旅路の果て  寺山修司作

もしも朝が来たら
グリーングラスは霧の中で調教するつもりだった。
こんどこそテンポイントに代わって
日本一のサラブレッドになるために

もしも朝が来たら
印刷工の少年はテンポイント活字で
闘志の二文字をひろうつもりだった
それをいつもポケットにいれて
弱い自分のはげましにするため

もし朝が来たら
カメラマンは昨日撮った写真を持っていくつもりだった
テンポイントの
最後の元気な姿で紙面を飾るために

もし朝が来たら
老人は養老院を出て
もう一度自分の仕事を探しにいくつもりだった
”苦しみは変わらない 変わるものは希望だけ”
という言葉のために

だが もう朝は来ない
人はだれもテンポイントのいななきを
もう二度と聞くことはできないのだ

さらばテンポイント
目をつぶると
何もかもが見える

ロンシャン競馬場のスタンドの
喝采に送られて出てゆく
おまえの姿が

そして
人生の空き地で聞いた
希望という名の汽笛の響きが

だが目をあけても
朝はもう来ない

テンポイントよ
おまえはもう
ただの思い出にすぎないのだ

さらばテンポイント
北の牧場には
きっと流れ星がよく似合うだろう


  テンポイント
  1978年1月22日 京都競馬場
  日本経済新春杯 4コーナーで骨折
  3月5日午前8時40分 流星となり北へ帰る・・・