ホットチョコレート
 今日はバレンタインデー。…いつものように伊集院から嫌味は聞かされるは、チョコはもらえないわで最悪な一日が終わろうとしていた。
 好雄と二人で今日の悲惨な一日をお互いに慰めあっているとき、最大の不幸が訪れようとしていた……。
「あ、待ちなさい!そこの二人!」
 そう呼ばれて振り返ると白衣を着たナース、ではなくて。
「や、やぁ、紐緒さん」
「あ、俺は急に用事を思い出した……」
「?お、おい、好雄?」
「?なに?どうせ暇なんでしょ?あなたたちちょっと私に付き合ってくれないかしら?」
「俺は……」
 といいかけたとき、
「ごめん。俺は今日用事があるんだ。優美のやつがうるさくて…、それじゃ!」
 そういうや否や一目散にダッシュで駆けて行った。…というよりか「逃げていった」というほうが正解なのだろうか?俺は別段用事もないし、
「何?」
 そう紐緒さんに聞く。
「しょうがないわね。相方さんは逃げていってしまったようね」
 ……。好雄、、ばれてるぞ。
「……」
「ま、いいわ。ちょっと付き合ってほしいのよ」
「ま、まぁ、いいけど…」
「そ、なら話が早いわね。とりあえず私の後についてきなさい」
 そう命令口調で俺に言うとすたすたと歩き出す。
 俺はその後をただついていく。
 征服の上に白衣をまとったいつも見慣れている紐緒さんの姿。後姿ってそういやあまり見たことないよなぁ、なんて考えながら歩く。……ついたのはほかでもないいつもの部室。
「さぁ、入りなさい」
「…いつもの部室でしょ?」
「そ、そうよ」
 ちょっとうつむいてそういう紐緒さん。
 二人で中へ入ると怪しい実験の成果とも言うべきものがその辺においてある。
 ほかに部員はいない。俺と紐緒さんだけになってしまったのだ。
「何か用事でも?」
 俺が先にきりだした。
「ちょっと頼みたいことがあるのよ」

 紐緒さんの頼みとは珍しい…。いつもは実験だー、研究だーでいろいろ手伝わされているのだが。先日はひどい目にあったばかりだ。好雄と一緒にいたところを実験と称して紐緒さんの作った部屋に閉じ込められて気温を上げられたり下げられたり。何でも紐緒さんの作った「カード温調調整装置」だかを身につければ寒さも暑さも平気ということだったのだが二人とも死にかけた。どうもその装置反応するのにえらい時間がかかり紐緒さんに言わせると「まだまだ人体実験が足りないようね」とのことだった。それもあってか好雄は逃げていったんだろう。

「一緒に買い物に付き合ってほしいのよ」
「はぁ、買い物ですか?」
 普通の頼みだった。
「ちょっと買い込むつもりでいるから来てほしいの。いいかしら」
「いいよ」
「そ、じゃぁ、早速出かけるわよ」
 そういうと行き先を告げられぬまま俺はついていった。
 冬の放課後、俺と紐緒さんで買い物。

 重くのしかかっている雲が二人を覆う。
「雪降りそうね」
「そうだね」
「雪が降れば実験したいものがあるのよ。付き合ってもらうわね」
「いいよ」

 そんな会話をしながらついたのはジャンクショップだった。

「さぁ、買い占めるわよ」
 確か12月に大売出しとかで買い漁ったよな?
「ねぇ、また大安売りなの?」
「そうね、そういうわけじゃないけど、先日値下がりしたパーツが結構あるのよ。それで買い占めたいのよね」
「そ、そう…」
 そういうと紐緒さんは目を輝かせてあれも、これもと買っていた。
 ……、当然というかなんと言うかそれをすべて部費で購入していたのは言うまでもない。
 さすが、紐緒さん…。
 
 買うときにいろいろ聞かれて答えるけど俺より紐緒さんのほうが詳しいでしょうって…。

 結局ビニール袋5個と結構な荷物となった。
「あなたを連れてきて正解ね」
「ありがとう…」
 とはいってもただの荷物もちだけど。
「きちんと答えられる人はなかなかいないわ」
「そ、そう」
「そうよ。さすがこの天才科学者紐緒様が認めた下僕だけのことはあるわね」
「そ、そう…」
「あなたには世界征服したあかつきにはちゃんとしたポストを考えておくから楽しみにしておきなさいね」
「そ、そう……」

 ずっと紐緒さんの野望の話で持ちきりだった帰り道。
 俺はただうなずくだけで精一杯だった。

 部室について、机の上に買ってきたものをおく。
「ありがとう、助かったわ」
「別にいいよ。俺も部員の一人だし」
 ……、ちなみに言うと紐緒さんが部長で俺が副部長ということになっているらしい。が、紐緒さんは俺のことは下僕としか見ていないようだ。
「片付けるのは明日でいいわ。もういい時間だしね」
「そうだね…」
「あ、そうだわ。帰る前にこれでも飲んでいきなさい」
 そういってマグカップを差し出す。
「ありがとう」
 そういって一口。
 ……。コーヒーじゃない。いつもはコーヒーが出てくるんだけど?
「ど、どうかしら?」
「え、何が?」
「今のんでいるそれのことよ」
「これ?」
「そ、そうよ……」
 照れくさそうに話す紐緒さんらしくない紐緒さん。
「コーヒーじゃないよね」
「…。そ、それは、ホットチョコレートって言うのよ……。今日がどんな日なのかあなた、知っているでしょ?」
 赤くなりながら俺に言う。
「ありがとう、紐緒さん」

 そういうと紐緒さんは後ろを向いてしまった。
 俺はその甘いホットチョコレートを味わいながらその紐緒さんを見ていた。
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