嗚呼!憧れの国勢調査員(第3話)



 国勢調査での最初の訪問目的は、「告知書」の配布。”数日後、お宅に国勢調査員がお邪魔しまっせ”と書いた青色の用紙を配布することから始める。これは別に、そのお宅の誰かと直接接触する必要が無く、ポストや玄関先にただポイっと置いてくるだけ。その用紙をその家庭のご主人か誰かが確認して、”ふーん、なるほど。おい、みんな。近いうちに国勢調査員が来るらしいぞ”と認識してもらうだけ。怪盗ルパンの”お宅のダイアモンドいただきに参ります”みたいなもんだね。
 俺は仕事が終わった8時頃、その用紙を山のように専用バッグにつめ、一軒一軒ポストに投函していく。地区はもちろん近所一帯のエリアなので、移動は徒歩でいいわけだ。また、まわりやすいように、調査区要図たる手書き地図を作成し持ち歩いているので、住宅の並びを把握するのは容易。その地図には、世帯一つ一つに整理番号も付けてあり、その番号の若い順番にどんどんと告知書をポストにぶち込んでいくだけでいい。それに近所一帯に広がっている住宅地は、つい最近売り出された物件ばかりで、全てが新築。似たような建物が、碁盤の目のように連なっている。
 なので、玄関の位置も似たところにあれば、ポストの位置もほぼ一緒。頭で考える程の事ではない。鼻歌を歌いながら配り続けること事約40分で、手持ちの用紙の半分以上を配布する事に成功する。
 なぁんだ。案外楽な仕事じゃないか。結構な距離を歩いているような気はするが、まだ夜9時にもなってない。残るは地区中央に位置するアパートだけ。同敷地内に三棟連続でアパートがある、とはいっても、逆を考えれば、これ以上総世帯が一カ所に凝縮していて、配りやすい所なんてない。右向いてインポスト、左向いてインポスト、階段上がってインポストって感じで配っちまえばいいんだ。
 アパートの端から101号室、102号室というように、ものすごい勢いで用紙を配っていく。まさに疾風。階段なんかは3段ぬかし。新聞配達人顔負け。この野郎!とばかりに手持ちの告知書の数を減らしていく。だってお腹が空いたんだもん。早く家に帰って、暖かいご飯を喰いたいんだよぅ。
 国勢調査は、調査用紙を回収するにあたり、世帯主、あるいは世帯主に匹敵する立場の方の名前を記入することが絶対条件になる。調査票を回収した時点で、そのご家族の世帯主が判明すればそれで良いのだが、出来ることなら、この青色告知書を放り込むついでにでも表札をチェックして、世帯主を明白にし、世帯名簿に記入しておきたいものだ。
 ところがだ。多忙なのか怠慢なのか、アパートというものは、玄関のネームプレートに居住している自分の名前を記しておかない人間が多すぎる。中にはちゃんと全員の家族名まで書き込んでおいてくれる人もいるのだが、白紙状態の奴らがあまりにも多い。約半分はいるぞ。住んでいないのかと思えば、ベランダには下着がてんこ盛りに干してあるし。住んでいるなら、ポストに溜まった山のようなピザ屋のチラシ等を毎回捨てなさい。俺の配っている用紙が入らんではないか。
 とりあえず、人が住んでいようがいまいが、全ての部屋に用紙を配る。今度来たとき用紙が無くなっていれば、そこには人が住んでいる。無くなっていなければ多分住んでいないのだろう。手を抜いた考え方かも知れないが、こっちだって忙しい合間を縫っての作業である。妥協するつもりはないが、そこまで徹底的にやらなくてもいいだろう。・・・これが妥協っていうのかな?
 こんな事を考えながら、アパートでの配布は約10分で終了。入居している部屋と、していない部屋の違いも分からないが一応終了。名前の分からない人が約半分。まぁ調査用紙回収までには確認できるだろう。
 家に帰ってから世帯名簿をチェック。漏れはなし。調査範囲内の世帯に告知書を全て配布したわけだ。これで国勢調査の第一段階終了。後は数日後に”行動開始”という事になる。
 この数日後から始まる調査こそが、国勢調査の一番重要なところ。怪盗ルパンの話に例えるならば、俺は今、全大金持ち世帯に”予告状”を入れてきたわけだ。そして、数日後に調査記入用紙という名のダイアモンドを奪い、全ての検品をし、峰不二子に貢ぐ。それでミッションは終了。スポンサーから莫大な金額をスイス銀行に振り込んでもらう。
 なんだか、怪盗ルパンではなく、「ルパン三世」と「ゴルゴ13」が混ざったような例えになってしまったような気はするが、要するにそういう事だ。
 え?分からない?それではもうちょっとかみ砕いて話すと・・・。
 国勢調査告知状=ダイアモンドを盗みますよ、という予告状。
 担当全世帯からの調査記入用紙の回収=全大金持ち世帯からのダイアモンド奪取。
 調査漏れ・記入漏れの点検=全ての検品
 役場への全調査用紙提出=峰不二子に貢ぐ
 役場から調査量に見合った報酬をいただく=スポンサーから莫大な金額をスイス銀行に振り込んでもらう。
 って事だ。訳分からなくなるから、変な例え話すんじゃねぇよ、俺。
 早く終わらせて、慣れないこの責任感を振りほどきたいな・・・。
 早く来い来い、数日後。
 

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