追想の山々1428
  

薊 岳(1406m)〜明神平 頂日2000.01.22 単独
大又笹野神社(7.30)−−−大鏡池(9.05-9.15)−−−薊岳(10.10-10.15)−−−前山(11.10)−−−明神平−−−林道(12.20)−−−大又笹野神社(13.05)
行程 5時間35分 奈良県 三角点なし
薊岳山頂
薊岳は標高1406メートル、当地奈良では高い山の部類だ。

2日ほど前に降雪があった。久し振りの雪山歩きを楽しみに出かけた。
台高山脈のやや北寄り、主稜から東方にはずれたところにある。吉野の山奥に位置して交通も大変不便だ。東吉野村大又という山間の小さな集落から登るコースを選んだ。

バス終点大又停留所前に笹野神社があり、この神社境内の玉垣の右手に沿った細道から取付くことになる。ただ神社付近には駐車スペースがまったく見当たらない。車道を500メートルほど奥へ進んで路肩の広がったところへ止めることにした。
笹野神社から細道を行くと、すぐに車道に出る。これを左へ爪先上がりに進むと車道は分岐、ここも左へ進み右へ大きくカーブする車道を見送って樹林の山道へ入ってゆく。
あとは1本道をもくもくと足を運ぶのみ。

土曜日と言うのに人の気配はまったくない。高度をかせいで次第にはっきりとしてきた尾根を行くようになる。道はどこまでも単調な杉植林の中でうんざりする。
足元に雪が見えるようになってきた。足跡はまったくない。降ったままの状態だ。1時間半ほど歩いて最初のポイント「大鏡池」に到着。うっかりすると気づかずに通り過ぎてしまう。池は登山道から少し引っ込んで、倒木が周囲を覆い、薄暗い杉樹林の中にあって目に付きにくい。今日は積雪のため、いっそう見落としやすい。窪地に水が溜まったという感じの小さな池だった。

この先からは雪の重みで笹が倒れ込み、歩きにくくなってきた。雪が舞い落ちて来そうな厚い雲が圧迫感を感じる。積雪はあるが気温が低いため、雪はさらさらとしていて靴を濡らす心配はない。急な勾配を登り切って一つのピークに立つ。ガスで見通しがきかないが、薊岳にしては時間的に早すぎるし山頂表示も見当たらない。
さらに先へ進む。尾根が狭まってこれまでの杉林が落葉樹に変わり、積雪が急に深くなった。粉雪を蹴散らすようにして足を進める。頬を刺す寒気で気温が下がってきたのを感じる。

依然として足跡はまったく見当たらない。今日は私の前には登山者は一人もいないことが明瞭だ。
いったんピークを下り、細くなった尾根を登り返す。岩場が立ちふさがる。雪をかぶった岩場は、足がかりがどこにあるのか見えない。雪がなければ難儀することもないだろうが、よほど慎重に行動しないと思わぬ事故となる可能性もある。手で雪を払ったりして足場や手がかりを探す。岩の右から取付いた方がいいか、左がいいか見当がつかない。スリップを警戒しながら慎重に体を持ち上げてゆく。そんな場面を2、3回繰り返して岩場のピークに達した。しかしこれは薊岳本峰ではなく、一つ手前の南峰だった。見通しがあれば本峰が見えるのだろうが視界には入らない。

南峰の岩場を北側に巻くようにして本峰を目指す。
雪の岩稜をさらに進むと、はっきりとした岩のピークが目の上に迫った。これが薊岳本峰だった。
あいにくのガスで眺望はなかったが、遮るもののない山頂は好展望台にちがいない。樹幹の一つに「薊岳」のプレートが取りつけられていた。霧氷とエビのしっぽが寒さを強調、何もかもが凍てついていた。

展望の得られないのを惜しみつつ、山頂を後にして明神平へ向かった。
薊岳からの下り口、注意していたのに岩場でスリップした。残った足でリカバリーしようと踏ん張ったが、支えきれずに膝を捻る姿勢で踏ん張った足が伸び切ってしまった。激痛が走る。やってしまった!! しばらく立ち上がれない。このコースの一番奥深いところである。動けなかったら最悪。他に登山者が入っている様子もない。そっと立ちあがってみた。足に体重をかけてみる。痛みはあるが何とか歩けそうだ。どうやら靭帯を傷めたらしい。
負担をかけないよう気を配れば、何とかゆっくり下っていけそうだ。幸いにも急勾配はすぐに終って広々とした尾根になる。その分積雪が急に深くなった。くるぶしの上から膝下あたり、吹きだまりでは膝上まであつて、ちょっとしたラッセルとなる。
岩稜とちがいブナ林の広い尾根は歩きやすいが、逆にルートをわかりにくい。ガスで見通しもきかないし、こんなところで迷ったら大変、来た道を引き返すことも考えたが、ときどき現われるテープや布片が目印となって助けてくれた。見通しさえよかったら、雪があってもルートの見極めに不安はないだろうが、今日はガスが濃くて周囲の状況がとんとわからない。その分不安が大きかった。

小さな登り降りを何度も繰り返す。明神平まではこんなに歩きでがあったのだろうか。コースを間違えたのではないだろうか。ふとそんな疑問にも襲われた。地図上の感覚とはだいぶ違う。一つには膝をかばっているため、もう一つは積雪による体力消耗度の大きさによるものだろう。

雪の明神平付近
寒気にもかかわらず汗がダラダラと流れる。
たっぷりと1時間、ときにラッセルしながら歩いて、再びブナ林の緩い登りにかかったとき、樹幹にちらっと人影らしいものが目に入った。登り付いたピークに一人の男性がいた。ここが前山だった。男性は明神平まで来たついでに、ここまで足を延ばしてみたという。
急に頭上が明るくなった。厚く覆っていた雲が、いつ切れたのか小さな青空が窓のように開いていた。たちまち窓は大きく広がり、ほんの5分もしないうちに、吹き消すように雲が払われてしまった。目の下にすり鉢状の草原が広がる。これがかつてのスキー場の跡のようだ。すり鉢を取り巻く縁にはブナの木がてんてんと見える。それが新雪を枝々に載せたままたたずんでいる。バックには紺青の空。すばらしい景観だ。疲れがいっぺんに吹き飛ぶ感じだった。

すり鉢の底まで下りて、はじめてゆっくりと休憩を取った。足跡一つない雪の原、雪をまとった樹木、まばゆい青空。すばらしい縦走のフィナーレだった。
すぐ下の明神平へ降りると、テント泊を楽しみに来たらしいグループが遊んでいた。
ここから林道まで、標高差1000メートルの下りとなる。やはり急な下りはこたえる。足をまっすぐ前に下ろさず、カニのように横向きになって膝をかばいながら一歩一歩下る。林道までの1時間はつらく長い下りだった。

林道に降り立ってから、さらに駐車地点まで45分も長かった。
雪さえなければ問題のないコースだと思われるが、今日は厳しかった。それだけに充実感もあった。
奈良へ転居して来てから気に入った山がこれで二つ目である。最初の一つは池木屋山、そしてこの薊岳。いずれも台高の山である。
大又近くの「やわた温泉」で入浴、汗を流してから帰路についた。       
2000.11.23 木の実ヤ塚〜薊岳はこちら