以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。



Lion’s Lair Inn

10:00 今日のお客さん


 

『Lion’s Lair Inn』と小さな看板が掲げられたそのB&E(Bed and Energy)は、セイバートロン星から遠く離れた辺境の惑星にあった。所有者であるライオコンボイが趣味で経営するそれは、開業以来ろくろく宣伝もせず、何より辺鄙な場所にあるのであまり客は来ない。

その日の朝は珍しく、チェックアウトする宿泊客を送り出した。遠くの惑星からセイバートロン星へ向かう途中で船のエンジントラブルに見舞われ、偶然宿に辿り着いたその客は、ライオコンボイもよく知る商社の役員だった。数日間で船の応急修理を済ませ、エネルギーを補給すると、客は滞在中の厚遇に礼を述べて飛び去って行った。

急速に高度を上げながら遠ざかって行く船を見送って、ライオコンボイは建物の中へと戻った。先程の客が滞在していた部屋と格納庫をきれいに片付け、備品の手入れをする。大型機械用のエネルギーの備蓄量を確認し、補充を手配したところで、航空機の接近を知らせる警報が鳴った。

やはりエンジンの調子が悪く、先程の客が戻って来たのだろうか? しかし、そうでないことはすぐに知れた。惑星連邦の定める識別信号を発しておらず、自動的に送信された問い合わせのメッセージへの応答もない。所謂招かれざる客の類であることはまず間違いなかった。

数秒後にはジェットエンジンの振動をセンサーに感じて、ライオコンボイは窓の外を見た。見たことのない中型船が、建物から程近い空き地に慌しく着陸し、中から三人の人影が現れた。トランスフォーマーらしいロボット達の手にそれぞれ武器が握られているのを見留めて、ライオコンボイはやれやれと立ち上がった。

ライオコンボイは外に出て玄関の扉を閉めると、ばらばらと走り寄ってくる相手に対峙した。

「宿泊のお客さんかな?」念の為に、ライオコンボイは一応訊いてみた。

「何だと!」

「ここに書いてある通り、うちは宿なんだが。」

一人が銃を向けた。「宿なんかには用はねえんだ。エネルギーを寄越しな。」

「逆らうと痛い目に遭うぜ!」

いきり立つ賊を見渡し、ライオコンボイは溜息を吐いた。「断る。代価はちゃんと払ってもらわなければ困る。」

「大人しく言うことを聞けば、乱暴はしねえからよ。キレイな猫ちゃんよ」

ライオコンボイはむっとして言い返した。

「私は猫じゃない。ライオンだ。ここに『ライオンの宿』と書いてあるだろう。」

「どっちでもいいから早くエネルギーだ!」

「断る。」

「てめえ! あんまり嘗めた真似するとタダじゃ置かねえぞ!」

怒鳴り声を上げた一人が、銃を撃った。咄嗟にライオコンボイが飛び退くと、彼の背後でガシャンと何かが壊れる音がした。

「どうだ、俺達は本気だ! 死にたくなけりゃ――」

「やかましい。何を騒いでいる。」

地を這うような低音の声が割って入り、そこで賊の言葉は唐突に途絶えた。

ライオコンボイの背後、格納庫の戸口からのそりと現れたのは、見上げるような巨体のドラゴンだった。古文書からそのまま抜け出てきたような姿で、長い首をゆっくりともたげ、剣呑な緑色の瞳でじろりと一瞥するその様子は、どう見ても不機嫌そのものだ。呼吸の度に、大きな牙の並んだ口の端にちらちらと炎が燃えるのが見えた。

「・・・客か?」

ドラゴンの二言目の台詞で、硬直していた賊は飛び上がった。

「いいいいいや! ちょっと道を尋ねただけで!」

「もももももう用は済んだんで!」

「ああああありがとよ! じゃあな!」

口々に叫びながら、賊はあっという間に走って逃げ出した。

ライオコンボイが溜息を吐いて見守る内に、賊の船は現れた時同様忙しなく離陸して去って行った。

ようやく静けさが戻ると、ドラゴンは変形して人の姿を取った。

「大事ないか、ライオコンボイ。」先程とは打って変わった優しげな声で言い、ガルバトロンは小走りで駆け寄ってきたライオコンボイを抱き留めた。

「ガルバトロン」ライオコンボイはガルバトロンに向かってにっこり笑った。「わざわざ来てくれてありがとう。お前のお陰で無駄な戦いをせずに済んだ。」

うむ、と曖昧に頷いてガルバトロンはライオコンボイの頭を撫でた。実際、あのような相手にライオコンボイが遅れを取ることは万に一つもないのだ。余計な世話と知りつつも手を出してしまう自分に呆れながら、律儀に毎回喜んで礼を述べるライオコンボイにガルバトロンは一層の愛しさを感じるのだった。

しかし・・・と、ライオコンボイは悔しそうに唸り声を上げた。

「また猫と言われた。」

ガルバトロンの胸元に頭を預け、ライオコンボイはわざと拗ねたような怒った声を出した。

「私はそんなに頼りなく見えるのか?」

ガルバトロンはライオコンボイから見えないところで微笑みながら、至極真面目な声で言った。「いや、俺には充分強そうに見えるぞ。」

確かにライオコンボイは一見優美な姿をしている。白く輝くような手足に金色の目、たてがみに、整った顔などは特によく目を惹き、惚れた欲目を抜きにしても充分美しい。しかし少し冷静に見てみれば、細身ながら上背があり、がっしりと密度の高い体は重量も充分で、長い手足には太く鋭い爪が見るからに凶悪な輝きを放っている。右肩を守る獅子頭が備えた武装の威力は言わずもがなである。

しかしライオコンボイの控えめで落ち着いた物腰は決して威圧的とは言えず、そのために勘違いした輩には不本意にも甘く見られてしまうことが多いのだった。

「お前は上品過ぎるのだ。」

ちょっと考えてから、ライオコンボイはガルバトロンの顔を見上げた。「ならば、もっとガラを悪くすればいいのか?」

「・・・いや、そのままでいい。」

ガルバトロンは身をかがめ、ライオコンボイの鼻先に口付けた。そして肩を抱いたまま彼を促し、ゆっくりと建物の中へと戻って行った。



以上が平和な『Lion’s Lair Inn』の日常風景である。この付近の宇宙域を徘徊するアウトローの間で「あそこはライオンの巣なんかじゃない、ドラゴンの巣だ。」とまことしやかな噂が流れ、密かに恐れられていることは二人の与り知らぬ事実であった。





お昼に続く


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