寄り道エッセイ
大森居酒屋ストリート 第弐三巻
その67 竹葉の友-1
直径1メートル、100キロを越す日本最大の越前クラゲが大発生している。
赤く光った不気味な姿にゾッとしつつ、寒空の下、お気に入りの居酒屋に辿り着いた。
店内は相変わらずの盛況ぶりで、どのテーブルにも旨そうな肴で一杯だ。
カウンターの上にベタベタと貼られた天紙が季節のお薦めメニューで、
力強い筆字で「食べてみやがれ」と主張してくる。
あんきも、白子‥と冬の幸の隣に書かれているのが『くらげ刺』。
どうやら私を待ち伏せしていたようだ。
大森の侍は敵に背中を見せない。
恐いもの知らずの酒飲みは、石川の竹葉を片手に、果敢に海のモンスターに戦いを挑むのである。
その68 竹葉の友-2
透明感のある白い身は意外にも肉厚で、うっすら輝いている。
店員に何クラゲなのか伺うが、知ってか知らずか答えてくれない。
益々怪しい奴だ。
浜名湖産の生海苔で化粧を施し、山葵醤油にくぐらせ、こいつめ!と口に運んだ。
奥歯からコリコリと繊維質な身の裂ける音が快く響き、スッと喉を抜けていく。
臭みが全く無く、海苔との相性が抜群で、酒も進む。
私のクラゲへの思いが、憎悪から感謝、そして尊敬へと変わっていった。
しかし竹葉は素晴らしい。クラゲと私の仲裁役を見事に果たしてくれた。
こんなに旨い酒があれば、世界は常に平和なのになぁ‥平和ボケの私は思った。
その69 竹葉の友-3
さっぱりとしたクラゲとの攻防が終わると、濃厚な肴が欲しくなる。
タイミング良く運ばれてきたのが、たっぷりのポン酢に浸ったあん肝である。
形が崩れ、いい仕事はしてないものの、鮮度が物凄く良いのは一目瞭然だ。
不器用な板前ほど旨いものを出す‥誰からか聞いた言葉を思い出した。
香り高き山形の竹の露にあん肝‥。
酒の順番を間違えたと竹葉を再び注文し、冬だけの味覚に舌鼓する。
ああ、アンコウよ‥。お前はなんて美味いんだ。そして、なんて悲しき生物なんだ‥。
暗く冷たい海底に身を潜ませ、捕まると肝ばかり持て囃される‥。
そっと猪口を下ろし冥福を祈った。