夏の空
「何?」
「え?」
「何固まっているのかと聞いているのよ」
 そういうと不思議そうに俺の顔を覗き込む紐緒閣下。
 夏真っ盛りで外は暑い。
「え、いや、この本で……」
「なに?戦争の本ね?」
「そうそう、大東亜戦争の……」
「大東亜とは古めかしく最悪な言い方ね」
「最悪とは失礼な。昔の人はこう呼んで…」
「知っているわよ。知らないのは猿以下ね…。で、なんでまたそんな本を読んでいるの?…あなたの場合見ているの?
って聞いた方がいい感じかしら?」

 図書館にいる俺たちはひそひそ声で話している。
 紐緒さんがどうしても調べものがあるからってことで来ていたのだが、俺は一冊の戦争の本に
興味が湧いていて、読みふけっていた。いや、見いっていた。
「いや、今日は終戦記念日だし……」
「私が世界を征服したら戦争なんてくだらないものはこの世から無くしてあげるわ。平和な世の中にするのよ」
「おお、すごい」
「そのためにはまずこの世界を壊す必要があるのよ」
「…それはまずいんじゃ…」
 感激した俺があさはかだった…。
「なに?旧社会を壊さずして新しい秩序の社会などありえないのよ?」
「歴史を見ればそうだけど……」
「歴史は繰り返されるのよ。この天才科学者紐緒様によってね」
 そういって不敵な微笑を見せる紐緒閣下。


 ちなみに俺が読んでいるのは戦争記録本とでも言うのだろうか…。
 ほとんど悲惨な写真で覆われている。
 空襲で壊れた家とか焼け野原、などなど……。
 その傍らに映っているのは数人の日本人。
 身なりは貧しいが、その焼け焦げた土地で一生懸命生きている様子が映し出されている。
 
「調べ物は終ったの?」
 紐緒さんがその本を見る中、俺は彼女の顔を見て聞いた。
「……まだよ」
 …いつもの気丈な紐緒さんじゃない?
「そう……」
「いい本が無いのよ……」
「う〜ん…。ここはこのあたりでも種類は多いんだけどね。それでもないとなるとよっぽどのマイナーな本なのか、それとも……」
「まぁ、仕方がないのかしら?生物兵器とか核兵器の資料とかはここにはなさそうね…」
「?!」
「何はとが豆鉄砲食らったようなアホ面しているの?」
「……」
 はぁとため息をつく。
「もうちょっと見ているからあなたはそれでも見ていなさい」
「……」

 一体なんていうものを探しているんだ?
 と呆れて何もいえなくなる。
 俺の方は戦争の人たちの本を見ているというのに方や戦争の殺人道具の本を探しているとわ……。
 
 紐緒さんの方に目をやると本棚に埋もれて彼女の姿は見えなかった。けど、科学関連のところで必死に探しているのは簡単に想像がつく。きっと目を光り輝かせて燃えているのだろう…。

 俺はそんなことを思いながら本のほうに目をやった。
 相変わらず戦争の傷跡を映している写真がある。
 今度のは「あの」写真だ…。
 世界ではじめて日本に使われてしまった「あの」原爆の雲がうつっている。
 一瞬にして人々の命を奪ってしまった原爆のきのこ雲が……。
 
 俺はあの時間に生きたわけでもないし、親戚とかが死んだわけでもないが涙が溢れてきた……。
 ……紐緒さんはこれを作ろうとしている?
 そう考えると悲しくなってきた……。
 そして、再びその写真を見た。
 モノクロのその写真はきのこ雲が真中にあってテレビとかでは見たことはあるもののそれとは違った印象をもった。
 まわりは焼け野原。
 その真中に堂々とそびえたつ雲。
 そして原爆の写真を囲むかのようにアメリカの弾丸を浴びながらそして火を噴きながらもアメリカ空母に特攻
していく飛行機の神風特攻の写真とか沖縄で激戦を繰り広げている日本兵とか、空襲で街全体が燃えている様子とかで
それを飾っていた。
 そして、それらの写真がいっそうきのこ雲を強調していた…。
 俺はそんな写真を凝視できなくなり本を閉じる。
「終ったの?」
 本を閉じるなりいきなり声をかけられた。
「いたの?」
 ちょっとまともに紐緒さんの顔は見られそうに無い。
「ちっとも気がつかなかったわね。そんなにそれが気に入ったの?」
「…」
「私も気に入ったわ。一瞬にして人々を葬りさる……」
 そこまで言って俺は紐緒さんを睨んだ。
「あなたのそういう顔ははじめてみるわね…」
「戦争は駄目だよ…。繰り返しちゃいけないんだ……」
 そう静かに言った。
「わ、私は別に……」
「ごめん…」
 とだけ一言。
「べ、別に謝らなくてもいいわよ…」
「戦争は人々を悲しくさせる。人々を殺して、悲しませて…。死ななくてもいい人まで殺す。俺は大切な人が
そんなので死ぬのは悲しい…。そんなことで大切な人を失いたくないし、自ら戦争、ましてや特攻なんてしたくない」
「……」
「辛い事があったとしても大切な人と一緒にいたい」
「……」
 そんな恥ずかしい事をさらりと言ったからかどうかは知らないけど紐緒さんは顔を赤くした。
「そ、そうね。私も大切な人を戦争なんかで失いたくは無いわよ……」

 しばらく沈黙の時間が訪れる。

 もう一度写真を適当に開いた。
 すると戦闘機の翼の写真が載っていた。
 その戦闘機の翼は南の島で死んだ日本のえらい人が乗って弾丸を浴びて墜落したものだった。
 翼は銃弾のあとがありそのひどさを語っている。

 どんな思いでこの飛行機に乗ったのだろう?
 どんな思いでこの飛行機を飛ばしたのだろう?
 どんな思いでこの飛行機と一緒に弾丸を浴びたのだろう?
 どんな思いでこの飛行機と果てたのだろう?

 ……
 そう思うと目から涙が溢れてきた。
 
「……」
 無言で紐緒さんがハンカチを渡してくれた。
 それを無言で受け取る。
「さ、そろそろ行くわよ?」
「え?うん……」
 そういって俺は席を立った。
 もう一度その飛行機の翼に目をやり脳裏に焼きつかせた。
 そして本を閉じ熱い思いを胸に抱きしめた。
「…。あなたそういう趣味があったの?」
 というのは紐緒さんの冗談だったのか……。
 本を元の位置に戻して外に出る。
 
 いっせいに汗が吹き出てくる。
「熱いなぁ……」
「熱いわね」
 
 遠い空を見上げる。
 青い空が広がっている。
 どこまでも広く青い空が果てしなく続いている。

 
 果てしなく続く空の彼方。
 遠い昔銀色で覆われた空があった…。
 赤く炎で覆われた空があった…。
 黒い雨で覆われた空があった……。


「私がもしあの頃生きていたら戦争も変わっていたかもしれないわね…」
「そ、そうだね…」
「あ、でも……」
「でも?」
 とちょっと言葉が詰まる。
「あなたという大切な下僕はいなくなっちゃうから私はあの頃には生きられわね」
 顔を赤らめて俯いて言う紐緒さん。
「え?」
「ほ、ほら、一緒に帰るわよ」
 そういって俺の背中を強くぽんと押す紐緒さん。

 まぶしい空の下、紐緒さんと平和な時代(とき)を過ごしていたきらめき高校最後の夏休み……。
                                              終
[戻る]

久々のあとがき。
終戦記念日ってことでそれにちなんだSSを。
突発なのはいつものことです(汗)
太平洋戦争は忘れてはいけないものです。
かといって繰り返してはいけません。
過去の戦争という事を語り継ぎ、平和とは何か、戦争とは、神風特攻、そして、原爆のことを語り継いで行く必要があるのだと思います。
日本が唯一原爆を落とされた国であるからその世界における原爆を無くすのに日本は必要だと思われます。
そんな中、こんな日本の政治でいいのでしょうか?
イラク特別法…。
日本がしなきゃいけないのはもっと違うでしょうと…。
日本の世界の中の役割って言うのは違うと思います。
もっとしっかりしろ、日本!
そして、もっときちんとせんか!政治家よ。

核兵器および戦争をNO!と強く言いつづけていくことこそ
日本の役割なのではないのでしょうか?
せっかく世界に類を見ないほどの平和憲法があるのだから……。
それを変えるなんてもってのほかです。


最後のくだりにでてくる戦闘機の翼。
先日新潟へ行ったときに寄った五十六記念館で見たものです。
そこで感じた事です。
山本五十六元帥(当時は司令官?)が乗って東南アジアで被弾し墜落した一式陸攻の翼。
おいらは涙を出さずにはいられませんでした。

こういうことを二次元SSサイトで言うのはどうかと思うけど、このネットという世界中の
人が見られるのがあるのだから、一人でも何かしら感想を持ってくれればおいらは
それで十分です。
2003/8/15
58年目の終戦記念日に
戦争で亡くなった全ての人に敬意を表して……。

そして
子どもたちが永遠に戦争が何か知らない事を夢みて。
また
永遠に同属たちが平和に萌えられることを夢見て……。