グレイシアー・ベイ紀行(その9・イーグル)

さらば、グレイシアーベイ
またいつの日か、きっと…

9日目。5時起床。旅の終わりの日だ。今日は10km以上の横断が2回ある。いつものように午前中の吹き降ろしの風を捕まえてお昼までには一気に南下したかった。海を見えると遠くの岬まで見えた。その奥の山まで見える。

やった天気が回復しそうだ!

早朝6時に船出。島を回り込んで南下を開始。
しかし、島影から海に出たとたん、向かい風の洗礼を受ける。
変だ。午前中は追い風の北風になるのが、この3日間の海況だったのに。
どんどん吹く風が雲を吹き飛ばして、白い頂まで見え始めた。
5000mを越えるMt.フェアウエザーまで見える。
凄い!こんな天気はいままで、なかっただが…

そうか。風が変わったのだ。
突然の好天は、まともに向かい風となって僕の前に立ちふさがってしまったのだ。
がんばって漕ぎ進むが、しぶきが飛んできて目を開けていられない。
30分も漕ぐと腕が悲鳴を上げはじめた。なのに1kmもない島をかわせずにいた。

この追い風に乗って引き返せば、10kmほど北のピックアップポイントにつける。
回収時間は9:30AMだから、今から引き返しても十分間に合う。
どうする?

決断の時だ。時間はかけれない。
残念だが引き返そう。
この向かい風を、30km以上漕ぎぬく体力と気力は、僕には残っていなかった。

後ろ髪を引かれる思いで旋回し、追い風にのってMt.Wrightを目指す。
ところが、追い風の作る波はやたら大きく、デッキを洗う勢いでフネが翻弄される。

スカートの上からも波が容赦なく入ってきて何度かバランスを崩しそうになった。
一時間の苦闘の後、ピックアップ地点にたどりついたと時には、ヘトヘトになってしまった。

この旅の中でもっとも緊張した航海となった。

時間どおりにやってきた遊覧船に拾われる。
今日は僕一人しかカヤッカーはいないので、観光客みんなの視線を
そそがれ少々照れくさい。

キャビンに入るときに、クルー達から

「おかえりさない」

と声をかけられた時、なぜかジーンときてしまった。
無事、帰り着いたんだな。
暖かいコーヒーの香り。
クルーの女性のやさしい笑顔。
声をかけてくれる観光客の面々。

帰ってきた。無事帰ってきたんだ。

でっかいグリズリーが海岸で遊んでいた。
(訪問を受けずによかったあ)。
巨大な氷河が崩れ落ち、水柱を上げる。
凄いスケールだ。
カヤックで、ここまで来たかったな。

その日は年に何度もない絶好の天気らしく、フネのクルー達が、
インスタントカメラを買って嬉しそうに記念撮影をしているのが可笑しい。
一年でもまずない天気なのだろう。
フェアウエザー山脈の急峻な山嶺達はすべて青空の下で笑っていた。
WEST ARMの巨大な氷河を満喫しながら、クジラと相棒(カズ)の待つバートレットコブキャンプ場へと帰った。

こうして僕のグレイシアー・ベイの旅は幕を閉じた。

おしまい。