卒業

 一人見慣れた教室にいる俺。
 もう、ここには誰もいない…。
 卒業したんだ。
 俺は…。

 見慣れた風景。
 窓の景色。
 友達。
 
 そして……。
 好きだったあの人。
 好きと言えないまま終ってしまったはかない恋。
「情けないな……」
 そんなことを思いながら俺は誰もいない教室にいた。
 
 学校は春休み。
 居残っている人は春休みで部活のある人か先生くらいだ。
 俺のように教室に来る人もいまい…。

 俺は座りなれた椅子に座りいろいろ想い出していた。

 みんなの騒ぎ声。
 勉強風景。
 笑ったこと。
 怒ったこと。
 泣いたこと。
 女子の着替え姿をみて、どきどきしたこと。
 トラブッたこと。
 …
 …
 …
 みんな俺の大切な思い出。そして、想い出。

「おはよう」
 声を出してみる。
 けど、返す声は誰もいない。
 シーンと静まり返っている。
 ほんの数日前ここで、みんな騒いで遊んで勉強していた。
 教室。

 俺はもうここに来る事は無いのだなと思うとちょっと悲しかった。
 俺は東京に行く。
 大学、自分の夢をかなえるため。
 困難だろうけど、やるだけはやる。
 男だ。
 行くだけのことしか頭にない俺は強く大丈夫だって自分に言い聞かせた。


 そして、しばらく自分の席に座って目を閉じ…。
 これでもう終ったんだ。新しい始まりなんだ。
 新しい始まり。
 大学受験。
 夢。

 そう、希望を大きく膨らませ、大きく深呼吸。
 目をゆっくり開ける。

「うわっ!!」
 目の前に人がいた。
「ご、ごめんなさい。驚かすつもりは無かったんだけど…」
 知っている人が目の前にいる。
「え、えっと……」
「ドア開いていたから…」
「ごめん。気がつかなかったよ」
「で、何しているの?加賀君は」
「俺は別に、何も……」
 焦る俺。
 それはそうだ。大好きな子が目の前にいるのだから…。
「ふふ…」
 髪の毛をなびかせる。
「そういう尾方さんは?」
 そう、尾方美久。勉強できて、明るくて、でもどこか神秘に包まれているような人だ。
「私はなんとなく。この教室に来たかったんだ…」
「もう、最後だもんね」
「うん。でも、最後じゃないよ。新しい出発だよ」
 と尾方さんは俺にそういった。
「新しい出発…」
 俺は呆然とその言葉を繰り返した。
「勉強に、人生に、そして、恋に…」

 恋?そうだ。これはチャンスだ。
 ここで告白せずにどうする、加賀広之。
 俺はぎゅっとこぶしを握り、そして、尾方さんの目の前に立った。
「尾方さん」
 その名前を呼ぶ。
「なに?加賀君」
 不思議そうに、かしこまった俺の顔をみる。
 真正面に憧れの顔があるだけで心臓が止まりそう。
 そんなことは、知って知らずか、不思議な神秘的な顔で俺を見る。
「尾方さん。いきなりだけど、俺、ずっと前から好きだったんだ!!」
 胸のつかえが取れたような感覚だ。
 玉砕してもいい。
 ただ、この好きという言葉を伝えたかった。
 心臓はどきどき。
「加賀君…」
 少し微笑んで、
 俺は尾方さんの顔をじっと見る。
 トレンディードラマとかではここで、「私も好きだったのよ」と劇的な場面になるのだろうが
実際はそんなに甘くなかった。
「ありがとう。でも、ごめんなさい。私はそういうの興味ないから……」
 と神秘的な表情で答えた。
 俺はこの表情が好きなのだけど…。
「そうか。でも、いいよ。言えて、伝えられてすっきりした」
「でも、もし、加賀君のことがずっと忘れなかったら考えておくね」
「え?……」
「俺、東京に行くんだ」
「そう…」
「自分の夢をかなえるために…」
「そう、かなうといいね。その夢」
「うん。かなえるために頑張る」
「頑張ってね。新しい出発だよ」
 そう、俺に言ってくれた。少し涙を見せて…。
「さて、そろそろ帰ろうかな…」
「私も帰るわ。一緒に校門くぐりましょう。最後に。ね」
 いつでも彼女は神秘的だった。
 それは嫌味な感じじゃなく、とても魅力溢れるものだった。

 そして、一緒に校門の前まで行く。
「じゃぁ、お別れだね」
 と尾方さんが切り出した。
「うん。また会えるといいね。って俺は何をっているんだよ」
 と、一人で笑った。
「あえるかな。それはわからないけど……。でも、加賀君の気持ちはわかったよ。
私を好きだって言う気持ち」
「うん。でも、尾方さんは…」
「ええ、そうね」
 とだけ言って。
「じゃぁ、またいつか会ったら、再会を楽しもう」
 俺は笑顔で言ったつもりだけど、顔はどうだかわからない。
 初めての恋だったから…。
「ええ、再会できたら私は喜ぶよ」
「それじゃ…」
「じゃ、頑張ってね」

 と、別々の道を歩きだした……。
 彼女は自転車だ。
 俺は近いから歩き…。
 
 これで俺の初恋も終わりだ。
 後悔はない…。
 そう思っていたときだ。

「加賀君!!私ねー!!」
 と大声で後ろから声がする。
 振り返ると手尾方さんが遠くのほうで大きな声で
「私ね、アメリカ行くの。だから、ごめんなさいー!!」
 そして、彼女は自転車で去っていった。
 
 春の風だけを残して……。

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