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廃棄処分が決まったビルの屋上。
こんな場所が、だが新宿の夜景をなかなか美しく見せてくれると、最初に気が付いたのは銀次だった。
何をこの寒空に? と思ったものの、しつこく誘う銀次に逆らう気も失せ、蛮も溜息まじりに足を運んだ。
案の定、莫迦らしいほどの寒さに、秘蔵のワイン(ちょっと前に、街角のディスプレイからクスねてきたもの(おっと、これは銀次には内緒だ)。
で躰を温めているうちに、なんとなくふたりともその気になってしまった。
とはいえこんな寒さの中、さすがに服を脱ぐのは躊躇われるので、昂る躰を抑えつつ、ただ接吻ばかりをひたすら続けた。
この国で一番煩いはずの煤けた街の雑踏が、耳の中、熱く脈打つ血液の流れに、遠く、淡く、 消えてゆく。
そんな時、ふと頬に触れる冷たさに、銀次がいきなり歓喜の声を上げた。
「雪だ! ねぇ、蛮ちゃん、雪が降ってきたよ」
見上げれば円を描きながら舞い踊る淡い白玉。
手の上で魅せるシャンデリア。
原子が周期的に配列して作られる固体。
美しい雪の結晶。
自然の神秘。
「すごいね、蛮ちゃん。積もるといいね」
けれどもこんな都会に降る雪など、アスファルトの熱に耐える寿命はもたない。
どのイルミネーションより美しく繊細に輝きながら、地に伏せた途端に終わりをつげる。
その後に残るのは、都会の汚れた冷たい灰色の空気。
そう思いながら蛮は言った。
「よくねぇだろ。てんとう虫の暖房程度じゃ、凍え死ぬ」
それならずっとこうしていようと、銀次が蛮の背中に腕を回した。
この寒さの中でも温度を保つしなやかな両手で、強く引き寄せ抱き締める。
けれども殆ど変らないふたりの体躯のせいで、収まり切らないその愛しいもの。
銀次が自分の胸の狭さを寂しく思ったとき、ふわりと背中に回された冷たい指先。
抱き返してくれる腕の心地よさに包まれて、銀次がうっとりと呟いた。
「ねぇ、蛮ちゃん。雪って温かいものなんだね」
「遭難した時にゃ雪穴掘って入ってろ、って言うからな」
「雪室だよね。『かまくら』っていうのも聞いた事あるよ。とっても寒い地方の冬のお祭りだって……」
見た事はないけれど、きっと綺麗で楽しいものだろうと、銀次が笑う。
あいかわらずのお気楽な答え。
蛮がすこし呆れながら応じた。
「おまえにかかっちゃ、この世に存在するあらゆるものは、みんな綺麗で楽しいモンだな」
「そうだよ。だってこんなに世界は美しいもの……」
きっと何処の国に行ったって、どんな風景だって美しいに決まっている、と銀次がその両腕を、勢いよく天に伸ばした。
銀次の腕の周りをくるくると弧を描きながら降ってくる小さな白い天使たち。
その姿はまるで大好きな主人との逢瀬に、喜び纏わりついているように見える。
銀次はいつもこうして、この目に見える甘やかで優しい姿こそ、この世界のすべてだと、傲慢にも言い放つ。
こんな風にいとも簡単に、いとも自由にこの場所を、この街を、世界の中心にしてしまうのだ。
確かにこの世は美しい。
でもそれは、こうして銀次の側で見る景色だからだ。
そんな甘い言葉を秘めたまま、蛮も目を細めて夜空を見上げた。
「このまま雪に埋もれたら、きっと俺達、春まで見つからないね」
そう告げた銀次の言葉に、それはなかなか上等な死に方だと、額を合わせて笑えるほどには、ふたりはこんな凍った都会の夜に、
あんがい満足しているのだ。
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