おおきくなぁれ
成長ホルモンって知ってる?
人間の体には成長を司るホルモンがあって、
子供のときにそれらがきちんと作用しないとおっきくなれないの。
成長ホルモンが不足している子には薬としてホルモン剤を打ってあげるんだけど・・・・。
それって、ヒトにしか効かないのかな?
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その日、私は真由の研究室でお茶を飲んでた。
真由っていうのは大学時代に知り合った友達なんだけど
卒業してからはどこかの研究機関に就職して、未だに毎日実験ばかりを繰り返してるのね。
そのせいか、真由はいつ会ってもどこか幼い感じで私と同い年には見えない。
イヤな上司や、生意気な後輩に悩まされない職場って良いわね・・・・
そう言うと、真由は「でも、この子達は私の言うことちっとも聞いてくれないのよ」って笑う。
真由が研究しているのは昆虫。
蜘蛛とか、蜂とか、蝶とか。
そういった類のものが大嫌いな私にとって、
真由の研究室でお茶を飲むのは、本当はとても怖い。
外でご飯食べようよ
いつも誘うのに、真由は毎回同じような台詞で断ってくる。
今日、実験中の蝶が孵化する予定なの。
実を言うと、私は真由がなんの実験をしているのか、よく知らない。
昆虫が嫌いだということもあるけど、
いつも高校生のようなあどけない笑顔を絶やさない真由が
実験の話になると急に厳しい顔をするから・・・・というのも理由の一つ。
いつも無邪気な真由。
私は、この虫だらけの部屋の中にいても
真由さえ笑っていてくれれば現実を忘れて楽しむことができるの。
ねぇ、頼んでたもの、持って来てくれた?
真由がなんとなく声を落としてささやく。
変なの。
この部屋には私と真由しかいないのに。ああ、あとは名前も解らない虫たち。
うんうん。数をごまかすの、大変だったんだから・・・
そう言って私が鞄から取り出したのは成長ホルモンの注射。
何ヶ月も前に頼まれていて、やっと1本だけ持ち出すことができた。
ごめんね、恩にきるわ
真由はにっこり笑って注射を手に取る。
いいけど・・・・。でも、それってヒト用だから昆虫には効果ないわよ?
成長ホルモンを何に使うかは聞いていなかったけど、
まさか真由が自分のために使うとは思えない。
だとしたら、やっぱり昆虫たちに使うと考えるのが自然でしょ?
でもヒト用の成長ホルモンは、ヒトの遺伝子を組換えて作られたものだから
どうしたって遺伝子配列の違う昆虫には効くはずがない。
ねぇ、真由?そこのとこ、ちゃんと解ってるんでしょうね?
ふふ、もちろんよ
真由が笑う。
にっこりと、それでいてそれ以上の質問を許さないように、笑う。
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それから数ヶ月がたって冬が来る頃、真由から電話がきた。
忙しいとは思うんだけど、今からこっちに来られない?
この間の実験の成果を見せたいのよ
この間の実験?
一瞬、何を言ってるのか理解できなかったけど、すぐに思い出した。
前に渡した成長ホルモンのことだ。
翌日が休みだったこともあって、私はすぐに出掛ける準備をした。
私の家から真由の研究室までは車で2時間かかる。今からでは夜中になってしまう。
山の中にひっそりと建っている研究所。
本当だったら、夜中にあんな場所に行くなんてイヤなんだけど・・・・
でも、真由が自分から実験の話をするなんて初めてなんだもの。
行かなくちゃ。
行かなくちゃ。
月明かりの下で見る研究所は一種異様な雰囲気をかもし出していた。
この中には無数の名も知らぬ虫たちがいる・・・・
そう思うから怖いのかもしれない。
大丈夫。
虫もいるけど、でも、真由もいるんだから。
入り口のインターホンを押すと、ドアのロックが解除される音がして真由が出てきた。
ごめんね。ここ、夜は中からしか開けられないように造られてるのよ
久し振りに見る真由は、少し髪が伸びて、少し痩せていた。
具合でも悪いの?
ううん、そんなことないけど・・・・。ちょっとトラブルがあって参ってただけ。
来てくれて嬉しい、と笑う姿はいつもの真由に見える。
人の気配がしない建物で、真由の研究室だけに灯りがついていた。
真由のいれてくれる珈琲を飲みながら、部屋が閑散としていることに気付いた。
今度、移動することになったのよ。荷物はほとんど新しい研究室に運んでしまったの。
そう言いながら真由は私の前に一冊のファイルを差し出す。
ファイルの中には真由の研究材料であった昆虫たちの写真が収められていて・・・・私は愕然とした。
ファイルの中の写真には、全てスケールがついていたのだけど
そのどれもが常識では考えられないような大きさだった。
1m以上の蜂なんて・・・・そんな・・・・・・
ねぇ。この虫たち、大きさが変じゃない?なんだか・・・・
なんだか大きい、でしょ?
真由は少女のようにあどけなく笑う。
そう、そして少しだけ誇らしげに。
お茶を飲んだら、あっちの部屋に行きましょ。本物を見せてあげるから。
喉がへばりつくように渇いていた。
目の前に広げられた写真が信じられなかった。
だって、私が渡したのはヒト用の成長ホルモンだったんだから。
あのまま昆虫に注射したって、効くはずがない。
しかも、本来よりも数倍大きくなるなんてこと、信じられない。
真由、あなたは一体何を作り出したの?
珈琲を一気に飲むと、私は真由について廊下に出た。
一番奥の部屋に入ると、さらにもう一つ扉があって真由はそこに入るよう言った。
中は天井が吹き抜けになっていて、まるで小さな体育館のような造りになっていた。
なんなの、ここ?まさか虫の体育館ってわけじゃないでしょ?
私が振り返るのと、真由が扉の向こうに消えるのは同時だった。
かしゃん
ロックのかかる音がして、真由の声がスピーカーを通して聴こえてきた。
そこはね、虫かごなの。
ほら、大きくなっちゃったから普通サイズのケージじゃ足りなくなっちゃったのよ。
私が何を実験していたか、話してなかったわよね
ここは生物兵器をつくる研究をしていたの。
細菌とか、ウイルスとかそういったものが中心だったんだけど
ああいうのって管理が面倒だし、どこででも使えるってわけじゃないしね。
標的にする場所に兵器としての昆虫をばらまくっていうのはどうかと思って・・・・。
虫だったら、ウイルスのように宿主を必要としないわ。
細かい温度設定をすることもない。
勝手に増えて、そして一定の期間を過ぎれば死んでくれる。
本当は、大きくする計画なんて無かったの。
私のちょっとした思い付きだったわけ。
だから組織は私の実験に協力してくれなくて、私は自分で遺伝子操作をしなくちゃいけなかった。
ヒト用の成長ホルモン、あれがあって助かったわ。
あれをヒントに昆虫用の成長促進剤を作ったのよ。
実験は成功だった。写真を見たでしょう?
私の可愛い虫たちは、私の思い通りに大きくなってくれたの。
蜂の毒針。あれを強力なものにしようって話もあったけど
そんなの、生ぬるいと思わない?
だって、あれは1度使ったら用済みになってしまうんだもの。
私が作ったのは、もっとすごいものなの。
食べるのよ
獲物は人間。
人間の肉を喰らうの。
小さい毒蜂を大量に放すなんて時代錯誤もいいとこ。
私の蜂だったら、数匹で同じだけの働きをするわ。ううん、それ以上かも。
組織も私の研究を認め始めてた。
そんなとき、トラブルが発生・・・・・。
蜂が研究員を襲ってしまって、死人が出たの。
組織は研究の中止を要求してきて、蜂を殺すように命じられたわ。
そんなこと、できると思う?
私が育てたのよ、それを殺すなんて、できると思う?
ああ、でも。
残念だけど組織の命令に逆らうわけにもいかないの。
改良をすれば、この計画を続けても構わないって言ってくれてるし
何より自分の命は惜しいわ。
だから。
その子たちを殺すことにしたの。
最後に、私の大好きな人を食べさせてあげてから・・・・ね。
ねぇ、知ってた?
あのお茶の中には虫たちの細胞を殺す薬品が入っていたの。
ヒトには作用しない。でも、ヒトの体内で分解もされない。
こういうのを選択毒性って言うのよね?
あなたは生きながらにして、私の実験の最後の目撃者となるのよ。
素敵ね
今日、ここに来てくれて嬉しかったわ。
真由の楽しそうな声が聞こえ、室内の照明が落とされた。
天井の窓から差し込む月明かりの下で、
ぶーんという、あの耳障りな音がすると同時に
巨大な影が見えた。
ねぇ、真由?
私の死体を見たとき、あなたはいつものように微笑むのかしら?
〜END〜
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