東京アスレチックスの概要


 

  

 東京アスレチックスはメジャーリーグのオークランドアスレチックスに倣って結成された「ろう社会人軟式野球チーム」です。
結成前の1990年当時のオークランドアスレチックスは旋風を起こし、カンセコ、ヘンダーソン選手達が活躍していました。
主に足を使った攻撃野球でした。そんな所に惹かれたのがきっかけでした。
全部、真似るより少し位は違った方がいいと思い、
A'sマークから『A'T』マークにしました。
A=アスレチックス、=東京を表するものです。
いつか、アメリカへ遠征し"本物のアスレチクス"と試合をするのが私たちの夢です。
こんなお調子者のミーハー集団です。(笑)



  2001.2.25

 東京アスレチックスの始まりは、10数年前の飲み会の時でした。
それは「久し振りに一緒に野球をやりたいな」という一言からでした。
ほんの会話がだんだんと本格的になり、1991年の2月下旬に選手12名とマネージャー1名の計13名で東京アスレチックスはスタートしました。
人数こそ、少なかったもののヤングパワーが残っていた事もあり、1991年10月の全日本選手権大会(大阪)では並いる強豪チームを倒し、初出場初優勝を成し遂げました。思いも寄らないくらい沢山のトロフィー等を両手いっぱいで持ち帰った事も懐かしい思い出の一つです。
この10年間で数々の強豪チームや我々が苦手とするチーム、新鋭チームとの試合で苦戦したこともありますが、それは我チームに色々な野球を与えてくれました。
そして、野球がオフの時にはアウトドア、親睦旅行等の行事を毎年行なっており、観光や宴会を通してチーム以外の人とも交流を深めました。また、参加者全員で集合写真を残しているので、アルバムを見ると家族写真のように感じます。
現在、東京アスレチックスはしばらく頂点から遠ざかったり近づいたりしているけれど、メンバーの入れ替わりによって個性的な選手達を率しながら、設立当時の原点に戻りつつ、いつかは頂点に立つ日がやってくる事を信じて頑張って行きたいです。


東京アスレチックス10周年記念祝賀会
実行委員長  
渡 辺 謙 太 郎

東京アスレチックスを色に例えるとなかなか表現出来ませんが、何故なら喜怒哀楽があって様々な色に塗り替えられてしまい、又バケツ一杯では足りない程あふれる位、沢山の思い出があります。
社会人に成り始めた頃、
高校時代の野球仲間達が「高校野球の延長として久し振りに野球をやらないか?」と話したのがきっかけで、軽い気持ちのままチームを作った事が、今日の東京アスレチックスです。
創立当時は、社会人ろう野球全体的にチーム数が少ないと思っていましたが、年を重ねるごとに新チームが増大し、ライバルが増えてきてレベルが上がっていくように感じました。我がチームは年ごとにメンバーが去ったり新しく入ってきたりとローテーションのようにチーム内が一新されてきました。いろいろな個性を持っている人達と一緒に野球や旅行をして、セピア色した写真が思い出となり、私の頭の中に焼きついています。
この10年間でメンバーの入れ替わりがあったけれどどんなチームにも負けない位、いいチームワークを保っていると思います。更に石神井ろう学校出身者が多かったからこそ、ここまで続けて来られたと誇りに思っています。


東京アスレチックス初代監督
乗 富 秀 人

東京アスレチックスが社会人ろう野球連盟の1チームとして発足し、早くも10周年を迎えることになり、当時いた時の感想を述べたいと思います。
私達同級生が社会人1年目で1つ下の後輩達と飲みに行った時に、後輩の1人が「先輩達と
高校時代の関東ろう野球大会で優勝したのが懐かしく思えて仕方ないなあ。久しぶりに野球をやりたいからチームでも作ろうか?」と言ったのが結成のきっかけです。本人は軽い気持ちで言ったのだと思うが私達はまんざらでもありませんでした。
高校時代、元主将だった私は「このメンバーは高校時代の関東ろう野球大会で終わるようなチームじゃないし、若くて過去に実績もあって力が有り余っている連中ばかりだから、また、全国ろう社会人野球大会で優勝を狙えるのでは?」と夢が膨らんだものです。その飲み会がチーム結成に向けての第一歩となりました。
あれからの時の流れは早いもので、チームは新旧交代になりつつありますが、これからの活躍に期待を寄せたいと思っています。


 東京アスレチックス10周年記念誌


 
 遅くなりましたが,既に完売しました!!
  有難うございました 
(^0^)/


 
1部 1,500円(送料無料)

 内容:10年の歩み、栄光に輝いたV試合、全選手名鑑、
     想い出、全試合一覧表など