軟らかい骨

そこはリノリウムの床でしつらえた研究室

眩しいほどに明るい照明で照らされた室内は、
そこが地下に造られた部屋であることを忘れさせるには十分すぎるほど眩しい。

室内には5,6人の男女が慌しく動き回っており、彼らは全員白衣を着ていた。

部屋の中には実験器具が並べ立てられ、片隅には診察台とも手術台ともとれる椅子が用意されていた。

そこにまだ10代と思われる少女が一人、観葉植物で仕切られた応接セットのソファに座っていた。
もちろん場違いな存在であり、少女自身もそれを察知しているのか
落ち着きがなく辺りを見回していた。

少女は大物議員を父にもち、今日は父に頼まれて
“ある薬品”を受け取るためにこの研究所に来ていたのだ。

 

この研究所は政府によって設立されたものだが、その存在はごく一部の人間にしか知られていない。
研究員達は人目につかないように地下の研究室に缶詰めにされていた。

「こんな地下に閉じこもってるだけでもストレスたまるっていうのに、あんな子にぺこぺこしなきゃいけないなんておもしろくないわよね」
研究員の一人がつぶやいた。
その意見に頷いたRINAは大きく相槌を打つと、先輩である研究員にちょっとした提案をした。
「ね、ただ待ってるのも退屈だろうから、例の薬を使って楽しませてあげません?」

RINAが言う“例の薬”というのは物質を透明にする薬品のこと。
それを投与すると1分以内に身体が透け、一般の人間からは見えなくなる。
人間だけでなく、それをふりかけられた物体も透明になる。
もちろん物体がなくなるわけではないので、触れればその存在を確かめる事ができるし、
同じ薬品を投与された者同士であれば互いを認識することもできる。

 

「あら、おもしろそうね。そうよね、お客様は丁重におもてなししなくてはね」
「そうそう。それも、とっておきのおもてなしを、ね」
研究員たちの忍び笑いが室内の空気を邪悪なものにした。

「ごめんなさい。薬を用意するのに、もう少し時間がかかりそうなの。それまで、お茶のお代わりでもいかが?」
とっておきの笑顔を浮かべて話し掛けるRINAを、少女は一瞥した。
「いつまで待たせるつもりなの?お茶はいいから、早くしてください」
少女のこうした態度が研究員たちの悪意に拍車をかけていることを、この少女は知っていただろうか?
「お茶はいらないの?じゃあ、こんなのはどう?」
RINAが隠し持っていた液体を少女にふりかけた。

「何したのよ!?」
少女は叫んだが、その声は指先から始まった透明化を目にしたとき、悲鳴に変わった。

くすくす

くすくす

「怖がらなくても良いのよ。透明になるだけだから」
RINAがこれ以上はないといった優しい声で話し掛ける。
今や完全に透明体となった少女は、RINAにも認識することができなくなっている。
だが、動揺している少女はあちこちにぶつかりながら逃げたため
その足跡を追うのはとても簡単だった。

「あらあら。逃げてどうするつもりなの?」
「元に戻す薬はここにしかないのよ」
「さぁ、こっちにいらっしゃい。私達、とっても退屈していたの。一緒に遊びましょう」

くすくす

くすくす

抑えた笑いとともに、研究員たちは少女を追い詰めていく。

実際のところ、少女を捕まえるのは簡単なことだった。
こちらは何人もで追いかけているわけだし、それに対して少女は一人。
しかも、どうあがいたところでこの研究室から抜け出す事は出来ないのだ。
たとえ少女が透明体になっていたとしても・・・・。

 

くすくす

くすくす

研究員達は逃げる獲物を追い詰めていくことを心底愉しんでいた。

他人に頭を下げさせることに慣れた高慢な少女が、今は声も出せないくらいに怯えている。
恐らくは部屋の隅で体を小さくしているに違いない。

それを想うと、自然に笑みが広がった。

「そこにいるんでしょ?」
研究員の一人がなにもない空間に向かって言った。
ほんの少し、空気が張り詰めたように感じたのはRINAの気のせいだったのだろうか。
「ねぇ?そこにいること、私は知ってるのよ」
そう言ってその研究員がその空間に近寄ったとき、RINAの横を何かが走り抜けようとした。

「RINA、捕まえて!」
言われてRINAは反射的に両手を伸ばした。
見えない何かが自分の腕の中にいる・・・・。
そのことでRINAの心臓は高鳴り、この動悸が少女に伝わらないことを切に望んだ。

「捕まえたっ」
自分でも驚くほど残忍な響きを持った声が出た。

「どうして逃げたりしたの?」
少女は何も答えない。
「ここは私達のお城なんだから、言う事を聞かなくちゃダメなのよ」
これはおしおき・・・・そう言うと、RINAは少女の手首(と思われる)を持つ自分の手に力をこめた。

ぱきっ

海岸で貝殻を踏んだときのような軽い音をたてて、少女の手首の骨はあっけなく折れた。
なおも力を込めると手首がちぎれるような音がして、RINAの手の中のモノは支えを失った。

「ちぎれちゃった?ごめんね」

くすくす

くすくす

「左右対称が良いわよね?」
そう言うと、RINAはもう片方の手首にも同じコトをした。

一瞬、少女が悲痛な叫び声をあげたが
RINAを始めとする研究員の誰一人としてその声に罪の意識を感じる者はいなかった。

手首をくっつけるくらい、ここの研究所の技術をもってすれば造作もないことなのだ。

本来なら辺りに大量の血が飛び散っているのだろうが、
血すらも肉眼で認識することはできない。
研究員たちは改めて自分たちの開発した薬品が素晴らしいものであると感嘆した。

それにしても、人間の手首がこれほど簡単に身体から分離されてしまうのは異常だ。
あの薬品には身体を脆くする作用もあるのかもしれない。
後で検討し直さなくちゃ・・・・・
RINAがそんなことを思ったとき、研究所の扉が開いて部長が入ってきた。

「何やってるんだ。遊んでないで、早くその子を家に帰しなさい。遅くなると言い訳が面倒になる・・・」
部長に言われ、研究員たちは渋々遊びを中止することにした。
これだからお嬢様は扱いにくい。

「拮抗薬を打ってあげて。それから、手首の移植をするわよ」
先輩が宣言し、他の研究員たちが拮抗薬の準備を始めた。
「RINA、ちぎった手首にも薬を打ってちょうだい。見えないままじゃ移植できないわ」
そう言われてRINAは戸惑った。

手首?

そう言えば、どこにやっただろう?

「手首、どこかにやっちゃったかも・・・・」

RINAが言うと、先輩は呆れた顔をした。
「じゃあ、どうするのよ?手首を再現してる時間はないのよ」

仕方ないわね・・・と、先輩は少女に話し掛けた。
「手首がどこにあるか、あなたなら見えるでしょ?教えてちょうだい」
しかし、極限の恐怖を感じている少女は何の反応も示さない。

「それより、両手がないから拾えないんじゃないか?」
他の研究員が思いついたように言う。

それはその通りに違いない。
と、すれば方法は一つしかない。

「RINAが透明化して拾ってきなさい」

透明化は苦手なんです、とRINAは反論したが、そんな要求が通るはずがない。
拮抗薬を部屋中に撒き散らせば手首を発見できるが、そうするには薬が高価すぎた。
第一、少女の手首をちぎったのはRINAであり、そもそもこの遊びを思いついたのもRINAなのだから。

すぐさまRINAに薬品が投与された。
薬品の効果はすぐに現れ、RINAは透明体となる。
何が苦手って、透明化していく瞬間の感覚だ。
指先から始まるそれは、まるで体中に虫が這っているようなおぞましさを感じる。
そのおぞましさから逃れようと目を閉じ、再び目を開いたときには
RINAは透明体になっている。

室内を見渡すと、両手首を失って焦点の合わない目をした少女がいた。
辺りには血が飛び散り、まるで外国のホラー映画のワン・シーンのようになっていた。

やだなぁ・・・
この血の後始末もしろって言われるんだわ、きっと。

手首発見の後に命じられるだろう作業を思ってRINAは落ち込んだ。

 

手首は床の上の血溜まりの中に落ちていた。
RINAは手首に拮抗薬をかけると、次いで少女にも拮抗薬を投与した。

これで少女は元の姿に戻る事ができる。
手首を移植され、記憶を消去されて無事に家に帰るのだ。

 

「これで良い?血は後で私が片付けるわ。だから、私の分の薬をちょうだい」

「その前に、もう一つやって欲しい事があるのよ」
先輩が手術台を指差す。

「何?」

先輩の意図するところがわからず、RINAは戸惑った。
すると、いきなり両脇から男性研究員に腕をつかまれる・・・・。

姿が見えなくても、RINAは声を発していたのでその位置を予想するのは簡単なはずだった。
しかし、羽交い絞めにされる覚えはない。

「何するんですか!?」
RINAの声に怯えが混じる。
これではさっきの少女と同じだ。

研究員たちはRINAには答えず、無理矢理に手術台へと運び込む。
そしてRINAの両手足を台に固定すると、こう言った。

「どうして透明化した身体が脆くなるのか、RINAも疑問に思ったでしょう?」
「せっかくだから、実験に強力してちょうだい」

!!

確かに、透明化が人体に及ぼす影響を追跡調査しようと思っていたのは事実だ。
けれどその実験に自分の身体を提供するつもりなど、全くなかった。
しかも、こんな形で無理矢理に強力させられるなんて・・・・

「じゃ、手首から行くわよ」

淡々とした先輩の声が壁に反射して室内に響いた。

 

ぱきっ

少女のときと同じく、軽い音とともにRINAの手首がちぎれた。
不思議と痛みは感じない。
ただ、動かそうとしても動かないことが手首の消失感を物語っている。

そうしている間に、もう片方の手首がもぎ取られる。

「やっぱり骨形成に影響してしまうみたいね」
「組織を詳しく検査したほうがいいな」
「痛覚にも影響してるんじゃ?」

「顔、いってみようか?」

顔?
RINAにはその声がどこか遠くで聞こえたように思えた。

「頭も固定するわよ」
先輩の言葉と同時に頭部が固定された。
そしてレーザーメスが機械にセットされる。
その機械は最近になって開発されたもので、人間が操作しなくても
自動で固体を識別し、指示された厚さに皮膚を切り取るというものだった。

顔に何するんですか!?と聞くより先に先輩が楽しそうに言った。
「皮を剥ぐだけよ」
「機械が透明化してる人間を識別できるかどうか・・・・。興味あるでしょ?」

RINAはメスから顔をそむけようとしたが、固定されているので動きを阻止された。

「あんまり暴れると、余計な所まで切れちゃうわよ」

メスはRINAの顔に入り込んでいる。
そして、何故かその感触を感じることが出来なかった。
痛覚どころか、全ての感覚が麻痺してしまうのだろうか?

その時、機械が切り込み終了を知らせた。

「終わったみたいね。じゃあ、剥ぐわよ」

顔の皮が剥がされる瞬間、鋭い痛みを感じてRINAの身体が跳ねた。

くすくす

くすくす

「大丈夫よ、RINA」

「ちゃんと記憶は消去してあげるから・・・・・・」

 

 

〜END〜

 

 

RINA Presents