以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。



True Colours



 
オライオン・パックスを伴って帰還したメガトロンは、サウンドウェーブに労いの言葉をかけると、彼に艦橋を任せて足早に自室へと戻った。

ドアが閉まると同時にメガトロンは振り返り、オライオンの体を強く掻き抱いた。一度、鋭く息を吸った音がした他には言葉はなく、彼は無言で腕に力を込め続けた。

「・・・メガトロナス?」

そのまま動きを止めてしまったメガトロンに、オライオンは不安と戸惑いを感じながら声をかけた。「どうしたんだ、もしかして、さっき怪我でも、」

「お前が戻ってよかった。」

メガトロンは唐突に呟いた。きつく抱き締める腕は依然緩むことなく、オライオンには彼がどんな表情をしているのかはわからなかった。しかし搾り出すような苦しげな声に、オライオンの胸も締め付けられ、彼はそのまま窮屈な抱擁を受け続けた。

「お前はずっと・・・長い間、囚われていたのだ。ようやくお前を取り戻すことができた。」

肩口にぱたぱたと何かが落ちる感触があった。オライオンはぎょっとした。メガトロンが泣いている。彼の涙を見るのは初めてだった。

オライオンにとって、メガトロナスは自分の及びも付かないような強く気高い精神を持ち、いつも冷静に人々を、そして自分を励まし導く存在であった。彼が他人に弱く頼りない面を見せることはついぞなかった。しかし今その姿を見ても、オライオンは僅かな失望も感じなかった。

オライオンは酷く混乱していた。彼は自分自身を含む、現在の状況の全てに理解が追いつかず、まるで自分が突然見知らぬ世界に迷い込んだかのような心細い気持ちだった。ここはどこだとか、自分は何をしていたのだとか、いつの間に自分の体が変わったのだとか、さっき自分達を追って来たのは誰なのだとか、すぐにでも知りたいことが山程あった。しかし彼の不安と焦りは、メガトロナスを心配し、労わる気持ちに取って代わった。

「泣かないでくれ、メガトロナス。」

彼はなんとかメガトロンの背に両手を回し、優しく抱き返した。「お前が私を助けてくれたのだろう?」

少しだけ抱擁が緩み、オライオンはメガトロンの顔を見上げた。姿形は間違いなく、彼の敬愛するメガトロナスのものだった。しかし、その顔面は苦悩を刻み付けたかのような深く歪んだ痕に覆われている。きっと、自分の忘れている時間の中で、想像もつかないような苦労を重ねてきたに違いない。

「すまない、記憶が混乱していて・・・何があったのか思い出せない。でもお前は、私を探して、助け出してくれたのではないかい? ありがとう、メガトロナス。」

「オライオン。」言葉と同時に、再び強く抱き締められた。「そうだ。俺はずっとお前を探していた。もう二度と俺から離れてくれるな。」

「お前から離れるなんて、私は考えたこともないよ、メガトロナス。」

本心からそう応え、彼はメガトロンの腕に体を預けた。





傷や汚れを拭い、エネルギーの補給を済ませたオライオンは、メガトロンに促されて大きなソファに腰掛けた。ようやく人心地付いた様子で小さく溜息を吐くと、向かい側に座ったメガトロンに疑問の言葉を発した。

「メガトロナス、ここはどこだい? 廊下は突き当りが見えないぐらい広かったし、随分大きな部屋があるのを見たけど。」

「ネメシスという戦艦の中だ。」

「戦艦?」

オライオンは戦艦どころか小型の軍用艦も見たことがなかった。

「大きな船のことだ。」

「船・・・塔のように大きな船なんだな。さっき集まっていた人達は、仲間かい?」

「そう、俺の部下だ。それにお前の仲間でもある。」

大勢の中に見知った姿が一つだけあったことを思い出し、オライオンは自信なさげに頷いた。

「メガトロナスはこの船の艦長なのか?」

「そうだ。」

「・・・私もこの船に乗っていたのかい?」

メガトロンはローテーブルに散らばったエネルゴンキューブの一つを取り上げた。

「いいや。この船が建造されたのは、お前がいなくなってしまった後だ。」

「そうか、」オライオンはメガトロンがキューブを煽るのを見ながら言った。「メガトロナス、私はどのくらいの時間のことを忘れているんだろう。」

「最後に覚えていることは何だ?」

「それは・・・」オライオンはソファの背に凭れかかり、遠くに視線をやって考え込んだ。「二月の集会の後、D4地区の協力者を探している最中で・・・三日ぐらい前にお前を訪ねて来た人がいた。彼も元剣闘士で、口数は少ないけど志のある立派な人だった。名前は確か・・・」

メガトロンは一度視界を閉じた。それは既に、最初に彼が自分をメガトロナスと呼んだ事実から推測されていたことだった。彼が失ったのはマトリクスを得てからのものではない。それよりずっと遡って記憶を失っているのだった。

「オライオン、今はその時から、およそ七千年経っている。」

オライオンは勢いよく跳ね起きた。「そ、そんなに・・・?」

「ああ。」メガトロンは静かに応えた。

オライオンの記憶では、それは彼がメガトロナスと出会ってから数百年後に当たる出来事だった。だとすれば、自分は彼と過ごした時間の十倍に近い時間の記憶を失っていることになる。オライオンは愕然とした。

「そんなに長い間、私は・・・一体何をしていたんだろう。メガトロナス・・・少しも覚えていないんだ。どうして・・・」

不安に揺れるオライオンの心許ない表情を目にした瞬間に、メガトロンは無意識に立ち上がった。オライオンの隣に席を移し、頼りなく縮こまった肩をしっかりと抱いた。

「落ち着け、オライオン。記憶の混乱は、いずれ時間が解決するだろう。全てをすぐに思い出そうとしなくていい。今はもう何の心配もないのだ。」

抱き寄せられ、オライオンはメガトロンの胸に頭を預けた。「・・・うん、すまない・・・」

「我々や、セイバートロンを取り巻く状況は大きく変わった。少しずつお前に話していこう。」

自信なさげな声が訊いた。「メガトロナス、お前は今でも私を好いてくれているのかい。」

メガトロンは即答した。「当たり前だ。心からお前を愛している。」

彼はそっとオライオンの顔を撫で、不安に震える唇に優しく口付けを落とした。

労わるように押し付けられた唇が静かに離れると、オライオンは弾かれたようにメガトロンの首に両腕を回して抱き付いた。

「ありがとう・・・ありがとう、メガトロナス。」涙声でオライオンは言った。「私は何を信じたらいいのかわからない、自分のことさえ・・・まるで私が私ではないみたいだ。でも・・・お前の言葉なら信じられる。どうか私を捕まえていて欲しい、二度とお前からはぐれてしまわないように。」

「勿論だ、オライオン。決して離しはしない。」

メガトロンは自ら心に刻み付けるように繰り返した。





ベッドの上で片膝を立てて起き上がり、ほの暗い光の下でメガトロンは傍らに眠るオライオンの姿を飽くことなく眺めていた。若い友人は疲れ、今は静かに眠っている。その体の至る所には、無防備な寝姿に不似合いな新旧入り混じった傷跡が残っていた。メガトロンは痛ましい気持ちで見詰め、その内の一つを羽でなぞるようにそっと触れた。

「・・・お前は利用されていたのだ。」誰に聞かせるでもなく、メガトロンは小さな声で呟いた。

メガトロンは彼が哀れでならなかった。彼はかつてマトリクスによって姿形や心を歪められ、歪んだ秩序の守護者として利用されてきた。そして最後には数千年分もの記憶を奪われ、彼が人生の全てを捧げて奉仕した人々あるいは歴史そのものから、たった一人取り残されてしまったのだ。

その原因を作ったハイコンサル、そしてマトリクスに対してメガトロンは更なる恨みを募らせた。しかしその両方がすでに存在しないものだった。彼は自問自答した。自分がもっと違う方法を採っていれば、オライオンがこのような不幸な運命を背負わされることはなかったのだろうか。今目の前にあるオライオンの存在は、自分にとって何を意味しているのか。そして自分の望みとは?

やがて夜が明け、それから更に数時間経過してオライオンが目を覚ましてからも、メガトロンは考え続けていた。





数日後、ネメシスの中甲板に爆音が響いた。

医務室でシステムチェックを受けていたオライオンは、驚いて診察台から体を起こした。

「おや、急に動いては危ないですよ、オライオン。」

ドクターは大げさに驚いてみせながらも、接続されていた医療器具から素早くオライオンを切り離した。部屋の反対側にいたブレイクダウンが武器を取り出して作動させながら、早足で近付いて来た。

「オライオンはそこの陰に隠れて。」ノックアウトはいつもの余裕に満ちた声で言った。「誰かの指示があるまで出て来ないで下さい。」

「わかった・・・」

次いでノックアウトは入電した個人通信に応えて言った。「ええ、一緒にいます――ええ、今のところは――了解。」

廊下に繋がるドアにロックをかけ、彼とブレイクダウンはその正面から少し脇に寄った。

油断なく身構えながら、ノックアウトが冗談めかして言った。「賊がここを素通りしていってくれればいいんだが――おおっと!」

突然部屋の外が騒がしくなったかと思うと、ドアに激しく何かがぶつかった衝撃があった。二度、三度とそれは続き、激しい物音と共に歪んだドアが室内に向かって弾け飛んだ。

部屋中が揺れるような衝撃が走り、オライオンは恐怖に身を竦めた。

「ここか? オプティマス!」

「ハズレだよ、馬鹿!」

聞き慣れない声にノックアウトの哄笑が重なり、更にそれは金属同士が激しく打ち合う恐ろしい物音にかき消された。物が倒れ、落ち、薙ぎ倒されて壊れる音、怒声に耐えがたくなり、オライオンは耳を塞いで蹲った。

閃光が迸り、重い物が床に倒れる音がした。駆け寄ってきたドクターがオライオンの腕を取り、素早く彼を立ち上がらせた。「今の内に、早く。」

数分前には整然としていた医務室はめちゃくちゃに壊れていた。ブレイクダウンに並ぶかそれ以上の巨体を持った見知らぬロボットが、咆哮を上げ、倒れた棚の下から起き上がろうとしていた。それに気を取られながらオライオンが廊下に出ると、間近に銃撃戦の喧騒が迫った。数人のヴィーコンがこちらに背を向け、廊下の向こうに向かってしきりに発砲を続けている。

「オプティマス!」

鋭い声を耳にして、オライオンは反射的に振り向いた。見通しの悪くなった通路から飛び出した小柄な人影がたった数歩で飛ぶように距離を詰め、彼との間に割り込んだヴィーコンに舌打ちして、次の瞬間には彼を銃で撃ち倒した。

尚も掴みかかる彼に、そのロボットは躊躇いなく銃口を向けた。

「やめろ・・・!」

オライオンの静止は間に合わなかった。彼は恐怖にすくみ、自分の両手が震えているのを感じた。彼は掠れた声で呆然と呟いた。「酷い・・・君は、何てこと・・・」

至近距離でレーザー光を浴びたヴィーコンは頭の一部分が消し飛び、ぴくりとも動かなかった。青い小柄なロボットは、美しい顔に恐ろしく冷たい表情を浮かべていた。オライオンに視線を移したその双眸が驚愕に見開かれ、次の瞬間、彼女はオライオンに向かって手を伸ばした。

「オライオン、下がれ!」

メガトロンの声がしたかと思うと、強い腕に体を攫われ、気付いた時にはサウンドウェーブの背後に庇われていた。

「サウンドウェーブ、オライオンを連れて後退しろ。」

「オプティマス!」

知らない声が呼んでいる。オライオンは怖くなってきつく目を閉じた。

サウンドウェーブは乱暴ではないが有無を言わせない力でオライオンの手を引き、尚も銃声の鳴り続く通路から外れて速やかに移動した。

数度、背後で通路の隔壁が閉じ、ひとつの部屋に着いた時には争いの音はほとんど聞こえなくなっていた。

「サウンドウェーブ、」泣きそうな顔でオライオンは傍らの戦士を見上げた。「私を庇ってくれたヴィーコンが銃で撃たれたんだ。彼は・・・」

サウンドウェーブは左右に首を振り、ぐっと傾いたオライオンの肩を支えた。

オライオンは顔を上げた。「メガトロナスを助けに行かなければ・・・!」

サウンドウェーブは彼を押し止めながら、再生した。『オライオン、下がれ。』

メガトロンの声だった、オライオンははっとした。戦いの中では、自分の身を守ることさえ知らない自分は足手まといだ。自分がここで安全でいるとわかっているからこそ、彼は安心して戦えるのだろう。自分は彼を信じて待つしかなかった。

「・・・そうだった。すまない。」

オライオンは素直に頷き、床に座り込んだ。

「彼らは一体何者だろう? どうしてあんなに酷いことをするんだろう。」

『二度と奴らの手に渡すものか。』

またメガトロンの声だった。オライオンはその会話を聞いたことがなかったが、苛立ちを抑えた声に彼の無念を感じ取り、床の上に視線を落とした。

「・・・私を? 連れ戻しに来たのだろうか・・・?」

サウンドウェーブの無反応をオライオンは肯定と取った。彼はこうした、メガトロンの無口な右腕の意思疎通の方法に慣れていた。

「どうして、私などを・・・」

サウンドウェーブが片手をオライオンの肩に乗せた。

『オライオン。』

それは思い遣りの篭ったメガトロンの声だった。

オライオンには彼がついている。だから何の心配もないと、サウンドウェーブは慰めてくれているのだろう。

「うん・・・ありがとう、サウンドウェーブ。」

それから長い時間が経ったような気がした。サウンドウェーブが扉を指差し、つられてオライオンが視線をやると、数秒後に扉が開いてメガトロンが姿を見せた。

「オライオン!」

「・・・メガトロナス!」

オライオンは彼の姿を見るが早いか飛び付いた。「無事で、メガトロナス・・・!」

「俺がやられるはずがないだろう。」

「そうだけど、心配したんだ・・・だってヴィーコンが・・・」

少しだけ抱擁を緩め、二人はお互いに顔を合わせた。

「今は戦争状態なのだ。時には犠牲が出ることも避けられない。」

「戦争・・・」オライオンはぎゅっと目を閉じ、それから顔を上げた。「さっきの彼らも・・・セイバートロン人なのだろう? 話し合って戦いを回避することはできないのだろうか?」

「さっき見たことを忘れたのか? 奴らの方から問答無用で殴り込んで来たのだぞ。」

「でも、それでも、もしかしたら・・・」

言いかけて、オライオンは唇を噛んで俯いた。このように考える自分をメガトロナスは現実を省みない理想主義と評してしばしばたしなめるのだった。

「彼らの狙いは私なのだろう? 私が行って争いが回避できるのなら、」

「駄目だ!」

突然の大声に、オライオンはびくりと肩を跳ね上げた。恐る恐るメガトロンを見上げると、彼の顔は怒りではなく悲しみに歪んでいた。「そんなことを言うな・・・」

悄然とした声音に、オライオンは軽率な発言を後悔した。

「すまない。メガトロナス・・・」

「俺は既に一度お前を奪われたのだ・・・再びお前を失うことになったら、俺は・・・」

「すまなかった。もう言わないから・・・メガトロナス。」

オライオンはメガトロンの頭を抱き締めた。されるままに腕の中に納まった彼に対して、オライオンはそれまで感じたことのなかった深い同情と憐れみを、そしてより強い愛情を抱いたのだった。





それからしばらく経って、セイバートロン星で事件が起こった。地球にいるはずのオートボットの何人かが目的を持って惑星の深部に入り込み、あろうことかベクターシグマに接触したというものだった。しかしその計画は途中で頓挫したのか、その後もディセプティコンに影響が及ぶことはなかった。

ところが、その事件に誘発されたのか、それとも単なる偶然か、オライオンは失った重要な記憶のいくつかを急速に思い出した。その中にはメガトロナスが名前を変え、ハイコンサルへと挑戦状を叩きつけたこと、そして時間を下って、彼がディセプティコンを率いて反乱を起こしたことまでもが含まれていた。

それについて、オライオンが大きな衝撃を受けたことは間違いなかった。しかし彼は騒がず、ただその双眸に涙を溜めて、メガトロンに向かって何故、と繰り返し、彼を問い質した。

メガトロンは誤魔化さなかった。彼は淡々と、自分がその決断に至った理由と経緯をオライオンに話して聞かせた。

「・・・だから、我々はハイコンサルを力ずくでその地位から引き摺り下ろす他はなかったのだ。」

「そんなことない! 他に何か方法があったはずだ・・・」

「あらゆる手段を試したとも。忘れたのか? 我々は何百年も改革を訴え続けたのだ。だが無駄だった。」

「でも彼らは遂に応じてくれたんだ。古い悪習を捨て、改革を支持すると私に約束した。」

「それで実際に何かが変わったか? 社会は良くなったか? 冷静に思い出せ、オライオン。」

「それは・・・」

「お前が名ばかりのプライムの称号を与えられた後も、我々は待ったぞ。だが何一つ良い方向には変わらなかった。」

メガトロンはオライオンを見た。彼は何も言い返さなかった。

「奴らはお前の語る改革に迎合した振りをしながら、実際は口先だけで誤魔化そうとしたのだ。ゴールデンエイジの到来だの更なる種族の繁栄だの、耳当たりの良い妄言ばかりを抜かして民衆を熱狂させ、そして古い利権体制は何一つ変化しなかったのだ。」

メガトロンは勢い込むのを抑えるように、そこで一息吐いた。今はオライオンを言い負かすのが目的ではない。

「ハイコンサルが民衆を押さえ付け、都合よく支配していたのもまた権力による暴力だった。目に見える流血を伴う暴力よりももっと狡猾で、たちの悪いものだ。何故それがわからない?」

オライオンはおろおろと視線を泳がせた。今にも涙が零れ落ちそうになっていたが、結局堪えた。

「でも、それでも・・・殺してはいけないよ、メガトロナス・・・」

「奴らの支配下で、毎週何十人という貧民が飢えて死んでいたのだ。それも許されるべきだったというのか?」

オライオンは驚愕に目を見開いた。「何だって・・・」

「知らなかったのか?」メガトロンは視線を鋭くした。「お前がプライムとして奴らの元に下った後は、もっと酷くなったぞ。」

「絶えず犠牲者が出ていたことは知っていた。だがそれは・・・」

「どうせディセプティコンの襲撃による被害者だとでも言われていたのだろう?」

「・・・そうだった。でも何故、」

「大方、お前には知る必要のないことだとして隠されていたのだろう。奴らの考えそうなことだ。」

「そんな・・・」

「若く純粋なお前を隠れ蓑にして、奴らはのうのうとその権力を保ち続け、支配を続けていたのだ。権力はそれ以上の力によってしか打倒できない。それが俺の出した結論だった。」

メガトロンが言い終えると、重い沈黙が部屋を満たした。

しばらく経って、オライオンが言った。

「メガトロナス、彼らに・・・オートボットに会わせてくれないか。抵抗を止めるよう説得してみる。」

「・・・その必要はない。」

「頼む。もう何を知っても、お前から離れたりしない。必ず戻ると約束する。」

メガトロンは顔を逸らせた。「嫌だ。」

「信じてくれ、メガトロン。」

彼はぎょっとして視線を戻した。穴が開くほどオライオンの顔を見詰め続ける。そこに彼が見出したのは、熱意に溢れた真剣さと強い意志、そして紛れもない好意だった。

オライオンは手を伸ばして彼の横顔に触れ、微笑んだ。「私は何よりもお前を愛している。必ずお前の元に戻って来る。」





呼び出しに応じて指定の場所に現れたラチェットは、オライオンの姿を見て目を疑った。本当に彼が来るとは信じていなかったのだ。

「久し振りだ、ラチェット。」

「オプティマス、いや、オライオン? いや、どちらでもいい! よく無事で・・・」

「オライオンだよ。」彼はにこりと笑った。かつてはラチェットもよく目にした、そして長い間目にすることのなかった明るい表情だった。彼はすぐに笑いを引っ込めた。

「急に私がいなくなって、君には随分と迷惑を掛けただろう。すまなかった。」

「いいえ・・・私達はただあなたが心配で、あなたを取り戻そうとあらゆる手段を講じていました。しかし力が及ばなかった。自分の不甲斐なさを呪いました。」

「君たちはオプティマス・プライムを取り返そうとしていたんだろう?」

彼の言葉が、先に起こった二つの騒動を指しているのだと気付き、ラチェットははっとした。

「いいえ、あなたをです・・・いや、どちらでも構わないんだ。私はとにかく、あなたをメガトロンの元から無事に取り戻したかったのです。」

嘘だった。本当は、オプティマス・プライムを取り戻すことが彼らの仲間の総意だったのだ。しかしラチェットは自分の心のままに答えた。

「ラチェット、すまないが、私はもうオプティマス・プライムには戻れない。」

「それは・・・どういう意味ですか。」

「全てではないが、私は色々なことを思い出したし、新たに知ったこともある。君やメガトロナスと過ごした幸せな日々や、プライムの称号を与えられたこと、メガトロンが起こした反乱のこと。そして、その後の長い戦争のことも。」

「・・・オプティマスのことも?」

「記録を読んだよ。ディセプティコン側の記録も、オートボット側の記録も。オプティマス・プライム自身の手記も。」

「それで・・・?」

「私はオライオン・パックスとして、一つの結論を得た。」彼は決意に満ちた真剣な視線を向けた。「ラチェット、ディセプティコンとの和平に応じてくれ。戦いを止めて、皆でセイバートロンに戻り、共に復興の為に働くんだ。」

ラチェットは信じられない物を見たかのように彼を凝視した。「オライオン、一体何を言っているんです。ディセプティコンとの和平ですって?」

「そうだ。メガトロンは、君達の意思によっては交渉に応じ、平和の内に戦争を終決させると約束した。」

「彼の言葉などとても信じられない!」

「何故だ? 彼は私と交わした約束を違えたことはない。」

「オライオンとの約束、ですか。」

「そうだ。私は彼の言葉を信じる。」

「・・・メガトロンは一体あなたに何をしたのですか!?」

「何も。私は自分の意思で、今日ここで君と話をさせて欲しいと、メガトロンに頼んだんだ。彼は、私がオプティマス・プライムとして君と一緒にオートボットの仲間の所に戻ってしまうのではないかと、大層心配していたよ。」

「そんな馬鹿な! あなたがそんなことを言う筈が・・・」

「私が正常かどうか疑っているのなら、今ここで私の頭の中を調べてもいい。私は誰かに操られているのでもないし、脅されてこうしているのでもない。」

「・・・それでは理由を聞かせて下さい。」

「ラチェット。私達は、こんなに多くの犠牲を払ってまで、ディセプティコンと戦い続けるべきではなかったんだ。」

「・・・なんですって・・・」

「オプティマス・プライムは正義の為にディセプティコンと戦うことを是とした。しかし長過ぎる戦争のために、彼は彼自身の原点を見失っていたのだ。何故彼は立ち上がり、行動を起こしたのか。それは支配階級の腐敗を正し、抑圧された人々を解放して、セイバートロンをより良い社会へと変えるためだった。一方でメガトロナスの願いもそれと同じだったのだ。それなのに、実際のセイバートロンはどうなっただろう。」

ラチェットは荒れ果てた故郷の惨状に思いを馳せた。かつての美しい景色はどこにもなく、戦場となった街路には今も無数の亡骸が顧みられないまま打ち捨てられている。

「メガトロンが打倒を宣言したハイコンサルは、全てが最初の反乱か戦争のごく初期の内に殺されていた。それなのに戦いは終わらなかった。それどころか、ハイコンサルが粛清された後に戦線は拡大の一途を辿り、その後何千年にも渡って私達は争い続けたのだ。戦いの為の戦いが続き、今となっては何の為に戦っているのかもわからない。」

「・・・あなたも知っている筈です、オライオン。私達は決して戦争など望んでいなかった。でも他に手段がなかったのです。」

「戦争は相手がいなければできないんだ、ラチェット。」

オライオンは静かに続けた。

「確かにディセプティコンは人を殺した。私はそれを許すつもりはないよ。しかし同じようにオートボットも人を殺したのだ。」

「それは違う!」

「同じだ、ラチェット。私達の戦う理由がなんであれ、故郷が破壊され、人が死ぬ。それなら、私達は戦うべきではない。」

オプティマス・プライムは、そうは言わなかった。ラチェットは無意識に握り締めた拳に力を込めた。そんな子供じみた理屈は絵に描いた理想に過ぎないのだ。オプティマス・プライムは進んで争いを続けていたのではない。彼はいつも苦悩し、心を痛め、一刻も早い終戦を望んでいた。それでも戦うしかなかったのだ。

しかしラチェットは知っていた。確かにオライオンは無知な理想主義者かもしれない。だがそれこそが、彼の知るオライオン・パックスという人だった。

「私が戦うことでより多くの人が死ぬというのなら、私はもう戦わない。」

言い切って、オライオンは目を伏せた。そして沈痛な面持ちで告げた。

「私はもうオプティマス・プライムとして君たちに何かを言うことはできない。君たちがこれからどうするのか、私には決めることはできない・・・でも、私としては、抵抗を止めて和平に応じて貰いたいと思う。」

「・・・あなたはどうするんですか。」

「私には、オプティマス・プライムに従って戦い、あるいは敵対して死んだ者達に対する責任がある。彼らのために、そして君たちに対しても、私は償いをしなければならない。もし許されるのなら、私はその償いのために今後の全ての人生を捧げる。」

「・・・オライオン。」

「一週間以内に返事をしてくれないか。待っている。」

オライオンはそう言い残すと、踵を返して、彼を待つディセプティコンの陣営へと歩いて行った。メガトロンがオライオンに近付き、人目憚ることなく彼の体を抱き締めたかと思うとそのまま動かなくなったのを、ラチェットは忌々しい気持ちで眺めていた。





数日後、ラチェットを始めとした、地球に駐留していたオートボットと、ディセプティコンとの間で和平交渉が行われ、長く続いた内戦に終止符が打たれた。メガトロンはオライオンとの約束を守り、彼らを厚遇でもって迎えた。彼らはその後長い時間をかけて関係を修復し、荒廃したセイバートロンの平定と復興のため、共に苦難を乗り越え尽力した。

後年、メガトロンはその不屈の精神と手腕によって荒廃した惑星に奇跡的な復興をもたらし、ゴールデンエイジを導いた偉大な指導者として称えられ、歴史に名を残すことになった。その傍らには常に、“セイバートロンの良心”と呼ばれたオライオン・パックスの姿があったという。





The End








メガ様がオライオンにめろめろになって尻に敷かれてれば世界平和だ!

という話でした。ユニクロンとかstscとかまるで無視ですが、
メガOPの協力体制があればどうにでもなるでしょう。


オプティマスが駄目って訳じゃないんです。
彼だって、というか彼こそ、メガトロンとの和解を心から望んでると思うし、
そもそもオプティマスはオライオンと別人格なのではなくて彼の延長で同一人物です。

でも彼は今となっては色々なものに囚われすぎていて、オライオンのように
「今までのことは水に流してみんなで仲良くしよう!」的な
割り切りはできないと思うのです。

オライオンはその点能天気というか素直です。
そして悪く言えば幼稚で、中学生のような理想論を振りかざして憚らない。
そのために狡猾な他人に利用されてしまったり、
挙句マトリクスなんていう枷をはめられて無理矢理大人にされてしまったわけですが。

けれども故に彼は太陽なのです。
流行の言を借りればオライオンマジ天使。

けどまあ彼が多少危なっかしくても、周りがしっかりしていればいいことです。
疲弊しきったセイバートロンには彼のような人物が必要なのではないでしょうか。


という感じで、今回はオライオンでハッピーエンドをこじつけてみました。
原作の様子を見て、いつかオプティマスでもハッピーエンドを書いてみたいと思います。


しかしSeason2トレーラー、ベクターシグマで何するんだ?
地球でマトリクスの叡智と一緒に吹っ飛んだ記憶が
ベクターシグマに保管されてるはずないし、
そもそもオライオンがいるのに人格上書きとか、怖すぎだろjk・・・


Primeのトランスフォーマーが泣くのかどうかは知らん。

タイトルは車の中で聴いていて歌詞がコレだ!と思ったPhil Colinsの曲から。
オライオンとオプティマスのどっちが本当の色なのかはわからないけども。






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