誕生日の日に
「あっ、いいところに来たわね」
そういって、にっこりと、いや不敵に笑う彼女に出会った。
「なに?」
「今日、暇あるかしら?」
そう、俺に威圧的に話しかける。
「まぁ、暇だけど?帰ってゲームやるくらいだし…」
はぁと彼女はため息をついて、
「そんな低脳なことしてるからだめなのよ。私に付き合いなさい、誠君」
そう言って、俺に拒否権を与えないまま、こっちへきなさい、そういって彼女は俺をいつもの
部室へ無言で連れて行った。
「んで、何を始めるの?紐緒さん?」
「ふふ。実験に決まってるでしょ」
もう、何を言ってるのかしら?というような表情。
「何の実験?」
「人体実験よ!!」
さぁーっと顔から血の気が引く。
「といいたいところだけど、まだ人体実験まではいけないわ、モルモットで実験よ」
そういって、二匹のモルモットが入っているものをもってきた。
「いい?これから私の言うことをよく聞きなさい」
うんうんとうなずく俺。
「まず、両方に毒入りのえさを食べさせるわ」
また、この子はなんということを考えながら聞く。
「この毒は即効性じゃ無いのよ。じわじわと効いてくるの。そこで、解毒剤を投与するのよ。一匹のほうにはすぐ投与して、もう片方にはそうね…。30分くらいたってからがいいわね。これで正確に測って投与しなさい」
解毒剤らしきえさともう片手にはストップウォッチを手もって話す紐緒さん。
「私はPCのモニタでモルモットを見てるから、あなたにはその投与、及びどう変わるかをみていて欲しいのよ。まぁ、まだ試験の状態だからモルモットがその毒に耐えられるかどうかは、まだ不明なのよ」
そういって、少しうつむく。何のための実験なんだろうとか、色々考える。
「どう?わかったかしら?質問、ある?」
「30分経たないうちに死んでしまったら?」
「そうねぇ…。その可能性もあるわね。もし、そうだったら、その時点でそっちの解毒剤の投与は無しね。30分耐えられなかった、というデータだけが残ることになるわ」
「……」
「他には?」
「ない」
「そう、なら実験をはじめるわ。毒を与えて、すぐ解毒剤の投与をするほうをA、30分置くほうをBとするわ」
紐緒さんはそういいながらモルモットにえさを与える。
「そっちにもえさを与えてちょうだい」
…俺がやるのか。そう思いながらその毒のえさをモルモットに与える。少しかわいそうな気がする…。
「与えたかしら?」
そういうと、こっちのモルモットの方を見て、「食べてるわね」そういって、自分の方のモルモットを観察
する。俺のほうは解毒剤とやらはまだ与えないほうだから、紐緒さんの方へ近づいて、
「ところで、これ、何の実験?」
そう聞くと
「ふふふふふっ、知らないほうが身のためよ」
とだけ、俺に言った。
まぁ、いつものことだな、という感じで、俺は紐緒さんをみる。
「解毒剤の投与ね…。あ、ほら、誠君はこっちのじゃなくて、そっちの方見ていてちょうだい。もし、30分以内に死んでしまったら、終わりだから」
「あ、ごめん」
そういって、俺はしぶしぶモルモットの観察に入る。
本当は紐緒さんをみたいのだが。
「さ、私はPCの方に集中するわ、お願いね」
うんと、俺がうなずくと紐緒さんはそのPCのモニタを見入る。
「そこには何が出てくるのー?」
「モルモットの体温とか、心拍数とかよ」
「へぇー」
どこにもそんな装置無いような感じだが…?
「時間は大丈夫かしら?」
あわててストップウォッチをみる。
「そろそろだ」
そういって、餌を与える準備をする。
どうやら、30分は持ったらしい。
「モルモットのほうは大丈夫かしら?」
「見た目、結構弱ってるようだね」
すぐに解毒剤を入れたほうと比べて動きが鈍っている。
「そう。まぁ、しょうがないわね。神経を麻痺させていくのよ」
「そうなんだ…」
そういって、俺は解毒剤入りの餌を与えた。ぴったり30分。…数秒は狂っているが。まぁ、誤差でしょ。
「誠君、10秒08遅かったわね…」
?!厳しい。
「まぁいいわ、大丈夫よ」
しょうがないわねという顔で俺を見る紐緒さん。
ようやくもらえた解毒剤入りの餌を食べるモルモット。だが、元気がない。
「ストップウォッチは止めちゃダメよ」
こくっとうなずく。俺は両方のモルモットを観察する。
なーんで、こんな実験俺やってるんだろうとか、色々やっぱり考えるけど、聞いても無駄だと思うから聞かないことにして、モルモットと紐緒さんに集中することにした。
その紐緒さんはPCだけをみている。
「異常ないかしら?」
俺が紐緒さんのことを見てると、そんな激が来る。
「大丈夫だね。すこし戻ったよ」
「そう、解毒剤、効いたのね…」
そういってるときもPCから目を放していないあたり、さすがというべきか。
「こっちも異常なしね…」
俺に異常の無いことを知らせる。
だが俺が聞いたところで意味無いと思うけど。
そんなこんなで、時間はゆっくり経っていく。モルモットを見ているだけなのだから。
「紐緒さん、そろそろ1時間くらいたつよー、まだ終わりじゃないの?」
「そうねぇ…。もう少し様子を見ましょう」
…そうですか。はい。
何も逆らえずそれに従う俺って。
うーん…。モルモットもかわいそうだよなぁ…、こんな死ぬかどうかの実験に付き合わされてな。
そう思いをモルモットたちに向けるがやつらはそんなことわからんだろう…。
「どうかしらー?」
紐緒さんの声。
「んー異常は見当たらないけど…」
「そう、もう少し様子を見てほしいわね。こっちのモニタには両方とも体温の低下が見られるわ」
そうなのか…。
そういわれれば少し両方とも動きが鈍くなったような気がするなぁ。
「動きが鈍いとかそういうのないかしら?」
「あ、うんうん。動きが遅くなったね。後から餌を与えたほうがじっとしているよ」
「そうね…。後から投与だと解毒剤効かないのかしら…」
ふむ。俺にはようわからん…。
「まだみていくわよ」
そうですか…。せっかくの放課後だけど…。紐緒さんといられるなら何でもいいかな?
「少し疲れたわね…」
首を横に動かしたり肩をすくめたりの動作をする彼女。
それはそうだろう、ずっとPCとにらめっこなんだもん。
「大丈夫?」
「私はいいからモルモットを見てなさい」
「あ、はい…」
ああ、紐緒さんのほうが心配だぞ。
紐緒さんはというと、ほおずえをついてPCとにらめっこしている。
そのデータってやっぱり記録されてるんだろうなあ。
モルモットに異常なし…。
って、どっちも、じっとしているぞ。動かなくなってしまった…。
1時間と少し経ってからだ。
とりあえず俺は正確な時間とその状態をメモ帳に書いた。
…紐緒さんはじっとPCだけを見てるなぁ…。
あ、両方のモルモットがぴくりともしなくなった…。
紐緒さんのほうはどうなんだろ?
「紐緒さん?完全に動かなくなったけど、そっちはどう?」
って、反応が無い。
「紐緒さん?」
……寝てる?
……寝ちゃってる。
ずっと実験の毎日で遅くまで起きてるからだろうなぁ…。
このままじゃ風邪とか引かないかな…。大丈夫かな…。
PCのモニタをみるとモルモットの体温は0になっていた。ってことは死んだのか。
実験終了だけど…。
紐緒さん寝ちゃってるんだよなぁ。
起こすのもかわいそうだから今度は紐緒さんの寝顔の観察をすることにした。
…さらにゆっくりと時間が流れる。
じーっと、見つめる。寝顔はかわいいな。
世界征服なんていってるけど…。本当にそんなこと考えてるのかな。
修学旅行のとき宇宙人と戦ったよなぁ…。あれ、本当のことなのかな?夢としか思えないんだけど…。んでも二人で闘ったのは事実だしなあ。二人で色々行ったよな…。
もうすぐ卒業しちゃうのか…。寂しいよなぁ…。
そう思って眺める中庭。一本の樹が堂々としている。
「伝説の樹か…」
入学当時、横にいたなれなれしいやつ、−今じゃ親友の好雄だが−が言ってたよな。あの時は詩織だったよな。いつ頃からだろ…。紐緒さんに魅かれていったのは。
「ん……うん……」
紐緒さんが何か言ってる。寝言かな?
起きる様子はない。
ここで、紐緒さんって、肩をゆすって起こせると思うけど…。いつだったか同じようなことがあって、「私に触るとあなた死ぬわよ」とか言われたしな…。顔真っ赤にして。
どうしよう…。
もういい時間になるし。
起こしてみるか!!
そう思って俺は紐緒さんに呼びかける。
「ひもおさーん」
小さな声で、驚かさないように…。
「ひもおさーん」
もう一度。
「ひもおさーん」
さらにもう一度。
起きないな。
「ひ・も・お・さーん」
少し大きな声で。
「ん……うーん…」
うーん…。だめだ。
よし、やっぱり、体をゆすっちゃおう。
ゆさゆさゆさゆさ…。
ゆさゆさゆさ……
紐緒さんの肩をゆする。
肩だけど、紐緒さんのぬくもりが伝わってくる。
「ひもおさーん、そろそろかえるよー」
ゆさゆさゆさ。
「!!!」
鋭い視線が俺を貫く。
顔は真っ赤になってるけど…。
「紐緒さん、帰ろう?」
「……」
「ご、ごめん…」
「……」
「どうしても呼んだだけじゃ起きなかったから…」
「……」
「ごめん…」
しょうがないわねって、顔で俺を見て、
「まぁ、いいわ。それより、モルモットは?」
「両方とも死んだよ」
「そう…。時間とかはメモなり記録なりしたのかしら」
「うん」
「そう。それじゃ帰りましょうか」
「ごめん…」
「何謝ってるのかしら?」
「いや、その、体触っちゃったし…」
「いいわよ…。…あなたならね」
え?
「さ、帰るわよ」
う、うん。
「あ、このモルモットとかは?」
「明日私が片すからいいわよ」
「そ、そう、手伝うよ…」
「そう、ありがと。じゃぁ、かえりましょう」
「あーっ、忘れてたっ」
「ど、どうしたの急に?」
いきなり大声を出したから紐緒さんも驚く。
「今日、生誕記念日だったよね、はい。おめでとう」
そういって、プレゼントを手渡す。
生誕記念日といわないと訂正されるから、この呼び方に出会った当時からなってしまった。
「あ、ありがと…」
あんまり表情にはださないけど、うれしそうな紐緒さんが俺の横にいる。
それだけで、俺にはうれしかった。
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