殺されたように語尾は掠れた。メガトロンの背に回した両手の指先が合金製の皮膚を強く引っ掻き、僅かな跡を残した。

「馬鹿者が・・・後先考えずに、マトリクスの支配などを受け入れるからだ。」

突き放した物言いをしながら、メガトロンはその大きな手でオプティマス・プライムの頭を自分の胸に優しく押し付け、包むように愛撫した。

「心配はいらん。お前を虚飾の『プライム』に仕立て上げた御為ごかしの変化など、所詮上辺だけのものだ。お前の本質は少しも変わっておらん・・・悲観主義の泣き虫オライオン。」

「わ、私は泣き虫ではない!」

からかいの言葉にオプティマス・プライムは勢い良く顔を上げ、きっとメガトロンを睨み付けた。すると笑って自分を見ている彼と視線が合い、オプティマス・プライムはうろうろと視線を逸らせた。

再度メガトロンの手が頭を撫で、彼ははっとした。自分は彼と、これと同じやり取りを過去に何度も繰り返したのだ。怒るばかりではなく、泣いたり笑ったり、メガトロンと一緒に過ごした時間はどんなに忙しかったことだろう。

それは今となっては遠い過去の思い出だった。こんなに大きな声を上げて抗議したり、泣いたりしたのは随分と久し振りだった。プライムの称号を受けてからは努めて冷静であるよう感情を強く律してきたし、マトリクスを得てからは労せずとも喜怒哀楽は意識から切り離され、縁遠いものとなっていた。

オプティマス・プライムは再び込み上げてくる嗚咽を堪え、改めて思い切りメガトロンを抱き締めた。今彼は、以前の自分を少しだけ取り戻したような気がしていた。そして彼は悟った。過去の自分は、オライオン・パックスはどこかに消え去ったのではなかった。いつでも自分の心を形作り、見えなくともそこに存在しているのだ。今それが表に表れたのは、目の前にメガトロンがいるからだ。彼が昔と同じように自分を扱うから、自分は昔と同じように振舞うことができるのだ。

マトリクスを得て、自分は彼と肩を並べ、彼に対抗し得る存在になったのだと錯覚した。そう感じたのは、彼を恐れてはならぬというプライマスの温情であったのかもしれない。しかし実際は身の程を知らぬ驕りだったのだ。今も尚、体の大きさだけを見ても彼とは頭一つ分以上の差があり、見えない部分に至っては計り知れない差があるに違いなかった。

メガトロンは昔から何一つ変わっていない。若い自分は、剣闘士であった彼の気高く雄雄しい姿を一目見て夢中になった。最初は、眩しく輝く英雄の姿を、同じように彼に心酔する多くの人々と一緒に遠くから見上げるだけだった。その内に、信じられない幸運によって、彼と近しく親交を持つようになってからは、彼を大兄と慕い、その大器と人柄、そして未来を語るその声に酔い痴れた。自分にとっては彼こそが、無知で弱い自分をより良い人生へと導く先導者だった。幾度となく愛情を持って自分を抱いた強い腕は、決別を告げた今をもっても変わらない。

変わったのはやはり自分の方だった。

「早く『プライム』を捨て、お前に戻れ、オプティマス。」

その言葉は優しく、言い聞かせるようだった。

頷くことができないでいるオプティマス・プライムの唇に、メガトロンは愛しげに口付けを落とした。





The End








TFPrimeを二日間で一気見して沸騰した頭で書いた。

兄貴分萌え! 年の差萌え! 剣闘士萌え!
(※年の差・・・は私的イメージかもしれない)

なんかこの人達、素で両思いっぷりが初代以上だと思う。
特にOPのメガトロン好き好きっぷりは切なすぎて私が泣きそう。


久々に公式で「強いメガトロン」を見て舞い上がった人間が
勢いだけで書いたため、一部見るに堪えない美辞麗句が
並んでおりますことをお見逃し下さい\(^o^)/

メガトロナスから改名した理由がいまだ把握できておらず、
華麗にスルーしていますorz

何のヒネリもないタイトルですいません・・・




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