第参六巻 

  その106  おみそれしました。

 満面の笑顔で親父は言う。「随分遠くから来てくれたんだねぇ」
 サービスで出てきたのがフキ味噌とイカ明太子。
 茶道でいう一期一会精神を居酒屋でこんなにも感じた事はない。

 至高の食中酒゛星自慢゛を飲み尽くし、この店のオリジナル酒を注文した。
 聞くと銘柄は奥播磨。
 今や飛ぶ鳥を落とす勢いの酒蔵の能力をいち早く見出だす事により、
 オリジナルラベルにできたという。凄い実力店だ‥。

 柚子豆腐の味噌漬けの衝撃の美味さにも驚かされ、
 カウンターで働く親父の娘さんの美しさにも衝撃を覚えた。
 何だか、数カ月分の驚きをいっぺんに感じた様で、ひどく疲労感を覚え、酔いに酔った
 


  その107 伊東の源氏花

 伊東に行くならハトヤ‥。ハトヤの傍の温泉宿に泊まった。

 地方に来たら当然地酒なのだが、冷蔵庫には白鶴が‥堪らず街に繰り出した。
 履き慣れぬ下駄で爪先を流血させながら見つけたのが、伊豆の地酒゛菊源氏゛。
 製造元がなんと旭化成。

 じっくりと湯に浸かり、部屋に戻ると、豪勢な磯料理が並んでいた。
 舟盛りを中心に伊勢海老殻焼き、金目塩焼。
 やっとのことズワイの身を殻から取出し、濃厚な身と酒を合わせると絶妙のハーモニーが谺する。
 これは゛光゛源氏では?

 伊豆の見事な桜には心奪われそうになるが、大森の桜の方が情緒があって美しい。
 ああ、早くお家に帰りたい。
 


 その108 新たな思い

 気が付くと山口県宇部に来ていた。
 ゛貴゛を醸した男に会わねばならなかったからだ。

 繊細な中に力強さがあり、弱点はあるが、それを補う圧倒的な存在感がある。

 男らしさとは‥この酒を飲んで、心底考えさせられた。

 新進気鋭の杜氏の醸す酒にシビれ、私も人に感動を与える店を必ず立ち上げると、彼に誓ってみせた。
 がっちり握手を交わし、その熱い感触が消えぬまま大森に向かう。

 今まで出会った居酒屋の面々たち。
 時には幸せを頂き、時には叱咤され、私にとってはよき寺子屋だったなぁ。
 大森居酒屋ストリートに向かう車内で、新たな決意と共に固く拳を握りしめた。
 


*TOP Page へ戻る* *第参七巻へ行く*

barcy-ishibashi  2003