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1番線
ここでは武蔵野線について簡単に説明します。


 武蔵野線基礎データ
musashino
工事開始年 昭和40年度
初開通日 昭和48年4月1日
駅 数 24駅
旅客営業キロ
(全線)
71.8キロメートル
100.6キロメートル
使用車両
103系と205系
車両所属電車区
豊田電車区(八トタ)
編成両数
8両編成
平均速度(表定速度)
56.1km/h
各駅平均利用者数
46,000人
通過行政地区数 3都県16市
   

 武蔵野線序論

 上の表通り武蔵野線の開通は昭和48年4月1日でした。このときに府中本町〜新松戸間の完成です。もともと貨物線として開通 したのは言う間でもないくらい有名なことです。これのおかげで貨物列車が山手線(山手貨物線)を走らなくてすむようになり都心では「貨物列車」を見かけなくなりました。その後昭和53年に新松戸〜西船橋間が開通 。昭和61年から63年にかけて京葉線が完成し西船橋から先に延伸するようになりました。

  「武蔵野線」と言うと、府中本町〜西船橋のようですが、ほんとは鶴見(新鶴見信号所)を起点とし、そこから西船橋までの区間です。鶴見〜府中本町は貨物専用線として用いられています。従い西船橋方面 の電車が「下り」となるわけで、「東京」行き「下り」が走ります。この東京行き、西船橋から京葉線として扱われるので京葉線「上り東京行き」に変ぼうします。

  ところで、現在ではモータリゼーションが進み貨物列車はトラックにとって変わられ減少の一途で、現・新三郷駅の武蔵野操車場が廃止され、今では「旅客化」してしまったようです。それでも昼間は旅客用と貨物が交互に走っていますし、新座、越谷貨物ターミナルも活動中です。2000年7月に松下電器やソニーが運送に貨物列車を使うとの発表がありこれからまた貨物輸送が増えるかも知れません。

  開通当時は101系電車(1000番台:武蔵野線用難熱対策車)が6両で昼間は40分に1本、ラッシュ時でも15分に1本(広報にいざより)が今では103系ならびに205系電車が8両で、昼間でさえ12分に1本走っています。 今ではまさに「第2の山手線」こと通勤電車です。武蔵野線を観察しているとおもしろいことが分かります。武蔵野線は御存じの通 り、山手線から放射状に出た各線(中央、西武、東武、埼京など)との連絡駅多いわけですが、その連絡駅の周辺の利用が多く、長距離の移動客はさほど多くはないことが分かります。だから乗換駅に着く度にほとんどの人が入れ代わってしまうわけです。

  それでも筆者のように40分以上乗る人もいないわけではありません。現在「貨物」→「人」と言うような変化が起きているのはの明らかですね。つまり、本来は「山手貨物線を通 さなくするための貨物輸送路線」であるのですが「わざわざ山手線を回らずにすませる旅客輸送路線」もこの路線の重要な要素になってきました。

  さらに土日はまた別の需要が発生します。 それは、沿線に数多く存在する遊戯場への足。「東京競馬場」(府中本町)をはじめ「中山競馬場」(船橋法典)などを沿線に抱える武蔵野線は「ギャンブル電車」としてもその性格を示します。まさに競走馬に負けないように103系も多くのギャンブラーをのせ暴走します。 競馬開催日ともなると普段の輸送力では足りなくなるため、臨時電車が走り、そのため「時刻表にない電車」が来ることがよくあります。

 また、その他に武蔵野線の特徴を述べておきますと

  • 府中本町〜新秋津間にはトンネルが多い。とくに新小平駅はトンネルの狭間です。
  • 高規格路線である。
    ;踏み切りは1つもなく、カーブも緩やかで103・205系共に最高速度で走ります。
  • 貨物用に、交差する各JR線との間には連絡線がある。
  • 車両が古く「騒音」と「揺れ」で乗客が嫌がる。

と言うことがあげられます。
その他、細かなことは4番線:「特集」で触れていきたいと考えています。
さて、ながくなりました。武蔵野線路線図を下にはっておきます。
各駅については2番線を御覧になって下さい。