以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。

 
 
A Crack



 

海底基地の人通りのない廊下の一角で、スタースクリームは今まさに手篭めにされようとしていた。

彼を組み敷いているのはアストロトレインだった。スタースクリームは最初からこの新入りのデストロンが苦手だった。スタースクリームよりも二回りほど大きく重いボディを持った彼は、スペースシャトルと古めかしい蒸気機関車にトランスフォームするトリプルチェンジャーだった。スピードとアクロバティックな動きに重点を置いて設計された超音速ジェットが腕力で敵う相手ではなく、初顔合わせとなった任務で指揮権を巡って彼と争ったスタースクリームは、実際酷い目を見ていた。

デストロンの中核を構成するメガトロンたちがサイバトロンの主要メンバー共々消息不明になっていた間に、各地の惑星や公共の宇宙施設で略奪行為を繰り返していた彼は、連邦警備隊に目をつけられ、ついに数十万年前に身柄を拘束されていた。最近になって宇宙刑務所を脱獄したという彼は、賞金首でもある、正真正銘のお尋ね者だった。

ちなみに、セイバートロン星では悪名高いデストロンも、宇宙的規模から見ればある惑星での内戦における優勢勢力のひとつにすぎず、ここ1千万年程の急成長振りが一部で危険視されていたものの、宇宙連邦の持つ"要注意集団リスト"にその名が記されているということもなかった。アストロトレインのように、指導者を失ってからの窮乏に耐えかねて宇宙各地に散って行ったメンバーは、生来の気質から、協調型のサイバトロンと違って新しい状況に上手く適応することができず、その土地の者と衝突し、何かと問題を起こすことが少なくなかった。彼らは個人的にならず者扱いされていたが、しかしだからと言って、デストロン主義自体が犯罪者集団とみなされているわけではなかった。

広い屋外であれば小回りの利かないロケットに遅れをとろうはずもなかったが、スペースの限られた狭い基地内では、スタースクリームは圧倒的に不利だった。最初から壁際に追い詰められ、最大の武器であるスピードが生かせないまま格闘戦に持ち込まれては、スタースクリームにはなす術がなかった。トランスフォームしきる前に片脚をつかんで引き戻され、重い体の下に押さえ込まれると、もはや逃れることは不可能だった。しかし冷静に諦めることなどできず、スタースクリームはほとんどプライドだけで必死に抵抗していた。

「やめろアストロトレイン!こんなことしてただで済むと思ってるのかよ!」

「どうなるって?」アストロトレインはスタースクリームの両手を片手で拘束し、硬い合金の床に押さえつけた。「言ってみろよ。ええ?スタースクリーム」

「このっ・・・てめえ、俺を強姦する気か!」

「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ」アストロトレインは意外な言葉を聞いたとでも言うように、わざとらしく驚いた声を上げた。そして不穏な笑いと共に付け足した。「でもまあ、この場合はそうとも言うな」

「ふざけやがって!」

暴れるスタースクリームの体を乱暴に裏返すと、アストロトレインは片手で彼の頭を掴み、鈍い音を立てて床に打ち付けた。

「ガタガタ抜かすな。強姦かそうでないかなんて、そんなの気の持ちようだろうが」アストロトレインはスタースクリームのインターフェース器官を覆う頑丈な装甲を力ずくで剥ぎ取り、傷つきやすい内部器官を剥き出しにした。「お前も痛い目に遭うだけが嫌なら少しは協力するんだな」

身体的に弱い部分がさらけ出されると、虚勢で押さえていた心細さと不安が噴出した。普段は決して他人に晒すことのないプライベートな部分が人目に触れているという羞恥心は、通常ならばそれだけでスタースクリームの精神にしばらく立ち直れないような大打撃を与えるものだったが、それを感じる余裕も今の彼にはなかった。

繊細な造りの受容器を無造作に弄られて、スタースクリームは息を飲むような鋭い悲鳴を上げた。暴力に慣れていない彼は精神的なショックと恐怖ですっかり怯え、ほとんど聞き取れない小さな声で泣いた。

「嫌、嫌だ、助けて・・・」

「お前みたいなクズ野郎、誰が助けるもんかよ」耳聡く聞きつけたアストロトレインが、わざとスタースクリームを傷つけることを意図して言い捨てた。

アストロトレインが彼自身の準備にかかろうとしたその時、彼の背後から、咎めるような声がかかった。

「おいお前達、こんなところで何をしておる」

その声の主に気付いたアストロトレインは飛び上がって驚いた。彼はとっさにどうにかスタースクリームの口を掌で塞ぎ、彼が自分の陰に隠れるように位置を気をつけながら背後を振り返った。

照明が影になった廊下で、スカーレットの双眸と白銀のボディが鈍い光を放って見える。右腕に巨大な黒色のカノンを備えたその人物はデストロンのリーダー、メガトロンその人だった。

「ここを一体どこだと思っておるのだ、この愚か者め。恥を知れ!」

それはごく落ち着いた調子だったが、毅然とした声に滲み出した彼の怒りはアストロトレインに寒気を感じさせるのに充分だった。

「メガトロン!これは、その・・・」

気が逸れて力の緩んだアストロトレインの手をどうにかずらし、背中を押さえつける力に逆らってスタースクリームが悲痛に叫んだ。「メガトロン・・・助けて!お願いだ・・・」

スタースクリームを一瞥したメガトロンはしかし特別に感情を動かされた素振りも見せず、アストロトレインに視線を戻すと顎をしゃくった。「嫌がっておるではないか」

怒鳴るでもなく淡々した口調は、しかしかえって恐ろしく危険に思えた。

融合カノンの銃口はまだ床を向いていたが、それがいつ自分に狙いをつけるとも知れない状況に、アストロトレインは獲物を放り出して立ち上がった。言い訳を繕うことも放棄して逃げ出すその背中に、メガトロンの声が追い討ちをかけた。

「2度目はないぞ、覚えておれ!」

のろのろと体を起こし、身繕いを済ませたスタースクリームに向き直ると、メガトロンは呆れ声を出した。「まったく、こんなこと位自分でなんとかせんか。それともNo.2の名は返上してラボに篭るか?スタースクリーム」

「そ、そんな!冗談じゃねえ」スタースクリームは気色ばんだ。「今日は少し、油断しただけだ。この借りはいつか5倍にして返してやる」

調子を取り戻してきたスタースクリームは虚勢を張ることに成功した。メガトロンの険しかった表情が和らいだ。

「まあ良いわ。これからは相手をよく見て選ぶんだな」

スタースクリームはメガトロンが激しく状況を誤解していると察し、慌てて弁明した。

「違いますってば!!最初っから、俺はそんな気は全然なかったんですよ!あいつがいきなり・・・」スタースクリームは声を落とした。

彼は、自分が決して誰ともベッドを共にすることのない種類の存在であり、その唯一の例外がメガトロンであるということを目の前の男が知っているのだろうかと疑問に思った。いや、彼は間違いなく知っているだろう。彼のリーダーは彼が潔癖すぎ、頑なに他人を拒否し続けることを口には出さないが気にかけているようだったから、今回のことがスタースクリームの自発的な意思による行為だったのなら、むしろその変化を歓迎するつもりだったのかも知れなかった。

「冗談じゃない」スタースクリームは床の一点を凝視しながら苦々しく呟いた。

「わかったわかった。ではこれからは気をつけるんだ」メガトロンは大して気にしていない様子で訂正した。

スタースクリームは、向きを変えて立ち去ろうとするメガトロンの袖、はなかったので、腕を引いた。

「何だ」

メガトロンは、黙って見上げるスタースクリームの目に、縋るような色と、そして僅かにボディの内に渦巻く情欲を映した深紅の揺らめきを見た。これは良くない兆候だと彼は内心で眉をひそめた。

黙り込んだまま言葉の出ないスタースクリームに、メガトロンはそ知らぬ顔で助け船を出した。

「次のシフトが終わったら、儂の部屋に来い。良いな?」

視線を下げたまま、スタースクリームは思い詰めたような顔で頷いた。






数時間後、アストロトレインは適当に込み合ったバーラウンジでサンダークラッカーを相手に飲んでいた。

基地の中枢部からは少し離れた区域に作られたラウンジは、勤務時間外のメンバーが自由に出入りができるようになっていた。通常の活動に必要なエネルゴンは支給されるが、それとは別に、メンバーはそこで役職や勤務時間に応じて振り分けられるポイントを使って、特別な品を手に入れることができた。その最たる例が高純度エネルゴン、有機生物にとってのアルコールに相当する作用を持った嗜好品だった。

慣れない土地での厳しい活動による士気の低下を防ぐために設置されたその設備は、セイバートロン星のシティにあるような歓楽施設をコンパクトに模したようなものだったが、設計者のこだわりを反映して、組成やグレードの異なる様々なエネルゴンが一通り揃えられており、評判は上々であった。喧嘩騒ぎを起こした場合はその後しばらく利用が禁止されるという規則のために、意外にも落ち着いた雰囲気に包まれた場所であった。

「まったく、メガトロンに睨まれた時には冷や汗もんだったぜ」

「馬鹿そりゃあれだろ、おめーが目に付くところでおっぱじめようとしたからだぜ。メガトロンはそういうことにはうるさいからな」

「スタースクリームはメガトロンの情人なんじゃねえのか」

「そんなことあるかよ。我らがボスは決まった相手を作らねえんで有名なんだぜ。スタースクリームが来てからだってかれこれ数百万年になるが、メガトロンが今までに特定の恋人を持ったことはないぜ。やつはほんとに手当たり次第だが、やつの恋人はいつでも一夜限りなのさ」

「何でだよ」

「さあな。毎日恋人のご機嫌伺いをするのが面倒なんじゃないのか」サンダークラッカーはいい加減に答えを返した。酒の肴に新メンバーの笑い話に付き合うのは結構だったが、他人の恋愛心理について大真面目に議論するのはまっぴらだった。

もっとも、リーダーの恋愛に関する主義について、付き合いの長いサンダークラッカーは彼なりの考えを持っていた。

メガトロンの多情振りは誰もが知っていることだったが、それでも彼のリーダーとしての評価が不動を保っているのは、まさにそれ自身が理由であると思っていた。

メガトロンは手当たり次第に関係を持つが、しかしその関係は常にその場限りだった。繰り返し関係を持ったという者は彼の知る限りただの一人もいなかった。その薄情な公平さはほとんど博愛主義に似ていた。だからサンダークラッカーはメガトロンが誰彼かまわず寝ることを何とも思っていなかった。

サンダークラッカーが知る限り、メガトロンは誰よりもデストロン主義に、そして彼の追従者に忠実な人物だった。彼は常にデストロン主義を最優先に行動し、寝ても覚めてもデストロンの未来を考えていた。彼の人生は主義を中心に回っていた。彼はメガトロンが勤務シフト通りに休みをとっているのを見たことがなかった。それはメガトロンが彼自身の抱く理想をデストロン主義に重ねているからこそできるのだとも思えたが、それにしてもメガトロンは献身的過ぎた。常に最新の考えと、普通の者では及びもつかないアイデアと情熱でもって行動し、そして軍団と追従者の生命の保護や保障、すべての責任を背負って、彼はすでにデストロン主義を数百万年の間導いてきたのだった。メガトロンはおよそ個人にできる範囲を遥かに越えた働きをしていた。デストロン主義に最も貢献したのは他の誰でもない、リーダーである彼であることは疑いようがなかった。

メガトロンは、例えばレーザーウェーブやサウンドウェーブのように、特定の部下を重用することはあっても、個人的な関係や感情から、誰かを贔屓することは絶対になかった。指導者にとっては、主義全体に通用する理由なく、特定の者―――例えば恋人を特別扱いすることは許されていなかった。メガトロンは常に自分たちのことを最優先に考えている、という確信があるからこそ、あるいは無意識に知ってるからこそ、兵士達は運命を託してメガトロンに付き従い、危険を顧みず戦うのだった。万一、メガトロンが本気で恋人を作って恋愛に現を抜かし、デストロン主義に対する責任をないがしろにするような事態が起これば、デストロン兵士の間での彼の信頼は地に墜ちるであるだろうことを、サンダークラッカーは確信していた。

サンダークラッカーはデストロン主義の、時に手段を選ばない征服行為に疑問を持っていたが、それでもメガトロン個人が主義に対して見せる誠意を疑ったことは一度もなかった。彼が真にデストロンのリーダーである限り、彼への追従をやめる馬鹿はいないだろうと彼は思っていた。遠い昔にデストロンとして生きる道を選んでから、長い年月の間に幾度となく離反を考えながらも、彼が結局主義から離れられなかった理由は、つまりそういうことだった。

栓ないこととわかっていながら、サンダークラッカーはまたこうも思っていた。

もしメガトロンに特定の恋人を作ることが許されたとしても、おそらく彼は変わらずデストロン主義への献身を続けるだろう。この期に及んで、気の遠くなるような長い時間続けてきたやり方を変えることなどできはしないのだ。彼は恋人のために、主義への義務を果たす時間を割くことはほとんどしないだろう。ちょっとした仕事の合間にインターコムで様子を尋ねることもせず、何日も司令室に篭もりきりで働き続ける男に、いつまでも我慢のできる女がいるだろうか?

特別扱いできず、一緒に過ごす時間も確保できないにも関わらず恋人を持つのは無責任だと思っているからこそ、メガトロンはずっと独り身を通しているのではないだろうか。そして、一見、血の通った暖かい感情を持たないようでいて、実のところ誰よりも愛情深いのは彼ではないのか?

この世で唯一の人物に向けられるはずだったかもしれない彼の愛情は、代わりにデストロン主義全体に無差別に分け与えられている。その一部を偶然向けられた女は彼の本気の愛情を受ける――― 一時の間だけ。彼のまとった空気を読み、本能でそれを知る女達は、彼の気紛れな誘いに喜んでその全てを委ねるのだ。

メガトロンは愛情を切り売りしている、サンダークラッカーはそう感じていた。

「そろそろ引き揚げるとするか。長居してメガトロンと鉢合わせでもしたらことだ」

アストロトレインの声に、サンダークラッカーは現実に引き戻された。

「その心配はいらねえぜ。メガトロンは滅多にここには来ねえから」

セイバートロン星に拠点を置いていた頃は、本部内にあるラウンジの一角で、居合わせた女性を口説くメガトロンの姿がしばしば目撃されていたが、この海底基地に拠点が移ってからは、それも全く見られなくなっていた。第一、惑星中にその名を轟かせる女好きのリーダーにとっては、この基地内にはひっかけるべき対象がいないのだから、それも当然だとサンダークラッカーは思っていた。

「あ、そうか」

アストロトレインもそれに気付いたらしく、一人で納得している。

サンダークラッカーは最近噂になった、もう一人の渦中の人を思い出したが、すぐに考えるのを止めた。彼もまた、今までメガトロンが相手にしてきた女達のように、彼の気紛れに一時付き合ったというだけのことだ。それで今後の彼らの関係が変化するとは到底考えられなかった。

「でも、セイバートロン星中の女をつまみ食いするのだって、リーダーである奴の特権の内だろ」

数万年に及ぶ刑務所生活で、余程鬱憤が溜まっているらしいと、サンダークラッカーは色事から話題がちっとも離れない飲み友達を笑った。彼は周囲の人間観察を趣味のひとつとしていたが、彼自身の恋愛事やセックスには興味を持たない存在だった。

「馬鹿、いくらあの人が強引だからって、そんなメチャクチャな決まりはねえよ。大体そんなやり方で女がこぞってなびいたりするもんか。」お誘いを受ける女の方には当然それを拒否する権利があるのだ。

「てめえ随分と女に慣れたみてえな言い方するじゃねえか」

ついに酔いが頭まで回ったのか、アストロトレインの目の光が不吉に明滅を始めた。サンダークラッカーは酔っ払いに絡まれて身動きがとれなくなる前に、さっさとその場を逃げ出すことに決めた。

彼は挑発するような嫌味な笑いを浮かべた。「お前みたいな朴念仁と一緒にしてもらっちゃ困るぜ」

サンダークラッカーは掴みかかるアストロトレインの手からさっと身をかわし、捨て台詞を残して席を立った。「今日の分はお前の驕りだからな、アストロトレイン!」

アストロトレインが悪態を吐く間もなく、彼は人ごみの向こうに消えて行った。






人のざわめきの絶えない一般の居住エリアとは異なり、人気の少ないHQエリアの中でも中枢部分に位置する司令室は、しんとした気配に包まれていた。

壁面を天井まで埋め尽くした種々のディスプレイやモニターランプが、それぞれに雑然としたパターンの光を放っていた。中には人間のTV放送が数チャンネル、音声を切った状態で流されているものもあった。人間のメディアからの情報収集は自動化され、圧縮された情報が別のモニターと記憶装置に出力され、チェックを待っていた。

時折、特に注意を喚起する目的の小さなビープが鳴る以外は、コンソールパネルのキーを叩く乾いた音だけが天井の高い広い空間に存在する音だった。

メガトロンは同時に使用していた3つのディスプレイを切ると、パネルの主電源は入れたままで席を立った。

「サウンドウェーブ」彼は司令室の別の区画で、ほとんどコントロールブースの一部と化して仕事をしているネイビー・ブルーの情報士官を呼んだ。「しばらく部屋に戻る。後を頼む」

「了解」椅子を回転させて体ごと振り向いたサウンドウェーブが、いつもの単調な和音で応えた。

その間にも、彼の背後に位置する複数のディスプレイには変わらぬ速度で情報が流れては消え、画面は明滅を繰り返した。彼自身に内蔵されたコンピュータを直接コンソールに接続し、基地の電子頭脳中枢を司る数台のスーパーコンピュータを同時に操ることで超高速で情報を処理する能力は、他の誰にも真似のできない彼の特技のひとつだった。

メガトロンが背を向けたのを見ると、彼はまたパネルに向き直った。メガトロンのパネルに表示されていた経時監視モニターの内2つを手元のディスプレイに加え、サウンドウェーブは彼の仕事を再開した。






メガトロンは幾分照明が控えられた静かな廊下に出た。地球の自転時間に合わせて設定された12時間ごとのシフトの内、地上では「夜」に当たる時間帯だった。

彼は誰もいない空間に向かって聞いた。「ネメシス、スタースクリームは今どこにいる」

『現在、スタースクリームはあなたの個室にいます』自我を持たない基地の管理コンピュータが、男性のものとも女性のものともつかない平坦な声で応えた。

彼は自室に足を向けた。

エレベーターでいくつかの階層を通り過ぎ、まだ通い慣れたとは言えない道順を辿って歩き出す。自分の部屋に戻るのにおかしなことだが、ほとんどの時間を司令室やラボで過ごす彼にとって、この惑星に漂着してから新設された基地に割り当てられた部屋は、名義的には間違いなく彼のものであっても、あまり馴染みのある場所ではなかった。

静まり返った四角い通路に、彼の足音だけが反響した。

メガトロンが部屋の入り口に近付くと、彼のエネルギーパターンでロックされたゲートは誤りなく彼を認識し、自動的にドアをスライドして部屋の主を迎え入れた。

部屋の中は真っ暗だった。メガトロンは照明を点す代わりに、自動的に視界を赤外線センサーに切り替えた。

パネルのある前室にスタースクリームの姿はなかったが、彼がこの部屋のどこかにいることは確認済みだった。馴染みはなくとも遠慮はない縄張りに足を踏み入れ、彼は大股に部屋を横切った。寝室のドアを開けると、広いベッドの隅に腰掛けたスタースクリームがさっと顔を上げた。

メガトロンの言いつけ通り、スタースクリームは部屋の主が仕事にひと区切りをつけて戻って来るのを大人しく待っていたのだった。

「そんな不安そうな顔をするなスタースクリーム。一体どうしたのだ」メガトロンは右腕の巨大なカノンを外しながら、借りてきた猫のように神妙な様子の部下に近付いた。

「アストロトレインに迫られたのが怖かったのか?」彼はからかうように笑ったが、馬鹿にした気配はなかった。

「違う!怖くなんか・・・ただ、あんなセックスは嫌だと思っただけだ」

メガトロンはベッドの端に腰掛けたスタースクリームの前に立ち、彼を驚かさないようゆっくりとした動作で彼の頬に触れた。それから顎や唇の表面をなぞるように、それぞれの指先をそっと滑らせた。

「ああいうのはセックスとは言わんのだぞ、スタースクリーム。セックスはお互いの合意があって初めて成立するものだ。愛のない行為には何の意味もない」

「愛だって?」スタースクリームはきょとんとした。

一瞬の後、彼の思考回路はフル回転を始めた。上下の区別もつかない愚かな宇宙海賊だって目が合う前に尻尾を巻いて逃げ出す、天下の"破壊大帝"メガトロンが愛だって? 彼のマイクロチップはついに壊れたか、悪い風邪でもひいたのか? 彼は自分をからかっているのか? それともこれは新手の冗談だろうか?

スタースクリームは大声で笑いたてようとしたが、メガトロンと目が合った瞬間、そうすることができなくなった。堰を切って溢れかけた感情の高揚は嘘のように静まり返った。

スタースクリームは目を伏せてはにかむような笑みを浮かべた。「あんたの口からそんな単語を聞くとは思わなかった」

「そうだな」

二人はくすくすと笑い合った。

「さあ話は終りだ。」メガトロンはスタースクリームの片手をすくい上げ、唇を寄せた。そのまま手を引いて引き寄せ、空いた方の腕で肩を抱き込み、深く口付けた。求めるような動きでスタースクリームの両手が抱擁を返し、メガトロンの背を愛しげに撫でた。






体を強張らせていた不安と緊張が去ると、今度は別の心配事がスタースクリームの頭を掠めるようになった。スタースクリームはベッドに入る前に交わした最後の会話を繰り返し考えていた。

もしかすると、彼は本気だったのだろうか。スタースクリームはメガトロンの表情を思い出そうとしたができなかった。彼はメガトロンの顔を見ていなかった、否、あの時はどうしても顔を上げることができなかったのだ。確かに彼が笑ったような気配があったが、しかし彼の声の調子には曖昧な印象しかなかった。

しかし、もし本当にそうだったとしても、それはスタースクリームには関係のないことだった。メガトロンは一夜の恋人を愛する。甘い言葉を囁き、熱心に仕え、彼自身の一部を与える。そして数時間後には相手のことなどきれいさっぱり忘れてしまう。寝室を一歩出た瞬間、彼は別人のように冷厳で支配的なデストロン・リーダーに戻る。今はたまたまそれが自分を相手に繰り返されているだけだ。

それはスタースクリームにとって重大な意味を持たなかった。スタースクリームはメガトロンの最高の信頼と尊敬が欲しいのであって、彼に愛されたいのではなかった。ましてや彼はメガトロンの「恋人」になりたいのではなかった。メガトロンを見返してやりたい、というのはつまるところ彼に自分の有能さと存在価値を認められたいということだったが、その一心でスタースクリームは全ての行動を起こしているのだった。

そう心の中で冷静に整頓すると、得体の知れない心配は消えて行った。スタースクリームは知らず、安堵のため息をついた。これで今晩は心置きなくゆっくり休めそうだと彼は思った。

「スタースクリーム」頭のすぐ後ろでメガトロンの声が響いた。

「なんです?」

スタースクリームは寝返りを打つのに邪魔になる翼を一方に折りたたみ、横になったままでごそごそと向きを変えた。腹這いになったところで首を真横に向けてメガトロンの顔を見ると、見かねた彼は笑いをかみ殺しながら、スタースクリームの体を自分のボディの上に引き上げてくれた。

やっと開放された翼を快適な角度に調整すると、スタースクリームは機嫌良く微笑んだ。

スタースクリームはメガトロンを至近距離で見下ろすことができ、翼も傷まないこの体勢が好きだった。もちろん妙な気を起こせば自分程度の重さでは下から容易に撥ね飛ばされるだろうことは想像に難くなく、実際に試したこともなかったが、ささやかな優越感を味わうことは彼のちょっとした楽しみだった。それを充分知っているメガトロンは、たまにサービスでしてくれるのだった。

スタースクリームは伸び上がってメガトロンの唇にキスした。「メガトロン?何か質問でも?」

「・・・いや」メガトロンは少々歯切れ悪く言った。スタースクリームの様子がまだおかしいと感じたのは思い過ごしだったろうかと彼は思ったが、それを表に出してスタースクリームの不安を蒸し返しては元も子もなかった。彼はスタースクリームの背をそっと撫でながら、睦言の続きのように囁いた。「気分は良くなったか?」

「ああ、もうすっかり」スタースクリームはいたずらっぽくニヤリと笑った。「とっときの作戦を思いついたんです。明日はあの鈍足ロケットに一泡吹かせてやりますよ」

自信に満ちた挑戦的な笑みに、メガトロンは彼が本調子を取り戻したことを確信した。

「まあ、程々にな。」メガトロンは笑った。「油断せんよう気をつけるんだぞ」

「わかってますよ」スタースクリームは念を押されたことに腹を立てた振りで、不貞腐れてみせた。

メガトロンは彼の胸の上で腕を組み、頭を落ち着けたスタースクリームの肩を繰り返し撫でた。スタースクリームのシステムが活動レベルを低下させ、休息状態に入ったことを感じると、メガトロンは彼の眠りを妨げないよう静かな調子で付け足した。「空中にいる限り、お前は負けんよ。スタースクリーム」






再びほの暗い廊下を抜け、メガトロンが司令室に足を踏み入れると、そこには先程彼が出て行った時と変わらない様子でサウンドウェーブが数々のモニターを相手に座っており、そしてやはり他には誰もいなかった。メガトロンは彼に一声かけてから専用のブースに向かった。

椅子に納まり、彼はディスプレイの電源を入れた。それから何をするでもなくしていたが、彼はサウンドウェーブが少し離れた場所に立ったことに気付いた。彼はまた、サウンドウェーブが占領していたブースの付近に位置するディスプレイが残らず電源を落とされていることに気付いた。

「メガトロン」サウンドウェーブは完璧なモノトーンで言った。「β14宇宙域の磁気不整合に関する分析は全て終了した。レポートは1503データファイルに」彼はメガトロンに1枚のディスクを手渡した。

「ご苦労。サウンドウェーブ」

メガトロンはディスクを受け取った腕を空中で止めたまま、サウンドウェーブに言外の礼を込めた視線を送った。

サウンドウェーブは無言で頷くと踵を返し、そのまま司令室から出て行った。

スライドドアが閉まると、広い司令室にメガトロンは一人になった。

メガトロンは照明を落とした。つけっぱなしの数個のディスプレイの光だけが部屋の一角を照らし、メガトロンの白銀のボディの上にも様々な色の影を落とした。

彼は椅子の背もたれをいくらか倒し、アームレストに肘をかけたまま両手を組んだ。彼はしばらく壁面の一点を見つめていたが、やがてアイ・センサーを遮断し、物思いに沈んで行った。














イベントは終わった、だがストーリーは始まったばかり・・・
なんて某テーマソングみたいなフレーズが頭に浮かびました。
意味不明ですんません。

「スカイゴッド」での初登場シーンがあんまり凄かったので
今回はATに白羽の矢が立ってしまいました。

ネメシス・・・400万年前の地球に墜落したデストロンの
スペースクルーザーの名前ですね。という訳で海底基地とは
全然関係ないんですが、名前が、これは使わねば!
という感じなので流用してみました。






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