第参二巻 

  その94 2月のある日 

 黒龍のきき猪口に入ったチョコを目の当たりにし、
 地酒の新しい売り方だと驚愕して、仲良しの酒蔵さんにメールを送った。

 彼はこの情報にとても喜んでくれた様子なのだが
 「私はチョコを貰えなかったよ」と淋しげな返事が返ってきた。
 若者にも絶大なる人気を誇る地酒の社長が、チョコの一つも貰えなかったなんて!?

 翌朝、江戸っ子の粋な気遣いを見せようと菓子屋に走り、内緒でチョコを送り付けた。
 岩手に着いたチョコを見た彼は、どれだけビックリするんだろうなぁ‥。

 数日後、彼の元から感謝のお手紙とお酒が送られてきた。
 なんて粋な男なんだろう!こんな熱いバレンタインは初めてだ。
 


  その95 旨くまとまりました。

 超満員の店内、カウンターに一つだけ空席があり、肩を狭め、なんとか居場所を確保した。

 きき酒セットを注文すると飛露喜の新酒が出てきた。
 浅黒いお転婆少女だった飛露喜が、今や青山をハイヒールで歩く令嬢に変貌していて感慨深い。
 映画゛化身゛の藤竜也の様に、いずれ酒飲みは捨てられてしまうのだろうか‥。

 隣で一人鍋をしているリーマンが、煮えたぎるうどんと不気味に会話をしていて煩いのだが、
 小花が咲き乱れる天空の城のような味わいの白岳仙が、周囲の雑音を消し去ってくれた。

 季節も終ろう牡蠣の酢醤油漬けに早瀬浦を合わせ、締めに船場汁。
 大満足で店を出た。
 


 その96 静かなる酒

 カウンターに座ると、マスターの後ろに巨大な冷蔵庫があるのを確認した。
 十四代ら有名なモノから、知らぬ銘柄まで、恐ろしい程のラインナップで、
 酒飲みにとっては言わばディズニーランドの様な夢見心地空間だ。

 まずはと鍋島の濁りを注文すると、アラ汁と姫皮の鰹和えが御通しで出てきた。
 上品な汁で体を暖め、舌を活性化させ、走りの筍で春の到来を感じさせてくれる。

 鍋島は猛将で知られる直茂のような味を想像していたが、むしろ僧侶のような静寂感があり、
 俗世間から離れ温和な気持ちにさせてくれる。

 佐久の花風の森と自然の恵み的癒し酒を飲み干し、生きる活力を頂戴した。
 


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barcy-ishibashi  2003