寄り道エッセイ
大森居酒屋ストリート 第八巻
その22 人ありて。
居酒屋において最も重要なのは「人」である。
鰯料理屋で働く青年は、昼は築地で働き、夜は居酒屋の厨房に立つ。
精悍な眼差しのくせして笑顔が素敵な私の大好きな男だ。
鰯をおろす包丁捌きは、板前というより漁師。
彼の手元から放たれた鰯達は、何となく新鮮に感じ説得力がある。
そんな彼とのトークを肴に、焼酎でもヤろうと思ったら、少し前に辞めたと聞いて驚いた。
八幡は香りも素敵な飲み応えのある芋焼酎で、あの青年のお薦めの酒だった。
いつか男同士でなめろう談義で盛り上がろうと思っていたのに‥。
八幡が終わる頃、心にポッカリと穴が空いてしまった。
その23 青い鳥は。
日本酒の本当の凄さは肴によって時には奇跡的な味が生まれる事だ。
コース料理の終盤に甘鯛の西京焼きと田酒がやって来た。
脂が上品にのった浅い味噌漬けに、ぬる燗の田酒を合わせる。
ううっ‥こいつは‥!
言葉では表現できぬ世界が全身に漲る。かつて焼津にて経験した磯自慢と
新鮮な魚介たちとのハーモニーを思い出した。
人は子宮からはばたき、土に帰ってゆく‥
そんな短くも永遠かの様な風情を田酒や磯自慢の中から感じ取る事ができた。
そういえば奥久慈軍鶏に神亀を合わせた時もそうだったなぁ‥。
幸せは至る所に落ちているものである。
その24 哲学の入り口?
近隣の居酒屋に一目置かれる居酒屋は本物である。
噂どおりの焼酎と日本酒の品揃えのこの店は、
九州の美味い肴を安価で食べさせてくれる名店だ。
きびなごの刺身は豪快に酢味噌が掛けられ、薩摩揚げは今まで口にした事が無い配合の
すり身を使っていて食感が良く、両者とも絶品の肴と言えよう。
力強い益荒男を飲み干し、麓井5年古酒をいただく。
いい感じに歳を重ねた膨らみのある古酒で、カリスマ性を感じる。
例えるなら、柴田勝家を演じる松平健って所か。
お酒は5年でこんなにも成熟するのに、私はいったい何をしていたんだろう‥。
酒飲みは考える葦である。