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“ハレ・ファッキン・ルーヤ”
(くそったれの神様────────)
大きな声で黒人の少女が喚いた。
“ハレ・ファッキン・ルーヤ”
少女に続いてそう叫びながら、髪を真っ赤に染めた白人の少年が机の上で踊りだす。
“ハレ・ハレ・ファッキン・ルーヤ”
やがて、店中の人々がそんな言葉を唱えながら、大合唱を始めた。
“ハレ・ハレ・ファッキン・ルーヤ”
もちろん、そんな背徳的な言葉を、ほんとうに教会なんかで言えるわけがない。
そんな勇気はない。
だから、いつだって若者たちは、こんなところで、こんな告白をするのだ。
こんなところで────────────。
壊れたスピーカーが、ノイズ交じりの大音響でがなりたてているロックが、通 りまで鳴 り響いている、そんな軽重力地区の一角。
ハイ・タウンの復興に続き、区画整理されるはずだった地区。 しかし終わらない戦争に作業は中断。 老朽化も激しく、いつ機能停止を余儀なくされるかもわからないそんな一角に、その店
はあった。
けれども、まだ放課後にはほど遠いこんな時間にも、その店の中は地元の若者たちでご った返している。 奥の席で、先程バチ当たりな言葉を叫んだ黒人の少女が、何やら抗議の声をあげた。
「結局、地球の奴らはコロニーの事なんて、なんも解かってないのよ」
少女は、店の隅に設置されているモニターの、ニュース映像を見ている。
「あんなモビルスーツ戦をコロニーの中層部でやりやがって。回転機器が壊れたらどーす んのさ」
青と赤のメッシュの浅黒い肌の少年が、コークを飲みながらダミ声で応えた。
「それより空気だぜ。清浄機が止まったりして、みんなお陀仏」
「ソレもいいかもね、いっそ。そーしてコロニーのひとつがダメにでもなれば、地球の奴 らだって、少しは後悔するんじゃないの」
短い金髪の小柄な少女がケラケラと笑った。そんな少女の肩を抱いた長髪の白人少年も 身を乗り出す。
「ムリムリ。この間だって、無人の奴だったとはいえ、コロニーひとつ堕ちたじゃん」
「あれは、ガンダムだろ。やつらコロニーの住人のくせして、やりたい放題だぜ」
「ただのテロリストだったってだけだろ。結局誰だって、自分たちのやりたい事を、やり たいよーにやってるだけなんじゃねーか?」
だから自分たちだって好きな事をしているのだと、長髪の少年が金髪の少女の顎を乱暴 に持ち上げ、その唇に口づけた。
「やめてよ!!」
唇を避けながら、金髪の少女が少年の腕の中で身を捩る。
そんな少女の様子を面白がる ように、少年は再び少女の唇を奪いにゆく。
“ハレ・ファッキン・ルーヤ”。吐き捨てるように、黒人の少女が呟いた。煽るように 手に握ったグラスの、コロニー専用無炭酸コークを飲み干す。
「イヤよ。やめてってば……」
見ると、少女のブラウスの中にすべりこませた少年の手が、胸のあたりで蠢いている。 少女がイヤイヤをするように首を激しく振った。
「ちょっと、いいかげんにしなさいよ」
しばらくして黒人の少女が、たまりかねたようにいった。けれども長髪の少年はニヤニヤと笑いながら、そんな黒人の少女にチラリと視線を泳が
せただけで、金髪の少女の胸や腰をまさぐる手を止めない。
「ねぇ、アンタも何かいってやってよ!」
黒人の少女は隣に座るメッシュの少年の袖を引っ張るが、彼はまるで気にもせず、各テ ーブルに設置された情報モニターを眺めているばかりだ。
黒人の少女は舌打ちをしながら、助けを呼ぶように周囲に視線を泳がした。 けれども、誰もがそんな少女の視線をわざと避けるようにして、自分たちの世界に興じ
ている。
誰も関心をよせない。いや、関心はあるのかもしれない。だからこそ、誰もそんなふり を見せない。 徹底した個人主義。 それがこの店のルールであり、若者たちにとってのクールさなのだった。
黒人の少女は再び舌打ちをした。目の前では嫌がる少女を押さえつけた少年の手が、いよいよ少女のスカートの中にまで 入り込んでいる。
抵抗を試みているが、もちろん少年の力に及ぶわけもない。 涙をいっぱいに溜め、必死で助けを求めている金髪の少女の視線が、差別を知る肌の黒
い瞳と絡まった。
たまりかねて、黒く美しい拳を握りしめる。 孤独だ。でも、しかたがない。それでも、黒人の少女は行動する。
「やめなさいよ、こんな所で! やるならホテルに行きなさい!」
黒曜石の指先で、暴行に及ぼうとしている少年の肩をつかみ、少女から引き剥がそうと した。
「うるせえな!」
瞬間、ふるわれた少年の腕に、黒人の少女は殴り飛ばされる。
悲鳴とともに、衝撃を覚悟した少女の背中は、けれども次の瞬間にはフワリとクッショ ンのような腕に抱き留められたのだ。
「あ、ありがと……」
抱きしめられた腕に安堵しながら、少女が顔だけで振り向いた。
そこには、見慣れない少年の人懐こそうな瞳があったのだ。
コロニーの展望台から見える月みたい──────────。
いきなりそんな事を想ってしまった自分自身に、少女は慌てる。
そんな少女の様子に気がつきもせず、
「どういたしまして」
ニッコリと笑いながら、少年は弾むような声でいった。
初めて見る顔だった。 少女は、自分を抱き留めてくれた少年の腕の中から、そっと身を起こした。
そうして向き合う形になると少女は、その力強い腕とは裏腹に、自分を助けてくれたそ の少年の、意外な小柄さに驚く。
少しばかり陽に焼けた肌。クリクリとした大きな明るい青い目。 少年にしては長すぎる栗毛を、器用にもひとつのおさげにしている。 大きめな口の端をちょっと上げただけの品のない笑顔にも、妙に愛嬌があった。
背も低い。まだ成長期らしく、手も足もヒョロヒョロとしている。 これが先程、殴られた少女を抱き留めた腕と同じとは到底思えない。
まだ幼い。年の頃も14〜15歳といった所だろう。この店の常連の中では比較的若い自分よりも、さらに1つ2つは年下のようだ。なのに、ふいに少女は少年の腕を強く掴で言った。
「ねぇ、お願い。アンタあの子を助けてよ!」
言ってしまってから、少女はしまったといった風に口を噤む。
こんな小さな少年に、自分は何をいっているのだろう?
けれども、おさげ髪の少年は少しも驚いた様子もなく、ただニッコリと少女に笑いかけ ながら、いかにも軽快にそう告げたのだ。
「うん、いいよ」
その数秒後────────────。
その時、いったい何が起きたかを把握できた人間が、そこにいただろうか?
ただ、少女に暴行を加えようとしていた少年が、床に伏せるように倒れた時、その長す ぎるおさげ髪だけが、軽い重力の中ふわりと舞いおりるように動いていたのを、覚えて
いる者はいたかもしれないけれど……。
床に伏せた少年が、目覚めた時に起こる騒動を予感して、黒人の少女はおさげ髪の少年 の腕を引き、早々に店を飛び出した。
数10メートルも行ったところで、少女は一息つくと、ホッと息を吐いて言った。
「ありがとう」
歩みは止めず礼を告げ、少年をみる。
「どういたしまして」
少年は先程と少しも変わらぬ笑顔で、ニッコリと少女に応えた。
「見ない顔ね。どうしてあんな店にいたの?」
「どうして? キミもいたでしょ? 」
少年は答える気がないようで、だだニヤニヤと笑っているばかりだ。
そのタチの悪い様子に、少女は眉を潜ませ首を竦めた。
少し気分を害したかもしれない。そんな少女の様子に、今度は少年が言葉を探すように 視線を泳がした。そうして、口に出たのは、
「“ハレ・ファッキン・ルーヤ”」
そんなバチ当たりな言葉だったのである。
「さっきキミが言ってたでしょ?」
俺もいっしょに合唱しようかと思った、などと少年は笑った。
その言葉に少女は、少年から視線を外した。
「綺麗な言葉をわざと汚すの。そういうの、私達は好きなのよ。わざと汚して。そうすれ ば、なんとなくスタイリッシュな気分になれるの」
「だから、店のみんなで合唱してるんだ」
「そうね。でもあの中でその言葉の意味を理解している奴なんて、はたしてどれくらいい るのかしらね」
少女は自分の縮れた黒髪を、指で梳くように数回撫でた。
「それに、店のみんなだけじゃないわよ。世の中すべてよ」
そういって、通りの廃墟にある落書きを指さした。
“Earth Fucking!!” (地球をレイプしろ!!)
「うーん……一応、政治批判……、なのかなぁ?」
わざとボケたように、少年が応えた。
「本当はどうでもいい事なんだわ。言葉なんて、何の役にも立ちゃしないし、何の意味も もたないのよ。ハレ・ファッキン・ルーヤ。だから、何だっていうの。目の前で誰かがレ
イプされそうになっていたって、神様だって助けてくれない。誰も他人の為になんて、動 いてくれやしないんだから」
しまった─────────────────。
こんな感情的な言葉を、初対面の、しかもこんな少年に向けてしまうなんて、自分は何 をしているんだろぅ。
少女は、ほんの少しばかり後悔した。けれども横に並ぶ少年はニコニコと変わらぬ 笑顔で、まるで相槌を打つように首を縦に 振っている。
その気のない様子に、少女は却って少し安心したように、息をついた。 途端、少年がのんびりといった。
「でも、キミはあの子を助けたよ」
「いいえ。“アナタが”、だわ。アタシにはそんな力はなかった」
「でも、キミに頼まれたから、俺にはあんな事ができたんだ」
「なによ、それ?」
「ホントだよ。俺はそうじゃなきゃ、無視しているつもりだった」
「そうかしら?」
「そうだよ。俺、いま自分の行動が、ぜんぜん信用できなくなってるから」
「そうなの?」
「うん。自分がよかれと思ってやった事が、必ずしもいい結果になるとは限らないって、 嫌ってほど思い知ったばかりなんだ」
そう言いながら、少年は道化たように首を竦めてみせた。
その可愛らしい仕種に誘われて、ついつい少女も軽口をたたく。
「彼女にフラれでもしたの?」
少年は笑いながら、
「そうだね。俺は、こんなに“彼女“を愛しているのに、誰もそれを解かってくれないん だ」
そういって大げさに天を仰ぎながら、ああ、と大きなため息をついた。
「あら、“彼女“が解かってくれないんじゃなくて?」
少女はついにクスクスと声を立てて笑いだす。
「うーん、そうじゃないんだけど。別に俺の想いが、相手に通じる事を望んじゃいないん だけど。ただ、誰も俺が“彼女“を好きなんだって事を信じていないのは、ちょっと寂し
いかな、なーんつって……」
「へんなの。誰でもいいの? どこかの誰かが、“アナタが彼女を愛している“っていう のを信じていれば、それでいいの?」
「うん、そうだね」
「おもしろい子ね」
そうして少女は少年の瞳を捕らえながら、まるで内緒話でもするように、人指し指を唇 の上で立てて、告げた。
「解かったわ。それじゃ、アタシが信じていてあげる。“アナタは彼女の事をとても愛し ているわ。自分の全てを投げ出しても、彼女を救いたいと思うほど“。きっとアナタは、
そんな愛し方ができる人だわ……」
「…………なんかスゴイなぁ」
大きな青い瞳をこれ以上ないくらいに見開きながら、少年が感嘆のため息をついた。
「言うだけはタダですもの」
愛らしい少年の様子に、少女がワザと意地悪を言った。
「そんな、身も蓋もない。でも……」
少年はひと呼吸おいて、伸びをしながら、
「でも、ちょっとハッピーな気分かな」
そう言って、まるで恭しい礼をするような仕種で、少女に向かって頭を下げた。
「よかった。アタシもハッピーだわ」
自分の言葉が、他人を気持ちよくさせたなんて、なんて嬉しい事だろうと想いながら、 少女も少年に向かって頭を下げる。
コツン……。
額がそっと触れ合う音がした。
そうしてしばらくの間、ふたりはおでこを触れ合わせながら、クスクスと声を潜めて笑 い合った。
「じゃあ、俺、こっちだから」
角まで来ると、少年がそういって立ち去ろうとした。
「また、逢える?」
「俺といると不幸になるぜ。なんせ、指名手配犯だから」
ふざけた、そんなセリフで切り返されて、少女は残念そうに首を竦めた。
しかたがないので、少女は少年のために、別れの言葉を選ぶ事にする。
「ヘイ・ボーイ。二度と逢えないかもしれないけれど、いつでもアタシはアンタのこと解 かってる。いつでもどんな時でも、アタシはアンタの味方だよ」
瞬間、少年はその表情豊かな顔を、くしゃっと歪めるようにして笑った。
そうしてふいに思い出したように、
「そうだ“ハレ・ファッキン・ルーヤ”。汚れた、綺麗な言葉だね」
などと言ってきたのだ。
「そ、う…?」
少女は、一瞬その意味を掴みかねるといったふうに、パチパチと目を瞬かせた。
「うん。綺麗な言葉をわざと汚して。でもやっぱりそこにあるのは、綺麗な言葉だ」
「なぜ、そんな事をいうの?」
「だって解かるよ。全身で、訴えてる」
そうして身を翻すようにして、走り去りながら、少年は少女に告げたのだ。
「ヘイ・ガール。いつもキミを助ける事はできないかもしれないけど、俺はいつでもキミ の味方だよ!」
“ハレ・ハレ・ルーヤ”
喜びを、お恵みを、神様。
それでも聞き届けられない言葉。
涙は頬を伝い、少女の化粧を落とし、唇を汚す。
汚された綺麗な口許。
拭うようにして、さらに汚して……。
“ハレ・ファッキン・ルーヤ”
神様も助けてくれない。
誰も、誰も、助けようとしない。
“ハレ・ファッキン・ルーヤ”
なんて酷い事だろう。
だけど、助けて。誰か、気づいて、
誰も独りでは、生きていられないのだから……………………。
しばらくして、コロニー中にOZからの指名手配書が貼りめぐらされた。
『地球とコロニーを脅かした凶悪犯。私欲に駆られ、過ちを犯したテロリスト』
そうして……、
今日、少女の美しい黒い指のネイルは、すっかりボロボロになってしまった。
それでも少女はそのポスターを見つけるたびに、せっせと破り続ける。
『最強・最悪の武器を与えられ、故に、無知な愚かさでその身を貶めた、ガンダムの少年パイロット……』
そんな事、少女はけして信じない。
“ハレ・ファッキン・ルーヤ”
大丈夫────────────。
世の中すべてが敵にまわっても、
神様だって信じてくれなくても、アタシが信じていてあげる。
だぁれも、なにも、信じられなくなっても、
アタシはずっと、アンタの味方だよ───────。
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