時計の秘密
「うわ。すっごいひと」
「今日がオープンですもの。でも、これはすごいよね。大丈夫?

「う、うん。大丈夫だよ、これくらいー」
 とはいったものの、この人ごみ勘弁して欲しい。

 俺と詩織は今日オープンしたばっかりの大型複合店へ来ている。初日という事で
人だらけで、ものすごく混んでいた。有名なお店がひとつの店の中に入っていて、どれも半端じゃなく
にぎわっていた。俺と詩織はお目当てのブランドショップに来ている。
 …のだけど、…。人を見てるという感覚しかもはやなかった。

「どこにあるか見つかった?」
「いや、わからないよ、詩織ー」
 もみくちゃにされて俺は詩織に答える。
 この有名なブランドの時計でペアウォッチ。世界で限定販売されて日本では通販先行販売を除いて店で買えるのは今日この日だけだった。なんでも、限定生産でしかも手作りでシリアルナンバーが入っていてという
とにかく、とんでもなくプレミアナものらしい。

 詩織は必死に探しているけど…。
「どう、詩織?」
「ないわね…。もう売れちゃったのかしら」
 限定だしなぁ…。しかし、こんな必死な詩織のこと見るの初めてのような。何でだろ?
「他の限定品ならある感じだけどね…」
「そうねぇ…」
「お店の人に聞いてみようか」
「うん」
 詩織が探す中、俺は店員さんに聞いた。


「すいませーん」
「はーい、いらっしゃいませー」
 …。けばいおばちゃんが出てきた。
 俺はちょっと引きながら
「今日限定のペアウォッチって…」
 と最後まで言わないうちに、
「売切れてしまいましたわー。他のやつならございますけど、こっちなどいかがでしょう」
 ……。
 …なんか、聞いていないのにべらべら話している。

 そうか、売り切れちゃったんだ。これ聞いたら詩織がっかりするだろうなぁ…。

「まぁ、しょうがないか」
 
 そして、俺は詩織に話す。
「そう。売れちゃったのね。しょうがないね。帰りましょう」
「うん」

 詩織は肩を落として店を出た。

「残念だったね、詩織」
「う、うん…」
「でも、なんで、詩織はそれほどまで欲しがってたの?」
「それは、と一緒にしたかったから」
 …そう顔を赤らめて言った。
「そ、そう。う、うれしいよ」
 でも、それだけで必死になるって言うのはおかしいよね?

 疑問に浮かぶ。実際俺はその時計がどんなもんだかしらない。まぁ、有名なブランド品っていうことはしっているけど。
 
 俺たちはその複合店の中にある喫茶店に入った。
「喫茶店まであるんだ」
「そうね。ここの本店ってTVとかでも紹介されるようなお店よ」
「へぇ…」
は何にする?」
「んーどうしようかなぁ…」
 メニューを見る。
 普通の喫茶店にあるようなものが並んでいる。ケーキ類に紅茶、コーヒー、軽食……。
 んー?そのケーキというところに変なものを見つけてしまい、俺は頼まずにはいられなくなった。
「決まった?
「うんうん。これ」
 そう指差したのは『店長スペシャルケーキ』と値段もいい感じのものだった。
「えー、大丈夫?」
「うん、俺はこれでいい」
「前にも食べたような気がするわね」
「そ、そう?」
 …そんな気がしないでもないけど初めてだぞ?こんなの。
「それじゃぁ、私は紅茶とケーキかな」


 店員さんを呼んでさらっと注文をする。
 …店長スペシャル頼んだとき一瞬引いていたのを俺は見逃さなかった。…やばいのか?

「ねぇねぇ、詩織」
「なーに?」
「その時計、そんなにすごいの?」
「え?普通の時計だよ?」
「だけど、詩織、いつもよりもすごく必死だったよ?」
「え?そんなことないよ。普通の私だよ?」
「そうかなぁ…」
「でもね、ちょっとだけ普通じゃないの」
「え?」
 詩織は秘密を話すように俺に話しかけてきた。
「あの時計ね、世界で販売されててね。すごいうわさがあるのよ」
「へぇ…。どんな?」
「あのね…。

「お待たせしましたー」
 といいところで水が入る。紅茶にケーキと……。店長スペシャル!!
 …うは。何だこのケーキ?でかっ!

「すごいね、それ…」
 詩織も引いてるかんじだ。

「ちょっと食べてみる?」
「え?いいわよ、どうぞ?」
「遠慮しなくていいよ。先ずは一口…」
「……。甘いような…」
「すっぱいような、辛いような苦いような味?」
「そ、そう、そんな感じで…」
「不思議な味なのね?」
「そ、そう」
 …この味知ってるのかな?詩織。
 先に言われたぞ。

 ケーキと店長スペシャルを食べてそして、目の前には詩織がいて、お目当ての時計は買えなかったけど
俺は幸せだった。

 残り少ない高校生活を…。
「あ、そうだ。その時計のうわさって?」
 気になったことを思い出す
「あのね、ちょっと恥ずかしいんだけど…。あの時計を好きな人としていれば2人で成功するっていううわさがあるの」
「へぇ…そうだったんだ。だから詩織は必死になってたのか」
「う、うん…」
 …あっさり言ったけどものすごくうれしいぞ。 

「もう、なくなっちゃった…店長スペシャル」
「うふふふ。早いのね」
「う、うん…」

「それじゃでましょうか」
 詩織が立ち上がったとき、俺はすっかりと忘れていたのを思い出した。
「ああ、まって詩織、渡したいのがあるんだよ」

 そういって俺は持ってきたものを出した。
 そう、なんか知らんけど好雄から高く買わされたもの。
 昨日のことだった。

 放課後に相変わらずの好雄が俺に上げたいものがあるとかで屋上へ呼び出されたのだった。
なんでも、これを3万で買えとかというとんでもないことだった。
 その金額に俺は拒否したけど「これを断ったら一生後悔するぞ」とか「これを買わなきゃお前は不幸になる」
やら「これを購入しとけばお前は一生幸せなんだ」とか、「地獄に落ちるぞ」とかひどい言われようで
半分脅しのような感じで買わされたものだ。中身は何かと聞いても答えやしない。「いいか、。詩織ちゃんにこれを渡せよ。いいな。早いほうがいいぞ」そうがっちりと俺の手を握ってそういった。
 …ちょっと気色悪かったが。

 その曰くつきのものをかばんの中から目の前に出す。
「はい。これ、受け取って欲しいな」
「なに?」
「んーなんだろなぁー。あははははー」
 中身を知らない俺が答えられるはずもない。
「ねぇ、開けてみてもいいかな?」
「うん、いいよ」
 …俺も中身知らないし。
 詩織はその包みをきれいに開けていった。そして、包みを開けてでてきたのはさっきの店のマークだった。
「あ」
 それを見て詩織は驚く。
 当然俺も。
 そして、でてきたのは…。

。ずるいよ…」

 その探していた時計らしいものと、詩織の涙だった。
「ご、ごめん…」
「ううん。ありがとう。

 そして詩織は女性用時計を自分でつけた。
 そして、もうひとつの男用の時計を持って、
「はい。
 そういって、俺に差し出してくれた。


 好雄、お前って、お前って。

「私たち、幸せになれるかな?」
「え?」
 目の前に涙を流して微笑む詩織がそこにいた。
[戻る]