(文字化けはエンコードで・・)

【ひろしの生涯】


《第二(タクシー編)

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(順不同)

GOOGLE【MSN】 【YAHOO】 (Overture)

旧版のまま)


【たかしのホームページ】


(この内容はフィクション部分もあります)



店もつぶれてしばらく充電期間をとっていたのだが、歳もそこそこだし今後の仕事のことを思うと何とかせねばと考えざるを得なかった。

むろんせっかくの技術(テレビ修理。家庭電器修理1級)があるのだから、修理専門店(一部の工事も含む)をやればいいようなものだが、今まで花形でやりとうしてきたことだし、なぜかもひとつ気がすすまない。

では他になにをやるのか?

そうだ!やるやらないに関係なく車の普通二種免許を取っておく必要がある。タクシー運転手をするときの用意である。

これなら会社にもよるだろうが、年齢にだいぶん幅があるらしい。それにバブル景気のピークは過ぎたとはいえ、まだまだ仕事が充実している。(これはタクシー7年間しての結果論だが・・・)

僕はせっせと門真試験場へ足を運んだ。時間的有料練習所へも何回かいった。
だが、ぜんぜん通る兆しがないのである。はっきり言って試験所では通す気がないといっても過言ではないと思う。

確かに100%はねるわけではないが、何かタクシー関係とのつながるがあるのでは?と勘ぐりたくなる。
その証拠にタクシー入社前の約1週間ほどの講習では少々未熟でもほぼ全員合格してるではないか。
言うまでもなくその会社に勤めることが条件である。(最低1年以上と聞いていた)

その在る適正のない人でもひとより数日遅れて卒業したが、実務で事故を起こし結局辞めさせられた実例があるが、門真とのあまりにもの差に疑問を感ぜらるをえないのである。

僕は新聞の応募欄をみて南区の会社へ電話した。担当の係長が出て、『歳はいくつ?』 『47です』
『二つオーバーやな・・・』
その係長はやや考えた上で『よっしゃ!30ぷ分以内で来れるか?それなら面接してもええが・・・』
(この会社のレベルといってはなんだが上位クラスらしい)
僕はさっそく身支度した。

一般道路であれば空いていてもぎりぎりの距離である。これは高速道路しかない。でもよく渋滞する。
その時は仕方のないことや。

だが、幸わい流れは順調であった。会社へつくと簡単な筆記試験と口頭問題でそく採用となった。

この会社の新入社員(運転手)は、その規定の講習があるが、その一部としての僕らをモデルにしたビデオを撮るというのである。
僕がもと電気屋でもあるしその操作も詳しいだろうからと係長の案らしいが、その時の記憶としてこんなのがある。

講師は所長。撮影者か係長。

『栃尾君 お客さんが乗ってきたら如何挨拶する?』

僕は考えたがタクシーもめったに乗らないしどう答えてよいかわからないのでとりあえず。

『いらっしゃい』

『店やないんだからそれはおかしいよ』

その所長の正解は忘れたが、一般的には 『どうぞ・・・』『どちらまで?』である。

この会社には本社より家に近い場所に支社がありそこには観光バスもあったが、係長は僕に本社勤務をすすめたが僕はあえて支社勤務を希望した。

なにしろ主眼は2種免許をとるための手立てなので出勤は近いほうがいいに決まっている。

ここでは1年あまりで辞めたその間に僕のやり方の方針がほぼ固まった。
それには一人でも多くのタクシーに僕のことを意識させること。
それも悪い印象で(煩い。怖い。キチガイ。)となんでもよく知らしめること。

たとえば
タクシー運転手といえばやれ雲助といわれたりで決して過去の印象はよくなかった。それを改善すべく一旦として各会社ともそろって暴力を犯したものは即クビにされるのが通例のようであった。

それをいい事にして些細なことでも暴言をはきどなっても誰一人として反論してきた人はいない。

あいつはキチガイやから相手にするなで通ってるかも知れないが、僕はそれでもいいのである。僕の目的ははたせているからである。僕の作戦と言ったほうがいいだろうか。

また夜間繁華街は通行禁止なのだが、それをもしして平気で入る。そのほうがお客をひろえる機会が断然よくおまけに長距離が多い。

当然会社にはクレームの電話がきてるとは思うが何故か誰からも注意されたことがない。
自分では堅気で顔はおとなしくお客に対してはまず言葉に注意するほうだから、客以外の問題は目をつぶってくれてるものと勝手にそう思ってる

これらの効果が本格的に出るのは次期の会社へ移ってからのことだが、たとえば予約車専用の待機場所に便乗して停まる。
普通ならすぐ追い出しをくらうのだが、誰も何も言わない。

だいたい予約されてくるようなタクシーは優良会社で優良ドライバーがほとんどだから、つまらぬトラブルにはタッチしない。待機場所が狭くなるだけのことだし、毎回のことで諦めてるようすであった。

そこへ予約も何もしてない(当たり前)クラブの案内の人がお客を連れてきて『和歌山や よろしくな』とお客を導入する。

その店もうちも予約車ぐらいは用意してる。といえるしおまけに僕の車は(次期の会社)小型車だから長距離の人には喜ばれる。

つまり特に夜は長距離客だけを狙うのである。でも時には知ってか知らずか近距離のホステスが乗り込んでくる。
その場合は仕方なく運ぶときもあるが、たいがいは降りてもらう。この稼ぎ時の大事なときにつまらん時間の浪費は避けたい。

でも完全な乗車拒否で公になればクビものである。そこの駆け引き判断が難しいのである。

そしてお客を運べば(タクシー界ではそういう)高速を使って少しでも早く戻ってまたその場所に待機する。

だから会社で200名いる中の売上もベスト10には入るはずだが、残念ながら体が持たず(発病前)1〜2回休むので実際はそうはならなかった。

結局その日に売上を決するのは夜であって、遊興を終えて自宅へ帰る客、それも奈良を筆頭に京都。神戸。たまに三重県(上野、名張あたり)の長距離が狙いである。

昼は各ターミナルも利用するが、新大阪駅か伊丹空港であった。

その詳細はあとで述べるとして、免許取得を目的に入った会社は1年を過ぎたころ仕事のリズムもあまり乗っていなかったせいもあって辞めてしまった。

次の仕事も一度タクシーをやると止められないと云われる如く職安や新聞で応募にいくのだが、面接などの気配では全く問題がないはずなのに、何日かして通知がくるのだが、オールアウトであった。

これは少々おかしい、免許取得が目的で入ったことがブラックリストに回されている可能性がある。
これではこの後どこへ行ってもけられる可能性が高い。

そのときの妻は今後の生活のことなどの精神的苦悩で10キロほど痩せた。(ダイエットには悩みがいいようである)
それでももう一度だけと家からもっとも近くにある会社へ足を運んだ。

その時の部長と面接をして即決で決まった。
あまりにも今までとの違いに驚いた次第だが、それには次のようなわけがあったのである。

つまりは部長の家がもと電気店を出していた市場の近くであり僕は彼を知らないが部長は見知っていたので、即決になった次第である。

あとで係長より聞いたのだが、やはりブラックに気づいて辞めさせるかどうかの会議をしたそうだが、辞めさせるべきと決まったのを係長だけが断固引きとめたとのことであった。

彼は後の部長であり僕の恩人でもあると云える。
(なお、タクシーの事務系統はほとんど運転手上がりである)

ここの会社は一般と違って個人運転方式というか、つまりは車の代金や経費を分割で支払うやり方なのでノルマなどなく、基本的に何時にしまおうがその決まりがなく働きが悪いと実入りが少ないだけでその点気が楽であるのみでなく洗車専用のひとがいて、依頼さえしとけばわずかな金で仕上げてくれるので、車は放置して帰れるしこのような条件のいい会社は他に類をみない。

結局は就職に涙した結果でもっとも条件のよい会社に入れたわけで、この会社には6年ほど働いたが他のとこでは数年は持たなかっただろうと思う。

それも迫り来る病気のせいで辞めざるを得なかったのであり、そうでなければまだまだ続けていただろうが、今のような不景気さでは僕の性格ではやる気がしないだろう。

今までの仕事上での経験をターミナル分類で述べたいと思う。
まず伊丹国際空港でのはなし。


初めの頃は空港の場所さえ知らず主に新大阪駅から行くのだがだいたい聞いていたコースを不安げに走り何とか無事に到着したという頼りない運転手であった。

そして何回かいくうちに僕も空港の客を乗せてみようと100台ほど待機してる列に並んだ。

待機時間は平均して2時間と他のどこよりも長いのではあるが、伊丹空港の乗り場は近距離と長距離とは別になっていて、僕らが狙うのは当然長距離のみである。

近距離の乗り場はその近くのタクシー会社が受け持っていて僕らには関係のない場所になる。

だから2時間待っても京都やたまには奈良の樫原あたりになるので、昼間の売上げとしてはおいしいはなしである。

だから新大阪から空港へ行けば必ず列に並ぶようになるが、新大阪でも空港行きにあたらない日もありしたがって直接空港行きが多くなり終いには朝から高速でそこへ行きお客を終えたらまた並ぶと言うように
昼間はひがなく空港づめとあいなつた。

これには係長も気になったとみえてある日事務所で警告をうけた。
それには過去に空港でトラブル起こしたのがいたこと。
空港へ運んだついでに並ぶのはいいが直接行くのは好ましくないなどである。

この会社は個人経営方式だから、こちらがどんなやり方であろうと文句が言えないはずなのに本音は一般会社のようなやりかたを望んでるよういるようではある。

そこで僕はこう言った。

『如何にして売上をあげようかと考えたうえでの行為である』

すると係長は目を白黒させた。僕の言った『如何にして・・・』の言葉が運転手サイトでは似合わないらしいのである。

後に妻とこのはなしを時々するのだが、そのとき『試行錯誤して・・・』などと言ったら係長はひっくり返っとったんと違うか?とよく冗談でいったものである。

でも僕はその忠告を無視してその空港がよいは続けた。

ところが朝から空港だけを専門に利用するには、それなりのルールがあるようである。つまりはそのグループに入る手続きが必要とのことらしい。

それはある組織が勝手に決めたことだろうと推測するが、それならそうと言ってくれればいいのだが、誰も何も言わない。

ところがある日のこと乗り場近くで待機中に5人ほどがきて退去してほしいといってきたが、僕は

『何で帰らなあかんねん!』

と相手にしなかったら、そいつらは後ろのバンパーを5人で持ち上げようとしたので、僕はゆっくりと車から降りてそちらへ向かったらその5人はいっせいに2−3ん歩後ずさりをした。

これには僕の方が驚いた。『こいつら腰抜けばっかりやな』と思いつつ座席へ戻ったのだが、ややしばらくしてリーダーらしい者がきて会社から電話やと言うので出てみると部長がでて『すぐ引き上げるようにと指示が出たのでその場は引き上げたが翌日にはまた行ったのは言うまでもない。

それで相手もどうやら諦めたようすであった。

みなみでは悪でとうしてるが、まさかここまでそのうわさが広がってることは考えられないが、案外そうであるのかもわからない。

南ではやくざ風の若者が『あんたが年いってるから・・・』と意味ありげなことを車から2回ほど言いよったことがあるが、『すきなように言ってくれ・・・』このやり方は僕の方針なんだから・・・。

(その当時関西空港は建設途上であった)



僕がタクシーをしてた頃は一部を除いてはまだまだ景気が上々でワンメーターで1万円くれたことが2回あり、また株式の北浜でおろした客は数百円だったが『つりはいらない』と紙幣を置いて降りたのだが、その紙幣をみると5千円札であった。

それはてっきり千円札だと思ってたが相手もまさか間違って置いたとは考えられない。


僕は本来が無口でこちらから必要以外のことを語ることはまずないが、その日の調子によっては非常に弁がたつことがある。

料金8000円ぐらいの若い男性を乗せたとき、彼も酔った勢いもあっていろいろな話を語りかけてくるが、僕の弁の調子が良くて家路につくまで語り合いづめで、ほとんどは合づちを打つほうだったが相手は気分が良かったせいか5千円を余分にくれた。

後日また彼を乗せたときは僕の気分がのらず、前とは全くの逆で一言もしゃべらず気の毒であった。
もちろんその客はもう二度と乗りはしなかった。

それとワンメーターでも愛想よくかたるとつりをくれる客が多いのは事実だが、それを意識してねらったことはない。

新大阪からのはなしを2−3しょう。

東京からきたストリッパー(初めはわからないー当然!)西成区の劇場を指定した。距離にしてもだいぶあるし、その劇場は僕がよく行った事があるので当然場所は知っている。

ストリッパーでも東京から派遣されるのが意外でもあったが、僕が『スターですね!』と言ったらはにかんだような返事が返ってきた。

やはり彼女たちは日本国中渡り歩くのだろうか。とても美人ではあった。

スターの伊藤かずえを乗せた。新大阪からみなみの日航ホテルである。どこかのテレビ局へ出演するのだろう。
僕は彼女が好きでもありフアンでもあるのだが、ホテルへ到着したときの彼女の動作がとろいのである。
後ろを見るとタクシーが何台か連なってるので、『早くしてください』とついでてしまった。

結局1万円札をだされたのだが、伊藤さん。あの時はごめんね。

芸能人では園佳代子。ハイヒールの出だしのころ。

ハイヒール達はみなみの劇場から北の劇場へ移動のために難波の乗り場でなくその手前の歩道橋にある車に乗る。
(別の日にいくよ くるよは一台手前に乗られた。)

難波の高速に入り北で降りたときメーターを倒してないのに気づいた。

『しもた! メター倒してない!』 すると

『やったーやったー』と二人は大喜びである。別に本人が支払うわけでもないのに、と理解に苦しんだ。

今は彼女たちも大物になり喜ばしいしだいである。(関係ないか?)

ハイヒールが売れたのはりんごが出演が本来素人専門番組の深夜テレビに出て丁度五木ひろしや八代亜紀のように顔を売ったのが原因である。あの歌番組も素人が10人抜きでプロに抜擢されるものであつたが、プロを隠しての出演で10人抜きは当然のこと。要はそれによる知名度アップが成功の要因であった。

だから言い方を変えれば完全なルール違反であるが勝てば官軍それが世の中というものか。

はなし変わってもと電気屋のお得意さんを乗せたのを2件。

まだ明るい昼間だったが、みなみからの帰りのUさんを乗せた。道路公団を相手でアンテナに貢献したひとである。

『わしや言うのん判ったか?』

『ええ わかりましたよ』

『わしはいま、土地転がしみたいなことやっとるんやけどな』

と他愛のないことしゃべって降りるとき1万円をくれた。哀れみのこもった1万円だった。

次は連れ込みホテルを数店経営した実業家である。きたの新地で食べ物ビルも経営しての帰りだった。
もう一人の女性は本宅でお手伝いをしていた娘である。

僕は電気屋のとき何度もきた店なので社長が乗るときにすでにわかっていたが、相手は何時気づいたのかはわからないが、お互い知らないふりをして自宅までいかずに近くの信号で降りた。

女性の方は助手席に座っており、家が平野なので続けての乗車である。

その時彼女が語った。

『奥さんは亡くなったんよ』

『へーーーほんとですか?』

あの少し大柄で頑丈そうな奥さんが亡くなったとは驚きだった。

そして彼女も途中で『社長から・・・』と1万円をくれた。僕は彼女が気遣いで出したものとおもっている。

みなが、電気屋からタクシーの運転手になりさがってと哀れみをもつようだが、やってる本人は毛頭そんなこと考えたことなどないのである。

ある大学教授がすきでそれをやってると聞いたことあるが、その真偽のほどは別にしても事実楽しんで働けることには間違いがない。

僕のような人嫌いでもそうなんだから、社交性があって車が好きなら言うことのない職業だといえる。

何度も言うが僕は景気のよいときに働いたから悪い印象はあまりないが、しいて言えば乗り逃げに数回あっている。

圧倒的に多いのはアパートや団地で入り込んだら判らなくなるとこで金を取ってくるといってドロンするやつだ。

数回やられてるのである奥さんのときは何か品物を置いて行ってくれと言うと『あんたみたいなこと言われたのはじめてや』とぶつぶつ言いながらもバックを置いていったこともある。

また車を停車して家まで後をつけたこともあるが、そうしないとやられても当然の条件がそろいすぎてるから仕方のない行為であろう。

また新手としては目的地に着いた頃に『あ!友達や ちょっと待っててや』と車から降り『おーいおーい』と呼びながら対抗歩道へ逃げるやりかただ。

車は渋滞してるし、だから降りて追うことも出来ずやられたと知りつつ見送らなければならないつらさ!

でも総体に大きな金額はなく2千円までである。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

さてこれから先は過去の出来事を記帳的に書こう。

まづ運送トラックとのトラブルである。些細なことでの口げんかで、場所は大阪駅前のスクランブル歩道橋の下で、(知らなかった)相手は滋賀県方面の運送の下請けらしい。

大メーカーでもやはり下請けは程度がおちる。(僕もそうだが・・・)
こちらが ぼけ! あほか! と言うのに対して相手はしきりに『だぼ!』を連発する。いわゆるだぼはぜのことだろうか?

相手はそれが屈辱を与える攻撃の言葉だろうけど、関西大阪ではピンとこないのである。つまり何の効果もないわけだ。

ふと何気なく上を見ると歩道橋に30人ほどの人盛りでこの喧嘩を見物している。いわゆる大勢の人での立ち回り?であった。

僕の友人で今までは通天閣の三桂クラブに入り浸りのI君だが、姉の運送会社に勤めていたが、目標はタクシー運転手だった。

その念願も適い結婚もして順調よく運ばず2種免許を食い扶ちでの将棋だけの人生になってしまったが、
僕の言いたいのはトラックの運転手は目標はタクシーまたはバスの運転手なのだろうか?



新大阪から20過ぎの女性を乗せた近鉄上六駅である。はなしを聞いてみるとその駅から奈良の樫原へいくとのことである。
その時僕は近鉄に樫原駅はないものと信じていた。(無知識)

『上六から樫原へは行けないのとちがいますか?』

『そんなことない。前行ったもん』

『いや 絶対ないはずや』

この押し問答を3回ほどくり返した。ややしばらく沈黙の後に彼女は言った。

『樫原まで行って!』

僕はやったーと喜んだ。売上は1万にはなる。昼間の1万は大きい。だが、僕は本当に知らなかったのである。

後に地図で調べて気がついたのだが、あのときの娘さん。ごめんね。



タクシーでは女とその場だけのHのはなしはよく聞くが、若くてましてや独身なら充分可能だろう。

また飲酒したアベックのいちゃつきはチョコチョコある。
ホテルまでの前技であろうか?
僕は客との視線が合わないようにバックミラーはずらしてる。相手が何しようが本番以外は無視している。

勿論本番までされたことはないはずだが、僕が若くて馴れてななかったら勃起するかも?

バックミラーをずらしてる為に高速道路でパトカーにつけられてるのを知らずに制限60キロのとこを100キロで走っていた。追い越し車線でである。

こちらが気づかないもんだから、相手は痺れを切らして走行車線で追い越しざまにサイレンを鳴らして行ってしまった。
普通なら40キロオーバーで違反切符を切られるとこだが、府警はタクシーには大目に見てくれる。

これが他府県ならそうはいかない。


あいはら ともこのプロヂューサーを乗せた。恰幅のいい女性だ。NHK大阪行きであり途中で何かの愚痴と芸能人になるには中途半端は駄目だ。
器量が思い切り良いか悪いかのどちらかであるとのことであった。


みなみから3人の酔客をのせた奈良市内である。現場に着いたころ一人の客が『しもた!大事なもの店に忘れた。運転手さん もう一度戻ってくれるか?』

僕には格好の功徳だ。
なぜなら往復が入るから奈良行きの客を3回乗せたことになる。




奈良の田んぼを開発した300軒ほどある建売住居へ入った。そこは出入り口が一つでありそれがわかりにくい迷路である。
今までに3回ほど行ったことあるのに何時も3回以上はぐるぐる同じとこを回る。

そしてようやく出口が見つかるといったぐわいだ。夜でもあるから余計そうなのかも知れない。



みなみから平野行きの客をのせ高速で喜連瓜破で降りた。

『これから如何いきますか?』

『家や』

『家は判ってるけど、何処ですか?』

『家や・・・』

3回ほど同じこと言っておちょくってるので停車した。すると相手はヒントを出した。

『踏み切りの手前や』

僕はピンときた。今は利用されてない貨物の単線がある、その手前に高層市住がある。

これは僕の家がこの近くだからわかることであって、そうでなければだいぶてこずることだろう。

その踏切の手前にピタリと停めた。

『ようーわかったな!』

『僕はこの近くでんねん』

お客さまは神様である。(三波春夫)辛抱!辛抱!




市内から江坂へとのせた。このおじいさん運転手の採点をする。運転裁き。スピード。停車位置。何点。何点。と点数をつけるのである。

点数がよければ賞金でもくれるのかな?と錯覚にまどわされる。いわゆる彼に遊ばれてるのである。

『だいぶ点数はよかったけど、満点やないな』

ふざけるな!

それとよく似たケースで60代は楽にこえてる酔客でみなみの定位置から奈良の自宅へ帰るのだが、なじみの?ホステスを途中下車をし数回乗せたが必ず同じコースで行かせ到着時点でハイ ピタリ料金に一銭の狂いがないのである。
それを一種の遊びにしてるようで料金に狂いがあれば乗り手を代えるのだろうか?いつの間にか乗らなくなったから、狂いが出たのかも知れない。

この定位置でのはなしでホステスや客を乗せるのに格好の場所なのだが、場所がら多くの車が待機できず
台数が限られ必然的に常連の車がほとんど待ち時間なしで回転する好位置なのだが遠距離の客もあるにはあるが当然近距離のホステスも多い。
でもこの場所でもある車の嫌がらせがあった。不必要に車をせり寄せてくるのである。

『何でそこまで寄せてくるんや?嫌がらせやっとんのか!』
相手は遊び人風情のにいちゃんである。
そして相手は無言で同じ行為を行ってくる。

『お前!喧嘩売っとんのか! 俺にはバックがあるんやで!』

これで相手は引き下がった。そして二度と来なくなったのである。

まあー僕のとってきた職業柄まったくないこともないがあると言うのは脅かしである。
でも、恐いもんなしの行いのなかにはそのかげりがあることも否定はできない。

はなしを戻して。

それと急いでくれと言うのでスピード違反はもちろん多少の信号無視をし極力努力するが、その結果は一銭のチップもないのがほとんどである。なんかだまされたような気分になる。別にチップを望んで行う行為ではないがそれなら交通違反する必要もないのである。

深夜みなみへの帰りぎわに一人の酔客の男をのせた東大阪で自宅近くになって急に眠りはじめたらしい。
あまり行き先の指示がないのできづいたのだが、やたら怒って赤信号でも行けと命令する。

人のいい僕はついそれに従ってしまうのだがあまりの罵倒に僕も耐えかねて下車したときの受け取った3000円をウインドから投げ捨ててこう言った。

『この金はいらん! 料金なしでは客でもなんでもない!よう言いたいことぬかしやがったなコラ!』

そして猛スピードでそこから離れた。耐えるのも限度がある。小金の問題ではない。



市内で見るからにみすぼらしい男性を乗せた 生駒方面へ行ってくれという。途中思い切って金はあるのかどうかを聞いたところ案の序ないという。
『生駒のどこへ行くのですか?』
『山中や そこに兄貴がおるからそこで支払う』

これはあまり信用出来んなと直感した僕は大東市近くで降ろすことにした。

『こんなとこで降ろされたら困る!』
その時の料金は3000円ほどである。

『あんたが金がないからや 俺かって3000円自腹切るんやからな』
相手はしぶしぶ降りた。
生駒の山中までなら5000円は越える。鉄は早い内に打てやないが少々遅かったか?
傷は早い内に直せ?こんなことわざあったかいな?


通天閣で客引きらしい女性と目が合った。すると相手は颯爽と乗り込んできた。
『どっかで見たことあるおばはんやな』
そう思ったが思い出せない。相手はだいぶ酔ってる様子で曽根崎署へ行けと言う。

現場へ着くと女は金はないというので立っていた若い警官に事情を話したが相手にしてくれない。
金高が安いからで警察はその基準を1万円にしてるらしい。
賭け事でもそれ以下なら目を瞑ってるし2000円ほどでは仕方がない。

それは諦めるとしてふとその女のこと思い出した。

西成の電気屋に勤めていたころ動物園近くの安宿で女を依頼したが来た女が彼女だったのだ。

あまりにも品疎な様子に気が乗りそうもないので1000円を与えて帰ってもらったが、その時のプライド?に傷が付いたのかどうかは知らないがそのやり返しに違いがない。

あの頃の電気屋で修理専門業という花形職で顔を覚えられる確率は圧倒的に先方のほうが多い。

つまり僕が知らなかっても相手には覚えられているのである。後にはじめた市場内での場合はなおさらである。
そのようなわけで知らない同士なら異変はないが知られてるだけに問題がおきるのだ。

まーそれで彼女の気が治まったのならいいとするか。


大阪駅前で少々せん病質そうな青年をのせて病院を指定したがものの10メーターほどで降りるといい金はないという。

メーターはたおしてるのでワンメーター分は支払うよう歩道で詰め寄ったが何も語らない。

僕は腹が立ったので軽く足で桁繰ったところ何と見事に彼はこけた。
僕は柔道の心得などはないのにまぐれに利いたのだろう。ワンメーター代であった。





箕面の山中へ運んだ帰りに山道を上がる客を乗せた。つまり引き返してまた急激な坂を登るわけである。
それだけ時間もとろいしガスも多くかかるが、料金は平地と同じワンメーターであった。

僕が客ならつり銭ぐらいチップで渡すが、世の中あつかましい奴がいるものである。
もしまたここへ来たら帰りは必ず回送で降りることだろう。

この頃新聞で見たのだが、北港から南港へ行くのに高速では10分ほどで着くのに帰りは高速がなく大きく迂回して26号線の一般道路で下手すると1時間以上かかるので乗車拒否して陸運局より個人運転を削除したとあったが人ごとながらこれには腹が立った。

『陸運局のやつら何考えとんのや!』『運転者の立場も考えたれや!』

運転手泣かせの高速も考え物だが資格を剥奪したのは許せない行為である。

ちょっと的が外れたが・・・。





昼間、喜連瓜破で奈良市行きの客をのせた。その客はいきなり


『ちえ!間違えたか!』

つまりは僕の車は小型なので色が総体に黄色系統になってるが、相互タクシーはほとんどが黄色なのでそれを間違えて乗る人がよくいる。
相互タクシーのチケットの件だとは思うがその客は降りずにそのまま奈良まで行った。

昼間の長距離はありがたいことなのである。





みなみから奈良の吉野という客を乗せた。この客は長距離を理由に恩にきせるのである。

『運ちゃんよ。奈良の吉野やで・・。こんな長距離めったに当たらんやろ』

普通一般にはそうだろうが僕には通用しないことだが、

『そうですね。ありがたいことです』

でも同じ吉野でもトンネルを越えてすぐで、一番近い吉野であって期待はずれだった。

(恩にきせられるほどでもなかったで・・・)





忘年会で泥酔のOLらしい女性をグループらに送られて一人で乗った。尼崎の武庫之荘方面だったがその近くまで着いたのだが、その女性は僕の言うことはわかるようだが泥酔でしゃべれないのである。

そのうえ立つことも出来ず暇なときならいざ知らず、この時期この時間は僕の稼ぎ時で無駄な時間は費やせない。

仕方なく僕は降りてその女性を抱きかかえて歩道上に座らせた。やむを得ない処置である。

その状態で清算だけ済まして早々に岐路についた。
その女性の無事で帰路につけたかは気がかりだったが、その場での臨機応変さも必要である。

人どうりも多かったし結局は警官が来てそれなりの世話をしたものと思う。

(娘さんあの時はごめんね)






タクシーで酔客をのせて最も困るのは吐かれることである。
よごれや臭いでその日はほとんど仕事にならない。僕は当時でクリーニング代と称して5千円を貰っていたが、その金額で収まるものではない。

次に困るのは寝込まれることである。
いくら口で呼んでもぴくりともしない。タクシー運転手は規則で客には手で触れてはならないことになってるが、スリなどの疑いや女性などはその問題があるからだろうが、僕の場合は女性の居眠りはなかった。

結局は警察署へ行って警官におこしてもらうことになるが、僕の7年間のタクシー業務のうち2−3回ほどしかなったから思うほどでもなかったと云える。

女性のお客さんで2人で乗り込み特に女性同士なら会話もはずみ気楽な方言もでてこれは一般的でどうってことないが、運転手に対して話し掛けるとき180度転換して話し方を変えるいわゆる余所行きの語調で聞かれるのが不思議でならない。


居眠り運転のことだが、僕はお客を乗せた高速道路上で何回もしたことがある。だが瞬時に気づくので事故などに結びつくことはありえない。
寝込みが長いとかの経験は僕にはないので居眠り運転での事故は考えられない。

つぎに忘れ物の件だが天王寺付近で風体みすぼらしい老人を乗せたがワンメーターも途中の近距離で降りた。
ふと座席に古ぼけた布で自作したらしい小さな巾着袋をみた。

『いまの爺さんのやな』
とりあえず中をあけてみると200円ほどの小銭が入っていた。こんなものは保管するに当たらない第一これを取りに会社へ来るだけで交通費だけでも何倍もかかるし子袋はどうみても価値は認められない。

通常なら会社へ届けて半年間預かる形になるのだが、そうでなくて何やかや忘れ物が多いのがわずらわしいので、金はいただいて袋は捨てた。

所がである。会社へ帰るとその老人から通達があったと云うのである。
もちろん僕は知らないと答えるしかなくそれで終わったのだが如何考えてもこれはその老人の新手の小銭稼ぎではないかと考える。


会社の方ではわずかな金で処置をしたものだろうが、その結果は何も知らされてはいない。

それと最も多いのが傘の忘れ物である。これもまともに会社へ届ければ10本以上にはなる。だからこれも適当に処分したがやはり如何に安いものとはいえ何件かは問い合わせも当然あったものと考えられるが
度重なる不正処置に会社はある手をうったものと僻みにそう思うことがあった。

それは半年ぐらいの間に5回も財布の忘れ物がつづいた。金額は決まって5万前後である。
僕はそれを猫糞するほどの悪ではないので必ず会社へ通達する。

それを取りにきた客は必ず折り菓子をくれるので喜ばしいことなのだが、それにしても多すぎる。だから会社が組織を使っての調査ではなかったのかとつい思ってしまうのである。

僕はその日の売上が悪いときは1万ぐらいは平気でつぎ込む。1万つぎ込んでも6割はどうせ戻ってくれから実質は4000円の負担である。

特に空港で長時間待たされての結果が悪いときよくその手を使った。別にノルマがあるわけでもなし、そんなことする必要などないのだが、自分でその日の基準を決めての行為である。

だから傘などの不正処置は僕に悪癖があるのではなくめんどうくさい故の処置であることにご認識を・・・



僕はこの7年間の間の客とのトラブルはほとんどない。というのも客には逆らわないからである。その分客意外には毎日のように怒鳴っていた。

客以外のトラブルは数多くあったが、書くのは控えることにして新大阪穂金で二人の男性を乗せ新御堂筋を北に向けたのだが、そのうちの一人が酔っていて酒癖が悪いのか暴言をはき足で座席を蹴るのである。

もう一人の男性もそれを制する様子もなく足蹴りも止める様子もないので脅かしに緊急ランプを点滅させたが、あるタクシーからは『大丈夫か?』の声があっただけであまり効果がなかったので高速を降り(新御堂筋は無料だが高速道路である)

平地で停車して、

『これ以上暴れるんやったらここで降りてもらいますよ』

僕が会社を辞める気なら地をだしてこう言っただろう。

『コラ! 俺をだれやと思とんのや!・・・お前らここでさっさと降れ!!!これ以上暴れやがったら
だでは済まさんぞコラ!!!』(これ大阪のやくざ調言葉)

だが、まだ辞めたくなかったので客との会話で話がまとまり自宅団地まで送り届けた。


同僚の一人はタクシー上でのあらゆる経験(タクシー強盗。トラックとの大事故)をしたとのことだが、僕の場合はちょうと接触事故が多かったのが玉の傷でまあ順風満藩(ものは考えよう?)であったと思う。

そして僕のタクシー業務の結果は楽しかった。有意義であった。とプラス面だけが残りマイナスとなるべき要素は何ひとつなかったことを強調したい。


この項終わり。

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