追想の山々1103  up-date 2001.09.07

槍ケ岳(3180m)左俣岳(2674m)樅沢岳(2755m)双六岳(2860m)
 登頂日1995.08.18-19 単独
●沢渡===上高地(5.40)−−−横尾(7.30)−−−槍沢ロッジ(8.40)−−−天狗池(10.25)−−−殺生ヒュッテ(12.00)−−−槍ケ岳山荘(12.40)−−−夕刻槍穂を往復
●槍ケ岳山荘(5.20)−−−硫黄尾根の頭(7.00)−−−樅沢岳(7.40)−−−双六小屋(8.00)−−−双六岳(8.40-9.00)−−−双六小屋(9.25)−−−鏡平(10.40)−−−秩父沢(11.40)−−−ワサビ小屋(12.15)−−−新穂高温泉(13.05)===中の湯===沢渡===東京へ
所要時間  1日目 7時間00分 2日目 7時間45分 槍ケ岳 二等三角点
左俣岳 三等三角点
双六岳 三等三角点
   快晴の西鎌尾根を行く=(58歳)
樅沢岳にて。後は西鎌尾根から槍ケ岳


16日間の夏期休暇のうち、前半の10日余りを北海道か東北の山旅にあて、帰京後2日休養ののち今度は北アルプスや南アルプスヘ出かけるというパターンはここ数年すっかり定着してしまった。  

今回は、以前から懸案の西鎌尾根縦走の思いを果たすことにした。

≪第一日≫  
午前1時、自動車で出発。沢渡着4時20分。バスで上高地へ入る。馴染みの上高地は「また来ました」という感じだ。
1日目のコースは、上高地→天狗原往復一槍ヶ岳  
2日目は、槍ヶ岳〜西鎌尾根〜双六岳往復〜新穂高温泉==沢渡
というプランである。

上高地から槍ヶ岳へは標高差1700メートルに達する健脚行程であるが、さらに天狗原への往復を付け加えると、これはコースタイ ム10時間を越すハードコースとなる。二日目もコースタイム12時間を超して、第1日日よりきつい。               

小梨平のテント村を抜け、明神、徳沢、横尾へと遊歩道を足早にとばして行く。横尾までコースタイム比1時間の短縮を目標に歩いた結果、 3時間10分のところを1時間50分で歩けた。
横尾から槍ヶ岳への槍沢コースは、10数年前下山に使ったことはあるが、登るのははじめて。それだけに新鮮な感じがある。長い登りがはじまる。  
蝶ケ岳への長塀尾根登山道を見送り、一の俣、二の俣の橋を渡ったあたりから、ようやく登山道らしいはっきりとした勾配になってきた。  
今回の山行ははじめて8ミリカメラを携行、雄大な北アルプスの景観や、高山植物を撮影するのも楽しみのひとつ。そのためには、ぜひとも天気がよくなってくれないと困るのに、いつまでたっても頭上の雲がとれる気配がない。
最初のポイント槍沢ロッジへは8時40分着、所要3時間。休憩をとらずに先へ進む。流水はいたるところにあって、槍ケ岳山荘までほとんど水筒は用なしだった。  

槍沢の沢芯を左手に見下ろしながら、いよいよ急登にかかってきた。高山植物も姿を見せはじめた。種類の異なる花を見つける度に8ミリを回して行く。登る人、下ってくる人、何と賑やかな人の列。北アルプスナンバーワンの槍ヶ岳メインコースだけのことはある。槍沢ロッジを今朝方出発したと思われる人たちに、そろそろ追いついてきたようだ。
ところどころに痩せ細った雪渓が消え残っている。その雪渓を トラバースしている踏み跡が見えるが、それが天狗原へ分岐して行くコースである。雪渓へ下っ て行くと大岩にペンキで天狗原への表示が記されていた。  
ここまでの所要時間は計画以上に順調で、時間的には心配することなく天狗原往復ができる。分岐からの標高差約200メートル。しかし槍ヶ岳までは、まだ800メートルという高度差を残していることを考えれば、この200メートルは“ちょっと寄り道”というほど安易ではない。残りの体力や疲労度を自己査定して、予定どおり天狗原を往復することにした。

花の咲き乱れる天狗池に立って、水面に投影する槍ヶ岳を眺めてみたいという願望を長いこと抱いて来た。それは今回の山行目的の一つでもあった。しかし分岐から見上げる槍ヶ岳方面は、厚い雲の中に没していて私の願いは多分叶わないだろうことを承知で、あえて雪渓を踏んで天狗原へと向かった。
石畳を敷き詰めたような登りから、低潅木帯の急登へ取りつき、最後に大岩のごろごろした上を飛び移るようにして氷河公園に出ると、盆地状にえぐられた底に天狗池があった。憧れだった天狗池からの槍ヶ岳は、予想どおり流れる雲でかいま見ることもできなかった。南の空は意外に明るく、蝶ケ岳や蝶ケ岳ヒュッテがはっきりと見てとれる。ガスに閉ざされた槍ヶ岳方面の空との対比を見せていた。  
またいつか訪れる日もあるだろう。あきらめて槍沢の分岐へ戻り、再び槍ヶ岳へと向って急登にかかった。  

高山植物を観賞しながら一歩一歩高度を上げて行く。風が冷たくなってきた。坊主の岩屋でヤッケ代わりに雨具をつける。登山者が切れ目ないほどにつながっている。山慣れぬ人達が、歩いては休み、休んでは歩き、ゆっくり ゆっくりと登って行く。  
瓦轢の登りとなると間もなく殺生ヒュッテだった。ここまで来れば槍ヶ岳山荘はもう近い。今晩の泊りは、混雑が予想される槍ヶ岳山荘を避けて殺生ヒュッテに泊まるのが腎明だが、翌日の長い行程を考慮すると、わずか30分でも今日のうちに一歩先の槍ヶ岳山荘へ入っておきたい。

槍ケ岳山荘は大混雑ではなかったが、お盆過ぎてもまだ泊まり客は多く、ゆっくり宿泊というわけにはいきそうもない。急がずに、じっくりと登って来たつもりだったが、結果的には10時間20分の行程を7時間ちょうどだった。  
山荘はガスに囲まれ、やがて雨が降って来た。外れた天気予報に腹立ちを感じながら、手持ち無沙汰の時間をつぶした。3時過ぎ、雨が上がったのを見計らって、槍ヶ岳の頂上へ。濡れて滑りやすい岩に注意しながら登った山頂は、これで4度目になるが、まだ1度も天候に恵まれない。

≪二日目≫  
赤岩尾根の頭
こまぎれにうとうとしているうちに夜が白んできた。
日の出は5時10分。それに合わせて縦走に出られるように身支度をして外へ出た。槍の穂先の右側に広がる快晴の空は、クリスタルガラスのように透き通ったオレンジ色、次第に上方へブルーに変化し、目をこらしていると吸い込まれていきそうだ。一夜の眠りから覚めた山々が、間もなく新しい一日の幕を開けようとしている。
テント場付近に陣取ってご来光を待った。風が強い。テントが音を立ててはためく。この風で西鎌尾根尾縦走は大丈夫だろうか。
細くたなびく雲が黄金色に変わり、ついで太陽が深紅の火の玉となって現れた。いっせいに歓声が上がる。シャッ ター音が連続する。私もその瞬間を8ミリにおさめながら、久しぶりのご来光を堪能した。
太陽が昇りきったのを見届けると、そのまま西鎌尾根縦走へ出発した。千丈沢乗越へのがら場の下りは、北斜面となっていて、まだ黎明の中にあった。崩れやすいがら場を、千丈沢乗越へは高度差約400メー トルの急降下である。快晴、広がる大展望。一気に千丈沢乗越まで下る。ここで弁当を食べる。五目ご飯と牛乳、なかなかいい味だ。食べながらぐるっと取り巻く山岳展望を楽しむ。槍ヶ岳を振り仰げば、暗褐色の岩壁をめぐらした尖峰が、天を突き刺していた。取り巻く高峰群は乗鞍岳、笠ケ岳、双六岳、三俣蓮華岳、鷲羽鳥、水晶岳、赤牛岳、雲の平、黒部五郎岳、野口五郎岳といずれ劣らぬ名峰のオンパレードである。針の木岳から白馬岳方面は斜光線の中に山影を重 ねている。樅沢岳へつづくこの西鎌尾根は痩せた稜線が起伏し、湾曲しながら延びていた。  
槍の肩付近では強かった風も、ここまで下ってくると、ほとんど気にならないほどに弱くなった。一組みのパーティーが通り過ぎて行っただけで、昨日とは打って変わっ た静けさである。このすがすがしい朝の冷気と、めくるめくような山岳展望の中に身を置く幸せが、じわっと湧いてきた。  

ヤッケ代わりの雨具を脱いで身軽になり、西鎌尾恨の縦走に入った。  
この縦走路は槍ヶ岳のピークヘ通じる一般コースの中では、唯一登山者の少ない静かなコースである。花の量、種類ともに豊かで、コースも起伏に富み、いくつものピークを越え、ときには岩塊の道を、そしてお花畑へと、天候にさえ恵まれれば第一級の楽しいコースであることは間違いない。槍ヶ岳〜双六小屋間を1日コースとして、のんびり歩くのに適している。しかし今日は新穂高温泉まで下らなければならない。のんびりしているわけにも行かない。  
花と展望を楽しみながら、これ以上はのぞめない最高の気分で、いくつもの起伏を越えて行く。目に入り切れないほど近くに見えた槍ヶ岳も、少しづつ後ろへ遠ざかって、北鎌尾根からぐいっと鋭鋒を突き上げた全容が、凛々しくとらえられるようになった。さらに大喰岳から穂高岳へと力強い線で天空を画する稜線が、逆行線の中に映し出されていた。まさに第一級の山岳を目前にする、贅沢な展望をひととき味わった。  

ややたかぶり過ぎる気持ちを静めるように、山岳展望、高山植物を8ミリにおさめながら、樅沢岳を目指して進んでいった。  
コースはほとんど稜線を外れることがなく、どこまで行っても展望のよさは変わらない。何と展望に恵まれたコースだろう。  
樅沢岳に近づいて、ひとつのピークヘ急登を攀じっているとき、冬毛の準備に入りかけた雷鳥のつがいに出会うことができた。樅沢岳ピークへは、ややきつい2段の登りとなっているが、ペースを変えずにワンピッチで登り切る。ここもまたわくわくするほどの大パノラマがあった。白馬岳方面には早くも雲の影が兆している。水晶岳にも雲片がかかっていたか、快晴と言える状況に変わりはなかった。
槍、穂高から距離ができただけ、その眺めはかえって絵画的な美しさが増していた。大展望のあと一気に双六小屋へ下って行った。

これまで登るチャンスが何回もありながら、その都度理由があって登頂できなかった双六岳のピークを踏むため、休まず双六小屋の前を通過して、そのまま山頂へ向った。小屋からの高度差は約300メ−トル、樅沢岳から眺めた感じより、ずっときつい登りである。  
三俣山荘への巻き道と別れて、山頂への道は厳しい急登となるが、足元には高山植物が豊富に咲さ乱れている。このあたりは遅くまで雪の残る所であろう。そうしたところが高山植物の宝庫ともなっている。岩の間を縫うようにして急登を登り切ると、突然なだらかな山稜となる。高原台地のような広大な山稜で、この先にちょっと盛り上がっている突起が双六岳のピークである。

若い娘さんや中年夫婦を追い越して双六岳山頂に立った。
この山行最後の大パノラマを、惜しむようにして目に焼きつける。さきほど追い越してきた娘さんに『すごい早さですね』と声をかけられた。それほど急いでいるとは思わないが、はたからはそう見えるのだろう。槍ケ岳を朝発って、これから新穂高温泉へ下り、今日中に東京まで帰るのだと話すと、もっと驚いていた。

双六小屋まで戻ると、小屋前には引水がホースからほとばしっている。冷たくてうまい、いっべんに元気が回復するようだ。何でも『お金』本位、商売っ気丸出しの山小屋が多いが、長いホースで引いて来た水を、無料で提供している双六小屋の心意気に、ささやかな拍手を送りたい。
双六池から見る笠ケ岳を写真におさめてから下山の途についた。ここからは歩きなれた道である。左手に槍、穂高を道連れに鏡平へと下った。今朝から歩いて来た西鎌尾根が一望のもとにら見えるのもうれしい。
鏡平の池は名の知れた撮影ポイント。槍、穂高の影を池に落とす絵のような眺めを、しっかりと8ミリにおさめた。ノマ乗越まで下って来ると、今朝方双六小屋を出立した人達に追いついて、次々と抜いて行く。秩父沢の冷たい水で顔を洗い、喉を潤し、双六小屋から休憩なしで林道まで下りつき、さらにそのまま新穂高温泉まで歩ききった。標準12時間のところを7時間30分だった。
無料のアルペン温泉で汗を流し、バスを乗り継いで沢渡へと戻った。
≪新穂高温泉→南岳→槍ケ岳→新穂高温泉≫の登頂記録はこちらへ