以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。

 
 
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誰かを愛するという事は、単なる強い感情ではない。
 それは決意であり、判断であり、約束である。

--- Erich Fromm




 

スタースクリームの一撃で、人間が生み出した忍者ロボットを巡る騒動は幕を閉じた。

「あの裏切り者め、思い知らせてくれる!」メガトロンの双眸が、溶鉱炉の熔けた金属のように強い真紅に輝き、怒号が大気を揺るがした。「者共、追え!奴を―――スタースクリームを逃がすな!」

言うが早いか地面を蹴って空中に躍り上がったリーダーに、デストロンの兵士たちは遅れないよう慌てて後を追った。

突如戦闘を放棄して飛び立った彼らを、サイバトロンの面々が「またか」とでも言いたげに、呆れ顔で見送ったのを、サウンドウェーブは知っていた。これと同じような出来事が今までに何度となく繰り返されてきた。こういう時にサイバトロンが彼らを追撃しようとしないのも、いつものことだった。

メガトロンの後方に追いつくと彼にスピードを合わせ、サウンドウェーブは感覚を広げた。地上から遥か上空を周回する通信衛星とのリンクを開き、監視プログラムを探ると、すぐに少し離れた場所でスタースクリームの反応を捕らえた。

「あの卑怯者め!一体どこへ隠れおった!」メガトロンが憤慨して唸った。

サウンドウェーブは憤懣やる方ない勢いで怒りに燃えるリーダーにスタースクリームの現在地を進言する代わりに、彼から少し距離を取った背後に無言で控えていた。彼は、メガトロンがその正しい情報を求めているのではないことを知っていた。彼の怒りはポーズではなかったが、彼はまた本気でデストロンのNo.2を追い詰め、破壊することを望んでいるのでもなかった。

森林地帯に差し掛かるとメガトロンはそこで止まった。彼らはスタースクリームを完全に見失っていた。もっとも、全力で逃げるスタースクリームに、彼らが単純にスピードで追いつけた試しはなかった。

メガトロンは空中に静止したまま、眼下に広がる針葉樹の森をいまいましげに眺めやった。彼の全身から立ち上っていた、目に見えるような怒りのオーラは下火になっていた。「これ以上あの馬鹿者のために時間を無駄にはできん。デストロン軍団、基地へ戻るぞ!」

メガトロンは向きを変えた。これでこの騒ぎは終わったのと同じだった。彼らは海底基地に向かって飛び立った。






2日後、海底基地の司令室で、サウンドウェーブは新たな仕事に取り掛かるために、不要となったデータの整理をしていた。

データパッドを手にしたメガトロンが部屋に入ってきた。「サウンドウェーブ。確か太陽炉用に作ったヘリオスタットのデータがあったろう。あれを出してくれ」

「あれは不完全なテストデータ」

「いやそれでかまわんのだ。およその見当さえつけばもう一度最初から作り直すからな」

「了解。お待ちを」彼はコンソールパネルに指先を躍らせた。

データが呼び出されるのを待つ間、サウンドウェーブは横目でメガトロンの気配を伺った。彼は近くのパネルで熱心に何かを見ていた。

彼は今やすっかり落ち着きを取り戻したばかりでなく、新たな取り組みにかかっていた。先日のスタースクリームの裏切り行為などすっかり頭から消えたようだった。ともするとこちらが拍子抜けするほど切り替えの早いメガトロンは、執念深いという言葉とはおよそ縁のない人種だった。

「準備完了」

「こちらに出してくれ」メガトロンは専用のコントロールブースに歩み寄り、モニターに表示されたデータを確認した。「そう、これだ。ご苦労、サウンドウェーブ」

メガトロンが仕事に没頭し始めたのを見て、サウンドウェーブは自分の作業に戻った。

彼は頭の隅の小さな一角を占める特殊な領域に意識をやった。今朝まで興奮し嵐の海のように高ぶっていた波は今は落ち着き、静かな水面を見せていた。それは彼の持つテレパシー能力を利用した特殊な監視システムだった。

無事過ぎ去った嵐に警戒を緩め、サウンドウェーブは過去に思いを馳せた。



***



サウンドウェーブが初めてスタースクリームを見たのは、セイバートロン星のフェアスター・シティ、後にデストロン本部が置かれることになる都市の路地だった。

その頃、セイバートロン星には数十を超す都市国家が林立し、それぞれの都市が独自の共同体を作り、高度な文明と無尽蔵のエネルギーに支えられた豊かな生活を送っていた。都市はそれぞれが惑星の各地に元から存在していたエネルギー採掘地を占有することで安定したエネルギーを恒常的に得ていた。エネルギーを巡って都市同士が争うことはなかった。天と地下の両方に伸びた巨大な金属の都市は互いに無関心だった。例外的に行き来の活発な都市もあったが、それぞれの都市は基本的に独立した閉鎖的な社会を作っていた。

都市の多くは議会を持った共和制を敷いていたが、生命の危険から遠く、豊富さと自由に慣れた人々は上からあれこれと指図を受けることを好まなかった。議会の支配機関としての力は弱かった。その代わりに、彼らは長老と呼ばれる、その都市の成立に関わるような古い時代から生き続けて経験を積んだ年長者を尊重し、彼らの導きを受けていた。長老は世捨て人とも言えるオブザーバーで、直接統治には関わらなかったが、人々は困ったことが起こると、彼らの知恵を借りに行った。

都市と都市の谷間にはどの社会にも属さない人々が細々と生きていた。安定したエネルギー源を持たない彼らは過酷な生活を強いられていた。彼らの中の誰も、自分たちのようなロボットがいつどこから来たのか、そして何をなすべきかを知らず、またそれを気にする余裕もなかった。

そのような中でいつしかデストロン主義が生まれた。彼らは武器を取って都市の末端部を襲い、武力でエネルギーや他の資源を手に入れた。しかし貧しいが故に力を持たない彼らが、巨大な都市の根幹を揺るがす脅威となることはなかった。都市防衛ロボット「ガデプ」の前ではあまりに無力だった。都市で生活する者達は、脅威とならない彼らの存在を気にもかけなかった。デストロン主義の憎悪が、強固に守られた要塞の中で安穏と生きる都市住民に向けられるのにそう時間はかからなかった。都市の狭間で燻る火種を取り込みながら、彼らは急速に数を増していった。

長い時間をかけて、彼らは少しずつ力をつけていった。集団の中から優れた指導者が現れ、人々の群れは徐々に組織化されていった。何も知らない都市の住民は、少しずつ足元を侵食していく波がだんだん強く、大きくなっていくのに気付いていなかった。



数十万年後―――

メガトロンはデストロンが抱える軍隊の、4人の指揮官の内の一人だった。彼はデストロン主義のあり方と行く末に、もう長い間、彼らのリーダーや他の指揮官達との間に意見の不一致を見ていた。

彼は最も信用する腹心の部下二人と共にクーデターを計画していた。彼は水面下で周到に準備を進め、いよいよリーダーを含むデストロンの命令系統の上位を占める旧勢力に一気に打って出ようとしていた。

その準備段階の仕上げとして、彼は新しく組織した航空戦力を指揮する優秀な人材を求めていた。彼の作り出した航空戦力は、今回のクーデターの成功と、その後に控える大戦争へのアドバンテージ確保のための最強の切り札だった。

セイバートロン星の歴史にはそれまで、戦力としての航空機は存在しなかった。戦いと言えば力と力が正面から激突する地上戦を指し、だからこそガデプのような巨大なロボット兵器が作られ、猛威を振るっていたのだった。そもそもこの時代には、初めから戦うために生み出されるトランスフォーマーはいなかった。

そして、航空機と言えば都市同士の輸送に使用する大型の有人機のみだった。しかし、メガトロンは彼らの土地での戦闘における航空戦力の優位性にいち早く気付いていた。居住空間が何十層にも積み重なった塔のような構造を持った都市では、平面以上に垂直方向への移動が重要だった。複雑に立体交叉したハイウェイが戦場ともなれば、道路に関係なく自由に移動できる航空機と車両では、勝敗は明らかだった。

そしてメガトロンにはもうひとつの強みがあった。彼と彼の二人の部下―――レーザーウェーブとサウンドウェーブ―――は、飛行能力を持った機械に変形しない彼ら自身にもまた制空権の優位を与えるために、新しい技術を開発していた。130年かけて実用化にこぎ着いた、反重力を利用した彼らの飛行能力は申し分のない性能を見せた。航空機と比較しても、速度は及ばないものの、いかなる高度の空中でも安定して静止することができ、加速・減速が極めて速く、自由に小回りが利くという利点があった。また、ほとんど音を立てないために、ジェット機のような爆音を立てて相手に自分の存在を容易に知られる危険もなかった。

メガトロンたちは、ある宇宙開発に熱心な都市で近年新たに生み出された、小型のジェット機に変形する能力を持ったトランスフォーマーに目をつけた。メガトロン達はその都市に潜入し、何年もかけて彼らを片っ端から説得し、味方につけていった。

彼らを味方につけるのは意外に簡単だった。彼らは既存の体制に大いに不満を持っていた。そして自分たちの持つ優れた特異な能力に自信と誇りを持ちながら、それが現在の体制下では有意義に生かされないばかりか、彼らが他の旧市民から不当に差別された扱いを受けていると感じていた。彼らは若さ故に、淀んだ安住に甘んじることを拒否した。

戦いについては素人の彼らを訓練している、ある郊外の施設で、メガトロンは彼らを眺めながら言った。「大分慣れてきたようだな。だがまだ奴らのリーダーの問題が残っておる」

強力な部隊をまとめるには、他の者が容易に反抗できない突出した実力と、戦いのための天賦の才能と鋭い勘、そして何より強烈なリーダーシップを備えた人物が必要だった。見たところ、今の彼らの中に、相応しい資格を持つ者はいないように思えた。

「サウンドウェーブ、もうそれらしいジェットはみつからないか」

「はい」彼は無表情な和音で簡潔に答えを返した。「我々は既に、存在が確認されたジェット機の全てを引き入れた」

メガトロンは、ジェット機たちのまとめ役を任せているスカイワープを呼んだ。彼は数秒もしない内に、メガトロンとサウンドウェーブの目の前に降り立った。

「はい、何でしょうか」

「スカイワープ、お前の知っている仲間はこれで全部か? もっと癖のある奴が欲しいのだ。何かうわさ話でも聞いたことはないか」

スカイワープは逡巡した。「ええ、とびきりキョーレツな奴がいることはいます。テクニックもスピードもものすごいですぜ。俺はあいつより速く飛ぶ奴を見たことがありません。しかし・・・」

「しかし何だ」メガトロンは煮え切らないスカイワープにイライラして先を促した。

「始めはいい奴だったんですが、ある時を境に急に人が変わっちまったんです。まったく手に負えねえんで、最近じゃ誰も近付きゃしません」

メガトロンは確信と共に、不敵な笑いを浮かべた。「だが実力はある」

「ええ。何をやらせてもピカ一ですよ。それは今でもです」スカイワープが保証した。

「よろしい。興味あるぞ。彼に会ってくる。彼の居場所はわかるか?」






「やあ、スタースクリーム。ご機嫌いかがかな」

そうメガトロンが声をかけた次の瞬間、白い翼に赤いラインを持ったそのロボットは、元いた場所から数メートルを飛びのいていた。警戒を顕に身構え、突然目の前に現れた彼を凝視している。もう少しでも驚かせれば一目散に逃げ出しそうだった。メガトロンは彼の緊張に気付かぬ振りで続けた。

「初めまして。儂の名はメガトロン。お前の噂を聞いてやって来たんだ」

「噂? 何の噂だ」

心の中の恐怖を押し殺したような、張り詰めた声が答えた。意外な程にトーンの高い声だった。

「お前が、並ぶ者のない最高のジェットで、かつ一流の科学者だという噂だ」

「誰にそんなこと聞いたんだ」

「スカイワープだ。知ってるだろう」

「あんな奴、信用できねえ」スタースクリームは吐き捨てた。「それで、もし噂が本当だったらどうするつもりなんだ」彼は身じろぎひとつしないまま言った。

「お前を儂の空軍にスカウトしたい。能力によっては、お前に彼らの指揮を任せたいと思っている」

「冗談はやめろ」スタースクリームは更に態度を硬化させた。

彼は決して甘言を信用しないたちらしかった。恐ろしく警戒心の強い奴だ、とメガトロンは内心で肩をすくめた。そして、それ以上に彼は自分を怖がっている。初対面の相手にこれほど怯えるようでは使い物になるかどうかと、メガトロンは見極めを誤らないよう更に注意を傾けた。恐怖心は、敵を攻撃することへの躊躇を払拭するのに強力に役立つが、彼が必要としているのは噛み付き犬ではなく、それを上手に操ることができる猛獣使いだった。

「冗談ではない。もちろん、お前に指揮官に相応しい能力があればの話だ」

「あんたの軍とは? デストロン?」

メガトロンはスタースクリームの指摘に内心驚いた。このフェアスター・シティはまだ一度もデストロン軍の攻撃を受けておらず、彼らの存在は一般的に知られていないはずだった。都市の外の出来事にはてんで無関心の市民にしては、彼は情報に敏感過ぎると思えた。それに空軍という概念に驚きもしない。そもそも彼は一体どうやって外部の情報を仕入れたのだろう? これは思わぬ拾い物かも知れないとメガトロンは北叟笑んだ。

「その通り。儂の指揮するデストロン第4軍だ。興味あるかね?」

スタースクリームは逡巡した様子を見せたが、結局小さく頷いて見せた。「ああ」

「それで、スタースクリーム、儂は噂を信用しても良いのかな」

すると先ほどからの神経質で防御的な姿勢から一転して、スタースクリームはメガトロンに挑戦的な視線を投げかけた。そこには、彼の内側から外に向かって流れる力があった。メガトロンは彼の変貌に一瞬おやと思ったが、それを表情に出さないようにした。

「もちろん。俺には誰にも負けない実力がある。指揮官だって何だって、俺より上手くできる奴なんかいない」

メガトロンは頷いた。「その判断は後で儂がするとしよう。だがそれを聞いて安心したよ。お前が噂通りの優秀な人材だとわかれば、我が軍にとって大きなプラスになるからな」メガトロンは右手を差し出した。「期待しているぞ、スタースクリーム」

「まあ見てなって」スタースクリームは自信ありげににやりと笑い、握手する手に強い力を込めた。






司令部に引き返す途中の通路で、メガトロンの数歩後ろを歩いていたスタースクリームがふいに立ち止まった。「メガトロン・・・あのさ・・・」彼はおずおずと口を開いた。

「何だ」メガトロンは足を止めて振り返った。

スタースクリームは居心地悪そうな落ち着かない様子で、メガトロンの胸の高さに視線を彷徨わせた。「実力を証明すれば、あんたは俺を認めてくれるのか?」

メガトロンは問いの意味を量りかねて聞き返した。「それはどういう意味だ?」

「俺をちゃんと評価してくれるのかってこと」スタースクリームは俯き加減のまま言った。

メガトロンは力強く頷いた。「それはもちろんだとも。儂は折角の才能をクズ鉄置き場で朽ち果てさせるような愚かな行為を許す気はない。実力のある者にはしかるべき役割を与え、その分の見返りも約束しよう」

「ふうん」メガトロンの返答は彼にとっては少し的外れなものだったが、スタースクリームはそれでも充分と、それ以上の追求をしなかった。






結局、いくつかのテストの結果、スタースクリームの備えた実力はまさしくトップレベルのものであることが証明された。初めて手にしたであろう銃器の扱いを、彼はすぐにマスターした。さらにスカイワープの評価通り、彼は頭の回転が速く、新しいことを理解する能力に長けており、なるほど彼は科学者としても一流でやっていけると思われた。判断の速さと同時に慎重さを備えた彼は、部隊の指揮を任せるのに充分だった。メガトロンは暫定的に、彼に航空戦力の指揮官を任せることにした。

スカイワープが忠告したスタースクリームの問題点は、すぐに明らかになってきた。スタースクリームは言動には一貫性がない訳ではなかったが、態度や行動にはムラがありすぎた。彼は時によってまるで別人のような振る舞いをした。部下に対して不機嫌で横柄な態度を取り、そうかと思うと誰彼構わず気さくに話し掛け、親切をするような支離滅裂振りだった。それはおそらく個人的な好き嫌いによるものではなく、同じ人物が相手でも、また同じような状況でも、最後に辿り着く結果は予想もつかなかった。

目まぐるしく変わる彼の態度はまったくもって手に負えなかったが、彼は間違いなく優れた作戦指揮能力を発揮した。口を開けば際限のない不平不満をぶちまける一方で、新兵器の開発に当たっては、際限のない試行錯誤に粘り強い忍耐力を見せた。彼は論理的な思考能力に欠ける代わりに、メガトロンが何ヶ月もの間分析に苦心してきた事象を一見して、こともなげにその正体を言い当てることができた。彼はどこを取っても極端としか言いようのない不可解な人物だった。

何週間かが過ぎる内に、彼が激しい敵意を向けるターゲットは次第に絞られるようになった。その他の者に対する態度は、おおむね一定に、最初の頃に比べれば良い時と悪い時の差が小さくなり、ある枠の範囲に収まるようになった。その代わりとばかりに、セイバートロン星の2番目の月に起こる磁気嵐よりもやっかいな彼の気紛れを集中的にぶつけられる不運な者が生まれた訳だが、その筆頭が、なんとメガトロンだった。彼は僅か半月の間に、スタースクリームに4回命を狙われ、またそれとは別に6回の誘惑を受けたのだった。普段からあまり細かいことにこだわらないメガトロンも、ようやくこれはただことではないと危機感を感じ始めた。






スタースクリームが司令室に入ってきた時、メガトロンは都市の改造計画案の検討に忙しかった。彼はスタースクリームがすぐ背後に立ったことを認識したが、それ以上の注意を払わなかった。いちいちスタースクリームのすることを気にしていては仕事にならないということを、彼はすっかり学習していた。

スタースクリームは、メガトロンの肩越しにモニターを見ているようだった。メガトロンは彼の好きなようにさせておいた。しばらくして、スタースクリームがモニターの一点を指差して言った。「メガトロン、ここんとこの数値はなんか変です」

メガトロンは内心ムッとして手を止めた。彼は傍からごちゃごちゃと文句を言われるのが嫌いだった。

スタースクリームは構わず続けた。「それぞれの範囲では合ってるみたいですけど・・・」彼は手近のパネルを操作して、似たような別の画面を呼び出した。「ほらね。全体に、マイナスにシフトしてます」

「その通りだスタースクリーム」メガトロンが唸った。彼はすぐに自分で修正したデータを置き換え、連動して変化した他の部分に目を通し始めた。

「でかしたぞスタースクリーム。危うく地下部分のライン輸送効率が4パーセントも悪くなるところだった。しかし、どうしてそんなに早く気付いたんだ」

「なんとなくそう思っただけです」スタースクリームは首をかしげた後で、にっこりと笑った。

次の瞬間、スタースクリームの雰囲気は一変した。無言で再びメガトロンに視線を当てた彼の双眸は、ある種の熱を孕んでいるように思えた。しばしの後、その正体に気付いたメガトロンは僅かにひるんだ。これは特別の―――まず間違いなく、性的な関心を持っている相手に訴えかける性質のものだった。

スタースクリームはメガトロンの上腕にそっと手をかけた。その手は強い力を込めるでもなく、目的を持って動くでもなく、ただ添えられているだけだったが、それがかえって彼の真剣さをメガトロンに伝えた。

もしスタースクリームが本気なのだとしたら、これは困ったことになったとメガトロンは内心で頭を抱えた。彼は恋愛ゲームの対象を女性と決めていた。それ以上に、仮にもデストロン軍の命令系統に組み込まれた兵士の一人と自分がそういう関係を持つことは、あってはならないことだった。組織運営の中に個人的で特別な感情を持ち込むことは、腐敗の原因となるというのが彼の考えだった。己の意思がどうあれ、問題に繋がり得る状況を作ることは避けるべきだった。

「スタースクリーム、儂は仕事をしているんだ。邪魔をするな」彼は言い含めるように、しかし毅然と言い放った。

「俺はあなたの役に立つでしょう?」

「ああ。だがそれとこれとは別だ。儂はお前とそういう関係になることはできん」

スタースクリームは一瞬息を詰まらせ、伸ばした手を引っ込めた。「何故です? 俺にはその価値がない?」視線を下げた彼の表情が悲しそうに歪んだ。メガトロンはますます困った。論理的な手法で周囲の世界を理解しようと努める彼は、他人の感情を相手にするのが一番苦手だった。それが弱く、脆い面を表す時にはなおさらだった。誰か何とかしろ、と彼は叫びたくなった。

メガトロンは何とか理性でそれを心の中だけに押し留めて外面の平静を保つことに成功した。「そうは言っておらん。儂はお前の能力を高く評価している」

「本当に?」不安定な声が聞き返した。

「本当だ。だから、さあ、お前はお前の部下達が、ちゃんと今日の訓練メニューを消化しているか見てくるんだ。わかったな?」

スタースクリームは依然消沈した様子で、こっくりと首を縦に振って従順に頷いた。「わかった」

彼が向きを変えて司令室から出て行くと、メガトロンは心の中だけで盛大なため息を吐いた。適当に都合の良い嘘を言ってスタースクリームを追い払うこともできたが、根が正直なメガトロンはそうすることができなかった。彼はどっと疲れを感じた。気を取り直して仕事を再開するまでに、彼は数分を必要とした。




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