第参一巻 

  その91 いつもの顔が…3 

  他店とは比較できぬ程デカい大生を片手に、店長の復活を心から喜んだ。
  野菜炒めやツナサラダも、昔の豪快な盛り付けに戻り、
  久しぶりに我が家に帰ってきた椎名誠の心境になる。

  聞くと、青い顔をした男が実は社長で、
  盛り付けもレシピ通り、少なくしろと指示していたそうだ。
  損得を無視していた調理場の面々たち。

  客の前だろうが煙草を吸い、珈琲をジョッキで飲んでいるだらしない連中たが、
  経営者を無視し、我々本位の料理を作っていたとは、頭が下がる思いで一杯になった。
  人は、失った時に大切な物に気付く事が多い。
  また居酒屋から人生とは何たるか、を教わった。
 


  その92 感動作の後は

 『戦場のピアニスト』で深い感動に包まれ、溢れる涙を必死に堪え、居酒屋に向かった。

 美味そうな比内鶏の串焼きや、白レバーの刺身を前にするが、
 頭から離れぬショパンが今夜の肴に相応しい。

 三千盛は、丸太の様な体格の不器用な青年の味わいで、ピアノより暴れ太鼓が合うようだ。
 肉厚のつくねに、むっちむちの卵黄を絡め、大胆に口に放り込み、美味い美味いと絶賛する。
 すると、近くの若いカップルが、真似してつくねを注文した。

 シュピルマンに憧れ、ピアノを始めようとする私がいて、
 つくねを食べる私に憧れ、注文している若人がそこにいる。
 何だか、少しだけ偉くなった気分だ
 


 その93 ナショナリストってか?

 軽く干した小魚を丁寧に炙り、熱々の酒を注ぎ込む。
 今夜の骨酒は姫小鯛と底イトヨリだ。

 大海の厳しい掟の下で、懸命に生き続けていた魚達の渾身の叫びが、
 陸奥男山にこだましている。
 魔除けに良いと言われる希少な高足蟹は、内子と外子がたっぷり乗っかり、こんがりと焼かれ文句なく旨い。

 生ハム様のボラの薫製も然りで、かすかに残るくるみの香りを骨酒で洗い流すと、
 日本人に生まれてよかったと心から思うのである。
 西洋人に魂を売った若者達に、この酒をたらふく呑ませ、愛国心を植え付けたいなぁ。

 味の無くなった身をも食い付くし、己の残虐さに愕然とした。。
 


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barcy-ishibashi  2003