彼女とボクと優しい雨






6月
低く重い灰色の雲は
何処までも続く…
見通す事の出来ない未来のように








「あぁ〜じめじめ〜」
「大佐、口に出すと余計感じるから言わないで下さい」
「だってさ俺雨の日は…」



雨になると決まって不機嫌になるこの人は、国家錬金術師国軍大佐ロイ・マスタング
錬金術師の二つ名を“焔の錬金術師”である
その名の通り特殊な発火布を用いて作られた手袋で熾した火花を錬金術で自在に操る錬金術師
その力は、その気になれば一戸小隊をも凌駕するだろう
けれど彼の戦術は、策士と呼ぶにふさわしい

もちろん個の力も去る事ながら
力のみで押さえつけるのではなくいかにしてそれをより有効に活用するか否か…とか
その判断と戦術に彼は、とても長けていた
まあ発火布の手袋というのも一つの手段というだけでで実際は火種さえあればそれを自在に操れるのだが…
しかしその発火布製の手袋はそれ自体が彼のトレードマークともなっていた
その手袋を彼が一擦りすればそこから放たれた焔が敵を襲う
芸術的に広がる焔…
人々の心をも飲み込みながら燃え尽きるまで…
消える事を許されぬ焔

その焔は、今までに幾人もの魂を飲み込んだ
彼を知る者は、その様子を少しの羨望と大半の恐怖におののいた悪意で見つめた
だから今となってはその発火布自体が彼にとっての守役とも言うべき防波堤にもなっていた
例えばソレによって畏怖の目で見られようとも、そうそう手出ししようとするような愚かな者はいなかった
そのためか思うようにそれを操れないこんな雨の日に彼は、決まって憂鬱そうに外を眺めている事が多いのだった



けれどもすねたような子供じみた口調や態度の
もちろんこれらは彼の創った顔なのだが…
そんな日に限ってだけ
ほんの一瞬…彼は
驚くほど安らかな
まるで母の胸に抱かれている安心しきった子供のような表情をする事があった



矛盾しているとは思う…
けれど背負ったものの大きさに押しつぶされないようにと細心の注意を払って日々を生きているそんなこの人だからこそ
こんな日も必要なのだと思っていた

この雨だけが…
いや…それだからこそ全ての武器を下ろし背負った重い枷を全て消し去る事が出切るのだろうか?
ずっとこの雨が降り止まなければ…
そうすればこの一瞬の安らかな時を永遠にずっと彼は手にする事ができるのだろうか?

彼を敬愛する部下は人知れずすっと考えていた

けれど日が経つにつれそれは容易に叶わないものへと変貌しているようにすら思えた



戦争が終わり軍が無くなる事が…?
そんな時代がいつかやってくるのだろうか?
人は生に執着し、けれどそれを確かめるために人の死でそれを確かめている
自分の私利私欲に溺れる者さえいる
そんな中で
誰にも気取られず自分を奮い立たせ必死に当たり前を生きている




否…生きようとしている



そんな者の代表のような彼
その彼の些細な表情の変化や言動の意味を、細部にわたるまで深く読み取っていたのは多分身近では彼女
リザ・ホークアイ中尉をおいて他にいなかっただろう
綺麗な長いブロンド髪を隙も無く束ねている彼女は、若くして大佐付きの中尉となったエリートといえる人物だった
その彼女だから思う…
こんな雨の日は大佐にとって唯一の武器と言う名の枷を置ける心の休息日なの…だと

だからこそもう少しの間で良いから

“この融通の聞かない愛しい人をどうか見守っていて”

と彼女は願わずにいられなかった





「中尉こんな日はデートでもしに行かない?」
気の抜けた大佐の声
一瞬その言葉に耳を貸そうかとも思ったが…
ここでおざなりに優しさを与えたところで自分にとって…

いや…彼にとっても何の理もないと考え
「何言ってるんですか?こんなに仕事が溜まっているくせに。無駄口をたたく前にそこの書類片付けてください」
一括してその思いごと突き放す


彼の目の前には、手付かずの書類が文字通り山のように積まれていた
中佐の位から大佐へと昇進を重ねる度にそれらの書類は、量を増し内容も血生臭いものへと変化していった
表情にこそ表れないがそれらは彼の内部を少しずつ蝕んでいた

上への忠義
部下への気遣い
そういったものが凝り固まって彼の表情から素直な感情を奪っていく
それは、他人に気取られまいとする彼の強さであり脆さなのだと彼女は感じていた

もっと自分や他の他人に頼ってくれても良いのにと…

思わずにいられなかった

きっと彼にはかけがえの無いものが…未だに
自分を覆すほどの何かを…まだ見つけられずにいたのだろう





けれどだからといってただ甘やかすような事をしないのが彼女の良いところである
どんなに自分が望んでいたとしても優先させるべきものは信頼を寄せるその人への厚い忠義だった
もちろん自分をリザではなく中尉と呼ぶ事で
どんなに軽口を叩いてはいても大佐が自分との間に壁を設けようとしている事も明白だった
それを少し淋しく感じることもある…
半面……
それがこの人の間の取り方なのだと妙に納得もしていた
無意識だったにせよ故意だったにせよ、時折甘えたような素振りを見せる大佐と
それを受け取る中尉にはそれくらいで良い釣合が取れているようにも思えた




彼がここにやってくるまでは…
そのスタンスは揺ぎ無いモノのように思えた






今はただもう少し…
母のようなこの優しい雨に彼の心が平穏である事を願って止まないリザなのだった








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