待ちぼうけの果てに
 よく晴れたいい天気。
 絶好のデート日和。
 これでどうにか鏡さんのご機嫌も損なわずにすむだろう。
 なんだか知らないけど、俺の悪いうわさがあちこちで飛び交い、美樹原さんが原因で、
さらには詩織、如月さん、片桐さん、紐緒さん、清川さん、虹野さん、朝日奈さん、古式さん、鏡さん、
ついには優美ちゃんまで傷つけたというわけのわからないウワサがたっているらしいのだ…。


 そのおかげでここ数ヶ月はデート三昧。とはいっても怒っている相手を相手にするんだからたまったもんじゃない。
 原因の美樹原にいたっては電話にすら応じてくれなくて、しぶしぶようやく会ってくれるというのだから…。
 美樹原さんと詩織ってのは友達だったりして、そのおかげで詩織も最近ものすごく怒っている。
 美樹原さん、苦手なんだよなぁ…。
 ああいうこう、はっきりしないっていうか、なんていうか。

 ということで俺は待ち合わせ場所のプラネタリウムの前に来ているのだけど……。
 肝心の美樹原さんはちっとも現れず。
 時計も待ち合わせ時間を数分すぎていた。
 まぁ、それもしょうがないのかな、とか思いつつ、時計と睨めっこして時間をつぶす。
 やる事も無く、ただただ時計を見ては時間が進まないなぁ、とか美樹原さんはこないなぁとか思い
時間はすぎていくだけ。はっきりいって苦痛以外の何物でもない。

「面倒だなぁ…。帰っちまおうかなぁ…」
 って言うわけにもいかず。
 あ〜。もう……。美樹原さんは何をしているんだ…。彼女はそんなに遅れたりするこじゃないんだけど…。
 …鏡さんとか紐緒さんとかなら平気で遅れてきて「さ、行くわよ」なんていうのがあたりまえなんだけど…。
「うー…」
 時間なんかまったく進むわけも無く。
 これで帰ってしまったら美樹原さんを筆頭に詩織、如月さん、紐緒さん、片桐さん、清川さん、虹野さん、朝日奈さん、
古式さん、鏡さん、優美ちゃんまで連発で爆弾が爆発するに違いない。
 ……思えば知り合い全員だな…。優美ちゃんを傷つけたとなると好雄も黙っちゃいないだろうし。

 ……10分過ぎた。
 水族館には家族連れとか団体さんとかが出入りしている。
 
「ごめーん、待ったぁ?」
 美樹原さん?……じゃぁない。声が別人だ。
「え?」
 緑の特徴的な髪の毛でサングラスをして。
 …美樹原さんじゃないよあぁ…。
「あ、ごめんなさい、人違いでした…」
「あ、そ、そう…」
 それだけを言うと彼女は立ち去っていった。
「なんだったんだぁ?」
 …学校でも同じような髪型のこいるよな?
 誰なんだろ?とか思い5分くらい時間は流れる。
 こういうときの時間の流れはものすごく長い。
 5分くらいしかすぎていないのに10分、20分くらいに感じる。
「どうしたのかなぁ……」
 公衆電話はあっても美樹原さんの電話番号、覚えてないし。
 …詩織の電話番号は頭に入っているけど。

「おっせーなぁ…」
 段々いらいらしてきた。
 いくら怒っていても電話で約束したんだから来てくれてもいいのに…。
 ……さっきの女の子まだいるよ…。彼女もデートなのかな?
 その彼女は俺とちょっと離れた木陰でブロックに座ってやっぱり時計を見ている。
「俺と同じ心境なのかなぁ…」
 …撤回。俺と同じじゃ彼を怒らせたってか…。それは無いか…。と一人で苦笑。
 彼女はこっちを気にしたり、時計を気にしたり…。時たまサングラスと俺の目が合ったりする。
 そのたび彼女はすぐ俯いてしまうのだった。
「気になるなぁ…」
 そんな彼女の事がものすごく気になってきた。
 俺に気があるのかな…。なんて馬鹿なことを考えて。
「遅すぎだなぁ…」

 20分過ぎ。
 朝日奈さんならこのあたりで、「ごっめーん。電車がもろ混みで…」なんて言い訳してくるんだけど。
 美樹原さんはそんな言い訳しないな…。
 何でこないんだろ?会うのが嫌になっちゃったのかなぁ……。
 う〜ん……。
 これも傷つけた報いか…、とか思うけど。俺、別に、美樹原さんに、何もしてないぞ?
 なんかそんな風に思ってきたらどうでも良くなってきた。
 けど、ここで帰るわけにも行かず。
「連絡さえ取れればなぁ……」
 詩織を介して連絡すれば手っ取り早いんだけど。
 詩織も怒っているし、相手してくれるかどうか……。
「あーもう!」
 …怒ってもしょうがない……。
 ……あ、またサングラスと目があっちゃった。
 彼女はさっとうつむいてしまった。俺も目をそらす。
 そしてちらっと彼女のことをみると時計を見たり、手に何か持っていてそれをいじっていた。
 …なんだろ?
 …あっ。またサングラスと目があっちゃった。
 そして慌てて目をそらす。
 気まずいなぁ…。警察とか呼ばれないだろうなぁ…。ストーカー呼ばわりされたら大変だし……。
 そんな心配をして過ごすこの嫌な雰囲気の中、肝心の美樹原さんは来る気配もなく。
 
 時計は待ち合わせ時間の30分もすぎていた。
「すっぽかされたのかなぁ…」
 サングラスの彼女はというと、じっとこっちを見ているような気がするんだけど。
 こう、熱い視線というか……。いや、どっちかというと冷たい視線か。
 まずいなぁ…。
 はやく美樹原さん来てくれないかなぁ…。
 こういう時っていうのは、きょろきょろしがちで。そうしているとやっぱりどうしてもそのサングラスの
女の子に目が行くっていうもので。そしてサングラスと目が合ってしまうという法則が成り立ってくる。

 サングラスはずした顔がみたいぞ…。
 変な好奇心が沸いてしまった。
 如月さんもそうだがめがねの下は可愛い美少女ってことが多い。
 巷では眼鏡っ子なんてよんで、モエルとかっていうらしいけど。
 しかしいきなりサングラスはずしてくれなんていえないしなぁ…。
 名前、なんていうのかな…。
 彼女はしきりに何かをいじっていた。それが何かもまたすごく気になっているのだった。
「美樹原さん、こない…」
 完全にすっぽかされたかなぁ…。
 あーあ…。やっと美樹原さんと約束取れたのにな。
 しょうがない、一人でプラネタリウム見てもしょうがないから帰ろうか……。
 俺はその場を立ち去ろうとゆっくり歩き出した。
 ……なんか彼女も慌てて立ち上がったぞ?
 彼女のほうは大好きな彼でも来たのかな?良かったね。
「ふぅ…」
 俺は背中を丸めてポケットに手を突っ込んで、どう見ても悲惨ですオーラをだしてゆっくりと歩きだした。
 もうサングラスの彼女のことはきにならなかった。
 いいよなぁ…。大好きな彼が来てこれからデートですか…。
 俺もそうなっていた…、ってご機嫌取りだからちょっと違うかぁ…。
「はぁ…」
「あ、あのう…」
 !美樹原さん来た!
 後ろから呼び止められて。
「やっと来てくれたね?」
 というと。
「あ、あのう…」
 ともじもじしているサングラスの彼女だった。
「あれ?ごめん。今度は俺が人違いだわ…。それじゃ」
 と帰ろうとしたけど。
「あの、お一人ですか?」
「え?ああ、そうだね」
 なんか恐る恐る俺に聞いてくる。
「あのう…」
 なんか、美樹原さんとタイプ似てるなぁ…。
 !まさか美樹原さんがイメチェン?って、テレビじゃないんだし…。
「何?」
「私、彼に、すっぽかされちゃったみたいで…」
「へぇ…」
 まぁ、関係ないしな。
「あの、それで・……」
「?俺もそうなんだよ…。すっぽかされちゃったみたいなんだ…」
「そうなんですか…。あの、私でよかったら…。あの、その……」
 なんか、初々しいぞ。
「えっと…」
「あの、私でよかったら……。一緒に」
「俺でよかったらプラネタリウム一緒にみない?」
 と俺が言ってみた。
「え?は、はい」
 ……なんか、ものすごく嬉しそうだな。
「そんなに嬉しい?」
「はい、私星大好きなんです」
「へぇ…。そうなんだ。ロマンチックだもんね」
「はい。あの輝きを見ていると吸い込まれそうで…」
 そう言ってチケットを、
「はい」
 とわたす。
「え?」
「はい、チケット?もしかして持ってた?」
「いえ……」
「あげるよ」
「で、でも……」
「あ、ほら早くしないとはじまっちゃうよ?ちょうどいい時間だし…」
「あ、はい。お金…」
「え?いいよ。別に」
「そういうわけには行かないよ。やっぱり…」
「いいって。みたかったんでしょ?」
「…」
「ほら、早く行こう?せっかくなんだし、ね?」
「は、はい。ありがとうございます」
 そして二人プラネタリウムに入っていった。

 真っ暗な中に入って、二人、ドームの星空を観賞した。
 それは星が織成すドラマ。
 果てしなく長い年月を経てやってくる光。
 なんだけど、肝心のプラネタリウムはそこそこに、俺は彼女の素顔を見ていた。
 サングラスのその下の顔はやっぱり美少女で。
 やっぱり、学校でぶつかってくる彼女で。
 同じきらめき高校の生徒で。
 名前知らないな。
 俺のことどうして知ってるのかな。
 可愛いな…。
 なんて思っていて。

「あの」
「え?終わりですよ?」
「あ、本当だ」
「綺麗でしたね」
「うん、見とれていたよ…」
 君に。
 外へ出ると日が暮れて夕焼けが二人を出迎えていた。
「すっかり遅くなっちゃったね」
「私のために、ありがとうございました」
「いいよ。一緒に見られてよかったよ」
「あ、ありがとうございます」
 サングラスはもうかけていない。
 特徴的な髪型が映える。
「学校でもぶつかってくるよねぇ…」
「あ、あれは…。その…」
「ああ、いいよ。わざとじゃないんだろうし、怪我とかしたわけじゃないから…」
「ご、ごめんなさい」
 やっぱりそうだ。同級生だよ。
「えっと、名前知らないよね?俺の名前は…」
「知ってます」
「!どうして俺の名前を…」
「私の名前は館林見晴っていいます。それじゃ…」
「あ、ねぇ、待ってよ。館林さん。ねぇ」
 かけ足で立ち去っていく……。
 なんで俺の名前を知っているのかそれが気にかかり、館林さんを追いかけられずに立ち尽くしていた。
 俺が彼女の後姿をぼーっと眺めていると、彼女が振り返って。
「今日はありがとう」
 そうかすかに聞こえる声で言った。
 そのあとにも何か続いたようだけど、手を大きく振って彼女はやっぱり駆け足で帰っていった。

「さぁ、俺も帰るかぁ…。美樹原さんは結局こなかったけど、館林さんと一緒だったからいいか…」

 そして家へ帰ると修羅場が待ち受けていた…。
 留守電に着信が…。
 ぴー。
「館林見晴です。今日はありがとうございました。また、よかったら一緒に行ってください」
 館林さんからだ。俺も一緒に見られてよかったな。
 ぴー。
「おーい、いないのかー?いたら電話に出ろー。いないのかー。帰ってきたら電話しろー」
 …好雄だ。なんだろ?
 
 そして最後に……。
 ぴー。
「…ずっと待っていたのに、ひどすぎます」
 美樹原さん……。もしや待ち合わせ場所を間違えていたのか…。がーん……。
 これじゃ三国一の極悪人だぁー。
 

 そのあと好雄に電話をして、知り合い全員がカンカンに怒っているとのことだった。
 …館林さんも怒っているのかなぁ…。


 …新しく知った人に大きく心を奪われている俺がいた。
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