嗚呼!憧れの国勢調査員(第4話)



それから数日後、俺は国勢調査を再開した。今度は”調査票の配布、及び記入願い”である。”告知状”を配った世帯全ての玄関に入り込み、記入してもらうように頼むのである。ちょっとしたキャッチセールスのように思われるかも知れないが、そこは新聞や宗教の勧誘とは訳が違う。キリっとした態度でお願いすれば、胡散がられる事無く、喜んで記入してくれるだろう。だって、こっちはお国の命を受けて調査してるんだぞ。どうだ、すごいだろう。
 まず一軒目、時間はこの前と同じの午後8時過ぎ。挨拶は”こんばんは”にしようっと。
 ピンポーン。
 その数秒後、インターホンから女性の声。
「はぁい、どちら様ですか?」
「こんばんはぁ。私、国勢調査の者ですけどぉ」
「はぁい、お待ちくださーい」
また待つこと数秒。玄関が開き、奥さんらしき人が玄関を開けてくれる。
「夜分遅くすみません。先日お届けした青色の用紙を見ていただけたでしょうか?実はですね、これがその調査記入用紙になります。記入例がこちらに書かれておりますので、良く読んでいただいてから、記入してください」
 うーん!なかなかのマダムトーク。決まりましたね!どうでございましょうか?奥様!
 奥さんが話し出す。
「はい分かりました。で、いつまでに記入しておけばよろしいのでしょうか・・・?」
・・・よく考えてみればそうだな。今、用紙を渡して、すぐに記入しろ、と言うのも無理がある。数日時間をおいてから、また訪問した方が好印象だな。
「では奥さん。1週間後のこの時間帯にまたお邪魔しますので、それまでに記入の方よろしくお願いします」
 そう言って玄関を閉めたものの、これから訪問する各世帯のみなさん方も、そう考えるのは当たり前だな。夜8時から9時の時間帯。どう考えても夕飯時か家族お戯れの時間だ。こんな時間に”ほれ、今すぐ記入しろ”っていうのは、ちとおかしい。どうすればいいものか・・・。
 頭でいくら考えても、答えは同じ。とりあえず全ての世帯を歩き回って、記入票を手渡ししなければならないのだ。記入用紙を渡すついでに、回収してしまおう何てのは、虫が良すぎたかな?
 平日夜8時過ぎなんてのは、どこの一般住宅も誰かしら家の中にいる。ピンポーンとならせば、7割方奥さんが登場して用紙を受け取ってくれる。奥さんじゃないにしても、旦那か子供に用紙を渡すことは可能。ようするに誰だっていいんだ。家の誰かに渡せれば。
 こんな考え方をしてみると、結構これまた楽じゃないか。”あんた本当に国勢調査員?”なんて疑う人はまずゼロ。あっという間に配る記入用紙の数が減っていく。時間的に約1時間。一般住宅への配布が完了した。残すはアパートだけ。
 アパート到着。前回ここに来たときは、誰が住んでいるかどうかも分からないままだったが、今度は違う。直接会って用紙を手渡すのだ。表札やネームプレートが無かった所の人には、その時、”あんた名前何?”って聞いてしまえばいい。ついでに隣接する部屋の情報も提供してくれるだろう。そうすれば、総収容世帯24もあるこのウスラでかいアパートも、名前の分からない人や住んでいない所が明確になってくる。そんな面倒くさいもんでもないかも知れないな。
 端の101号室から順に、また配布を始める。ピンポーンと釦を押すと、一般住宅と同じように、誰かしら人が出てきて、”あらあらご苦労様です”って感じで用紙を受け取ってくれる。そう思っていた。少なくとも俺だけは。
 居ない・・・。ピンポン押しても誰も出てこない・・・。外にまわってベランダから部屋の灯りを確認するとちゃんとついてるのに。耳を澄ますとテレビの音と笑い声が聞こえてくるし。何だ?居留守か?俺が怪しいと何で分かる?・・・って俺、怪しい者ではござんせんよ?
 待つこと5分近く。ピンポンプッシュ回数約15回。・・・何で出ないんだろう。聞こえないのかな?
 時間が刻々と過ぎて行く中、こんな所に立ち止まっている暇など無い。夜10時をまわってしまったら、何となく胡散臭い。怪しまれること確実。そう自分で思って、行動に自信がなくなってしまうと、気も弱くなってしまう。まぁそんな理由よりも、僕は早くお家に帰って暖かいご飯が食べたいです。分かってくださいませませ。
 ふと思い出す。こんな時は”国勢調査員特製メモ用紙”の出番。何が特製かと言われると困ってしまうが、メモ覧の下に”国勢調査員”と書いてある。ただそれだけ。でも信用はしてもらえるだろう。だってこのメモ用紙、非売品だもん。
 ”○月○日、夜9時10分頃、調査記入票の配布の件でお邪魔しましたが、お留守だったので、記入票をポストに入れておきます。1週間後にまたお伺いしますので、それまでに記入の方、宜しくお願い致します”と書いた紙を調査記入票とともにポストに入れる。まさか、メモに”テレビを見て笑っていらっしゃったので・・・”とは、いくら何でも書けはしない。ここら辺が妥当な文章だろう。
 ああ、時間を食ったな・・・などと考え、次の部屋へ移動し、また玄関の釦を押すと、また返答がない。今度は電気がついていない。しようがないのでドアの前の階段の踊り場で、コソコソと特製メモ用紙にさっきと同等の文章を書き、またポストに記入用紙とメモ用紙を入れる。”記入用紙は直接手渡しが原則”なんては言っていたが、何だか面倒臭くなってきたぞ。もういいや。誰も出てこない所や、居ない所は全部メモと一緒に用紙をぶっこんでやれ!
 アパートの用紙配布完了時間、夜の10時10分前後・・・。直接手渡し出来た世帯数14件。留守だった世帯数10件。内、住んでいるのを確認できていながら、居留守を使われ、手渡し出来なかった世帯数5件。どういうこった?こりゃ。
 会えも出来ず、名前も知らない。住んでいるのかも分からない。こんな部屋がいくつか存在するこのアパート・・・。私は期限までに回収出来るのでしょうか・・・?


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