追想の山々 1010    up-date 2001.04.02

皇海山(2144m) 登頂日1988.6.4 単独
銀山平先のゲート(6.00)−−−鳥居(6.38)−−−庚申山荘(7.25)−−−庚申山(8.20)−−−鋸山(9.35)−−−皇海山(10.47)−−−鋸山(12.10)−−−六林班峠−−−庚申山荘(14.05)−−−鳥居−−−ゲート(15.10)
所要時間 登り 4時間50分 下り 4時間20分
道を見失った不安と戦う

山歩きに取り組んでから10ヶ月目のことでした。皇海山ではじめて「迷う」ことの不安を感じました。

台風くずれの低気圧が影響を残し、天候の回復を案じながら夜明け前の東京をあとにしました。
強風に折れとんだ樹木の枝がヘッドライトに浮かびあがり、ときおり強い風と、思い出したように落ちてくる雨脚を気にしながら、水しぶきをあげて東北自動車道をすっとばしました。  
宇都宮〜日光有料道路では、しのつくような土砂降りです。
天候を気にし過ぎていたためか、登山口の銀山平へ折れる道を見落として、10数キロも行ってから引き返すという失敗。前途なんとなくイヤな感じがします。

車両進入禁止のゲートまで乗り入れたところで、どうもハンドルの切れがおかしい。案の定パンクである。台風で崩れた落ちた岩片が、刃物のように鋭く割れていて、それにやられたらしい。河原と見まがうようなガタガタ道で、パンクにも気づかず走っていたのです。

さいわい雨は降り止みました。パンク修理は帰りの仕事にして皇海山へ向って出発。
車道を歩いて行くと、15分もしないうちにまた雨が落ちてきました。急いで雨衣をまといましたが、しばらくすると降り止み、忙しい空模様です。
車道を離れて庚申山荘までは、整備された歩きよい道でしたが、その先庚申山への急登が始まるあたりから案内表示も見当たりません。岩場のガレがあったり、ルートがやや不明瞭で、多難な登山になりそうな予感がします。
わけのわからないうちに大汗をかいて庚申山へ登りつ いていました。霧で展望はありません。
庚申山から一旦急下降となり、道は熊笹の茂みに隠れがちです。笹の根元を透かし見て、踏跡を探しながらの登高です。何度も小突起や小ピークを上下し、足場の悪い鎖場、梯子、針金を頼りにいいかげんうんざりした頃、薬師と表示のあるやや顕著なピークに着きました。地図を広げて確認すると、鋸山にかなり近いところまで来たことがわかり、元気が出てきました。
更に2〜3回の上り下りの後、庚申山についで二つ目の山頂が鋸山です。ここも周囲はガスに閉ざされていました。目指す皇海山はその片鱗すら見えません。  

再び急下降、鞍部からいよいよ皇海山への最後の登りにつきました。
熊笹や折り重なる倒木に登路判然としない個所が頻発、最初は戻ったりして丹念に道を探していましたが、同じところを何回も行ったり戻ったりするのが面倒に思えて、あとは適当に上を目指し、がむしゃらに登って行きました。まったくセオリーを無視した行動でした。
とにかくこの斜面を上へ上へと登って行けば、皇海山のピークがある、必ず項上に着くという、いかにも素人らしい信念でした。しかし胸中は不安との戦いでした。

鋸岳から皇海山をのぞむ、右遠方は日光白根山
巨大な倒木は朽ちて苔むし、林床を厚く覆った苔は音おも吸収して静まりかえり、原始の樹林を彷彿させるような無気味さがありました。倒木をまたぎ、くぐり、胸まで茂る笹を分け難行苦行、すでに腰から下は露で水を浴びたようです。

前方が明るくなって、頂上に近づいたのを感じさせるころ、ひょっこりと登山道に出合うことができ、安堵の胸をなでおろしました。
登りは上へ上へと行けばよかったが下山がどうなるか、実はそれが大変心配でしたが、登山道を見つけたからもうその心配もありません。ここまで一人の登山者にも出会っていません。相変わらず薄気味悪いほど静まりかえっています。
ゆとりがあれば、静かな山の雰囲気にひたり、原生林の静寂、石楠花の美しさ、小鳥の鳴く声に耳を傾けるところでしょうが、登山初心者の私にはそのような余裕はとても無理です。頂上に立つことしか考えていません。

上の方で人の話し声が聞こえます。オッ、山頂だな、原生林がまばらになり、急登が緩んだ先に待望の山頂がありました。
すると突然の拍手、数人の登山者が一斉に私に向かって祝福してくれたのです。帽子をとり、お辞儀をしてお礼の挨拶を返す。リーダーらしき年輩の男性の差し出す手に固く握手。見ず知らずの人同士でこんなことが出来るのも、山という共通の媒体があるからです。嬉しくなってきました。

苦労の多い登りでした。ほとんど休みなしで5時間、普通に歩けば7時間ほどかかったかもしれないコースです。先着パーティーの人達が速いといって感心していました。
雨の心配はなくなりましたが、樹林と雲で眺望はききません。ほんの一服しただけで下山にかかりました。
登山道は上から下を見ると意外とわかりやすいものでした。登りで道を失ったのが嘘のようです。これも体験による学習となりました。帰りは一度だけ不注意でちがう道を谷の方へ15分ほど下ってしまいましたが、それ以外迷うことなく鋸山まで戻ることができました。
さいわい晴れ間が広がり、気持ちのゆとりも出てきました。振り返れば皇海山、その右手に明日登る予定の日光白根山、さらに男体山、大真名子、小真名子、太郎山、又武尊山も遠望できます。石楠花を愛で、写真を撮る余裕もあります。、 

鋸山からは、登ってきたときの道を左に分けて、六林班峠を回って下ることにしました。刈りはらわれた笹原の道から歩きやすい山腹の道へと変わり、ミツバツツジや新録を楽しみながら、疲れを感じはじめた足を、それでもゆるめずに休憩なしで庚申山荘まで頑張りました。ここで今朝ほどの道に合流して往きのコースを下って行きました。

自動車まで戻り着いた途端に、土砂降りの激しい雨が襲ってきました。間一発でした。
パンクしているタイヤを取り替えるどころではありません。30分程車の中で待ってみましたが、雨は上がる気配がありません。雨具を着て大雨の中でのタイヤ交換となってしまいました。こんなことなら朝修理しておけばよかったと思っても、それはあとのまつりでした。


このコースは庚申山荘に一泊が常道、日帰りはかなりきびしい。
苔におおわれた原生林の深さと、石楠花、ミツバツヅシの花の豊さ、降るような小鳥の鳴き声が印象に残った。 ただ道標の整備が悪く私のような初心者には難しさを感じた。今は良くなっているのだろうか。
道に迷ったり、途中何回も不安にかられて、まだ自分の山歩きは初心者そのもの。自分以外頼るものがないのに、その自分が登山のイロハもわかっていない。学習の単独行であった。