追想の山々 1011    up-date 2001.04.13


奥白根山(2373m) 登頂日1988.6.5  単独
日光湯元(4.00)−−−前白根山(7.00)−−−湯場見平−−−湯元(9.20)
                            敗退の経験

皇海山の長いコースを歩いた翌日、奥白根山を目ざした。

皇海山から下山してから、前夜は日光湯元で自動車の中に寝た。このころは人工肛門が恥ずかしくて、目の前に温泉があるのに、入浴することが出来なかった。
自動車の中で一夜を明かすのは始めての経験だった。車種はトヨタ・カリーナ、足も満足に延ばせない窮屈な車内は、快適とは程遠かったが、何時間かは寝たようだ。
真夜中、ふと目覚めて空を見上げると、満天の星がまたたいていた。しかし風がやけに強い。ときおり自動車が揺れる。

目が覚めたのは夜明け前の3時。
3時半に起きて朝食のパンと野菜ジュースをとり身支度を整える。
なんと自動車の前に大きな木が強風に倒されている。もう少しで下敷きになっているところだった。

夜の明けた湯元を出発する。道標らしいものが見えない。見当をつけて広いスキーゲレンデの中を登って行く。ゲレンデの中央を突っ切り、さらにリフト沿いを強引に登って行くと、上部でルートに出会うことができた。
樹林へ入ると、強風が梢を揺るがして、すさまじいうなり声をあげ、まるで山全体を揺さぶっているようだ。すごい威圧感がある。胸がつかえそうな急登を行くと残雪の沢があらわれる。しばらく沢の残雪の上を進むが、これでルートが正しいのかどうかわからない。風は弱まる気配はなく高度が上がるにつれて、今度はガスで視界も悪くなる。帰り道を失わないように雪の上に棒を立てたりして、目印を残して行く。

沢を離れて天狗平の先の稜線に出た途端、その風の凄まじさに思わずたじろいだ。風に対向すると呼吸ができない。烈風吹き狂うばかりとでも言おうか。山歩きをはじめて間もない私には、この恐怖と不安に打ち克って前進する勇気はない。これ以上の前進を諦めて引き返すことにした。

15分程下ったところで登って来た50才台の単独の男性と出会った。状況を話したが、それでも先へ進むつもりだという。二人なら怖くない。私もあとについて再び登りだした。先ほどの烈風の中に突人する。風の方向に体を預けるように倒しても、まっすぐ前に進むことができない。休む間も与えず風は連続的に吹きつけてくる。体がとばされそうになり、思わず地面に四つん這いになってしまう。
それでも強引に前白根山まではきた。濃淡のガスが猛烈な勢いで飛んでいく。砂礫が吹き上げられて顔をバチバチとたたく。痛い。方向すら判別できない。奥白根山は諦めて五色山へ行こうと相談。ところが耳もとで話しても、声が風に消されてしまってなかなか通じない。五色山へ向かって10分ほど進んでみたが、とても歩ける状況ではない。結局あきらめることにした。

もうひと頑張りで目的の奥白根山という所まで来ていながら退去を余儀なくされた。何回か、山へ行くあいだには、こうしたこともあるさ。そう自分を慰めながらも、敗退感がいつまで重く心に沈み込んでいた。 引き返すとはどういうことか。それを学んだ貴重な体験だった。
1989年10月、登頂の記録はこちらへ