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グノーシス主義異端反駁者
[L] Adversi Haeresium Gnosticorum


[L] Adversi Haeresium Gnosticorum
[G] (mra, ‘Αιρεσιμαχοι ’αντι Γνωστικων, Hairesimakhoi anti Gnoostikoon, hoi)
[E] Heresimachs against Gnosticism

  紀元一世紀より三世紀乃至四世紀頃まで地中海世界で流布した「ヘレニク・グノーシス主義」については、 『ナグ・ハマディ写本』の発見までは、主として、キリスト教護教家であり、 「異端」に対し反駁書を記した「異端反駁者」と通称できる人たちの著作 に記されている「グノーシス主義異端」の教義概説、また反駁のための資料 として彼らが引用したグノーシス主義教義書の記述などを通じて辛うじて窺 える状態であった。これらの「異端反駁者たち」は、代表的には三人の人物 が知られている。

  西暦二世紀のルグドゥヌム(リヨン)司教エイレナイオス Eirenaios(Ειρηναιος, Eireenaios, c.126−202)、三世紀のローマ人司祭ヒッポリュトス Hippolytos(‘Ιππολυτος, Hippolytos, late 3rd c.)、四世紀のサラミス司教エピファニオス(Επιφανιος, Epiphanios, von Salamis)である。エイ レナイオスは、グノーシス主義の教義の異端性を主として論じる浩瀚な書物 『偽りのグノーシスの告発と反駁 Adversus Haereses(反異端論・異端反駁)』 を記し、ヒッポリュトスは、『全異端反駁 Reftatio Omnium Haeresium』を 著したが、両名の著作は共に、「異端論駁」と称しつつ、その取り上げる異 端は、殆どがグノーシス主義教義であった。エピファニオスは『パナリオン (薬籠) Paanarion, to』を著したが、そこでは80種の異端に言 及しているとされる。

  (エイレナイオスはギリシア語で反駁書を記したが、原書は散逸し、そ のラテン語訳が伝わっている。エピファニオスの『パナリオン』は、「麺 麭籠」と云う意味だと思うが、異端と云う毒蛇の毒に対抗するための書物で あるので「薬籠」だと云うと、そのようにも思える。以下に、バシレイデー スの教説をめぐる、彼らの報告の食い違いを述べているが、異端反駁者たち の報告は、形式的な面では、かなりな恣意性と誇張、作為性が確認される。 エピファニオスの80種の異端は、明らかに誇張であるし、エイレナイオス が「オピス(蛇)派」と呼んでいる教派は、この教派の人たちが自分たちで そう呼んでいたのではなく、エイレナイオスが恣意的にそう名付けたのであ る。ヒッポリュトスの報告で「ナハシュ(蛇)派」と呼ばれている教派は、 エイレナイオスのオピス派と同じものではないかと云われている。オピス (オフィス)はギリシア語の、ナハシュはヘブライ語の「蛇」で、アダム とヘーヴァを誘惑したとされる「蛇」に肯定的価値を付与する教義を持って いたので、こう名付けたと考えられている)。

  「グノーシス主義の起源」問題について、伝統的には二つの解釈が行わ れていたが、エイレナイオスと ヒッポリュトスは、この二つの立場を代表しているとも云える。即ち、前者 は、「聖書」の「誤った解釈」よりグノーシス主義が派生したとしたのに対 し、後者は、「ギリシア哲学・プラトン哲学」等の影響を受けたシンクレティ ズム思想がグノーシス主義であると主張した。

  これらの異端論駁者たちの著作に 描かれるグノーシス主義の姿について、どこまで正確に往古のありようを報 告しているのか疑問であったが、今日では、彼らが引用し記述し、論駁した グノーシス主義の「教義」については(論駁者自身、内容をよく理解していないため、 批判が的外れであったり、論述・説明自体に矛盾があったり、何を述べているのか 理解できない部分も多々あるとはいえ)、概ね妥当であると考えられる(ただ し、かなりに歪曲されている部分があり、また、異なる反駁論者の報告のあ いだで、違った形に説明されているものがある。例えば、「バシリデス(バ シレイデース)」の教説について、エイレナイオスとヒッポリュトスの報告 する処はかなりに差異がある。ヒッポリュトスは、バシリデスの教説として、 シリア・エジプト型グノーシス主義の通常の範型をかなり逸脱した創造神話 を報告している)。だが、彼らが同時に言及していたグノーシス主義者の生 活態度や倫理意識や言動などについ ては、誹謗中傷乃至ディグレード目的の捏造による根拠のない非難であると されている(例えば、グノーシス主義者の「Libertinismus(放縦主義)」と呼ばれて来た ものは、『ナグ・ハマディ写本』の文書からは確認されない。寧ろ、マニ教 同様、厳格な「禁欲主義」的傾向がそれらからは窺える)。とはいえ、彼ら によるヘレニク・グノーシス主義「異端」の論駁目的のための教義書引用や、 報告は、間接的ではあるが、今日でも貴重な資料である。

  (また、キリスト教護教家以外に、異教の哲学者たちも、グノーシス主 義を批判しており、もっとも著名なのは、新プラトン主義の巨匠プロティー ノス Plotinos(Πλωτινος, Plootiinos, 204−269)が、主著『エンネアデス Enneades』 中でグノーシス主義に言及し、反論を加えていることである)。




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