追想の山々1146  up-date 2001.10.23

真冬の愛鷹連峰縦走
越前岳
(1507m)〜愛鷹山(1188m) 登頂日1994.02.10-11 単独
●御殿場駅(9.15)==<バス>==須山バス停(9.40)−−−愛鷹山登山口(10.15)−−−大山祇命神社−−−愛鷹山荘(11.05-15)−−−越前岳(12.45-55)−−−呼子岳−−−蓬莱山(14.20)
●蓬莱山(7.40)−−−位牌岳(9.10-30)−−−袴腰岳(10.10-20)−−−愛鷹山(11.10-25)−−−林道(11.50)−−−国道柳沢入口バス停(13.45)==<バス==沼津駅>
所要時間  1日目 4時間05分 2日目 6時間05分 3日目 ****
雪の山頂でツェルト泊
位牌岳山頂、背後は富士山


頭の中には日本三百名山への関心が高まり、完登者がボツボツ出ているという情報も刺激になって、できれば完登したいという欲が湧いてきた。
しかし中には登山道のない高難度の山もいくつかあって、完登は容易なことではなさそうだ。残雪期にしか登れない景鶴山、佐武流山、笈ケ岳、毛勝山、野伏ケ岳などが特に手ごわそうだ。
本当にその気なら、相応の心構えと装備と技量の充実がなくてはならないが、単独行の私には頼るものがない。

残雪期登山を想定、練習のためにツエルトを使っての雪の山行として愛鷹連峰縦走を計画した。2週間前に東京には大雪が積り、山にはかなりの積雪が予想される。練習にはむしろその方がいい。日本列 島がすっぽりと寒気団に覆われるというのも、ツエルトでの寒気体験にはむしろいいタイミングであった。

事故によるダイヤの乱れで、電車が大幅に遅れてスタートからつまずいてしまった。
御殿場駅から須山行きのバスに乗車。乗客は私のほかは一人だけで、その一人も 途中で下車して、後は一人だけの寂しい車内だった。自衛隊の富士山麓演習場の壮大な冬枯れた原野の先に、富士山や愛鷹連峰、後には箱根連山などの姿を目にして気持ちが盛りがる。今日は絶好の登山日和となりそうだ。
須山集落がバスの終点。集落を抜け、愛鷹山登山口ヘ向かって歩き出した。背中の荷物は約18Kg。今日はどこまで行かなければならないという予定はないので、あまり汗をかかないようにゆっくりと足を運ぶ。路肩には薄汚れた雪が残っている。車道を25分ほで愛鷹山登山口バス停だった。
バス道と分かれて大沢林道へ入る。路面はばりばりに凍りついて、登山靴がつるつると滑る。林道を15分で大山祇命神社。ここから登山道が始まる。ちらちらと風花が舞いはじめた。
神社から30分余、愛鷹山荘へ着く頃に、陽がこばれてきてほっとする。気分を明るくする太陽の威力は、やはり絶大なものがある。須山バス停から愛鷹山荘まで1時間15分、ここで小休止をとる。小さなその山荘に人の気配はなく、寒々と静まり かえっていた。
山荘から少し歩くとすぐ尾根となり、急に足元の雪が多くなった。大きい富士山が視野一杯に聳えている。山頂の煙霧は、雲か雪煙か、強風に動きが激しい。

高度が上がって来ると、肌を刺す風が厳しくなって来た。山荘から1時間30分、越前岳山頂に立つ。時刻は12時45分。日当たりのいい山頂は雪解けが進んで、地面がまだらに露出していた。天気も良く、富士山や遠く南アルプ スが望め、愛鷹連峰の呼子岳や位牌岳、それに駿河湾から天城の連山と 好展望が広がっていた。山頂備え付けのノートに氏名を記入、記念写真を撮り、テルモスの熱い紅茶を飲んで山頂を後にした。
氷化した足元の雪に気を使いながら、呼子岳との鞍部へ急降下して行 く。痩せた稜線は西側から吹きあげる冷たい強風で体がふらつくほどだった。アイゼンが欲しいような道を登り返すと呼子岳山項。展望は越前岳に劣らない。時刻は午後2時少し前、そろそろテント場を決める時間である。以前登ったときの記憶では、この先の蓬莱山山頂に雑木に囲まれたテント1張り分程度のスペースがあったような気がする。そこまで1時間もかからないだろう。  
つるつるに凍った道を、足場を選びながら一旦割石峠まで下る。道形がやや不明瞭な蓬莱山への登りは背の重荷がこたえた。2時20分、蓬莱山頂上到着。山頂の様子は記憶に誤りはなく、幕営スペ ースは十分だ。雪に覆われているが平坦で、風も潅木に遮られ理想的だ。早速ツエルト設営にかかる。独立型のドームテントと違って設営にやや手間がかかる。汗に濡れた体がどんどん冷えて来て焦るが、慣れぬこ ともあって20分以上もかかってようやく設営できた。
雪を溶かしてスープを作り、持参のお握りで遅い昼食にする。熱々のスープは最高の御馳走だった。
一段落してから、目前の位牌岳や遠く連なる丹沢連峰をスケッチしたが、じっとしているとしんしんと寒さが身に染みてくる。早々にテントヘ逃げ込んだ。ツェルトは薄いナイロン地1枚の頼りなさだが、それでも寒風を遮ってくれるだけで天国だ。
越前岳山頂
まだ明るい5時半、シエラフにもぐりこんだ。
相変わらず雲ひとつない快晴は安定している。放射冷却が効いて今夜は冷え込むだろう。厳冬期用でないシュラフで寒さに耐えられるだろう か(持参のシエラフはスリーシーズン用)。
残照の名残も消えかけた頃、テントのベンチレーターから外を覗くと、遠 く南アルプス連山の上が茜に染まり、大気も凍りついたような天空には、 早くも星が瞬いていた。駿河湾の海岸に沿った市街の灯火が、赤、青、 黄、橙、緑と、宝石を撒き散らしたような眺めを見せていた。
1500メートル程度の低山とは言っても、この厳寒期における山頂の環境は厳しい。今この山域に、私の外に夜を過ごしている人は多分いないだろう。夕暮れ時には強く吹いていた風も、夜に入ると静かになった。
さすがに夜中は寒かった。夜半過ぎから気温はどんどん下がって行っ た。吐く息が霜となってテントの内側にびっしりと凍りついていく。
上半身・・・オーロンのTシャツと長袖シャツ、厚手のラガーシャツ、セーター、羽毛ヤッケ  
下半身・・・パンツ、オーロンタイツ、ウールのももひき、ズボン  
これだけ着ていても寒さが忍び入って来る。目が冴えてなかなか寝付かれない。寒さ緩和に少しでも役に立つかと思ってローソクを灯し た。ツェルトが風にはためくたびに、霜が顔に降りかかってきた。
妻が無理やり持たせたホッカイロを背中に一つ、シュラフの足元に一つ、さらに空にしたザックの中に足を突っ込むとかなり寒さが緩和された。寒さで寝つかれず、深夜12時ころ外に出て眼下に広がる市街の夜景を眺めたりして気分転換を図ってみた。

細切れにウトウトしたが4時過には完全に目を覚ましてしまった。外が明るくなって来たのがわかったが、寒くてシュラフから出る気がしない。愚図愚図と時間を過ごして、ついに尿意を我 慢できずに6時20分ようやく起きだした。テントはばりばりに凍って、 触れると天井の霜が雪のように落ちて来た。寒暖計はおおよそマイナス10度を指していた。
期待した通りの快晴である。凍りついた大気はピーンと張り詰めて、 動くと壊れそうな緊張感があった。南アルプスの銀嶺が眩しく曙光に輝き、目前の位牌岳は色彩を取り戻すのにもう少し時間がいるだろう。
スープにパン、それとテルモスの紅茶を温めなおして軽い朝食をとる。ツエルトを畳んで出発したのは7時40分だった。

蓬莱山でチェルト泊 気温マイナス10度
蓬莱山からは鋭い岩峰を踏んで、鋸岳の鞍部へ急降下して行く。凍っ た岩稜は落ちたら一巻の終り、相当の緊張を強いられる。最低鞍部から岩峰を右手に巻いて、岩の狭間を鎖に体重を預けて撃じ登ると、いよ いよ険しい岩場の核心部へ入って行った。鎖はあっても、足掛かりとなる岩の凹凸が凍りついていたり、岩全体が凍っていて不安が先走る場面も多いが、不思議に引き返そうと言う気は起きなかった。4〜5メートルの凍った岩場の直登は、踏ん張れる足場がなく、鎖を頼りに腕力だけで体を引き上げる。途中ようやく片足のつま先がかかる足場で荒い呼吸を整え、最後は潅木の幹にぶら下がるようにして辛うじて登り切る。アイゼンがあれば楽に登れただろう が、何回か繰り返す岩場の登下降で、思いのほか体力を消耗した。
越前岳の陰になっていた富士山が、見事な姿を現していた。 朝陽を受けた銀嶺はさすがに神々しく、日本一の山である。山頂測侯所のドームもはっきりと識別できるし、電光型の登山道も幾何学模様が美 しい。

緊張の岩場が終わり、後は雪の深い急登を一歩また一歩と高度を稼ぎ、傾斜がなくなったところが位牌岳の山頂だった。蓬莱山から1時間30分だった。3時間も4時間も急登を喘いだような疲労感があった。
位牌岳は愛鷹連峰中、越前岳に次ぐ高度1458メートルの山頂である。30センチほどの積雪、落葉樹の粗林の頂は展望はないが、明るく・ おおらかな芽囲気が漂っていた。難所を乗り切り、ほっとした気分でテルモスの紅茶に舌鼓をうちなが ら、樹林を透かして見える富士山を眺めて休んだ。
山頂からは何本もの登山道が延びて、それぞれに足跡がついていた。休憩20分。ここから縦走路の後半になる。  
次のピーク袴腰岳への途中から、歩いて来た鋸岳の岩峰や越前岳、それに富士山、遥かには天地を画すような白銀の南アルプス連峰が聳え、 北岳から上河内岳、光岳まで一つ一つ指呼することができた。
途中笹のうるさい所もあったが、比較的歩きよい道が袴腰岳までつづ いた。袴腰岳は変哲もない樹林のピークで、ここから道は二分して、一つは第一展望台を経て富士市へ下るもの、もう一つは愛鷹山経由で沼津市へ下る道。ひと休みして愛鷹山へ向かった。
しばらくは気持ちいい道だったが、そのうちに背を越す笹の茂みに突っ込んだ。このあたりが地図に乗っている馬場平のようだ。生い茂る笹を分けながら進まなければならない。まるで笹のトンネルを行くようだっ た。最低鞍部から愛鷹山への登りルートの取りつきが不明瞭で、ちょっと注意を要する。一度間違えてから愛鷹山への北斜面へ取りついたが、雪が多く登山道の状態もあまり良くない。雑木や笹を分けるようにして登りついた山頂には、4人のパーティー がいた。昨日から初めて会った登山者だった。雪も少なくて、陽春が柔らかに降り注いでいた。これで後はひたすら下って行けばいいだけ。安堵感で腰を下ろし、予想以上に厳しかった縦走路を思い起こしながら、パ ンと紅茶で休憩した。

愛鷹山々頂からは富士山と南アルプスの眺望に恵まれた。
オーバーズボンを脱ぎ、スパッツも外して下山の途についた。柳沢へ下って行く南向きの尾根道は、今までの縦走路と違って、燦々 とした陽差しの明るさに加え、ひと仕事なし終えた満足感で気分もまた爽やかだった。