エジプト最南端の地アブシンブルへ


さぁ、今日はエジプト最南端の地アブシンブルだ。 アブシンブルへは飛行機で行くのだが、 空港へ行く途中でアスワン観光。まずは、「きりかけのオベリスク」である。 切り出したい形にまわりを掘った状態であった。きっと今までの神殿で みたオベリスクと高さは同じなのだろうが、石の中に横たわるこの オベリスクは非常に小さく思える。しかし、この硬い石をどのように 切り出したのであろうか?学説としては、石に穴を開け、木を打ち込み 木に水を吸い込ませ膨張させる。この膨張によって石を切り出したと 言われている。しかし、実際に行なってみて成功した例はないとのこと。 事実はどうだったのであろうか?また、これだけの重い大きな石を 目的地の神殿までどのように運んだのだろう。目の前に建っている神殿を 見ていて、フッとあの時代にこれだけのものをどうやってここまで正確に 作り上げられたのだろうと思うことがしばしばあった。現在の人類は 機械を使えば同じ神殿は簡単に作れる。しかし、何もない紀元前に 作られたのである。人間に不可能はないのだと思えてしまう。
次にむかうは「アスワンハイダム」。これを建築したとき、ロシアと 仲良く手を組んでいて援助してもらったらしい。その友好を記念して 記念碑をたてた。しかし、その後この友好に亀裂が入ってしまい、 今では現地人に「あんな記念碑、けっ」と扱われているらしい。 是非ともこの記念碑を見てみたいものだったが、どこにあるのか わからず、結局「アスワンハイダム」にかかる橋からダムの端が 見えない世界一大きいダムをバックに写真を取っただけであった。
アスワンでは「イシス神殿」に行きたかったのだが、残念、ツアーには 入っていなかった。次回絶対行くぞ!
バスは空港に向かう。ボーッと窓の外をみていると向うの空が霞んでいる。 なにやら砂ホコリのようだ、と思っていると竜巻になった。竜巻の発生した ところなんて初めて見た。しかし、目の錯覚か?と不安になり、 後ろに座っていたN尾妹さんに「あれって竜巻?」と聞くと、みんなが 窓の外をみた。結論は、やっぱり竜巻であった。しかし、「竜巻!」と 騒いでいる間に、すーっと消えてしまった。あっという間の出来事。 カメラを鞄の中に入れていたので撮ることが出来なかった。 (後日T本さんからget。Thanks)

空港に着いた。エジプト国内線は2時間3時間遅れ当たり前らしい。 Y和さんに脅されていたのだが、なんと15分遅れだけであった。 しかもこの飛行機、全席自由である。昨日から寝込んでしまった K渕ちゃんの相棒N本ちゃんと飛行機に乗り込む。(N本ちゃん絶不調) この時点でだいぶ出遅れてしまったので「窓際は無理ね」と思っていたら、 K沼さんが席をちゃんと確保してくれていた。(Thanks) しかし、小さい飛行機だ。出入口が一箇所しかない。 しかも、操縦席まるみえ。落ちないかとちと不安になった。 中のサービスはオレンジの缶ジュースだけ。私は水筒につめたい ミネラルウォーターにお茶パックを入れたものを持っていたので、 ジュースもぬるいし、飲まずに鞄に入れた。
45分でアブシンブル空港に到着。2日前にアブシンブルの気温が 53度と聞いていたので、どんなもんかと思っていたが、まだ午前中の ためか、たいしたことはない。ここから神殿までは乗り合いバス。 我々の他にいろいろな国の人が乗ってきた。ここは何もない場所である。 飛行機に乗る人はみな神殿を見にいく人である。
バスが目的地に到着。しかし、どこを向いても神殿なんてものは見えない。 神殿は目の前にある山の裏側らしい。砂の上を歩いて裏側へ。と、いきなり 目の前に湖がでてきた。これは「アスワンハイダム」である。すごい 大きいなぁと感心して歩いていると左手にダムを見下ろす 「アブシンブル大神殿」。大きい、とても大きい。「うわぁ〜すごいね〜」 とツアーの人と話しているうちに他のお客さんが神殿の中に入ってしまい、 我々だけになった。これはシャッターチャンス!そこで記念写真の オニイちゃんがやってきて、みんなでとることに。写真技術はどんなもんだろうと 心配だったが、出来上がったのをみると綺麗にとれている。しかも みんな御機嫌の顔。(後日ホテルで寝ていたK渕ちゃんがこれをみて 「いいなぁ、みんな楽しそう、いいなぁ」と言っていたのが印象強い)
写真も取って、さぁ、神殿の中へ。中に入ってみると先に入ったお客さんが 出るところであった。今度は神殿の中に私たちだけ。Gブリさん「今のうちに 写真取っちゃいましょう」というわけで10分ほど写真タイム。レリーフが すごい。カデシュの戦いを描いたレリーフが特にすばらしかった。(実際には カデシュの戦いは引き分けに終ったのだが、顕示欲の強かったこの神殿の 建築者ラムセス2世は自分が勝利したとレリーフに残している。ルクソール 神殿のツタンカーメン座像に自分の名前をきざみなおしたようにここまでくれば たいしたものです)神殿入口からまっすぐの奥に4人の神の像がおいてある。 実は年に2回だけ朝日が神殿入口からまっすぐに差し込み右から順にこの神の 像を照らしていく。(あとで神の名前入れる!) 春分、秋分の日に見られた現象である。 しかし、現在は1日後(?)に見られるようになった。 この神殿は前にひろがっている「アスワンハイダム」の建築で水没するはずで あった。しかし、人類の歴史をむやみに壊してはいけないと考え、 資金のないエジプトはユネスコに助けを求めた。 それからユネスコの働きによって現在の場所(60M上?)に 持ち上げられたのである。神殿の近くにいくとわかるが、きり分けた跡が ちゃんと残っている。NOがついてあるものも発見。しかし、建造物を 切り分けて分解し、持ち上げ、組み立てるなんてことをしたのに 中に入ると信じられないようなレリーフが並んでいるのである。 神殿の中でGブリさんがレリーフひとつひとつ説明してくれたのだが、 とにかく暑い。エジプト最南端のうえ、神殿の中は風が吹抜ける構造では ないので湿気も多い。これは非常につらかった。せっかくの説明なのだが、 結局半分くらいしか頭に入っていない。調子の悪いN本ちゃんは座っている。 ツアーの人をみるとT尾さんも座っていた。この前ミイラになってしまった Y村さんのご主人は真っ青である。彼も調子が悪かったらしい。倒れるんじゃ ないかとこっちがドキドキしてしまった。しかし、私もあと5分もすれば 同じ状態になりかねない。説明が終り、何枚か写真を取って神殿の外へ。 すずしい!ダムからの風がきもちいい。神殿を出ると目の前に広がる湖( 本当はダムだけど)。神殿入口の壁の巨大なラムセス2世像を仰ぎ見て ここまで自分の偉大な人物だと思い込めた彼に拍手喝采である。
次はとなりの「アブシンブル小神殿」である。この神殿はラムセス2世が 自分の正妻(妻は50人?いたと言われる)と子ども(確認されている 子どもは90人?とか、実際には200人ちかくいたのではないかと言われている) のために作った神殿である。大神殿にくらべとても小さくなにもない。 しかし、柱の一本一本にハトホル神が刻まれていた。
神殿からでて、木陰のベンチに集まって休憩状態。 さすがに暑くなってきた。大神殿の中でくらくらしてしまったのに この暑さでは本当にきつい。朝作った水筒の冷たい日本茶が生き返らせてくれる。 最後に大神殿の裏側を見に行く。大神殿の移動は、この山を大神殿が入る大きさ 以上にくりぬき、数千に切り分けた神殿をその中で組み立てたらしい。そのため 神殿と山の穴との間に空洞があり、そこを見学できるのであった。 工事現場のような階段が備え付けてあり、そこを歩いていく。 中は山の土が見えているのかと思ったら、ドーム状に整備して あった。そのため声が響く。歩く音も響く。騒いでいるつもりは ないが、騒いでいるように聞こえてしまうので、少々落ち着かない。
山の反対側への出口をでて、神殿観光の敷地を囲う扉を出るのだが、 門番(なんと言ったらいいんだろう?)のエジプシャンが「さよなら」 と言ったのでびっくりしてしまった。こういう場合「さよなら」と 返すべきなのか「bye」と言うべきなのか戸惑ってしまうが、 せっかく日本語で言ってくれたので「さよなら」と返した。 アラビア語で言えたらよかったが、「さよなら」は覚えていなかった。 覚えていたのは「シュクラン(ありがとう)」「ビカーム(いくら)」だけ。 これだけ知っていれば買いものが出来るのである。
神殿を去りバスに乗り、空港へ。アスワンに戻るのである。 きっとさっき乗ってきた飛行機なのであろう。またまた自由席である。 またもやK沼さんに席を確保してもらった。(Thanks)
空の上から眺めるアスワンハイダムの大きさにあぜん。これでは ダムではなく湖である。いや、流れのない河といってもいい。 とにかく飛行機からでもダムの全形が見えない。ま、小さい飛行機なので 低空飛行ではあるけど。また機内で缶ジュースが配られた。 ぬるかったのだが、飲んでみた。う〜ん、あまりおいしくない。 45分でアスワン空港に到着。バスに乗り、ホテルへ戻り、昼食。 ここでホテルで休んでいたK渕ちゃんと合流。彼女はドクターに パンと芋とパスタ(味なし)だけと言われたらしく、みんなのお皿をみて 「いいなぁ〜」。さすがにビュッフェには飽きてきた。お腹の調子も 今ひとつになってきたので軽くすませて終り。昼食後はカイロに戻るべく、 再びアスワン空港へ。途中、さらさらの綺麗な砂漠の砂を、甲子園の砂の ように袋に入れ、満足満足。S倉さんはミネラルウォータのペットボトルに 入れていた。賢い!でもそんなに持って帰ってどうするんだろう??? (私の場合案の定そのままである。瓶にでもいれ換えるかな)
アスワン--ルクソール--カイロの順で到着である。先ほどとは違い、 席が決められた。しかし、席の前後の幅がとてもせまい。これは男性群には ちとつらいことだろう。というわけで、席の交換を少々。最終的に窓際の席に 座った。隣は倒れていたK渕ちゃん、Gブリさん。ルクソールまで約1時間。 K渕ちゃんと話が盛り上がり(何を話したかは覚えていない)あっという間に ルクソールであった。そこで、「騒ぎ過ぎ」と添乗員のY和さんから イエローカードを渡されてしまった。(みなさんごめんなさい) しかしそんなことを聞く二人ではなかった。カイロへの 間、Gブリさんに怪しいダンスを教えてもらい、二人で練習していたのだ。 カイロに到着したときには完璧!しかしこれはなんの踊りなのだろう???
カイロ空港からホテルまでは約1時間かかるのだが、夕方であったので 渋滞に巻き込まれた。結局ホテルについたのは7時くらいであった。
ホテルで夕食。6人テーブルに私たちとN尾姉妹、K渕ちゃん、N本ちゃんと いうすごいメンツになり、楽しく食事。だれかがアイスクリームを発見。 しっかりとデザートにいただく。なかなかの美味。なぜ、一日目とかに 発見できなかったんだろうか。悔しい。「明日もアイスクリーム食べようね」と 言っていたのだが、良く考えてみたら、明日の夕食はナイル河クルーズであった。 楽しく食事を終えたあとは、お土産を買いにレッツゴー!
そろそろ現金がそこをついてきたので、買い物前にチャンジしようと T/c($)をつかんでホテル内の両替所へ。ここで5つ目のトラブル発生。 チェンジしてくれないのである。アメリカ$の現金もそろそろなくな るのでチェンジしてもらわないと小さな店で買い物が出来なくなって しまう。パスポートを出せと言っているらしい。この時パスポートは VISA手続きのため添乗員のY和さんに渡してしまったあとであった。 困ったなぁと思い、Gブリさんに相談したら「大丈夫だよ」というので もう一回トライ。結果はダメ。結局手元にかろうじてあった日本円2000円を チェンジして終った。これじゃ買い物も不安である。
ホテルの隣にあるショッピングビルに突入。あまりめぼしいものが今まで なかったのでちょっと期待。(財布の中身は心配)しかし、ここはただの ショッピングのためのものであった。洋服とか靴とか鞄とかの類である。 エジプトまできて日本にあるようなものじゃつまらんと本屋へ入る。 アラビア文字の本でもと思ったが、中を開いてみるとまるで魔法の呪文の ような文字。なにがなんだか分からないので、止めて、ふと横をみると シャープペンが売っている。オシリス神などが描かれている。 よし、これだと決め購入。お土産であげてしまったので使い心地はどうだか わからない。結局シャープペンのみ購入してホテルへと引き上げたのであった。
部屋に戻り、荷物を開き、シャワーを浴びて明日の観光のため寝るかと 御機嫌状態でバスルームへ。このホテルは一日目にベランダに閉じ込められて しまったホテルである。どうもこのホテルとは相性が悪いらしい。再び トラブルの連続(6、7)である。さぁ、シャワーを浴びるぞと蛇口を捻るが、 うんともすんとも言わない。どう頑張っても動かない。再び洋服を着て K沼さんにHELP。しかし、やっぱり駄目で電話して修理にきてもらう。 しかし、待っても来ない。ぜんぜん来ない。ここのホテルは5つ星の デラックスホテルである。デラックスがこんなことしてていいのか? しかも、1時間たってもだ〜れもやってこない。シャワーを浴びて すぐに寝てしまいたいほど眠かったので、私の機嫌はさらに悪くなっていく。 「部屋を変えろー!」と叫んだのは覚えているが、他は覚えちゃいない。 再びフロントに電話を入れてもらう。(英語が話せるのはいいなぁ>K沼さん) 一日目のこともあり、とことん相性の悪いことに腹をたて、不貞寝(こういう字を 書くのか)してしまった。やっと修理の人がやってきた。すでに一時間以上 たっている。ガチャガチャと修理して終ったのかと思ったら、今度は 「湯舟の栓が閉まらないので修理する」と言って部屋を出ていった。 ちょっとまて!と、いうことはまだまだ眠れないということか? 本当ならこの時点で寝ているはずなんだぞ!結局、湯舟の栓を修理しに きたのはそれから30分後であった。シャワーを浴びようと思ってから 約2時間後、この間、ずっとずっとずっとずっと怒っていたので、 K沼さんは怒れなくなってしまい、笑っていた。(う〜ん、失態。実際は ここに書いてある以上に怒っていたらしい。思い出したくないな)
それにしてもとことん相性の悪いホテルだなぁ〜。昨日のホテルのほうが ランクが2段階も低いのに、ぜんぜんよかったなぁ。
お次は
  • 気分は大統領!泣いて笑ってダンスして