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トムラウシ山(2141m)化雲岳(1954m) 登頂日1989.08.17 風雨   単独

長野県 2012.12.03 単独 マイカー
コース 天人峡温泉(4.00)---滝見台(4.40)---第一公園(5.40)---化雲岳(7.45)---ひさご沼分岐---化雲岳(8.15)---第一公園---天人峡温泉(11.35)

1989年・北海道の山旅(その5)=(52歳)
〖暴風雨、敗退の記録〗

今回の北海道山旅メインとでも言うべきトムラウシ山。天人峡からの日帰りは無理だと言われている。コースタイム17時間強。これを早発ちして日帰りするプランだった。

 

このとき台風14号が北海道に接近中と いう巡り合わせになってしまった。登山予定日の正午、襟裳岬に最接近の可能性を報じている。前夜天人峡のホテルから見た山あいの空には、台風を思わせる気配はまったくなかった。それることを祈る。

 

3月に計画を立ててから、何回も頭の中でイメージ登山を繰り返し、コースはすっかり暗記していた。少しくらいの天候の悪さだったら、私の体力で歩ききれる自信もあった。  

 4時前、曇ってはいるが台風接近の気配は感じない。電話で天気予報を聞くと、昨日と同じテープが流れている。少し逡巡したが、状況が悪かったら途中で引き返すことにして、 妻の心配を振り切って出発した。

 

ホテル近く、立派な標柱のある登山口からスタート。薄暗い足元に気をつけながらジグザグ登りを調子よく登っていく。案内書には相当きつい登りということになっているが、それほどには感じない。この壁を登り切ると道は平坦になって滝見台に着く。コースタイム1時間30分をわずか35分で来てしまった。17時間のコースを13時間程度で歩きたい、そうすれば暗くなる前には下山できる。

滝見台からは忠別川の谷を挟んで羽衣の滝が美しい。

ダケカンバ等の樹林の中、比較的ゆるやかな傾斜を進むうちに雨粒が落ちてきた。やはりだめか。雨具を着ける。頭上の梢が騒がしくなり風も出てきたようだ。台風のその後の様子はどうだろうか。しかしまだ引き返さなければならないような差し迫った状況ではない。行けるところまで行ってみよう。遠い北国の山に再度訪れるのは容易なことではない。多少の無理をしても頂上を踏んで帰りたい。  

 

やや傾斜を強めた登りも苦もなく歩いて、高原状の広がりを持った台地に出た。ここが第一公園と呼ばれる湿原のようだが、それにしては私のペースは早過ぎる。第一公園はまだ先かもしれない。滝見台から2時間のコースを1時間で歩いてしまったことになる。

笹の切り株あとが歩きにくい。またこのあたりから第二公園にかけてぬかるみがひどくて大変だと書いてあったが、上手に選んで歩けば泥まみれになることもなかった。
知らぬ間に森林限界は越えており、ハイマツ等の低木帯となって、風も強く視界も悪くなってきた。地図を広げてコースを確認したりすることすらできず、ただひたすら迷うこともない踏み跡をたどっていくだけだ。雨はひどい降りではないが、強風がハイマツの上を休みなしに吹き抜けている。風上には顔を向けることができない。霧を通してなだらかな円頂が見える。あれが小化雲岳だろうか。そうだとすれば依然として予想以上の快調なペースが続いている。このままだと半分程の時間で歩いてしまえそうだ。

化雲岳

 下ってきた男子3人連れに出会う。台風接近予報で小屋泊りの人も、テント泊りの人もみんな早々に下山してくるとのこと。ラジォの予報では、台風は襟裏岬に接近中で午後3時頃に一番近ずくと教えてくれた。私がこれからトムラウシまで行って日帰りするつもりで出掛けてきたというと、「それは無理だ、ここで引き返したほうがいい、是非そうしろと」アドバイスしてくれる。化雲岳近くの稜線では体が吹き飛ばされそうなところもあるという。

小化雲岳の近くまで来ているとしたら、せめて化雲岳まで行ってみたい。このまま進んでも大丈夫か、万が一遭難の恐れは無いか。自問自答しながらそれでも前進を続ける。何組かの下山パーティーと行き交う。
別のパーティーは上もここと同じようなものだから、頂上まで行けますよ、といってくれた。進むべきか退くべきか迷いながら、なおも登りつづけて小さなピークから盆地状の草原におりたった。そこはチングルマの毛花が一面風に揺れていた。

 

ひさご沼分岐

化雲岳手前の鞍部では、左手の雪渓から猛烈な勢いで吹きあげてくる強風に、体がよろけそうになるのをぐっと踏ん張ってこらえる。強風に耐えてひと登りするとそこが化雲岳の標識のある山頂だった。コースタイムではここまでが7時間、私は3時間45分というハイスピードできてしまった。  

ここでまた迷う。このあとは大きな上り下りはもうない。天候さえよければトムラウシ山頂まで往復5時間の散歩コースともいうべきところ。私の足ならば3時間でお釣りがくる。もうトムラウシに登ったも同じである。  

 

トムラウシヘの標識をしっかりと確認して平坦な道を踏み出す。もうだれにも会わないだろうと思っていたのに二人組に出会う。何かほっとした気分になる。  

 霧ではっきりとは分からないが、だだっ広いこの尾根は遮るものひとつなく、音をたてて襲い掛かる強風に、さすがにたじろいでしまう。

ヒサゴ沼分岐の標柱とその脇にある小さな沼を横目でやり過ごして、もう少し頑張ってみる。そしてルー トがやや下降しだしたあたりで妻の心配している顔が浮かび、ちょうど身を隠して風を避けられる程度の岩陰にうずくまって休む。朝から初めての休憩である。水筒の水で喉を潤して、目前に迫ったはずのトムラウシ山を目に浮かべながら退却を決意する。更に悪化するかも知れない天候と、この辺りはヒグマの多いところで、こうした霧が出たりした悪天時には出没する可能性が高いこと、それに強風の唸りが、まるでヒグマのうなり声に聞こえて、歩いていても背中のあたりがぞくぞくして、怖くて後ろを振り向くことができない。

 

 何人か登山者が入っていれば強引に進んだであろうが、退却と決心した途端にもう気持ちは速く下山することしか頭になかった。  

 途中で擦れ違ったパーティーを次々と追い越して下山もまた速かった。  

 天人峡温泉に降り立つと、風もなく薄日さえさして観光客はのんびりと散策を楽しんでいた。悪戦苦闘して歩いて来た山の上と、 余りの落差にしばし戸惑いを感じつつ温泉に入ってゆっくり汗を流していると、この退却も貴重な勇気だったんだと、自分なりに納得することができた。

 

翌年、トムラウシ温泉から日帰りで登頂を果たしました。     トムラウシ温泉からの記録はこちら

 
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