寄り道エッセイ
大森居酒屋ストリート 第拾九巻
その55 転職した友の店へ-4
カウンターに席移動しようとすると、酔いは足元にまで来ていた。
強烈な芋焼酎滴々凛々の仕業に違いない。
締めの薩摩ラーメンは、上等の鶏ガラと豚骨スープの感動タッグで、すぅっと胃に吸い込まれていく。
こういう酒飲みの弱点を突くメニューがあると、嬉しくてついつい焼酎をもう一杯ってなもんだ。
目の前の甕に旨そうな朝日の15度があり注文すると、きびなごの中骨の唐揚げが手掴みで出てきた。
骨の髄まで食べ尽くす。大地の恵みに感謝するこの居酒屋の姿勢に、目から鱗が落ちる思いだ。
今夜は思いっきり友である店長に励まされた思い出の夜になった。有難うよ‥。
その56 やはりカリスマ
新たな酒との出会いを求め、試飲会へと向かった。
日本屈指の酒屋の会なだけに、異様な盛り上がりを見せている。
能書きばかりを垂らす居酒屋の店主らを横目に、向かう先は常きげん。
ここの山廃は旨いんだよなぁ。なんて上機嫌で酒を注いでもらうと、
目の前の男性がカリスマ杜氏の農口氏である事に気付き腰を抜かした。
テレビや雑誌で見たとおりの深いシワ、絵になる笑顔が素敵すぎる。
がしかし、優しい瞳の奥に、殺気に満ちた眼光があった。
やはりこの男タダモノではないな‥。
厚いグローブの様な手とガッチリと握手をすると、魂が抜かれ、発酵してしまいそうになった。
その57 遠きにありて
月の輪社長からわざわざ古酒を送ってもらった。
愛する蔵元からの贈り物に感涙し、一人で楽しむには勿体ないと、行きつけの居酒屋に向かった。
タフな味わいの月の輪だが、これだけ寝かすと味が丸くなり、それでいてダイナミック。
聞き分けのない少年が大人になってしまった岩城晃一の様だ。
からすみに塩イクラ、肝たっぷりの塩辛と最高の肴を合わせ、社長ありがとよ‥と夜空を見上げた。
岩手の空はもっと綺麗で、たくさんの星が輝いているんだろうなぁ〜。
行った事もない癖に、岩手が故郷のような錯覚に陥ってしまう。
地酒とはそういうものなのだ。