偶然という名の必然、必然と言う名の虚無
当たり前にあると思っていたものは
いつの間にか
自分の前から消えていた…
「…兄さん!!」
「アル来るんじゃねぇ」
「でも…」
まさかこんな事態になるなんて誰が予想していただろう
アルとエドは、追い詰められていた
そこは、廃工場
赤黒く錆び付いた鉄の機械
脆く崩れたコンクリートの壁…
まるで傷痕のような空間
「坊やたち、いい加減に観念なさい」
黒髪の淋しい目をした女
「そうだぜ、勝てないの判んないの?ふふ…あはははは。もう君たちは終わりなの。僕が怪我したら嫌だからその前に
さっさと終わらせてよ。まあ…んなヘマする気なんてさらさら無いけどね。」
傲慢な言葉を吐く異形…
「エンビイそんな風に言ったらかわいそうよ。」
勝利者の余裕…
「ねえ。ラストあいつら食べて良い?グフ…グフ…グフゥ…」
淀み醜く輝く瞳…
「ダメよ。もう少し我慢なさいグラトニイ。いい子だから」
「分った。おなか減ったけど…もう少しがまんする」
ラスト・エンビイ・グラトニイ
人体錬成の謎を突き止める為には、いずれこの者達とぶつからなければならない事は前々から分かっていた
このホムンクルスと呼ばれる異形の形を手に入れた者たちと…
不可能だと言われた人体錬成の…その先に位置する者たち
奇跡の業とすら言われた“人の形をしたけれど人で無い者”
ソレが必ずいつか自分達の前に立ちはだかる事は分かっていたのだ
自分達の目指すモノの通過点として彼らはあったから…
そう自分達はそういう風になるようにこいつらに仕向けられていたのだから
賢者の石を捜し求める者を見つけ出す事も
そして常人以上の力を身につける者を育てる事も全て彼らに託された使命だった
いや…使命と言うよりはそうするよう彼らも巧妙に操作され造られていたのかもしれない…
摂理という名の人外の力によって
そしてそこに…その者達の前に現れたのがエド達だった
偶然…と言えば良いのだろうか?
それともそれすらも、定められた必然だったのだろうか?
自分の存在がいつか人々を滅ぼすであろう危険性がある事など今までのエド達には考えも及ばなかった
だが、今ここに至り運命の輪はまわる
兄弟は、崩れかけた壁に隠れ攻撃を避けていた
もちろんそんなものラストの爪があれば貫くことは容易い
けれど彼女がそうしないのは、この二人を殺す事が目的では無かったからだ
ギリギリの状態までいたぶり
弱った心を懐柔する
それが彼女のやり口だった
人の心は脆い…
それゆえ苦痛に苦しみ光を失った心には悪魔の囁きすらも神の啓示に思えた
そこにつけ込むのだ甘く優しい闇への言葉を
「くそっ!!腕が動かねぇ」
満身創痍のエド
「兄さん!!」
その兄を庇うように盾になろうとする弟
「何やってんだアル。早くここから逃げろ」
「でも…」
「早く行けって言ってんだろ!!お前だけなら何とか逃げきれる」
オートメールの腕を無くし片手で尚戦う姿勢を見せる兄の姿
もちろんアルは、そんな兄を置いてなど行けない
「無茶だよそんな状態で死ぬ気なの?そんな状態じゃまともな錬成だって出来ないじゃない」
「死なねぇよ。こんなやつら相手に死んでたまるか。足止めするだけだ」
口元にうっすら笑みさえ浮かべて彼お得意とも言うべき強がりを言っている
けれど眼は口ほどにモノを言う…
とても大丈夫な状態で無い事は、エドの瞳の色を見れば明らかだった
確かに負けるものかと言う気概には満ちていたが
それには勝者の見せるような余裕も不敵さも感じられなかった
ただ圧倒的な強者の脚に必死にしがみ付こうとしてもがいている弱者の危うさだけが感じられた
自分達と敵との力の差は、比を見るより明らかだった
圧倒的な力の差
ソレは自分が此処からいなくなった時兄を…兄の存在全てを消してしまうだろう力
それどころか彼が存在したと言う痕跡すら残らないのではないだろうか?
そんなのは、絶対に認めない
だからこそアルは、必死で食い下がろうとした
「いやだよ兄さん。絶対僕は、逃げないからね」
「共倒れてどうすんだよ。そしたら俺の…いや俺達の夢は、誰が叶えるんだ?」
「そんなの二人そろっていて初めて叶えられるモノだろう?今此処で兄さんを見捨てて僕に何の特があるって言うんだ」
「アル……くそっ…」
どうにも好転しない事態にエドは短く嘆息した
その間も攻撃は、続く
「二人とも涙の……いいえ…最後のお別れは、言えたのかしら?」
女の顔には目前の勝利を確信した想いが…
「その前に少しばかり役に立ってもらわなきゃ無いらないけどねぇ。あはははは」
耳に付くような嫌な高笑いが目の前に絶望を突きつける
『俺たちがやらなければいけない事…?』
ソレは…
『何だって言うんだ?』
ホムンクルスが人となるための賢者の石を錬成する?
大勢の他人を犠牲にして?
そんなの馬鹿げている…
そう思うのに…
けれどそのための人柱としてエドは選ばれたのだ
その現実がエドを襲う
ソレが完成すればもちろん自分達が用済みあろう事も
自分達が元に戻るためには結局それが必要になるだろうという事も分かっていた
けれどソレを得る為の代価を
他人の命を…
支払う覚悟なんてある筈が無い…
人を想いソレゆえに犯してしまった罪へのコレが対価だというのならソレは重すぎるのではないか…?
確かに今ここに存在する答えが一番の近道なのかもしれない…
けれども出来ることなら多少の時間を費やしても他の方法が見つかれば良いと思っていた
いや見つけなくてはいけない…
だからこそ、その矛盾した2つの答えの間でエドの心は、揺れ動いていた
エドは、自分を犠牲にしてでもアルを元に戻してやりたかった
その思いは強かった
けれどその思いをアルが望んでいない事は一番永く一緒の時を過ごしてきたのだ…もちろん自分が一番に分かっていた
それに自分の命を他人の命は違う…
……違い過ぎる…
長い月日お互いだけをささえに生きてきた二人だからこそ、そんな思いの矛先をどこにやれば良いのか分からないでいたのだ
他人の犠牲と引き換えの幸福
自分を犠牲とした他者の平穏
2つの答えと2つの思いが交差して幾重もの未来を指し示している
けれどその中にエドが…
いや…エド達が本当に導き出したいと願っている答えはまだ一つも見つからない
「分かった取り合えずここは引くぞアル。何が何でも二人で逃げ延びてやる」
先程とは違う強い光がエドの瞳に宿った
「でもどうやって?」
二人だけに聞こえるように耳打ちする
そんなエドを見てこんな状況だというのにアルは、少しワクワクした気持ちになる
そうこんな表情の時の兄は、何故だか全ての事を自分の思うように動かせるようなそんな力を持っていた
そんな風に兄の姿をずっと追ってきたのだこの弟は…
そしてエドの答えは簡単だった
「もちろん全力ダッシュで」
自信満々に言ってのける
「ちょっと兄さん。いくらなんでも無謀だよ」
そんな兄に少し苦笑した
肩の力が抜ける
「そんなの承知の上だ。けど今は、これしかないんだよ残念ながらな」
言いながら駆出す二人
そうだこうやってボク達は今までもやって来たじゃないか
「言ったって聞かないんだから」
と呆れ口調で呟きながらけれど必ず助かると変な確信を持って兄の後を追う
もちろんその後を追いかけてくるホムンクルス達
「待ちなさいボウヤ達」
あと少しで追いつかれてしまうのは、必至
けれど二人は、駆け抜ける
今出来うる精一杯で
「ちょこまか動くな。逃げても無駄って事にまだ気付かないのかなぁ…?」
馬鹿にしたような声が後方から響く
「これで終わりだぁぁぁぁぁ」
エンビイの手が届こうというその時…
ゴオォォォォウ
真紅の焔が二人と敵の眼の前を覆った
錆び付いた鉄の焦げる匂い
周りにあった塵芥までもを巻き込んでいく…
「えっ?」×2
二人は、何が起こったか分からず目をしばたかせる
「ぎゃぁぁぁ!!」
その横で不意の焔に包まれたエンビイが床を転げまわる
その姿にエド達も呆気にとられていた
「エンビイ!!」
そして驚いていたのは、エド達だけでは無かったようだ
転げまわる火達磨を呆然と見詰めるラスト
「こんな酷い事するのは誰だ?!」
少ししてやっと火を消したエンビイが半分爛れた顔で炎の元を睨む
それにつられてエド達もそちらを見た
「…えっ……なん…で?」
今度は、エドの口から疑問の言葉が漏れた…
そこには、こんなところにいる筈も無い人物が立っていたから…
「間一髪と言うところかな?鋼の」
その人物は、勝ち誇ったように、嫌味な薄笑いを浮かべこちらを見ている
「マスタング大佐…」
アルもその人物に驚いている
そう、そこにはセントラルにいる筈の大佐が立っていた
「結構酷くやられましたね」
気が付くといつの間にこちらに来ていたのかホークアイ中尉が傍らにいた
「もう大丈夫っすよ」
「ハボックさん…」
いつのまにか彼らの周りを軍が取り囲んでいた
「全然気付かなかった。いつ来たんですか?というか…どうして?」
素直にアルがホークアイに尋ねる
それに彼女は微笑だけ返した
「何故お前らがここにいる」
エド達を追うことに必至になっていた彼らにもその思いは、同様だったようだ
「さてどうしてだろうな…お前らには、教えてやらん」
大佐が意地の悪い笑顔を見せていた
あれは、相当に怒っている時の顔だ
リザは、銃を握る手に力を込めた
「まぁいいわ。その坊やこちらに渡していただけないかしら?」
いち早く平静を取り戻したラストが微小を浮かべながら大佐に言う
「それは、出来ない相談だな」
大佐もソレを笑顔で返す
けれど二人の視線はとても笑っているとは形容し難いものだった
………
次の瞬間
「だったら力ずくで頂くのみ!!」
ラストの爪がまたエド達に伸びる
それと同時に大佐が指を打ち鳴らした
また大きな焔が彼らを包む
「っく…」
厚い焔に遮られそれ以上進むことの出来ないホムンクルス達
その中からエンビイの叫びが聞こえる
「お前だけは許さない。僕の顔をこんなにしやがって―!!殺してやる…絶対殺してやるー!!!」
その叫びはさながら獣の呻き声か断末魔のようだった
「仕方ないわね…今度はこっちが不利みたいね。グラトニイ一度引くわよ」
「ラ・スト?」
燃え盛る炎の中から声だけが聞こえる
「いやだ。離せ!!アイツを殺すんだ!!」
エンビイだけが必死にソコへ留まろうとしているらしい…
少しの間その呻くような声だけが続いていた
いつしかそれも燃え盛る炎の向こう黒い影の気配と共に消えていた
生死の境で
見つけたと思った答えは何時でも霧のように霧散して消えてしまう
だから
明確な答えなど無いまま
また日々を過ごすしかないのだ…
そう無理やり納得してまた前に進む事しか今のエド達には無いように思えた
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