追想の山々1071a up-date 2001.07.10
東京===扇沢橋(4.55)−−−車道分れ(5.25)−−−大沢小屋(6.00)−−−針の木峠(7.50-8.05)−−−針の木岳(8.50-9.30)−−−スバリ岳(10.00)−−−赤沢岳(11.10)−−−鳴沢岳(11.50)−−−新越山荘(12.15-30)−−−岩小屋沢岳(13.15-20)−−−種池山荘(14.15-30)−−−扇沢橋(15.05)===東京へ | |||||||||
15時間のコースを1日で踏破=(58歳)
梅雨明け10日のジンクスどおりに、大展望をほしいままにする絶好の登山日和となった。 登りのコースは一昨年と同じ針の木雪渓から針の木峠への雪渓ルート。 早朝5時、下山予定地点となる扇沢橋の袂へ自動車止めて出発した。 計画では、初日の行程は針の木峠から針の木岳、赤沢岳と縦走して新越山荘までの、コースタイム11時間のロングコース。 針の木峠への指導標から樹林の登山道へ入った。しっとりと潤った山の気が全身を包んでくれる。 最初のポイント大沢小屋までは、厳しい登りもない自然探索路である。この地の自然や樹木や野鳥等について解説されているせっかくの案内板が、大半は朽ちるように地上に倒れているのが気にかかる。 大沢小屋着は6時ちょうど。気負って歩いたのではないが、標準タイムの半分しかかかっていなかった。 小屋の前には百瀬慎太郎の有名な詩の一説が刻まれている。 『山を思えば人恋し 人を思えば山恋し・・・・・・』 さてこの先どのあたりから雪渓に取りつくことになるか。一昨年の同じ季節、小雨がそぼ降り気温も上がらず、氷化した雪渓に気持ちを張りつめて登ったことが思い出される。 転石の河原を二つ渡り、傾斜のついてきた道がいつしか本流の左岸に沿うようになると、雪渓の末端は目の先にあった。雪渓上に登山者の姿が点在している。人影の動きは遅々として見える。歩いてみると雪渓の傾斜は見た目よりずっと厳しい。 タチギボシ、ニッコウキスゲが朝露に濡れてみずみずしい。 雪渓の間際まで近づくと、冷蔵庫のドアを開けたときのような冷気が肌に伝わってきた。半袖では寒いくらいだ。 一昨年、アイゼンなしで登れたという経験もあり、今回は不安なく雪渓にとりついた。 スプーンカットを利用して、急傾斜の雪渓を快調に高度を上げて行く。谷一杯に埋めた雪渓は、コース取りも自由自在。足の動きは今日も軽快で、先行して登って行く登山者に次々と追いつく。名だたる日本三大雪渓の一つ、ほとんどの登山者はアイゼンを装着して慎重に足を運んでいる。それより下ってくる人のへっぴり腰の何とひどいことか。 去る5月、毛勝山の標高差1400メートルに及ぶ長大な雪渓を登ったとき、12本爪のアイゼンを着けても、なお厳しかったのに比べれば、 この時期、この程度の勾配はまったく問題にならない。 天然クーラーの雪渓上は汗をかくこともなく快適な登高がつづく。雪渓を登り切って夏道へ移り、やれやれと思いたいところだが、針の木峠はまだ先だ。逆に雪渓を終ってほっとした後だけに、この後の急な登りが思いのほかきつく感じる。 歩きはじめから休憩なしのワンピッチで針の木峠に達した。標準タイム5時間30分を、3時間しかかからない効率のいい歩きだった。 針ノ木岳・蓮華岳のコルに建つ針ノ木小屋の南側に回ると、槍、穂高、裏銀座の諸峰をはじめ、南アルプス、 八ヶ岳まで一望だった。夢見ごこちでしばらく一級品の山岳展望を楽しんだ。縦走コース上にある新越山荘、種池山荘に加えて、遥かな冷池小屋までも確認できる。 さらなる大展望が期待される針ノ木岳へと向かった。 一昨年風雨の中、峠から針ノ木岳への取りつきは、実に険しい登りに感じたが、抜けるような快晴の下では、がら場の傾斜はきついものの驚くようなものではなかった。 陽を照り返す岩峰針ノ木岳が近づく。 斜面には今なお雪渓が点在しシナノキンバイが咲き乱れて、雲上のお花畑が広がっていた。 峠から40分ほどで針ノ木岳山頂に立った。扇沢からの標高差1400メートル、所要時間約4時間。 期待どおり紛れもなく北アルプス屈指の山岳展望台であった。眼下には高瀬ダムと黒四ダムがエメラルドグリーンの水面を、山頂にはミヤマクワガタ、ミヤマオダマキ、ミヤマダイコンソウ、イワベンケイが咲いている。
スケッチをしたりして40分ほど眺望を楽しんでから、次のスバリ岳へ向かった。 宿泊予定の新越山荘は、昨夜超満員の混雑だった由。寝返りもままならないような混雑は、楽しい山のムードを壊してしまう。行程は長くなるが、種池山荘まで足をのばした方がいいようだ。体力的にはきつくなるが、芋を俵に詰め込むように押し込まれるよりはましだ。 針ノ木岳からスバリ岳への下りは、岩崩れ直後のような荒涼険悪な急下降路で、落石に注意しながら慎重に足を運ぶ。見る見る針ノ木の山項は遠ざかり、かわってスバリ岳の峨々とした岩峰が大きくなって来た。標高差150メートルの下りの後、スバリ岳への登りにかる。 それにしてもこの上天気はすごい。朝方良くても、時間がたつとどこかの稜線には必ず雲がかかって来るのに、今日はその気配はまったくない。展望のない中、足元に目を落として、ただ黙々と歩く憂鬱さとは雲泥の差である。 いたるところ足下に深く鋭く切れ落ちた薙の縁を、何カ所も通過して行く。好天に浮かれて鼻歌気分とはいかない緊張感もある。景色と高山植物にも目と心を奪われ、スカイラインをたどる楽しさは、ほんとうに胸がときめく。 コマクサの咲く砂礫斜面を登って、小スバリ岳を越えると、スバリ岳はすぐだった。展望は針ノ木岳の復習である。 スバリ岳からは本日の縦走コース中、最大のアップダウンとなる赤沢岳をめざした。赤沢岳は針ノ木、スバリとちがって端正な三角錐を見せていた。スバリ岳から300メートル近い標高差を下り、再び400メートルの登り返しは、見た目以上の歩きでがあった。 赤沢岳は剣岳を対面から見る頂としては、最短距離にあるピークで、この眺望もまた文句なく素晴らしいものがあった。昨夏、赤牛岳を下山し、平の渡しから黒四ダム湖に沿って延々と歩いたコースを懐かしく目で追った。入江のように入りくんだ沢を、繰り返し高巻く道にうんざりさせられた、その地形がここからは明瞭にわかる。 振り返れば針ノ木岳は遠くなっていた。
新越山荘はコルに建つ小さな小屋で、みるからに収容能力も知れている。日盛りにもかかわらず爽やかな風が吹いて、暑いという感じはない。缶ビールを買ってひと息入れる。 12時30分、計画では宿泊予定にしていた新越山荘だが、これを後にして種池へ向かった。種池まで約2時間30分。その間に岩小屋沢岳を越えなければならないが、時間も体力もまだ十分。 はるかに小さくなった針ノ木小屋を振り返って、縦走して来た距離を実感する。 だらだら登りの果てに行き着いた最後のピーク、岩小屋沢岳は顕著に突き出たピークではなく、平凡なピークに少しがっかりする。ここで最後の展望を楽しむ。黒四ダム湖の向こうに五色ケ原、剣岳の右には毛勝三山も見える。ハクサンフウロ、クルマユリ、チングルマ、コバイケイソウなどを目にしながら、種池山荘への道をたどる。 種池山荘への最後の登りでは、さすがに足が重くなって来た。キヌガサソウやサンカヨウの花を目にして山荘着は2時15分だった。 爺ケ岳に雲がからんできた。種池山荘は内も外も登山者でいっぱいだった。 尋ねて見ると、今夜の混雑もそうとうなものとなるらしい。宿泊を諦めて15分の休憩の後、扇沢へ下ることにした。 下山の途中、登って来る初老の二人に、立ち話で今日歩いたコースを説明すると、『信じられない、若い人でもそんなに歩ける人は見たことがない』と呆れられてしまった。 短パンで日焼けし足に西日があたって、ひりひりと痛む。 15時間、2日分のコースをほぼ10時間で歩いてしまった。 下山後、例によって大町温泉郷の薬湯の温泉へ入ってから、マイカーで東京へ向かった。 完全燃焼の山歩きだった。 |
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