第参九巻 

  その115 残り香…?

 カウンターに座り、まずは生‥と行きたい所だが、
 いつも同じでつまらぬ男と思われたくない故、グレイスフルを注文した。

 小さなグラスに注がれた真っ赤な食前酒は、豊満な葡萄の紹興酒のようで、
 全身がポッと火照り、エンジン全開である。
 濃厚なレバーのパテをバケットに乗せ口に入れると、同じく濃厚な来福が欲しくなる。

 義坐エ門、月天酔、さらには芋焼酎まで手を出し、フラフラになりながら店を出た。
 ふと、口に残る芳ばしい香りは何だったんだろう‥と考えた。
 薄味の煮物の上に、ちょびっとかけた黒七味の魅惑の香り‥。
 いつまでも消えぬ官能臭に、私の脳は蝕まれていった。
 


  その116 通過儀礼かよ

 遂にこの日がやって来た。
 拒み続けて数年‥、恐ろしい健康診断を受ける羽目になった。
 診断結果しだいで、酒飲み゛引退゛の危機が訪れる。

 どす黒い血液を抜かれ、利き猪口様の紙コップで尿を取り終えると、
 結果は出てないのに直感で「大丈夫だ」と確信した。前向きな左党とはそういうものである。
 解き放たれた私は、早速居酒屋で大ジョッキを注文した。
 手羽先、大根サラダ、野菜炒め‥麦酒をホッピーに持ちかえ、喰いも喋りも止まらない。

 健康的な体?にキレイな酒を注ぎ込もうと、久保田を頼もうとしたら、急にグラッと目が回ってきた。
 貴重な血液が不足していたんだろう。
 


 その117 鉄板レース

 見事なまでの客引に引っ掛かり、自然にカウンターに座ってしまった。

 浪曲の流れる店内、目の前の大きな鉄板では、怪しげな髭面の従業員が淡々とオーダーをこなしている。
 出汁巻玉子、焼そば、ガーリックトースト‥
 広大な鉄板と二本の一文字を駆使して、何でも焼き上げてしまう。
 大胆な店だなぁ…。

 琉球ホッピーが終わる頃、注文してた牛モツを焼き始めた。
 キャベツと臓物をチャッチャッと炒め、甘いタレをかけて出来上がり。
 以外に呆気なく作るものだから拍子抜けしてしまった。

 髭面は偉大なるショーマンを気取りながら、たまに私の拳に高温の油を飛ばしてくる。
 これもショーの一部なのだろうか。
 


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barcy-ishibashi  2003