寄り道エッセイ
大森居酒屋ストリート 第弐七巻
その79 Black Night
掘り炬燵に足を放ち、高い天井を見上げ、懐かしい昭和の空気を感じながら王禄を飲む。
淡いブルーのドレスを着込んだ黒木瞳が、ニコリと微笑んでくれる様な美酒だ。
フグ皮の煮こごりの絶妙な口溶けを楽しんでいると、合鴨の紙鍋が強火に当てられやってきた。
彼女が燃えてしまうと心配してるが、燃える訳がないだろと笑ってみせる。
しかし火が出た。
引きつりながら消火活動をしてると、この火で私の体からアルコールが抜け、完全にシラフになった。
麿墨、初孫、東力士の徳利を並べ、利き酒を試みたが、
応援してた東力士が一番悪く、残念で仕方がない。
何をしても駄目な夜だ‥。
その80 きよしコノ夜
仕事を終え、初めてコンビニのキムチ鍋を購入し、今年も一人で聖夜を過ごす事になった。
家で晩酌を好まぬ私だが、明石家サンタをシラフで観るのは耐えられない。
孝の司純吟と花垣純米を取出し、意味もなく部屋の照明を落とし、わざと感傷的になってみた。
香りの高い孝の司はデート酒で、センチな心境に相応しくない酒だ。
逆に花垣は完全なる親父酒。雑味がかえって心を癒してくれている様だ。
「良薬、口に苦し」か‥ポツリと呟いた。
冷めきったアルミの鍋に熱々の飯を放り込み、半信半疑で食べてみると、
実に美味しく、実に豊かな味がした。
しかし来年は、ローストチキンが食べたいなぁ。
その81 去り行く人と
絶妙の甘と酸‥地酒のフルーツタルトを思わせる天明を飲み干すと、
今夜で辞めてしまう板長が、飛露喜純吟を出してくれた。
山田錦と雄町の複雑に絡み合う味わいを感じ、
彼がこの店でどれ程苦労したのかが、少しだけ解った気がした。
飲食店で重要なポストで働く時、仕事と家庭をバランス良く遣り繰りするのは難しい。
飛露喜は、充実していた二つの生活を写し出している様で、何とも感慨深い。
天の戸、四季桜など、レベルの高い酒をズラリと並べるが、
今宵は飛露喜と、香川の蔵までお供した゛川鶴゛だけが心に響く酒だ。
早く独立出店し、成功して下さい‥酒に願いを込めてみた。