以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。




His Master’s Voice




 メガザラックは嫌な気配を感じて手を止めた。掬い上げようとしていた鉱石を地面に投げ出し、彼は前後の向きを変えるが早いか、苦労して掘った狭い横穴をできる限りの全速力で引き返し始めた。頭の中にけたたましく鳴り響く警報に、あちこちに張り出した岩に体がぶつかって砕けるのも全く気にならない。地上までの道程は嫌になるほど長く感じられた。

 光の届かない地下から昼間の陽の中に飛び出した彼は、強光を受けて瞬間的に麻痺した光学センサーが訴える危険を無視してジェットモードに変形した。レーダーの視界に映った主人の影、そしてその至近距離にもう一つの得体の知れない何者かの影を認識すると、彼は体内を巡るエネルギーが逆流したように感じた。

 切り立った崖を一息に飛び上がり、全く速度を落とさないまま彼は主人に対峙する相手に向かって突進した。それは寸での所で回避されたが、メガザラックは両者の間に割って入ることに成功した。乱暴な着地から跳ね上がるように変形した彼は、主人の無事を確かめると、その危機に自分が間に合ったことにほっと胸を撫で下ろした。

「ご無事ですか、アルファQ様!」

「遅いぞ! 何をしていたんだメガザラック! は、早くこいつを…」

「申し訳ありません」

 酷く狼狽した様子の主人を背後に庇い、メガザラックは改めて相手に向き直った。先の体当たりを跳び退ってかわした見知らぬロボットは、岩山の上から尊大に彼を見下ろして言った。

「貴様、何者だ」

 重装備を苦ともしないその力強いシルエットと同様に、その声は有無を言わせず相手を従わせる迫力と威厳を備えていた。メガザラックは思わず言葉を返した。

「我が名はメガザラック。アルファQ様にお仕えする者だ!」

「テラーコンか。気に入った。」

にやり、と彼は涼しげな目元に底知れない笑いを浮かべ、宣言した。「わしはガルバトロン。お前をわしの物にする。」

「ほざけっ!」

攻撃の気配を察して、メガザラックは踏み込んだ。自ら敵に近付くことで、さり気なくアルファQを遠ざける。そうして確保した距離を、メガザラックの本能はまだ不十分だと警告していたが、今の彼にはそれが精一杯だった。目の前のこの敵から一瞬でも多く気を逸らすことは命取りになると彼は悟った。

ガルバトロンは牽制のために放たれたレーザーによるダメージを無視した。着地点を狙って繰り出された一撃をいなし、軽く一閃させた彼の右手には不吉な輝きを宿した長剣が握られていた。次の瞬間、全身から旋風のように吹き上がった殺意にメガザラックは恐怖を感じたが、彼はそれに気付かない振りをした。それをまともに意識すれば、その時点で勝敗は決まってしまう。

数度打ち合ってメガザラックが確信したのは、ガルバトロンの実力は自分を遥かに上回るということだった。ガルバトロンの剣は速く重く、的確に隙を狙って来る。メガザラックの力を試すように打ち込みながら、彼は余裕の笑みさえ浮かべていた。両肩のレーザーキャノンは沈黙したままだった。使う必要もないと思っているに違いない。このままでは遊ばれて終わりだ。劣勢に怯んだように見せかけ、低く身構えたメガザラックの尻尾の先に毒針が光った。

「蠍の毒か。その威力は一撃必殺…諸刃の剣にならねば良いがな。」

「何を!」見透かしたようなガルバトロンの言葉に、メガザラックは唸り声を上げた。

ガルバトロンは挑発するように無造作に距離を詰めた。慎重に狙い済ましたメガザラックの左の爪はガルバトロンの重い剣に払われた。それを予測して直後に渾身の力を込めて返した右の一撃に、今度はガルバトロンの剣が弾かれた。

一瞬、体勢を崩した彼の左腕に、死角から襲った毒針が突き刺さった。メガザラックが手応えを感じた次の瞬間、しかしガルバトロンは右手で毒針の付け根をぐっと掴んだ。

「何っ!」

ガルバトロンは喉の奥で笑い、恐ろしく強い力でもぎ離したメガザラックの尻尾の先を、逆に自分の方に思い切り引いた。狼狽に反応が遅れ、バランスを崩して無様に懐に捕まった彼の肩口に、ガルバトロンは無造作に毒針を突き立てた。

「なっ…?」メガザラックの体ががくんと痙攣し、力を失って崩れ落ちた。彼は咄嗟に自分の身に起きたことがわからなかった。

ガルバトロンは悠然と彼を見下ろして言った。「蠍の毒は、蠍自身にも効果があるものだ。知らなかったか?」

「ぐ…っ」

ガルバトロンが悠々と地面から剣を拾い上げるのを目にして、メガザラックは自分が完全に相手の策に嵌っていたことを悟った。ガルバトロンは左腕こそ麻痺しているようだが、右腕一本あれば自分の首を刎ねるのに不便することはないだろう。

「メガザラック!」と、遠くで泣きそうな主人の声が聞こえた。メガザラックは観念して視界を閉じ、小さな声で呟いた。「申し訳ありません、アルファQ様…」

間近に迫った気配がふと逸れた。はっとして彼が視界を復活させるのと、ガルバトロンの剣がアルファQの小さな体を貫くのはほぼ同時だった。

「ア…アルファQ様ッ…!」

 自分の目にしている光景が信じられず、呆然とするメガザラックにガルバトロンは向き直り、無情に告げた。「お前の主人は死んだぞ。今からお前はわしの物だ、メガザラック。」

「――貴様ぁああッ!」

怒りのために、メガザラックはまとも動かない体にも構わず再度挑みかかろうとした。しかし簡単に叩き伏せられてしまい、彼は意識を失った。





気が付くと、メガザラックはどこか知らない場所に移されていた。三方と頭上を光沢のある石に囲まれ、静かで落ち着いたそこは天然の要塞のようだった。麻痺していた体は回復し、破損した部分も殆ど修復が終わっていた。彼は自分の周囲にエネルゴンの痕跡を見出した。

そして目の前にはガルバトロンの姿があった。メガザラックは瞬間的に先程までの出来事を思い出すと、考える間もなく飛び出していた。しかし、彼が再び力の差を思い知らされるまで、今度は五秒もかからなかった。

「いい加減に学習したらどうだ、メガザラック?」

「う、うぅ…」

おかしな方向に捻じ曲げられ、激痛を訴える腕を抱えて蹲ったまま、メガザラックは無力に打ちひしがれた。自分の力が及ばなかったせいで主人を失った彼の怒りは、後悔とごっちゃになって彼を苛んだ。

「…アルファQ様…」

ガルバトロンは腕を組み、壁に背を預けた。「少しは落ち着いたか?」

 メガザラックは何も答えなかった。

「アルファQはもういない。わしと契約しろ。これからはわしに仕えるのだ」

「断る!」

メガザラックは即答した。これでこの話は終わりの筈だった。テラーコンが嫌だと言えばどうしようもない――普通は。だがガルバトロンは普通ではなかった。

怒るでもない、静かな声が不気味に響いた。「ならば仕方がない。」

ガルバトロンの手の中から溢れた光に、メガザラックははっとした。恐怖心に、知らず体が竦む。彼が止める間もなく、ガルバトロンはそれを、メガザラックの胸に記されたアルファQの紋章に押し付けた。

強引な上書きの衝撃がメガザラックを襲った。我慢強い彼の喉から堪え切れない悲鳴が上がるのを、ガルバトロンは冷たく見守った。

やがて光が消えると、消耗したメガザラックは糸が切れた人形のようにくず折れた。除けられたガルバトロンの手の下から現れたのは、彼の胸に刻まれたそれと同じ、彼、ガルバトロンを象徴する紋章だった。

「わしに従え。良いな。」

苦痛の余韻に浅い呼吸を継ぎながら、メガザラックは片膝をついて頭を垂れた。「承知、しました…ガルバトロン様。」

「よし、いい子だ。」





 メガザラックは望まない契約によってガルバトロンのテラーコンとして彼と運命を共にすることになった。即ちそれは、この崩壊途中にある世界に生まれた『資格ある者』の誰もが目指す、世界の果てを求める旅に他ならない。

 『テラーコン』はこの世界を形作る構成元素が自然から切り離され、魂を持って具現化した精霊のような存在である。彼らはその意志によって選んだ『資格ある者』を契約によって唯一人の主人とし、彼を助けて共に世界の果てを目指すことを至上命題としている。それぞれが持つ独特の特殊能力は、その使い方によってはとてつもない力を発揮し、逆に上手く使いこなすことができなければ宝の持ち腐れである。生命の維持に不可欠な絶対唯一の転化エネルギーであるエネルゴンを探知することができるのもテラーコンだけだった。

 自ら選んだ人生の目的を果たすか、あるいはどちらかが死ぬまでの間、一対一の主従関係を続けるテラーコンとその主人にとって、お互いの選択は彼ら自身の一生、運命そのものを左右しかねない大変な重みを持っていた。

 世界の果てを求める誰もが、そこに何が待っているのか、あるいはそれが何なのかすら知らなかった。またそれを目指す理由を誰一人知らなかったが、それでも彼らはそれを目指す、ただそれだけのために生き、命を懸けて戦っていた。

 中でも、ガルバトロンの戦い様は特に苛烈な部類に入るだろうとメガザラックは思った。彼と同行するようになってからというもの、戦いのない日は数える程しかなかった。厳しい時代が続き、環境が悪化する中で減少した人口は一部に寄り固まっており、今では表立って徘徊する者の数もそう多くないというのに、ガルバトロンの行く所には常に戦いが巻き起こった。まるで彼自身が戦いを呼び寄せているかのようだった。

 メガザラックはガルバトロンに対する反感、非協力的な態度を隠そうとしなかった。非合法的な手段によるとはいえ、一度契約が成立している以上、流石に彼を裏切ったり、露骨に攻撃を加えたりすることはできなかったが、従者であるはずのメガザラックの態度はガルバトロンの無頓着とも言える寛容の精神の上に危険なバランスを保っていた。

 気に入らなければ、おれを殺せば良い。メガザラックは自暴自棄にそう考えていた。

 戦いの中で、ガルバトロンは平気でメガザラックに背中を見せた。テラーコンとしての彼の最低限の忠誠心を信用しているのか、例え後から狙われたとしても返り討ちにする自信があるのか。

 加えて、ガルバトロンはメガザラックを抱いた。これはメガザラックが思ってもみなかったことだった。勿論、テラーコンをそうした目的で手元に置く者は珍しくはなかった。だがそうした場合に選ばれるのは、例えば一目で万人の心を奪うような美しい鳥であるとか、優雅でしなやかな体を持った猫であるとか…とにかく、劣悪な環境での生存と戦いに特化して生まれた無様な毒虫など、およそ問題外であるはずだ。前の主人であるアルファQも、彼にはそのような役割を期待していなかった。彼の強固な装甲と高出力に支えられたタフネス、そして毒針による一発逆転の攻撃力、守護者としての能力を頼りにしていたのだ。

 だがその彼の強さも、ガルバトロンの前では無力同然だった。捨て身で立ち向かった彼を、ガルバトロンは片腕でねじ伏せたのだ。以降の戦いを見ても、物理的な力、火力、反応速度とどれをとってもガルバトロンはこれまでメガザラックが見たこともなかったような格段の能力を備えていた。それに加えて天性の勘というべき戦闘のセンス、そして彼について最も注目すべきは、その魂の奥底から吹き上がるような猛烈な闘志だった。そうした、対峙する者を圧倒する目に見えない力という点でも、メガザラックは自分が彼に遠く及ばないと自覚していた。

 ガルバトロンにとって、メガザラックの強さは頼るべきものではなかった。自分と比べて遥かに劣った能力しか持たないテラーコンを、誰がわざわざ手間をかけてたった一人のパートナーとするだろうか――そう、いくらガルバトロンが個人的に大きな力を持っていようと、世界の果てに通じる道程は、たった一人で踏破できるほど易しいものではない。非協力的なテラーコンなどという、まるきりの荷物を抱えて、彼は一体どうしようと言うのだろうか? 戦力の足しになるでもなく、また愛玩の対象ともなり得ないはずの彼を、何故ガルバトロンは虜としたのか。

 ガルバトロンの下に仕えることは、それ自体がまるで自分の存在に対する全否定のようだとメガザラックは思った。それは主人を殺され、意に沿わぬ服従を強いられることへの怒りや嘆きと同じように強く彼を苦しめた。

 風に向かい、涙を流さず泣いている彼に、ガルバトロンは一度だけこう言った。

「お前は役に立たなくても良いのだ、メガザラック。」

 馬鹿な、とメガザラックは心の中で力なく毒づいた。しかしそう言って不気味な程に優しく彼を抱いたガルバトロンの腕を、彼は今も忘れられないでいる。





「メガザラック」

 戦いを避け、数日を過ごすための安全な場所を確保し、戦いによって傷ついた体の回復とエネルギーの補充を一通り終えて落ち着くと、ガルバトロンはメガザラックを呼んだ。

「メガザラック、こっちに来い。」

 無言で近付いたメガザラックの腕を掴んで引き寄せ、ガルバトロンは彼を組み敷いた。メガザラックが顔を背け、彼と視線を合わせないようにするのはいつものことだ。構わず圧し掛かり、その意志を問うように音を立てて頬に口付けると、メガザラックは無言のまま視界を閉じた。

 焦れったい程時間をかけて高められる熱に追い詰められて、メガザラックは色めいた吐息を漏らした。「…もう、しつこい、ぞ……貴様、いい加減に…」

「ではご要望に応えるとしようか」

「…違、そういう…、あっ、あああぁ…っ…!」

 否応なしに何度でも導かれる絶頂に、メガザラックの喉からは、快感に喘ぐ艶かしい声がひっきりなしに上がった。ガルバトロンに抱かれることを嫌悪する割には、メガザラックは快感を隠そうとしない。際限もなく与えられるそれを歓迎していないのは見て明らかだったが、かと言って無理に声を殺すこともしないのを、ガルバトロンは少々意外に思った。最中にその疑問をまともにぶつけてみると、メガザラックは息を乱したまま、彼を睨み付けて言った。

「…知ったことか。悦くされれば感じるのは道理…体がそのようにできているのだから。おれの責任ではない。」

 その言い草に、ガルバトロンは呆れたように溜息をついた。「見かけによらず、面白いことを言うやつだな。」

「ふん…興醒めしたか?」

 メガザラックは嘲笑うように口の端を歪めた。確かに、主従関係を盾に、いいように体を扱われ、快楽に乱れ狂うという醜態をさらすことは屈辱に違いないが、それよりも、そのことが自分を苦しめ、傷つけているという事実をガルバトロンに知られることの方が嫌だった。どのように痩せ我慢したところで、彼の手菅に最後には声が嗄れるまで泣き喚かされる羽目に陥るのだ。ガルバトロンの前で悪あがきをして失敗し、彼を楽しませるのはご免だった。メガザラックは、自分が彼の玩具にされることなど取るに足らないことだと、強いられて痴態を演じることを恥じたりはしないのだと、そう思っているように見せかけかった。

「残念だったな。無理を強いるのが面白いのだろうが、当てが外れたな。」

ガルバトロンは苦笑した。「わしは嗜虐趣味など持っておらん。」

「ふん。何とでも言うが良い。おれは結局貴様の命令には逆らえない。」

「…成程な。」と、低く返したガルバトロンの目が一瞬凶暴な光を帯びた。メガザラックは言い過ぎたかと身を竦ませたが、叱責も鉄拳も飛んでは来ず、ガルバトロンは鷹揚に話を続けた。
「メガザラック。そこまで諦めているのなら、もう一つ開き直って、建設的に行為自体を楽しもうとは思わんのか?」

「…ご免被る。誰が貴様となど。」メガザラックは吐き捨てるように言った。

「強情だな。」

「うるさい、貴様にとってはおれの意志などどうでも良いのだろう。黙って――ぁ、ああっ…!」

 予告なく再開された動きに、メガザラックは堪らず声を上げた。ガルバトロンは何事もなかったかのように手と口を動かし続けた。

「言いおるわ…ではわしも、今後一切お前の言い分には耳を貸さぬことにしよう。」

「…か、勝手にするがいい…どうせ…」

 その時、メガザラックは唐突に気付いた。ガルバトロンが自分を抱くこと、それが何を意味するのか――それは、死だ。ガルバトロンの。

 メガザラックと情を交わし、体の内を蹂躙する度、彼の体に満ちた毒は少しずつ、ほんの少しずつガルバトロンの体に移行していく。それはその度に彼のシステムの中にほんの小さなバグを作る。そのささやか過ぎる悪戯に、ガルバトロンの自浄システムがその害毒に気付くことはない。しかし繰り返される暴露は確実にガルバトロンの体を蝕んでいく。そしてある時、彼がその異変に気付いた時――その時にはもう手遅れ、システムの根幹部分に巣食ったバグを取り除くことはできない。全身のあらゆる場所に同時多発的に生じる無数の障害に対応しきれずシステムは崩壊し、最終的には機能停止――即ち、死が待つのみ。

 テラーコンは一度契約を結んだ主人に意図的に危害を加えることはできなかったが、彼はこうして消極的に主人を害する方法に気付いた。そしてその毒とて、意識して合成している訳ではなく、蠍としての体に元来備わった性質である。彼は何ひとつ自ら手を下す必要はなかった。彼はただ口をつぐみ、ガルバトロンを受け入れるだけでよかった。何も知らないガルバトロンは彼を抱き、その度毎に一歩ずつ死へと近付いていく。

 それは恐ろしい裏切り行為だった。卑劣だとか汚いだとか言うことを通り越して、『テラーコン』としての存在意義を自ら灰燼に帰す、冒してはならない禁忌だった。彼は自分の体が、罪の意識と恐怖によって震えるのを感じた。だが彼は同時に決心をした。テラーコンとしての自分は、アルファQと共に死んだのだ。今の自分は復讐を果たすためだけにこの世に残された亡霊――ならば、現世に迷っている間に仇を呪い殺してやるまでだ。

 彼は俯いたまま、小さく肩を震わせた。再び上げたその口元に浮かんだ暗い微笑は、すぐに消えた。

 メガザラックはふと思いついて、間近にあったガルバトロンの唇にキスした。ガルバトロンは一瞬、驚いたように動きを止めたが、すぐにそれに応えた。息をするのももどかしげに与えられる快感にメガザラックの熱が上がり、意識が混濁し始めるのに時間はかからなかった。





 周囲の異常を感知して、メガザラックは修理のために沈み込んでいた休息モードから目を覚ました。静かだったはずの林の中は爆音の木霊する戦場になっていた。信じられない心地で、彼は急速に覚醒してがばりと顔を上げた。

 と、彼は自分がガルバトロンの脇に抱えられていることに気付いて驚愕した。

「ガルバトロン様! こ、これは一体…」

「目を覚ましたか、メガザラック!」肩のキャノンで見えない場所から砲撃を加えてくる何者かに応戦しながら、彼は叫んだ。「見えるか、敵だ!」

「申し訳ありません、おれは…」

 悔恨と謝罪の言葉は驚く程自然に口を突いて出た。本来ならば、広域感覚に優れた自分が先に気付いて主人に危険を知らせるべきなのだ。哨戒の役割も果たさず、あまつさえ無防備な姿を晒して主人に守られるようなテラーコンなど、その場で切り捨てられても文句は言えないはずだ。しかしガルバトロンは彼を咎める風もなく、彼を地面に降ろすと、一瞬彼を振り向いてにやりと不敵な笑みを見せた。

 それを目にした途端に、メガザラックは焦りと不安が急速に消えていくのを感じた。

「戦いは今始まったばかりだ! 蹴散らすぞ!」

「はっ!」

 今は戦いに集中しなければ。メガザラックは胸を疼かせる感傷を振り払い、戦闘用のバイザーを下ろした。感覚を広げ、敵の数と位置を探る。各部に備えられたレーザーキャノンにエネルギーを充填し、湧き上がる高揚感と共に身構えた。

 メガザラックの反抗的な態度にも関わらず、戦いに於いて彼らは向かう所敵なしだった。それは何よりガルバトロンの高い実力に依るものが大きかったが、もうひとつには彼のメガザラックの使い方の上手さにあった。彼はメガザラックの得手不得手を鋭い分析眼によって見出し、彼自身も知らなかったような大きな力を発揮させた。ガルバトロンはメガザラックを単なるバックアップ要員としては使わなかった。

 そしてメガザラックの不遜な態度を、ガルバトロンは毅然として全く無視し続けた。メガザラックは次第に、自分のガルバトロンに対する態度について思う時、胸の中に苦いものが込み上げるのを感じた。それが主人に対するものとして許容範囲を超えたものであることは初めからわかっていた。そしてその実態を誰に指摘されようとも、信念に基づき自分は全く意に介さないつもりでいたのだ。それが今は、もし第三者から忠告を受ければそれを厚顔に突っぱねる自信がなかった。彼は自分の所業が非常に幼稚で、無意味であるように思った。

「何をやっておる!」

 突然、ガルバトロンの怒号が響いた。メガザラックははっとした。見れば、目の前に迫った鋭い白刃の持ち主である敵は、側面からのレーザーを食らって横様に倒れるところだった。

「ガルバトロン様…」

「闇雲に攻撃するな、隙だらけだぞ!」

「は、はい。」

 敵との距離を保って後退したメガザラックのすぐ隣に、ガルバトロンの大きな影が並んだ。

「落ち着くのだ、メガザラック。」

 ガルバトロンはつと手を伸ばし、メガザラックの項に触れた。そして彼の聴覚に吹き込むように告げた。

「切り札は、ここぞという時に使ってこその切り札なのだ。」

 メガザラックは規則的に体を巡るエネルギーが、どくんと異常な脈を打つ音を聞いたような気がした。

 応えた声は、掠れて彼自身の聴覚にも届かなかった。





 遠吠えが聞こえる。

 拠点から程近い渓谷にエネルゴンを探しに来ていたメガザラックは、その声を聞いて手を止めた。振り向いた先の岩陰から軽快な足音と共に現れたのは、三角の耳と鋭い牙を持った一匹の大きな犬――テラーコンだった。

 しばしの間、二人は黙って視線を交わした。やがて、その大きな犬は一声上げると後足で立ち上がるように変形した。彼はその名前をカーニバックという。二人は古い知り合いだった。

「久し振りだ、メガザラック。」

「ああ。」

「元気そうで何よりだ。」

「…お前もな。」

 カーニバックは頷いた。少し迷ってから、彼は言った。「お前の主人…変わったんだな。」

「ああ。」

 メガザラックはそれだけ言って黙り込んだ。彼は元々饒舌な方ではない。慣れている彼の友達は構わず喋り続けた。

「しばらく前から噂は聞いていたけど…素晴らしい人じゃないか。羨ましいぜ、あんな大きな人に、俺達一生に一度仕えられるかどうか」

「…」

「浮かない顔をしてるんだな。」

 犬の姿に戻ったカーニバックは岩の上に腹這いになり、首をかしげた。主人を褒められて嬉しくないテラーコンなどいない。メガザラックの仏頂面は生まれつきだが、それにしても暗すぎると彼はいぶかしんだ。「もしかして、前の主人…アルファなんとかって言ったっけ…死んだのか?」

「…殺されたのだ。」

「そうか…そりゃあ、辛かっただろうなあ…」

 肩を落とすように、カーニバックの大きな三角の耳が左右に垂れた。テラーコンにとって、自分が付いていながらみすみす主人を死なせてしまうことは、何より辛いことだ。カーニバック自身にも経験がある。あんな思いをするのは二度とご免だ。

「でも、もういいじゃないか。あの人なら…あの人は、お前がいればどこまでも行けるお人だぜ。」

「今の主人が、アルファQ様の仇だ。」

「え、な、何だって!」

 二人は暫くの間何も言わなかった。やがてメガザラックがぼそりと呟いた。「私は自ら望んで彼に仕えているのではない。」

「そうだったのか…」

「アルファQ様の仇は必ず取る。その目的を果たすために、私は彼の傍にいるまでだ。」

「メガザラック…」カーニバックはしばらく温かい同情の眼差しでメガザラックを見ていた。

 考え事をしていた彼の目がきらりと光り、彼はすっくと立ち上がった。そして岩の上から、メガザラックを真剣な目で真っ直ぐに見下ろした。「悪いことは言わねえ。メガザラック、復讐なんて後ろ向きなことはやめておくんだ。」

「何」

「どんな時でも主人を助けて生きるのがテラーコンだ。どんな経緯があろうとも、古い主人のことは忘れて、新しい主人の下で新たな道を見出すことが、俺達の幸せなんだ。失くしてしまった物のことなんて、早く忘れた方が良い。どんなに強く求めたって、もう二度と取り戻すことはできないんだから。」

 メガザラックは唸った。友達の忠告を頭から否定したくはなかったが、彼の感情はそれを受け入れることを拒否していた。

「古い主人のことは忘れるんだ。それが前向きな生き方だって、俺は信じている」と、カーニバックはもう一度強く言った。「じゃあな、メガザラック。」そして踵を返すと、尻尾を揺らして軽快に岩山を駆け上り、山の向こう側へと姿を消した。

 メガザラックはその後姿が見えなくなった後も、彼の去った方向を呆然と眺めていた。

 彼は自問した。ガルバトロンを殺すこと、そのためだけに自分は生き残ったのだ。仇である彼を殺すことに、何の躊躇いや遠慮があるだろうか? 例え、人の目に映るガルバトロンがどんな優れた闘士であっても、そのために多くの者に憧れを抱かせる存在であっても…そして彼がこの自分に対してどんなに強く執着を見せ――そしてどんなに優しくとも。

 メガザラックは泣いた。自分が他の存在に慰めを求める資格を持たないことを、彼は何よりも悲しく思った。





 それから、二年半の月日が経とうとしていた。

 ガルバトロンに対する激しい憎悪を失い、決意が揺らいでしまったメガザラックは、毎日を落ち着かない気持ちで過ごしていた。時間的に、もういつガルバトロンの体に症状が出てもおかしくなかった。

 自分が本気で彼を助けたいと思えば、体の繋がりは即刻絶たねばならなかった。しかしあれからもずっと、メガザラックは求められるままにガルバトロンを受け入れていた。彼の意に逆らって拒絶することは、どうしてもできなかった。第一、一体どうやって主人の要求を拒めばいいというのだろうか? 今まで一度としてそうした求めを拒絶したことのない自分が――散々嫌味をぶつけながらも、決定的な拒絶を言葉で示したことはなかったのだ、驚いたことに――突然嫌だと言えば、ガルバトロンは当然理由を聞くだろう。そこでまさか本当のことを話す訳にもいかない。言える筈がないではないか。

 主人の無事な姿を見る度に、メガザラックは安堵の溜め息を吐いた。もしかすると、自分の毒は彼に対して全く効果がなかったのかもしれない。もしかすると、彼は既に自分の卑劣な裏切りに気付いていて、何か手を打っているのかも知れない。もしかすると――メガザラックは焦りと共に、現実を直視することをせず決断を避ける自分に対して言い訳を続けた。

 だが、彼の淡い期待を裏切って、その時は唐突にやってきた。

「―――。」

 それまで普通に話していたガルバトロンが不意に言葉を切り、足を止めた。メガザラックも立ち止まり、斜め後ろから主人を見上げる。ガルバトロンは何も言わず、じっと何かを考えているように見えた。

「いかがなさいました、ガルバトロン様。」

 ガルバトロンは右手に顔を埋め、俯き加減に頭を振った。

「…何でもない。」

 眩暈を耐えるような仕草を目にする内に、メガザラックははっとした。今までの付き合いの中で、彼がこのように弱った姿を自分に見せるのは初めてだった。恐らく彼は今、内部的な作業に気を取られているのだろう。

 彼の体に何か深刻な不具合が…そこまで思って、メガザラックは凍りついた。これは単なる不調ではない。蓄積したバグによるシステム障害がついに顕在化したのだ。自分の毒は確実に彼を蝕んでいたのだ。

 メガザラックは自分の足元が崩れ落ち、奈落に吸い込まれていくような錯覚を覚えた。恐れていたことが現実に起こってしまった。

 ややあって、ガルバトロンは顔を上げた。

「行くぞ、メガザラック。」

 その声はいつもと変わらなかった。何事もなかったかのように、彼は歩き出した。

 メガザラックは慌てて後を追った。胸が締め付けられるように痛む。「ガルバトロン様」と、無意識に呼び掛けた声は不自然に震えた。

 ガルバトロンは歩調を緩め、追い縋るメガザラックの顔を見た。「どうした、メガザラック。顔色が悪い。」

 顔色が悪いのはガルバトロンの方だった。死人のような無表情だ。だが彼はメガザラックを労わり、元気付けるように微笑んだ。それを見て、メガザラックは頭の天辺に落雷を受けたかのような衝撃を受けた。

「い、いいえ…何でもありません。」

「ならば行くぞ。先はまだ長いのだからな。」

「…はっ」

 メガザラックはガルバトロンの姿を正視できず、頭を下げる振りで、苦悩に歪みそうになる顔を背けた。

 恐らく、彼はもう長くない。そして彼は気付いてしまった――自分がいつの間にか、他の何よりもこの主人を慕い、敬愛していたのだということに。





 決して引けを取らないはずの相手に、彼らは苦戦していた。ガルバトロンの動きが鈍いのは傍目にも明らかだった。

 メガザラックには彼が無理をしているのがわかった。バグの進行度からして、まともに動ける状態ではないはずだ。道理を超えて無理を通すガルバトロンの精神力には目を見張るばかりだった。その無理を通すために彼が一体何を犠牲にしているのか、メガザラックは恐ろしくて考えられなかった。

 ガルバトロンのフォローに徹していたメガザラックが狙われた。隙を突かれて狼狽する彼の目前に、轟音を立てて大きな影が割って入った。一瞬の間に変形して着地し、両翼の陰に彼を庇ったのは、他でもないガルバトロンだった。

 ガルバトロンの咆哮が響いた。必殺を期して放たれたレーザーの束を、気合と共に一閃させたエネルギーの刃で相殺する。激しい爆発が起こった。ガルバトロンの体表を巡って後方へと流れる爆風の一部がメガザラックの体にも吹き付け、その灼けるような温度の高さを知らしめた。

「ガルバトロン様!」

「一時…撤退だ、メガザラック!」

 ガルバトロンが変形する。メガザラックもすぐ後を追った。





 そこはこの所の拠点としている、鍾乳石でできた洞窟だった。地上に面した入り口から暫く下り、奥へ進むと天井の高い空間が広がった。

 ロボットモードに戻ったガルバトロンの体が大きく傾いだ。咄嗟に駆け寄り、メガザラックは膝を突いた彼が立ち上がろうとするのを支えた。

「無理はおやめ下さい、ガルバトロン様…」

「…これしきの傷、どうということはない。」ガルバトロンはにやりと笑みを作った。

「ですが…」言いかけて、メガザラックは口篭った。彼が心配しているのは勿論怪我のことだけではなかった。

「わしは、このまま…少し休む。お前は自分の傷を癒しておけ。」

「はい…」

 システムのバグが効いているのだろう。ぎこちない動きで、ガルバトロンは壁に背を付き、もたれかかった。崩れるように座り込む。

 気絶するように主人のシステムが休息モードに切り替わるのを見届けると、メガザラックは彼の傍らにがっくりと膝を突いて座り込んだ。彼は両手で顔を覆った。





 メガザラックは洞窟内で必要なエネルゴンを確保して戻った。その一部を使って、言い付け通りに自分の体を修復すると、彼は片時もガルバトロンの傍を離れず、眠る彼の傍らで、彼が目を覚ますのを息を殺して待っていた。もう三日が過ぎようとしていた。あるいは、このまま彼は二度と目を覚まさないかもしれなかった。

 その時、ガルバトロンが目を覚ました。双眸にぼんやりと深紅の光が宿った。

「ガルバトロン様…!」

「……」反応が鈍い。メガザラックは思わず地面に投げ出された主人の手に触れた。

「…メガザラック…」

「はっ、ここに。」

「…わしは…随分眠っていたようだな。」

 ガルバトロンは呟いた。切れかかった生命の線が幸運にも再び繋がったのだ――今回は。彼の内部機構は不安定を通り越して崩壊寸前の様相を呈していた。

 もうだめかもしれない。メガザラックは悟り、同時に言いようのない悲しみに捕らわれた。

「…ガルバトロン様、これを。」

 メガザラックは、集めてきたエネルゴンの塊をガルバトロンの前に差し出したが、ガルバトロンはそれを視界に入れながらゆっくりと左右に首を振った。「それより今は…お前が欲しい…メガザラック。」

 ガルバトロンはエネルゴンを持ったメガザラックの腕を掴んだ。その力が余りに弱いのに、彼は愕然とした。

「駄目です、ガルバトロン様…!」メガザラックは咄嗟に叫んだ。

「…どうした、嫌か?」

 はっきりとした彼の拒絶に、ガルバトロンは手を止めた。

「いいえ…いいえ、そのようなことはありません、決して」メガザラックは必死で首を振った。

「では何故、わしを拒む?」

 ガルバトロンはメガザラックの体を引き寄せた。

「もう、これ以上は…ガルバトロン様、お願いです、どうかエネルゴンを」と、彼が言い募るのに構わず、ガルバトロンは下からメガザラックの唇を捕らえた。メガザラックは哀願した。「ガルバトロン様…! これ以上は…死んでしまいます、毒が…」

「毒…?」

「――!」

 しまった! メガザラックは息を詰めた。

 ガルバトロンの手が止まった。何かを考えるようにしながら、メガザラックの双眸を見上げる。その双眸にかつての燃えるような光はなかった。

 メガザラックは全身のエネルギーが潮のように引いていくのを感じた。硬直したまま、ガルバトロンを見返すしかできない。

 永遠とも思われる時間が経った後で、ガルバトロンはふっと息を漏らした。

「なるほど、そういうことか…」

 先程の自分の一言から、彼は全てを察したに違いない。

 殺される、とメガザラックは思った。テラーコンでありながら、自分に信頼を寄せる主人を裏切った自分を、彼が許すはずはない。だが今となってはその報復を、例えそれが自分の死であっても甘んじて受けるつもりだった。

「わしとしたことが…してやられたわ。」と、ガルバトロンは、恐ろしく穏やかな声で言った。

「ガ…ガルバトロン、様…?」

「お前を侮っていた、とは言わぬが…いや、油断していたのだろうな。少しも気付かなかったのだから…何とも愚かなことだ。」

 メガザラックは唇を噛み締めた。頭の奥が熱く、眩暈がする。

「負けたぞ、メガザラック…数年を経て尚、死んだ主への忠義を貫き仇を討つその執念…立派なものよ。」ガルバトロンは視界を閉じて静かに笑った。

 次の言葉は待ってもなかなか出なかった。メガザラックは彼が死んでしまったのではないかと恐る恐る声をかけた。

「ガルバトロン様…」

「…ああ」

 ややあって、ガルバトロンは再び話し始めた。

「お前に、そこまで疎まれていたというのは…わしはずっと、お前の気持ちなど意に介さないつもりでいたが…寂しいものだな…いつかはお前がわしに思いを寄せるようになってくれると…心の底でいつまでも期待をしていたのだ。そのために目が曇っていた…お前の作戦にも気付かない程にな。」

 ガルバトロンは自嘲した。「力ずくで主人から奪えば、お前がわしを憎むことはわかっていた。それでもお前はテラーコン、時が経てばあるいはと思ったが…お前の心はついに変わらなかったのだな…」

 寿命の尽きた蛍光管のように、ガルバトロンの双眸が力なく不規則に瞬いた。

「近頃は…余りに素直に気持ちが通じるが故に、ようやくお前が懐いてくれたと…アルファQを忘れてくれたのではないかと、勘違いしておった。」

 メガザラックは必死で嗚咽を殺した。胸が軋む。ガルバトロンはついに彼の寄せる思いが一方通行のままで終わった、と思っているのだ。それがメガザラックには余計に悲しかった。

 違う、とメガザラックは叫びたかった。おれには何よりもあなたが大切です、そう訴えて彼に縋り付きたかった。しかしそれは決してできないことだった。今まさに、死の淵に沈みかけた彼に向かって、実は昨日、自分はあなたが好きだということに気付きました、どうか自分を残して死なないで下さい、などと言える筈があろうか。それはあまりに残酷だ。彼を軽んじている。

 この悪夢のような事態は他の誰でもない、この自分が招いたものだ。この期に及んで後悔とは、愚かにも程がある。自分に彼の死を悲しむ権利はない。メガザラックは自分を叱咤し、彼の言葉を残さず聞くように自分を奮い立たせた。

 ガルバトロンはノイズの酷い声で言った。

「わしの負けだ。おめでとう、これでお前は自由だ。…長い間、付き合わせて悪かったな。」

 それから少しの間を置いて、彼は付け足した。「新しい主人に付いたら、今度は幸せになれよ。」

 メガザラックの双眸から涙が溢れた。喉が嗚咽に軋んだ。

「なぜ泣く?」

 ガルバトロンは手を伸ばし、メガザラックの零れ落ちる涙を指先で拭った。「やっと果たした復讐だ、お前の喜ぶ姿を見せてはくれぬか。」

 ガルバトロンは少し困ったように笑った。残された少ない時間で彼は待ったが、止め処なく流れるメガザラックの涙に、それも叶わないと諦めたようだった。

「さらばだ、メガザラック…愛しい――…」

最後に、一際優しく頬を撫でた大きな手が――唐突に力を失い、鈍い音を立ててメガザラックの腿の上に落ちた。

「ガルバトロン様…ああ!」

 メガザラックは完全に機能停止した主人の体に取り縋って号泣した。遠く聞く者の心を締め付ける嘆きの声は、いつまでも止まなかった。





 それからずっと、メガザラックはガルバトロンの亡骸の側を離れなかった。何ヶ月かが経った時、彼は鍾乳石の岩肌に大きな穴を掘って彼を埋葬した。これから長い年月をかけて、洞窟の水の流れは彼と、彼と一緒に埋め戻した石のかけらを新たな石で包み、外の世界の喧騒からずっと彼を守ってくれるだろう。墓標はなかったが、美しく静かなこの場所で誰にも妨げられることなく、彼は眠り続けるだろう。

 最後の石を戻し終えて、メガザラックは洞窟を後にした――まだ見ぬ新たな主人と出会うために。それが彼ら、テラーコンの生き方だった。





The End







ザラックさん好きに捧ぐ with love

死にネタですいません。まあ因果応報っていうか・・・

2006年に発行した本「His Master's Voice」に収録した話の一つです。
発行から6年経って、本の在庫もないのでwebサイトに載せることにしました。
本を買って下さった方、読んで下さった方、有難うございました。





2006.10.22初版発行
2012.2.23改・web公開




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