「くそ」
 俺はイラつきながらパチンコ屋を後にした。
 持っていた金をそこで全部使ってしまった。
 貯金はそろそろ底をつき始めていた。
 この不景気のあおりを食らって、前にいた会社が倒産してしまったのだ。
 

空へ…

 空を見上げてため息。
「ふぅ」
 空はそんなことも知らず青くすんでいた。
「もう、春だって言うのになぁ…」
 一人とぼとぼ歩きながら家に帰る。
 
 真昼間だが、やることは何もない。
「早いとこ仕事みつけないとなぁ……」
 と気は焦ってはいるがそう簡単に仕事はみつからなかった。
 もう35もとうに過ぎていたが一人身の俺はしばらく気楽に生きてみようと、この約一ヶ月間だがプラプラしている。
 そう、会社が倒産して約一ヶ月。
 それほど、小さな会社じゃなかったが、資金めぐりが上手くいかず倒産した。
 給料はそんなに安くなく、いい仕事だったのだが。
 そのおかげもあって、少しは蓄えがあった。
 しかしこの一ヶ月、遊びほうけていたのでこんな状態だ。

 家に帰る途中にある小さな公園に俺は立ち寄りベンチに座った。
 タバコに火をつけそいつを吸った。
 何をするでもなくぼーっとそこに座っていた。
 いろいろ考えなきゃならないがそんな気にはならない。
「ホームレスにならないだけましか…」
 そう思いタバコをふかす。
 周りには誰もおらずゆっくりと時間が流れていく。

 風はまだ冷たくこんな俺は余計寒く感じている。
「もう春なんだよなぁ……」
 巷では 卒業だ、受験だと、騒いでいる時期で、終わりと始まりの季節であった。
「始まりは来るんだろうか…」

 1本タバコを吸い尽くし持っていた携帯用の吸殻入れにそれを入れた。
 ベンチから立ち上がり家に帰ろう、とそのときだった。
 一人の女性、ーいや少女というべきかーが、こっちに向かってきた。
 しばらく彼女を見ていると俺のところにやってきて
「すみません遅れました。あなたですよね?」
 と唐突に言ってきた。
「はい?」
 と俺はすっとんきょうな声をだした。
「え?あれ?おかしいなぁ…」
 その少女は首をかしげた。
 ここらの学校の生徒だろうか。
 見たことのある制服を着て手には鞄を持っている。
 ショートカットの髪の毛。
 ちょっと童顔な感じの顔立ち。
 で、どこかであった事のあるような懐かしい匂いのする少女だった。
「誰かと待ち合わせかい?」
「え、はい。ちょっと……」
 とおどおどという彼女。
「残念だが俺にその心当たりは無いぜ?」
「そうですか…」
「で、あんたどうしたんだい?こんなまっぴるまっから?あんた学生さんだろ?」
「あなたには関係ないことです」
 警戒してか、強く俺に言った。
「そうかい。ならいいさ」
「……」
 周りをきょろきょろして、誰かを探しているって感じだ。
「誰か探しているのかい?」
「あなたには心当たりが無いのでしょう。でしたら、それも関係のないことです」
 気が強いこだねぇ…。
「おや、そうかい。それじゃ、俺はもうしばらくここにいるぜ」
「勝手にどうぞ。私には関係ないことです」
「ああ、俺にも関係ないことだ」
 そういって、俺は2本目のタバコに火をつけた。
「ふぅ〜」

 そして俺はその少女を見ていた。
 はっきり言ってものすごく気になる。
 もう1個あるベンチの上に座り周りをきょろきょろ。そして、時間を気にしている。
「あの、すみませんけど、タバコ止めてもらえませんか?」
 突如彼女からのツッコミ。
「あん?」
 くわえタバコで声のしたほうを向く。
「煙がこっちに流れてくるんです。副流煙は、主流煙よりも…」
「ああ、わかったわかった」
 説教されちゃたまんないから、俺は吸っていたタバコの火を消し、吸殻入れに入れた。
「きちんとしているんですね」
 俺の行動を見ていた彼女が珍しいものを見るかのようにそういった。
「あ?これのことかい?」
 と携帯用の吸殻入れを右手で上げてみた。
「マナーの悪い大人が多いですから」
「耳が痛いね」
「あなたは少しはましなようですね」
「どうだか。いい大人がこんなところでタバコ吸っているんだぜ?」
「どうしてなんですか?」
 少しためらってそう聞いてきた。
「会社が倒産しちまったのさ」
「すみません」
 申し訳なさそうに頭を下げる。
 はきはきと答えるその言葉、行動には、どこからか思い出す感じがあった。
「ああ、いいって。気にすんなよ」
「でも、大変ですね」
「ああ、大変さ。働かなきゃ食えないからな」
「ですよね」
「学生のうちは楽だわな」
「そうですか?勉強とか、塾とかいろいろ大変ですけど」
「そのうちわかるさ。社会人になったらな。俺もガキの頃は勉強とか面倒とか思っていたけど、
今考えるともっとまじめにやっておけばよかったって後悔してるさ」
「そういうものなんですか?」
「そういうもんだ」
「ところで、あんた誰かを待っているのかい?」
「関係ないことです。それにそのあんたって言う呼び方辞やめてもらえますか?」
「俺はあんたの名前を知らないぜ?」
「ほら、また」
「しょうがねぇだろ」
「まぁ、いいです、私は帰りますから」
「誰かをまっているんじゃねぇのかい?」
「占いの結果で公園で幸運の人に出会えるってでていたから来てみたんです」
「幸運ねぇ…。あんた俺に会ってがっかりだろ。貧乏人じゃぁな」
「だから、あんたって呼び方止めてください。私には鏑木美幸っていう名前があるんですから」
「!」
 俺はもしやと思った。その名前がでるとは思っても見なかったのだ。
「どうかしました?驚いた顔をして…」
「鏑木って言ったよな?」
「ええ、私の名字ですけど、それが何か?」
「母親の名前、幸子っていうだろ?」
「どうしてそれを? 知り合いなんですか?」
「そうだなぁ、知り合いといえば知り合いだが。幸子さん覚えているかな」
「?」
「彼女は元気かい?」
「いえ、母は半年前事故で…」
「そうか…。亡くなったのか…」
 泣きそうだった。
 今にも洪水のように涙が溢れて止まらなくなりそうだ。
 それを必死にこらえた。
「どういう関係なんですか?」
「で、あんた、いや、美幸ちゃんはどこにすんでいるのかな?」
「ストーカーするつもりですか?警察呼びますよ?」
「そんなに警戒するなって。俺はなにもしねぇよ」
「私は母方の実家で暮らしています」
「そうか。それで鏑木姓なんだな」
「はい。ところで、あなたは?」
「さて、俺はもう帰るぜ。幸子さん生きていれば会いたかったけどな。こうして忘れ形見に出会えたんだ。
俺はそれだけで満足だぜ」
「ちょっと待ってください。母とどういった関係なんですか?」
「俺は学生時代のとき幸子さんのこと好きだったんだよ。ふられた相手だ。森良治っていうんだ」
「そうだったんですか」
「ああ、でも、あんた幸子さんにそっくりだぜ。俺が好きな彼女にな」
「え?」
「それじゃ帰るぜ。その占い、俺のほうが当たったようだな。じゃ」

 彼女は呆然としていたようだった。
 俺は帰り道我慢していた涙を流して帰路についた。
 彼女そっくりな忘れ形見は俺の心を少しだけ癒したような気がした。
「ありがとう。鏑木幸子さん。今でも好きだから…」
 そう、空を見上げて言った。

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