追想の山々1102  up-date 2001.09.07

槍ケ岳(3190m) 登頂日1997.08.02-03 単独
●新穂高温泉(6.10)−−−穂高平小屋(6.55)−−−白出沢(7.30)−−−滝谷(8.35)−−−槍平小屋(9.30)−−−南岳小屋(12.35)
●南岳小屋(4.45)−−−南岳−−−中岳(5.45)−−−大喰岳−−−槍ケ岳山荘(6.30-50)−−−槍ケ岳−−−槍ケ岳山荘(7.35)−−−飛騨乗越−−−槍平小屋(9.30)−−−滝谷(10.20)−−−白出沢(11.10)−−−穂高平小屋(11.40)−−−新穂高温泉(12.20)
所要時間  1日目 6時間25分 2日目 7時間35分 3日目 ****
   5回目の槍、新穂高温泉から往復=(60歳)
槍ケ岳


昨年は北アルプス山行ゼロで終ってしまった。ここ10年来ではじめてのこと、北アルプスが恋しくなっていた。

日程が8月第1週の土日になってしまった。例年海も山も最高の人出となる日だ。どこの山小屋もどうしようもないような混雑となるのは必定。山腹の小屋なら空いていることもあるが、稜線上ではそうはいかない。稜線上にありながら穴場と思える小屋が一つだけある。それは槍と北穂の間、南岳(3033m)の肩にある南岳小屋だ。この予想が当たれば身動きならない過密の不快感を味わなくてすむかもしれない。
南岳小屋一泊の日程でコースを設定した。

これが5回目の槍。相性が悪いと言うのか、前4回とも頂上で展望に恵まれたことがない。今度こそはという期待があった。
深夜奈良を出て新穂高温泉へ早朝着、そこから槍平経由の南岳新道を登って小屋へ至る。翌日南岳、中岳、大喰岳の3000メートルピークを越えて槍ケ岳の頂上へ立つ。下山は飛騨乗越から槍平を経由して出発地点の新穂高温泉へ下ると言うもの。還暦を過ぎた体にはかなりハードな行程だが、まだそのくらいの体力はあるだろう。

3時間ほどの仮眠で自宅を出た。
新穂高温泉の駐車場はもう満車に近い状態。登山者の多さが夏山最盛期の賑わいを感じさせる。ここから出発して行く登山者の大半は、笠ケ岳か双六岳方面へ向かう。槍ケ岳方面へ直接登る登山者は、やはり上高地からが圧倒的に多い。  
野営場の中を抜け、ロープウェイ駅舎から林道をたどって行く。路肩には多くのマイカーが並んでいる。ここへ止めれば歩く時間が節約できたが、歩く時間にすればせいぜい20分くらいのことだから、そう悔しがることもない。  

ゲートから5分ほど歩くと『夏道、近道』の表示がある。林道から離れ、その近道へ入って樹木の茂る中を登って行くと、ほどなく穂高平小屋の建つ明るい平坦地となり、ここで先ほどの林道が合流していた。5分ほどの近道というところだろうか。  
ここからは再び林道をたどって、第一ポイントの白出小屋へ到着。無人で今は使用していない感じだ。コースタイム2時間のところ、所要1時間20分。これで南岳小屋までのおよその時間の見当がつく。よほどゆっくり歩いても午後2時過ぎには到着できる。 穂高岳方面と槍ケ岳・南岳方面への分岐は南岳方面を進む。

小屋のすぐ先が林道終点となっており、ここからようやく登山道となった。すぐにあらわれた白い転石に埋め尽くされた河原が“白出沢出合”である。広い河原を渡ると道は徐々に傾斜を増してきた。ここしばらく奈良周辺の人工林ばかりの山を歩いてきたあとだけに、人の手の加わらない自然林が実に豊かで新鮮な感じがする。思わず深呼吸したくなるような気分だ。  
いくつもある槍ケ岳を目指すコースの中、今日のこのコースは中京、関西方面からの利用者が多いと推測されるが、上高地からのコースに比べれば登山者はたいへん少ない。ときおり下って来る人に会ったり、前を行く人を追い越すくらいだ。それでも道は手入れが行き届き、しっかり整備されている。最近も草刈りをやったばかりで、刈り払われた草がまだ青い。  
亜高山帯の花が咲いているのをときおり目にする。セリバシオガマ、センジュガンビ、キクザキショウマ、ゴゼンタチバナなど。滝谷の河原から上流を仰ぐと、大きな雪渓から滝状に水が落ちているのが見える。晴れていれば滝谷の岩壁を望めたかもしれないが残念だった。その滝谷の流れを一枚の板で徒渉する。

やがて道が平坦となって樹林を抜け出たところが槍平小屋だった。小屋の回りに20人前後の登山者が休憩している。隣にもう一棟建築の最中だった。一挙に1900メートルの標高差を登り切るのは、中高年や足の弱い者には並大抵ではない。新穂高温泉からここまでの標高差が約800メートル余、一日目の行程としては手ごろなところから、結構利用者が多いのかもしれない。ここに来る途中で出会った下山者に聞くと、槍平小屋へ泊まって、今朝発って来たという人がほとんどだった。  
小屋で水筒を満たしていよいよこれから1000メートル余の標高差に挑む。コースタイムは4時間、それだけかけても午後1時半には登りつくはずだ。  
飛騨乗越経由槍ケ岳へ向かうコースと別れて、南岳へのコースをとる。これからはひたすら登りに登って行くのみ。ダケカンバなどの樹林の中の急登が果てしもなくつづく。ひろびろとした槍沢を槍ケ岳へと突き上げて行く雰囲気とは、まったくちがって展望はゼロ。もちろん高度2000メートルを出たばかりでは、まだ高山植物も顔を出してくれない。滴る汗をぬぐいながら高度を稼いで行く。まったくみごとな?急傾斜だ。下ってくる中高年や女性も苦労しているほどのきつさである。  

2〜300メートルの高度ごとに小休止をいれながら、自然林の中を黙々と足を運ぶ。 ミヤマキンポウゲ、ヨツバシオガマ、オオバミズホウズキ、ミヤマカラマツ、オトギリソウ、ミヤマアキノキリンソウ・・・・・注意していれば花を確認できるようになった。  
ようやくダケカンバやシラビソなどの高木は消えて小潅木帯まで登ってきた。間もなく森林限界である。  
標高2500メートルあたりで潅木林も消えて、突然視界が明るく広がった。遠望はないものの、穂高の主稜線や中岳西尾根が、岩の要塞を思わす迫力をもって迫っている。上空は雲に覆われているが、雨の心配はなくときおり薄日がさしたりする。広大なガレ斜面の中をルートは上へ上へとつづら折れに延びている。きつい勾配は相変わらず、足の疲労を意識するようになってきたが、視界が広がり足下に咲く高山植物を目にすると、今までのただ黙々と足を運ぶ疲労とは感じかたがちがってくるようだ。  
無機質のガレ斜面に潤いを与えるのは「ミヤマダイコンソウ、アオノツガザクラ、チングルマ、イワツメクサ」など、定番の高山植物たちだ。  
斜面の窪地には雪田も見える。

最近は山行頻度が落ちているのと、歩き応えのある山行がほとんどなかったためか、それとも年のせいか、いつもより疲労の来るのが早いようだ。しかし時間は十分にある。稜線を目標に一歩一歩足を運んで行く。  
中岳の岩峰が厳しくそそり立っている。立ちはだかる岩襖の根元を丸太橋で超えると傾斜はやや緩むとともに、さらに高山の様子は色濃くなった。石の隙間に根を張ってけなげに咲く星型の小さな花はイワツメクサ、実に可憐で清楚な感じの花である。この弱々しい感じの植物のどこに、この厳しい自然の中で生き延びる生命力があるのか不思議な気さえする。  
すっかり傾斜がゆるみ、ほっと立ち止まって景観に目をめぐらすと、突然雲が切れて窓の開くような青空が広がり、そこに槍ケ岳の尖峰が姿をあらわした。流れるガスに見え隠れするその姿をしばらく立ち止まって凝視しつづけた。それから5分とかからずに南岳小屋へ到着した。時刻は12時35分。休憩も入れて6時間25分の所要だった。これはコースタイム8時間30分に比べても思いのほか早く、まだまだ足の衰えはないようだ。  

小屋では寝場所を割り当てられたあと缶ビールで乾杯、昼食を摂ってから1時間の昼寝。カメラをぶら下げて小屋から15分ほどの南岳山頂へ足を運んでみた。常念山脈方面は晴れて見通しがきき、特に正面にはあの美しいピラミッド型をした私の大好きな常念岳がひときわ目を引く。
去来するガスも短い周期で切れ間ができる。中岳、大喰岳とつづく3000メートル峰の先に、槍ケ岳の穂先が鋭く天をついている。雲と青空、鈍色の岩峰、絵のような景観を、ガスの晴れ間に繰り返し眺めていた。  
気がつくと穂高連峰の雲にも切れ間ができて、ジャンダルム、奥穂、前穂、北穂が影絵のような藍色の姿を見せていた。

山小屋はどこもかしこも超満員のはずのこの日、南岳小屋は嘘のように空いていた。この稜線を縦走する登山者にとって、行程上半端な立地にあること、そして槍ケ岳山荘、北穂小屋というメジャーな小屋に挟まれて影が薄いということだうろうか。私たち宿泊者にとってはこんな有り難いことはない。畳1畳分のスペースに3人は当たりまえというのに、ここでは1人で悠々と寝ることができた。山行プランがまんまと的中、大成功であった。  
寝入りばな、頭痛がしてなかなか寝られない。そういえば一昨年槍ケ岳山荘へ泊まったときと同じだ。高山病の軽いやつだろうか。以前は何でもなかったのにどうしてだろうか。2〜3時間寝付かれずに悶悶としたが、そのうち寝入ってしまい、朝4時、周囲がごそごそし出した音で目が覚めるまで、ぐっすり寝ることができた。  


4時45分、南岳小屋を後にする。  
濃霧に閉ざされている。ご来光は望めない。小屋前の温度計は10度をさしていた。  
南岳の頂上へ向かう。  

稜線へ出ると飛騨側から吹き上げてくる風に寒気を感じる。南岳頂上の岩陰で、風除けがわりに雨具を着用する。濃いガスはときに薄くなって上空に明るさをきざしたりする。そして瞬間的に小さな青空が覗くこともある。雨の心配だけはなさそうだ。  
岩稜をたどって中岳とのコルへ向って下って行く。視界がなく岩にマークされたペンキが頼り。視界がないだけに高度100メートル程度の下りが、相当下ったような感じを受ける。すっかり夜が明けているはずだが、あたりは夜明けどきのような薄暗さだ。  
高山植物が冷たい風に大きく揺れている。肌寒い風を受けながら岩を踏んで中岳頂上へ着いた。小屋からちょうど1時間だった。ここには雪渓があって水が取れるはずだったが、濃いガスでその雪渓のありかがつかめない。以前ここでコーヒーを沸かして飲んだりしたものだ。  
展望もないので、山頂に留まることなく先へ。晴れていれば3000メートルのスカイラインの展望コースなのに残念。  
次の3000メートル峰大喰岳まではわけなかった。  
鉄梯子を使ったりして岩塊の間を擦り抜けながら鞍部へくだり、再び登りかえすと槍ケ岳山荘である。途中展望もなくひたすら歩いてしまったため、コースタイム3時間20分を1時間45分しかかからなかった。  

山荘の陰に風を避けながら、朝食の弁当を食べていると灰色だった頭上の雲が、明るい白色に変ってきた。カメラだけを手にして槍の穂を目指す。さしてむずかしくもない岩場で、中高年やオバタリアンがへっぴり腰でなかなか進んでくれない。困ったものだ。コースの脇を岩を選びながらどんどん追い越して山頂へ立った。時を待っていたかのように山頂に日が射してきた。遠望こそないが日の当たる槍ケ岳の頂ははじめてのことである。  
狭い山頂で、山名表示のある小さな祠の前は、記念写真を撮るのに順番待ちの盛況。帰りのルートもひどい渋滞だ。体を固くして動きのとれないおばさんたちを尻目に、コースをはずし、鎖を使わずに下った。  

帰途は山荘から飛騨乗越までもどり、ここから槍平へ下りるコースを取る。 
飛騨乗越からの下りは広大なカール状の斜面を快適に下って行く。キバナシャクナゲ、アオノツガザクラ、シナノキンバイ、イワツメクサなどの花が見られる。時間は十分あるので、高山植物を一つ一つカメラに収めながらゆっくりと下って行く。タカネバラの群落も目にする。森林限界が近づいたころ、コバイケイソウに出合う。西鎌尾根の斜面にかけて大群落を形成していた。  
小潅木帯に入ると後は槍平を目指すだけ。登りに使ったコースより、このコースの方が登山者が多いだけに道の状態はいい。勾配も緩いようだ。これから槍ケ岳を目指す登山者に次々すれちがう。また今朝方槍ケ岳山荘から下山の途に着いた登山者を次々と追い越して行く。
水筒の水が底をついて渇きを感じはじめたとき、タイミングよく冷たい湧き水に出会い、喉を潤して元気を回復、足取りも軽く槍平小屋へ到着した。  
ここからは来たときと同じコースを新穂高温泉へと下って行った。  

昨日の登りはかなり疲れを感じたが、今日の下りは自分でも不思議なほど足が軽く動き、とくに槍平からはまるで飛ぶように歩いた。  
新穂高温泉深山荘の露天風呂で二日間の汗を流してこの山行を終った。
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