夕子の基準


「あー、もう、わかんないよー」
 そういって、頭をくしゃくしゃにする彼女。
 学校の図書館で二人してカンペを作る俺たち。
「もう、時事問題なんて、何が出るかわかんないじゃない、カンペどうすりゃいいのー」
 そう大きな声で悩める少女。…テストのしかも追試のカンペを作るんだから大声だすなって。
「もう、ねぇ、。いま流行ってるのって何?」
「…そんなのは朝日奈さんのほうが知ってるんじゃ…」
「んもう、それは、遊びのこととかのほうが私は得意なの!! 社会の流行なんて私しらないって!!」
 そう言い放つ彼女は困り果てた少女といった感じか。
「そうだなぁ…。この間のテストじゃ、中東戦争がでたよなぁ…」
「あれ卑怯だよー。あんなの私しらないって、キリスト教でも、なんとか教でも、認めりゃいいじゃん。
何戦争なんか、しちゃってるのよ、もう!!」
 …。まぁ、確かにそうなんだが。
 夏休みだというのに朝日奈さんにつき合わされてる俺も悲惨だ…。
「ねぇ、なんかないのー」
「そうだなぁ…」
 俺は色々頭をフル回転させる。
「戦争でもう一回くるかなぁ…」
「戦争?今度はもうどこでそんなの起きてるのよー。私は戦争なんかの流行はいやだかんね」
「んなの俺も嫌だよ…」
 戦争かぁ…。60年前、この国も戦争してたんだよなぁ…。


「戦争でしたら、今靖国問題とか、隣国のミサイル問題が上がってますね」
 俺たちのわけのわかんない会話に割り込んできたのは図書委員の如月さんだった。
「今日、当番だったのか…」
「はい。他にも利用している方がいるので静かにおねがいしますね」
 そう如月さんは言い残して去っていこうとした。
「あん、ねぇ、ねぇ、如月さん、それって流行ってるの?」
 …朝日奈さんの頭の中では流行ってるかどうかが問題らしい。
「流行ってるというより、問題になってますね」
「ふーん…。そうなんだ……」
「朝日奈さんは靖国神社とかミサイルがこの国へ飛んでくるとか興味あります?」
 …紐緒さんは大いに興味あり、という感じだろうな。「ふふふ。私に対する挑戦ねいつでも受けてたつわよ。ふふふふふふ。邪魔者は叩き潰すのみよ!!ああ、燃えてきたわ」といった感じだろうか?
「うわー。ミサイルが飛んできたら戦争になって、いっぱい遊べなくなっちゃうじゃないー。そんなのいやだよ」
 くすって、笑って。
「そうですね。私も戦争は嫌です」
 …。朝日奈さんと如月さんのみょーなペア。あんまり見ないぞ、こんなの。
「戦争なんて、絶対反対だからね、
「…俺に振られても…」
さんに振っても、戦争は止められませんよ」
「んじゃぁ、が総理大臣になればいいんだー」
「気安く言うなよ…」
 くすっ。
 …如月さんに笑われた。
「もうー。追試の時事問題のカンペなんてどーすりゃいいのー」
 …振り出しに戻った。
「俺もその辺しか、思いつかないから、的を絞って第二次世界大戦にでも当てとくか」
「また戦争なのね…」
 がっくり肩を落とす。
「終戦記念の日が近づいてますから、出る可能性はあるかもしれませんね。
…でも、カンニングはよくないですよ?」
「「……」」
 二人して黙り込む俺たち。
 朝日奈さんは、また頭くしゃくしゃにして、
「もうーあったまきた。その何とか戦争全部頭にいれてやるー。如月さん、その戦争の本全部持ってきて!!」
 …こうなったときの朝日奈さんはもはや誰にも止められない…。
「え?全部ですか?相当の冊数ありますけど」
「いい。追試で赤点取ったら私終わりだしー。まぁ、が一緒に付き合ってくれると思うけど…」
 …さりげなくいうなよ…。
「本当に全部ですか?」
「うん。はやく、はやく」
「覚悟してくださいね…」
 如月さんのめがねがきらりと光ったような気がした。

 3人で第二次世界大戦、太平洋戦争の本を集めるとその数は相当なものに…。もはや周りは本の山。戦争の本の山となっていた。
「うげー。何この山ー。私たち埋もれてるって感じじゃない」
 …。なにもいえねぇ。
「ですから、覚悟はしてくださいって…」
「う、ううっ。聞いた様な気がする」
「それでは頑張ってくださいね」
 …にっこりと邪笑を残して消えていった如月さん…。本当は怖い人なのかも…。

「さぁ、かたっぱしから、読むわよ」
「まじ?」
「まじのまじで超マジなんだからねっ」
 …そうですか…。
 あの朝日奈さんがマジになってる。
 この山のような本を読んでいくのか…。
「あん、もう、もそっちからちゃちゃっと読んでいってよね。今日中に片付けるんだから」
 …。無理だろ?100冊以上はゆうに持ってきたと思うが…。
「ねぇ、今日中に…」
「話しかけないで!!」
「ゴメンナサイ…」
 怒られた。マジでマジらしい…。


 暴走朝日奈夕子、ここにあり。古式さんがみたらなんていうんだろうなぁ。「まぁ〜。夕子さん、変な
ものでもお食べになられてしまったのでしょうか〜?」とかいいそうだ…。


「…なんだこれ…」
 気になって手に取ったのがお笑いタレントコンビの二人が書いた本だった。『戦争論』へぇ。お笑いタレントはこんなのも今は書くのか。どれどれ…。
 そのお笑いタレントは有名なコンビで、ボケと突っ込みの冴える、俺の好きなコンビだった。
 ……。
 ………。
 俺はその本を読み出す。日清戦争から書かれてるのか…。

 …朝日奈さん、早いっ、もしかして、もう3冊目。
 速読法でもマスターしてるのかぁ?
 
 ボケの人がとんでもないボケで、真面目な本なのかこれ?というのが第一印象…。まぁ、んでも、それが鋭いボケでなかなか面白い。
 突っ込みのほうは苦しい突っ込みのとこもあるけど、まぁ、読みやすいかな。

 そんな感じで俺は読みなれない本を読んでいく。
 
 …朝日奈さん、なんか、すげー早くねぇっすか?
 読みながらメモしたり。うーむ、さすがカンペの鬼。

 ……日清、日露を経て第一次世界大戦に無理やり参戦して、そして、中国大陸を自分の物にしようとしたこの国。
 他国からしたらとんでもない国だよな…。反日感情が強いのわからなくもないが…。

 そして、日本は日中戦争へ突入。
 満州国なんてのを作ったり、仏印南部進行をすすめる。
 黙っていないのはアメリカだ。日米交渉をしながら、それはもう無理と判断した大本営はついに
真珠湾奇襲をする。
 山本五十六、井上成美らは戦争を反対を唱えるがそれらは受け入れられなかった。

 日独伊三国同盟…。ファシズムの中、突き進む無謀な戦争。
 一時期は北はアリューシャン諸島、東はマーシャル諸島よりもっと東、南はパプアニューギニア、西はビルマ、インドにも広がる広大な領土を占領してしまった日本。だが、ミッドウェイ沖海戦で大敗をしてしまう。
 それから、日本はアッツ島玉砕をはじめ各地で玉砕をしていった…。

 トラック諸島、硫黄島、……。

 そして、沖縄に大量の米軍が上陸してくるも、日本はなすすべもなく、頼みの当時最大トン数を誇る戦艦大和を投入するも数時間後には米軍の空爆によって敢え無く沈没。連合艦隊は、日本は事実上もう戦う戦力のすべてを失った。
 残っているのは数隻の駆逐艦、巡洋艦のみ。戦える空母、戦艦、飛行機などあるはずもなかった。

 そして、今日、8月6日、ついに広島に原爆が落とされる。
 さらに長崎にも。

 そして、15日、日本はポツダム宣言を受け入れ戦争は終わった。
 完敗だった。

 …俺が感傷に浸ってる中、朝日奈さんは早くも数十冊を読破していた。


「大体わかったわ」
「はやっ」
 そうですか…。それくらい熱心なら、普通赤点取らないよな…。
「あとは、この長いやつをどうやってカンペにするかよねぇ…」
 問題はそれですか?
「ながすぎるぅー!!」
「一体どこから作ろうとしてるの?」
「え?日清戦争の前あたりからー」
「…それ、日本の近代史の大部分じゃ…」
「えー。そうじゃなきゃ、日本の戦争なんて理解できないじゃない。全部つながってるみたいだし」
「…まぁ、たしかにそうなんだよなぁ…。日清戦争から、太平洋戦争まで、ひとくくりで、太平洋戦争だけで区切ろうとすると確かにどこで区切っていいかわかんないよなぁ…」
「でしょ、でしょ、だから、もう面倒だからはじめから作ることにしたのー」
 時事問題とは大きくかけ離れたもんだ。
「まったく、昔の人はめんどくさいことをしてくれたもんだ」
 そういう基準か?
「勝てっこない戦争なんかしなきゃいいのにー。いっぱい人が死んじゃって、いっぱい涙が流れたんだよね。またもしかして、こんなことが起きちゃうのー。もう超サイテー」
「起きないとは思うけど…。可能性はなくないよなぁ…」
「それになによ。『靖国であおう』って、死にに行くのに会えるわけ無いじゃん。死んじゃったらおわりだよー」
「ま、まぁ、そうだよなぁ…」
「それに、なんで、そんな風に国のために死んでいった人が奉られてるところへいっちゃだめなわけー」
「だから、それが大問題なんだよ…」
「もう、わけわかんないっ」
「たしかにわけわかんねぇよなぁ」


「あーもう、戦争なんて反対ー。カンペ作るの大変だよー」
「だから、それが基準かっ」
「うん」
 ……。


 ー後日追試後ー
「ものの見事に外れたわね…」
「外れたな…」
 まぁ、俺も朝日奈さんと遊んでたから、当然?情けないことに追試組みだった。
「もう、なんで、あんな問題になるのー」
「でもさぁ、よかったんじゃね?」
「ま、まぁ、まるっきり役に立たなかったわけじゃないわよね…」
 追試はというと、靖国問題じゃなく、戦争というテーマでの論文を書けみたいな問題だった。
 だから、まるっきり外れてたわけじゃない。
 ただ、朝日奈さんに、論文を書けというのは…。
「はぁ…。論文だなんて、あんな感情的になるものを冷静に論文なんてできるわけないじゃないー」
 …。
「もう、昔の人はめんどくさいことしてくれたよ、本当に…」
「だから、それが基準かっ!!」
 てへっ、と笑う朝日奈さん。

 …二人でむちゃくちゃになって少しは考えた、戦争。
 昔、この空に、飛行機が飛んできて、多くの人が死んでいったんだ…。

「あーん。もう、ほらほら、!追試も終わったし、ぱーっと、遊びに行こ!!」
「あ、手、ひっぱるなぁー」
「はやく、はやくー」


 平和に、こんな風に遊べる時間が永遠に流れるようにと、思った、夏。
 悲劇を繰り返さないために、俺たちはどうすればいいのだろうか? 

あとがき
相変わらず突発のSS。朝日奈さんSS。
戦争シリーズです。

この時期になるとなぜかかきたくなる戦争もの。
まぁ、思いは一緒かな。

ちょっと、いや、相当朝日奈さんには無理していただきました(爆)

これを見て、やっぱり、少しでも戦争のこと考えてくれたら、俺は幸いです。

今は亡きお袋は戦争を体験しておりました。
その子である俺は、少なくともその戦争を伝えたいと考えてます。

悲惨さとか、悲しさとか。
…一緒だ。

ちなみにここにだした、『戦争論』は爆笑問題のものでした。
大田光、すげぇよな。
田中裕二もすげぇよな。
この二人は、個人的に好きな人だったので、半NEETの俺は本屋へ行き、この本が気になり、
読んでみました。

朝日奈さんにも言わせたとおり、太平洋戦争だけで区切ることは難しく、日清、日露から、
ずっと引きずってきたもので、長い長い戦争の終焉が太平洋戦争と言えるのではないでしょうか?

侵略戦争だよ、やっぱり、これは。誰がどう見ても。
名目上は他の国の領地を解放する目的だけど、日本の領土にするのが目的だったしね。

いま、この国には戦争の危機が迫ってます。
政治家たちよ、どうか、道を間違えないでくれ。
こんな戦争はもういやだ。

誰も戦争なんか望まないんだ。

ふといま思ったが、もしかしたら、朝鮮半島を巡る戦争は今でも起こってるのかもね。
当時の戦争も半島が問題のようにも思えるし。

次期日本のリーダーよ、
間違った道を歩まないでくれ
戦争はNOと言ってくれ

一番戦争の痛みを知っているのは俺たちじゃないか…。
忘れるな。
この痛みを…。

最後はあえて疑問符で終わらせてみました。

2006/8/6 広島 原爆投下された61年後に思う。

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