燃ゆる焔





後悔とか
喜びとか
苦しみとか
そんなモノこの焔の前には皆無いに等しいモノに過ぎない…










言われるままに大佐について部屋を後にした…
廊下に出ると眩しい閃光が眼を射す
永い間カーテンを締め切った薄暗い部屋にいたため強い日差しに目がなれない
目の前をチカチカと光の粒が舞っていた
しばらくの間目を眇めながら大佐の後をついて行く








一階のエントランスに出る
回してあった車はいつも大佐が使っている外交用のものでは無く
こじんまりとした白い車だった
大佐も今は軍服ではなくラフな普段着を着用している

確かに軍服にあの車では少々悪目立ちし過ぎる…




ここに来るまでにホークアイ中尉とすれ違ったが…
彼女も一瞬驚いた顔をしていた
最初大佐の格好を咎めたものかと思っていたがどうやら自分が一緒にいたせいらしい
けれどソレは一瞬の事ですぐにいつもの平静を取り戻すと
彼女は一礼をして去っていった

何も言わなくてもあの人には全てが理解できたのだと窺い知れた
二人の信頼関係はエドから見ても厚いという事は前々から感じていた
実際自分などでなくああいった美人に執着するのが普通ではないのかと
エドは不思議でならなかった




「鋼の……?」
暫しの間そうやって一時前の回想に浸っていると近くで大佐の声が聞こえた
「…あっ?…あぁ何?」
「何って…」
あきれた顔の大佐の手は助手席側の扉を開けて待っていた
エドが乗るのを待っていたのだろう
「別にエスコートなんてしてくれなくていいんですけど……女じゃないんだし…」
なんだかそんな事をする大佐の態度がくすぐったくてエドはわざとすねて答えた
「お前が早く乗らないからだろう」
その様子に大佐はおかしいのをこらえて車の中へとエドの肩を押した
自分も運転席に乗り込み緩やかな足取りで車を発進させた…






車は少しずつ加速し郊外を進む…

「………おかしいなら笑えばいいだろ」
ポソリとエドが呟いた
「別に」
いつもの口調で大佐が答える
(でも顔が笑ってんですけど……)
バックミラー越しに見た大佐は
よほどさっきのエドが可笑しかったらしく
車を発進させてからもずっとこの調子でニヤニヤしていた
その顔を不愉快に感じながらも
どうせこれ以上言っても態度を改めはしないと諦めて
エドは窓の外に目をやった……

いつのまにか郊外を抜け車は田畑の見える川沿いを走っていた














「…の…がねの…」
「……んっ?…」
肩を揺すられ重く被さっていた目蓋を無理やり持ち上げる
視線のすぐ先に大佐が見える
「……あれ?」
幾度か瞬きを繰り返す
「寝ぼけているのか?」
また苦笑気味に尋ねられた
気が付くと車は脚の長い下草の生える路肩に停車している
どうやら自分はあの後そのまま眠ってしまったらしい
エドは覚醒しきらない頭を軽く振った
連日の余裕を無くした日々に自覚していた以上に身体が疲弊していたらしい
「…ふっ……」
自分の余裕の無さが少し可笑しくて
エドは苦笑した
「…鋼の?」
不思議そうな眼でソレを見ている大佐
「あぁ…ごめん。なんでもない」
そんな大佐の様子もなんだかエドには可笑しく思えた
しばらくの間くすくすと笑っていた
「……で、いったいどこまで行くつもりなんだ?あんた」
心行くまで笑って立ち直ったエドはふとそんな事を疑問に思い尋ねて見る

寝ていた間にもずいぶん走ってきたと思うのだが…
周りには主だった建物も見えないようだ
「あぁ…ここだよ私の来たかったのは」
そう言ってエンジンを切ると大佐は運転席側のドアから外へ出た
光の下に消えた彼の背中を追ってエドも車を降りた




………




「あっ……!?」
エドの目の前に広がったのは下草の向こう眼下一面に広がった黄色の洪水……
しばらくの間それに圧倒され身動きが取れなかった
息苦しい位の黄金色の渦の中でまるで時だけが止まったみたいだった
そこに立ち尽くすエド
そのとき
頬を微かな熱風が通り過ぎた…
その風に
止まっていた秒針が動き出す
ふとそこに
独りぼっちで取り残されてしまったかのような気分になり
大佐の姿を目で追う…
いつの間に移動したのか
大佐は丘の下のその黄金の中に佇んでいた
たどりついた先の視線はじっとエドを見つめていた
太陽の光と一面の黄金色その中に真新しい白いシャツを着た大佐がいる
シャツが光を反射して
眩しくて
少しだけ目を眇めた…



コレが世界なのだと思った…



ただ漠然と
地平線に延びる一筋の暮れかけたオレンジ色の光
その光に黄色の花が輝いている…
そうここは一面の向日葵畑
まるでそこだけ切り取られたかのように永遠と続く黄金の道
夕暮れの光が反射した向日葵は、それら一つ一つがまるで燃え盛る焔の魂のようだった

鼓動が早まる…

青空の下で見たならばきっと
『あんたに夏の花なんか似合わない』と
笑い飛ばしてしまえただろうに





けれど今…

この瞬間のその花は彼のためにこそ存在しているかのようだった
『焔の錬金術師のための太陽の花』
その代名詞がお似合いとばかりに
一日の内のほんの一瞬…この時だけ……
その花はここにあった

ドクドクと煩い位の心臓の音を抑えながら
エドは躊躇いながらもソコヘ足を進めた……
何故か今だけはそこに踏み込んでいいのかどうか迷ってしまった…
あまりにも他と切り離された世界は圧倒的で
完璧で…
怖いような気さえした





端のほうから紫色に染まり濃紺へと少しずつ色を変えていく空
それに合わせるように向日葵の色も燃え盛る紅から清浄の蒼い光へと姿を変えた


なんだか大佐みたいだ…

と、とっさにエドは思った…
使う焔は眩いほどなのに…内に燃える焔は蒼く…より深く……静かで
けれど色に似合わず高温で鋭さを高める




「…ふっ……」
そんな事を思った自分が可笑しくて
エドはまた噴出した
少し感傷的にでもなっているのだろうか…?
やっぱり可笑しくて笑いが止まらなかった
自分を抱きしめて
肩を震わせ下を向きながら
必死に冷静になろうと試みた
そんなエドに影が近づく
ソレと一緒に近くに温もりを感じた
顔を上げると少し上から心配そうな顔が覗く


「なんだよ?俺の顔になんかついてる?」
「いや…なにも…」
穏やかだが疑わしげな声…
本当は大佐がその時何を思ったかなんて分っていたけれど
ワザト意地悪くそう尋ねた
「じゃあじろじろ見んなよ。それとも俺が笑ってたらいけないのか?」
「いや、そうじゃない」
「別に…大した事じゃねぇよ」
「ああ……」
ただ大佐は恐れているのだ普段自分の前でこんな風に笑うエドを見たことが無いから
どちらかといえば大佐の前ではいつも怒る事も笑う事に対しても
素直な感情を剥き出しにしていた気がする…
だから俯いて肩を震わせ笑うエドは
一瞬泣いているかのようにも見て取れた
「ほんとにただ可笑しいだけだって」
「そうか…」
幼さを残した少年の見せた大人びた笑い
いつからエドはこうやって含むような笑いを浮かべるようになったのだろう?
自分には余り見せた事が無かったけれど
それが最近だったのか
それともずっと昔だったのか…
この歳の子供が見せるにはあまりに苦いような笑い
こういう時普通この位の年の子供ならば
きっと声をあげて笑うにに違いない


けれどエドは違う…
多分普通の子より少しばかり
自分の中で考えすぎるのだ…
だから……

なんとなくそれが寂しい気持ちになって大佐はエドを抱きしめた
優しく…
親のように……
「何してんの?アンタ」
別に咎めている訳じゃない
ただ純粋に
疑問に思ったから聞いただけ…
「………」
けれどそれには大佐は答えない…
いや答えられなかった
理由なんて大佐にもよく分からなかったから
ただ、今はこうするのが良いような気がした
だからかエドもソレを振り払おうとはしなかった


少しの間二人はそのままでそこにいた
日が沈みきると
まるでそれまでの喧騒がウソだったかのような静寂が
二人の周りを包み込んだ…




その静けさを最初に破ったのは大佐だった

「…お前とこの風景を分かち合いたかった」
ふと俯いていた顔を上げてポソリと
エドの頭上で大佐が呟いた
大佐の胸に顔を埋めていたエドにはその表情は読み取れない
ただ声だけが耳元に微かに聞こえた
「何…言ってんの?あんた」
抱きしめたからだがかすかに揺れた
「さぁ…よく分からん。ただお前なら理解してくれるような気がしてここへ連れて来たのかもしれない」


何を…?

明確なものなんてもちろん誰にも分からない…けれど
「あぁ…」
なんとなくなら理解できる…
あの風景こそが世界で
真実で
ゆるぎないもの…
その中で生きる自分達はきっとそれからしたら余程ちっぽけで
けれどそこで悩みもがきながらしか生きていけない
それが自然な事なのだと…
それからすれば自分達のしていた事なんて大した意味なんて無いのだ……きっと…




けれど人はその事に苦しむ……
だからこそ喜びを感じる
考えないでも皆自然とそんな事分かっている
ソレが当り前の事
摂理…
他人を愛しむ気持ちも
他人を想うあまり過ぎた感情で傷つけることも
ただ憎悪のままに突き進む想いも

皆同じなのだ…

だからと言って…
大佐がした事を全て許せる訳ではない
そして…
大佐が自分の行いを許してほしくてこんな事を言ったのか?
それともエドの気持ちを少しでも和らげたくてこんな事を言ったのか?
その理由もエドには分からない

けれど…きっと気付いてほしかったのだ
全ての思いは同じモノなのだと
湧き上がる根源は同じモノなのだと…
ただ…それだけの事なのだと…



エドは、ちっぽけな自分にはそれだけ分かれば十分だと
見た目より暖かい彼の腕の中で小さく頷くのだった



全てではないにしろもう大半の事を許してしまったいる自分も
なんとなく同罪なのではと少なからず思っていたから








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