夏のデート
「まった?」
 暑い太陽に長いことさらされ汗だくになった俺に声をやっとかけてきた夏の天使。
 羽根はないけど…。
 この俺にはこの灼熱地獄から救われたという感じだ。
「すごい汗ね。ふいたら?」
 その天使は俺に声をかけ俺の顔を見るやその言葉を吐いた。
「しょうがないだろ……。紐緒さんが待たせてくれるから…」
「あら?しょうがないでしょ。研究で忙しいんだから…」
 と涼しげに天使はさらりと言う。
 …天使というより女王様といったほうがその様はあうのか、肌の露出している大胆な服を
着て、これでもかというように道行く男どもの視線をくぎ付けしている。
 ミニのタイトスカート。上着はノースリーブで胸元が大胆に開いている。
「暑いね…」
「暑いわね」
「って、そんな服で肌大丈夫?」
「なに?誰に向かっていっているのかしら?」
「紐緒結奈」
「呼び捨てとは失礼ね。天才科学者紐緒結奈様よ。焼かないように特製のスプレーを塗ってあるわ」
「そ、そう……」
「それにこれは丸一週間持つのよ。その辺にあるようなものとは分けが違うのよ」
「は、はぁ……」
「さらに!! 汗のいやなにおいを100%カットするだけじゃなく、男どもを狂わすフェロモンを撒き散らすのよ」
「…んなもん撒き散らさなくても…」
「なに?それは一週間も男どもを狂わすわけ?」
「そうよ。これで世界征服に一歩近づくのよ」
「学校はどうするの…」
「私が誰だと思っているのよ?あなたの頭は猿以下ね」
「学校じゃまずいんじゃないの?」
「このスプレーは洗えば簡単に落ちるのよ。水には弱いのよ」
「水泳とかには向かないね」
「そうね。それが欠点なのよね……」
「海もやばいね」
「まずいわね。同じ効果のある油性のものを早急に開発する必要があるのよ」
「へぇ……」

 目が輝いている紐緒閣下をよそに俺はただただ呆れるばかりだった。
「んできょうはどうして遅れちゃったのかな?」
「あなた、ミジンコ以下の頭ね……。研究で忙しかったっていってるでしょ?」
「は、はぁ……」
「なに間抜けずらしてるのよ」
「そんなに間抜け?」
「そうね。はとが豆鉄砲食らったときよりも間抜けな顔してるわよ?」
「もともとこういう顔なんだよ…」
「さ、じゃ行きましょうか」
 …突っ込みは無しですか。なんて思いながら炎天下の下を歩く。
 紐緒さんはそのなんだか知らないスプレーのせいか、露出の多い服のせいか歩いている男どもの目が紐緒さん
と俺に集中している。
 俺にはそんな怪しいスプレーのせいじゃなく、紐緒さんの洋服のせいだと強く思った。
 背中は半分以上でているし…。

 俺はフクザツな気分でいた。
 確かにこんな紐緒さん見られるわけないし、こんなすごい格好の紐緒さんを見られるのは嬉しいし、
こんなきれいな人と一緒にいると周りから見られると気分は悪くない。
 けど、一体どうしちゃったんだろ。普段なら絶対こんな格好しないと思われた紐緒さんが…。
「ね。どうしたの?黙っちゃって?」
「へ?」
「ずっと黙ってちゃつまんないでしょ?」
「そ、そう……」
「高校も今年で終わりなのよ」
「うん」
「今年こそ野望を達成させるからそのときはあなたにも手伝ってもらうわよ」
「え?」
「ほら。え、じゃないでしょ。部品が足りないのよ」
「は、はぁ……」
 ここは女子とかあんまりくる場所じゃない。
 いわゆるオタクどもがいる場所なんだけど。
 リュックを背負ってむさ苦しい汗臭い男たちの中、俺と紐緒さんは正直浮いていた。
 その分、紐緒さんの洋服は目立つ。
 そしてたどり着いたのはいつものジャンクパーツ屋さん。
 怪しい店員の視線が紐緒さんをさした。
 そして、気にしている様子もなく欲しいパーツを漁っている紐緒さん。
 俺はそんな紐緒さんを気にして見えないように後ろに立つ…。
「ああ、ほら、あなたもこれに書いてあるものを探してくれる?」
 そういわれてメモを渡される。
 ………。あらかたどういうのかわかるのでそれを探す。
 そして、それらを見つけ出し、紐緒さんに手渡す。
「さすがね。メモだけでわかるなんて」
「形とか丁寧に書いてあるし…。色とかも…」
「わ、私の書き方がよかったのね」
「さ、欲しいものも揃ったわ。あとはちょっとよりたいところがあるから来てくれるわよね?」
「え。うん」
 そういわれるまま、俺は紐緒さんと一緒にその街の外れにある喫茶店に入る。

 からんころ〜ん

 とドアを開けると店内にお客、つまりは俺たちが入ってきたことを告げるチャイムがなる。
 女性の店員さんが来て席に案内してくれた。

 …喫茶店で。
 俺と。
 ジャンクパーツと。
 そして、いつもとは違う格好の紐緒さん。

「涼しいわね」
「うん」
 一転して涼しい店内。
 外は相変わらずお天道様が輝いている。
「ところで、今日はなんか浮かない感じだったけど何かあったのかしら?」
 紐緒さんは俺に気がついていた?
「いや、別にないけど」
「それにしてはいつもと違う一面を見せてくれたじゃない。いつもなら私と一緒にいてもそんなに途惑ったりしないはずよ」
「それは……」
「あなたもこのフェロモンのせいで頭がおかしくなっちゃったのかしら?」
 などという紐緒さんを。
 俺はちょっと気分が悪くなった。
「そんな洋服紐緒さんに似合わないよ」
「な、なんですって」
 これを言ったら怒る。そんなことはもう3年も一緒にいる俺には簡単な事だった。
「だから、そういう服は紐緒さんに似合わないって」
「一度言えばわかるわよ。私は誰だと思っているの」
「紐緒さん」
「そうよ」
「だからだよ。そんな服は紐緒さんに似合わないって。品がないって言うか……。いくら夏でもその服はちょっとまずいよ」
「何ですって。私を怒らせたらどうなるか知ってるでしょ」
「いつもならそんな変なセンスーとか言ってるじゃない?紐緒さんこそおかしいよ」
「あ、あなたにはこの……」
 一緒にいるから次にどういう言葉を発するかもわかる。
 あなたにはこの洋服のセンスがわからないの?と。
「わからないよ」
「そ、そう……。わかったわ。せっかく……。私も相当狂ったものね。世界征服のためにあなたを大事な下僕のためにと思っていたのに……」
「だからさ」
「もういいわよ。さっさと帰るわよ」
「でも…」
「最悪だわ…」
「一人で帰るから」
 そう言って出て行ってしまった。
 俺は後をついていく。
「まってって」
「もう、なんでついてくるのよ。邪魔よ」
 尻にしかれている無様な男の図……。
 これを世間に晒している。
 それを何回繰り返しただろうか…。
「もう、いいかげんにしてよ」
 街中に響きわたる声で怒鳴られる。
「その格好、嫌いじゃないけど…」
「今更言っても無駄よ」
「けど…」
「けど何よ。はっきり言いなさい」
「けど、そんな格好、他の男に見せるなんてこと、したくない…」
「そんなこと言っても無駄よ。あなたの人体実験は決まったんだから」
「ごめん…。でも、そんな大胆な服は……」
 あとは言葉にならなかった。
「そ、そう……。わかったわよ」
 俺の言わんとしたことがわかってくれたのか…。
「そうよね。私もちょっとどうしようかなって思って…………」
 最後の方が聞き取れない。
 俯いて顔を赤らめている。
「え?」
「だ、だから、私もちょっと大胆すぎるかなって思ったの。どうしようか悩んだけど、せっかくだからって迷った挙句
着てきたの」
 勢いで全部胸にしまってあることを言ったという感じで俺に言う。
「ご、ごめん……」
「い、いいわよ…。やっぱり私にはにあわないわよね。こういう洋服は…」
「紐緒さん忘れちゃった?そういう洋服も似合うよ」
「え」
「にあうけど、もっと違う場所で一緒に歩こうね。ここじゃさすがに…」
「そ、そうね…。海かどこかへ行くときに着ることにするわ…」
「うん…。そっちの方がそういう服に合うよ。きっと」
「そ、そいれじゃぁ、一緒に帰るわよ」
 さらに顔を赤らめてしまった…。
「う、うん」

 紐緒さんの意外な一面を見られて最高の一日だったな……。
END
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