hkk-1142 山岳巡礼≫のトップへ戻る 

                 1989.05.28 峠の茶屋から山頂往復の記録はこちら
                2011.09.23 黒斑山・Jバンド経由の登頂はこちら
                2011.09.16 浅間山荘から山頂往復はこちら


浅間山=前掛山(2524m

長野・群馬 2011.09.23 М氏夫妻同行 マイカー   前掛山 二等三角点
コース 浅間山荘(8.50)−−−二の鳥居(9.35-9.45)−−−火山館(10.30-10.40)−−−Jバンドへの分岐(11.05)−−−シェルター(12.00-12.30)−−−山頂(12.45-12.55)−−−シェルター(13.10)−−−火山館(14.15-14.25)−−−浅間山荘(15.40)

先週につづく浅間山、今回は日本百名山に挑戦中のМ氏ご夫妻同行との同行。

先週とはコースを変えて、今回は天狗温泉浅間山荘からの往復である。

軽井沢駅で夫妻を出迎え浅間山荘へ。上空は雲量が多く登山日和としてはやや不満だが雨はないだろう。

山荘の駐車場に車を止めて出発。往路は不動の滝を経由しない左回りのコースをとる。遊歩道並みに整備されたいい道だ。途中二の鳥居で10分の小休止をとって火山館へ。夕刻までに浅間山荘へ戻ればいいので時間は十分ある。

余裕のあるベースを保って高低差約600メートルを1時間40分、火山館へ着く。火山館で10分の休憩、目の前の牙山(ぎっぱ)の鋭い岩峰が目を引く。火山館管理人に登るルートがあるか尋ねると、登れないことはないが溶岩で脆いから危険らしい。

3人で会話を交えながら余裕のあるベースで、次のポイントはJバンド分岐。

第二外輪山 左端が黒斑山

火山館を出発するとすぐ先がトーミの頭への分岐点で、ここから先は先週歩いた道。下山時、ケガでやや消沈気味に歩いたわが身が思い出される。緩やかな勾配を進むとJバンドの分岐、ここから前掛山(浅間山)への砂礫コースとなる。

カラツマなどの矮樹帯を縫うようにして抜けると、眼前には荒涼とした礫地の斜面が広がる。登山道は赤黒い斜面をはすかいに斜高していく。土とは言えない砂礫地に、オンタデやスゲが過酷な環境に耐えて生きている。運ばれてきたカラマツの種が芽吹き、育ち始めているのも見える。

外輪の縁が近づくと勾配が厳しくなってくる。登山者たちの足取りも一歩一歩が重たげだ。

Jバンドから350メートルの高低差を登りきると火口外輪の縁に立つ。先週の快晴にはほど遠いものの、上空には雲の隙間から青空も見える。風は弱く先週ほど寒さは感じない。シェルター付近で昼食タイムとした。荒々しい溶岩の垂直壁を見せる前掛山々頂を眺めながら、Мさん持参の即席味噌汁をすする。実に美味い。

前掛山から四阿山をのぞむ

シェルターから山頂までは緩い勾配の外輪を10数分の距離だ。途中、1週間前のケガの現場に立ち止まり、当時の状況を反芻しながら記憶を再現、しかしなぜ、どの石につまずいたのか、どうしてその方向へ前のめりにつんのめったのか、それが理解できなかった。

“浅間山”の標柱の立つ前掛山々頂、М氏にとっては日本百名山72座目の頂だった。遠望はきかないが、浅間山火口からの噴煙が雲と同化しながらも確認される。そして明日登頂を予定している四阿山が意外なほど近くに望める。雲か霞と見まがう志賀・草津白根方面の山々、浅間第二外輪の黒斑山などの展望を目におさめた後、山頂を辞して下山の途についた。

下山路は、第二鳥居の下部から不動滝経由のルートをとり、予定よりやや遅くなったが3時40分浅間山荘へ帰着。当夜は山荘へ宿泊。

日本一赤いという天狗温泉へ浸かり、1年ぶり再会のМ氏夫妻との話もはずみ、酒杯を重ねた。


黒斑山(2404m)浅間山=前掛山(2524m
蛇骨岳(2366m)・仙人岳(2319m)・鋸岳(2254m)
長野・群馬 2011.09.16 単独 マイカー   仙人岳 三等三角点
前掛山 二等三角点
コース 車坂峠(5.50)−−−トーミの頭(6.55)−−−黒斑山(7.10)−−−蛇骨岳(7.30)−−−仙人岳(7.40)−−−鋸岳・Jバンド上部(7.55-8.00)−−−賽の河原分岐(8.25)−−−シェルタ(9.10.-9.15)−−−前掛山(9.25-9.40)−−−シェルタ(10.00-10.10)−−賽の河原分岐(10.35)−−−トーミの頭への分岐(10.50)−−−トーミの頭(11.40-11.55)−−−車坂峠(12.45)

優美な浅間山

22年前、峠の茶屋から登ったことがある。当時もこのコースは登山禁止だったが、いまだその禁止はつづいている。『禁を無視して登った』などと大きな声では言えないが、当時もこの禁止コースを登っている人は大勢いた。

今月下旬、山友と浅間山登山を計画している。現在許可されているルートは浅間山荘から前掛山までのルートと、車坂峠から黒斑山・Jバンド・前掛山の2本だけだ。山友との山行はどちらを選択した方が良いか、試しに行程の長いJバンドルートを歩いてみた。

車坂峠からトーミの頭、そして黒斑山までは一般ハイキングコースで、真冬以外なら多くのハイカーが訪れる人気コース。

トーミの頭が近づいてくると、展望が開けて富士山、奥秩父、南ア、中アなどの山々が藍色のシルエットで浮かび上がってくる。

トーミの頭に立つと逆光の浅間山が、真正面に存在感を誇示している。北アルプスの白馬から槍、穂高へと連なる長大な連嶺、そして御嶽山など中部地方の山巓や富士山など、見飽きない爽快な展望だ。

ここから辿る浅間外輪の蛇骨岳、仙人岳、鋸岳への荒々しい岩稜が朝日に赤茶けた肌をさらしている。

黒斑山

ひと登りして黒斑山のピークを越え、次のピークは岩がゴロゴロ転がる蛇骨岳、頚城の山々を眺めてから三等三角点のある仙人岳へ。ここまでは以前来たことがあるが、この先は初めてとなる。

次の鋸岳ピークまで巨体の浅間山、そして北アルプス、頚城三山や北信の山々を眺めながらの快適な漫歩コースだった。岩稜とはいうものの危険な個所もなく、黒斑山からは概ね緩い下りでもある。

鋸岳は火山岩のピーク、しかし標柱などの標識はまったくない。ここからJバンドの下降となる。

最初は岩場の急降下、慎重に足を運ぶとすぐに賽の河原と呼ばれる平坦地となる。浅間山と外輪山に挟まれた場所だ。見上げると今歩いてきた岩稜の壁が険しくそそり立っている。

       蛇骨岳ピーク                仙人岳ピーク                  鋸岳ピーク


賽の河原を下り加減に進むと、浅間山荘から上がってきた道、前掛山へと登って行く道が交わる三叉路、ここから前掛山への登りがはじまる。

しばらくは低灌木帯の中だが、すぐに砂礫の広がる山腹となり、その山腹を斜めに切るようにして高度を上げていく。富士山と同様、ときどきオンタデが見えるだけの荒涼として無味乾燥の砂礫が頂上までつづいている。平日にもかかわらず登山者の数はかなり多い。Jバンド経由の登山者はなく、全員が浅間山荘からのピストンと思われる。

砂礫というのか、火山灰地というのか、靴の下で丸い小石がころころとベアリングのような働きをして、何回となく足をとられる。勾配が増してきて、歩いてきた外輪山はいつか目の下になっている。ときどき立ち止まって草津白根や四阿山、志賀の山々、頚城山塊などの展望に見入る。

一本の樹木もない山肌は、風を遮るものがない。思いがけないほどの風が吹きつける。気温は低めで涼しいを通りこして寒さを感じさせるほどだ。

急勾配を登りきって爆裂火口の縁に登りつく。浅間山本峰へのルートは閉鎖、向きを90度変えて前掛山への火口縁を進む。

有事の避難用シェルターで一服してから前掛山山頂へ。山頂までは緩やかな登りをあっという間だ。

ピークには『浅間山(前掛山)2524m』の標柱が立っている。標柱のとおり、実はこのピークは前掛山2524mで、浅間山本峰の2568mより44m低い。本峰への登山路は通行禁止となっている現状から、日本百名山チャレンジャーにとっては、これで浅間山を登ったといことにせざるを得ないということだ。本峰の火口には淡い白紫の煙が見えた。

東方は浅間山本峰の陰になっているが、それ以外は北、中、南アルプス、八ヶ岳など日本の高峰の大半は視界の中にあった。

               前掛山山頂              前掛山山頂の標柱    前掛山二等三角点があると思われる地点


前掛山には二等三角点があるはず。地図を見ると浅間山という標柱のあるピークより、さらに南東に少し下ったあたり、300メートルほど先の火口壁の末端近くと見当をつけて行ってみた。しかし三角点標石は見つからない。何本かの棒杭で囲まれた一画がそれらしい感じもする。だとしたら標石は砂礫に埋もれているということだろう。

これで偵察山行は終了、あとは下山だ。

シェルターへ下って行く途中、山座同定をしながら頚城や北アの山を眺めて足を運んでいた。あっ!と思う時間もなく前のめりに転倒、足が何かに引っ掛かった(つまずいた)ことは意識したが、受け身やリカバリーの余裕もなく顔面から岩にたたきつけられてしまった。鏡がないから顔の様子は確認できないが、とにかく大きな衝撃だった。手の指からはかなりの出血。

立てるだろうか、不安な気持で両手を支えに立ち上がってみる。大丈夫だ。歩ける。しかし顔がひりひりと痛む。いったい顔面はどうなっているのだろうか。

かぐ下のシェルターまで下り、指からの出血は携帯していたサージカルテープを巻いて手当。どうやらでかいタンコブが額にできているようだ。打撲した膝に痛みはあるが、この程度なら歩ける。しかし車坂峠までまだかなりの行程が残されている。ちょっと不安だ。

10分ほど休んでから気をとりなおして歩いてみる。普通に歩ける。20数年の登山歴の中で最悪のアクシデント、しかし幸いにもこの程度で済んだのはラッキーと言うべき、山歩きに『慣れ過ぎ』ていた慢心を反省し、74歳らしい山歩きをするよう戒められ山行でもあった。

しかしもう意気はあがらない。草すべりからトーミの頭への300メートルの登り返しはきつかった。鼻のくっつくような急峻を一歩、また一歩と足を運んでようやくトーミの頭へ着いたときは、まさしくやれやれという気分だった。

まわりに休んでいるたくさんのハイカーは、無残な私の顔を見てびっくりしていたかもしれない。(帰宅してから鏡を見てその形相に驚いた)

 
≪山岳巡礼≫のトップへ戻る