寄り道エッセイ
大森居酒屋ストリート 第拾参巻
その37 タフガイに似合うね。
50種類の地酒と白板に書かれた沢山のお薦めメニュー、
店内の照明はやや暗く、70年代の曲が流れる穴場的居酒屋がある。
私は少なくとも月に一度は訪れ、麻薬的な居心地の良さを堪能する。
麦酒と共に激旨のカニクリームコロッケを平らげ、
ニンニクの丸揚げを噛り、地酒を合わせる。
この強烈な拳骨と勝負できる酒は月の輪特純生しかあるまい。
空手王大山倍達と力道山がガチンコで殴り合う様な壮絶な試合になった。
ニンニクの風味が月の輪に洗い流されると、遠くからビリージョエルの歌声が聞こえてきた。
タフな地酒と「ピアノマン」。これが合うんだよなぁ‥。
珍しく同じ酒をもう一杯ヤッた
その38 遺されしもの
亡き父の親友の経営する居酒屋に20年ぶりに訪れた。
こだわりの豆腐料理とこだわりすぎの地酒のお店だ。
20種程の酒は初めて耳にするものが多く、香りの控えめないい酒ばかり。
さらに、それぞれの酒に店主の深い思い入れと物語がある。
こんなに情熱的な地酒のラインナップは初めてだ。
お料理は、薄い旨出汁に浸かったプリン様のおぼろ豆腐から始まり、
ハンペン豆腐、湯葉巻き、射込み茄子へと絶妙な肴が続く。
付きっきりの店主の能書きも永遠に続き、止まらない。
この一所懸命な男が父の親友だった事が妙に納得でき、
彼が好きになる自分の中に父の遺伝子を垣間見た。
その39 自転車に乗って。
大森から北へ160キロ。栃木の島崎酒造へ自転車で向かった。
蔵見学と簗(やな)で獲れた鮎を食らう‥
それだけの目的の為に12時間ひたすらペダルを踏み続けた。
灼熱の4号線をだらだら走ると、干物になるかトラック野郎の餌食になりかねない。
ひどく恐ろしくタフな旅だ。
東力士は防空ごうで寝かせた瓶囲いが有名で、トロリとしてるがサラリと飲め、
グイグイいけちゃう美しい酒‥゛那須に銘酒あり゛を力強く印象付けた。
捕りたての鮎の塩焼きを頬張り、微酔いのまま東京へとマシンを走らせる。
美味い物を食べるには努力と忍耐が必要なのだと、美食の神様が厳しく教えてくれた。